第14話 洗脳魔術

 レイカの額にくっきりと青筋が立っている。こんなレイカの顔を見るのは初めてだ。


「どうした? レイカ」


 尋ねててみても聞こえていないのか返事をしない。もし彼女がオイヴァの妃でなく、ただの元勇者だったら足くらいは踏んづけたいくらいのひどい態度だ。


 確かに彼女は元勇者だ。今、魔法で覗き見している召喚に思うところでもあるのだろう。

 とはいえ、国王を無視していいわけがない。


「聞いているのか、レイカ」


 厳しい声で責めると、レイカはびっくりしたようにこちらを見た。やっとオイヴァを無視している事に気づいたらしい。


「あ、ごめんなさい、オイヴァ。何?」


 何? じゃない! と怒りたいが我慢しておく。


「お前、何か怒ってる?」


 そう尋ねると、レイカは困ったようにうなずいた。そして、まだ確証ではないけど、と前置きして話しだした。


「さっきあそこにいる魔術師が、何か呪文みたいなものを唱えていたの。それから新しい勇者の様子が変になったから……多分……」


 言葉を濁していたが、オイヴァには分かった。つまり新勇者は王付きの魔術師に洗脳の魔術をかけられたという事だ。


 レイカの話はそれだけではなかった。あの時はあまり重要視していなかったそうだが、あの魔術師の呪文の唱え方にレイカは身に覚えがあるという。


「それで……オイヴァの昔の話と照らし合わせて……なんか嫌な予感がしたんだよね」

「嫌な予感?」

「俺様王は……いえ、アーッレ陛下は、この人だけじゃなくて、私も、前の勇者もそのまた前の勇者の事も洗脳していたんじゃないかな」


 それはとんでもない事だ。それでもそんな真実は簡単には信じられない。オイヴァは確かに勇者たちと対峙したのだ。


「確かオイヴァは精神系魔術の察知が苦手だったよね?」


 反論はあっさりとレイカに崩される。


 それにしてもどうしてレイカがそんな事を知っているのだと疑問に思う。それで尋ねるとあっさりとウィリアムに聞いたと白状した。


 レイカの特殊能力を診察した時に雑談でそんな話をされたらしい。当時のレイカは一体何でそんな話をするのだ、と思ったらしいが、今のこの勇者のこの状況をみてやっと疑問が解けたらしい。


 きっと自分には洗脳魔術をかけられた痕跡でもあったのだろうと。


 確かに、勇者関連にはノータッチを貫いているウィリアムとしてはそれくらいのアドバイスしか出来なかったのだろう。


 正直、もっと分かりやすいアドバイスをしてあげて欲しいとも思うが、贅沢は言ってられない。彼からすればこれでも十分にいいアドバイスなのだろう。


「あの時、だから私がフォローした方がいいって言ってたんだよね、ウィリアム先生が」


 それでいろいろと考えていたらアーッレ王への怒りが沸いて来たらしい。


 結果的に無視するような形になってしまってごめんなさい、と謝られたので素直に許す事にした。それなら怒りが沸いても無理はないからだ。


 それにしても、レイカは精神系の魔術が効きにくい体質なので、洗脳も効いていなかったはずだ。何故アーッレ王を騙す事が出来たのだろうと疑問に思う。

 それを尋ねるとレイカは得意そうに、でも楽しそうに笑う。


「だって私はさっきの勇者さんみたいに『嫌です』とは言わなかったからね」


 あっけらかんという言葉に唖然となる。レイカはかなり強かなようだ。


「へ、変な事はしてないから! 適当にうなずいて、都合の悪い事はさらっと聞き流して終わらせただけ。『魔王のヴィシュ王国侵略をやめさせればいいんですね?』って言ったら『そうだ』って言ったし、嘘は言ってないもん! 魔王を殺すって言質をとらせなかっただけだよ!」


 オイヴァが呆然としているのに気づいたのか、レイカが慌てだす。その様子が妙に子供っぽくて笑えてくる。


 強かなのは王妃として必要な事なので何も問題はない。大体、彼女がある程度強かなのは、本人からプロテルス公爵令嬢と揉めた事の報告を聞いた時から知っている。初対面の王を騙すほど、とまでは思っていなかったが。


 そんな会話をしているうちにアーッレ王は見るからに意地悪そうな魔術師と気の弱そうな女剣士に勇者に同行するように命じている。


 アーッレ王が魔術師に何かをささやこうと腰を屈めたので音量を上げる。


「いいか? エミール。この生意気な男の洗脳が解けるようならその都度かけ直すのだ。それと脱走しないようきちんと魔王城に連れて行け」


 それを聞いてまたレイカの目に怒りが浮かんでいる。きっとオイヴァも似たような表情をしているだろう。


 すっ、と顔を上げたレイカは王家の者らしい冷静な表情になっていた。


「陛下、すぐに王宮魔術師を招集させましょう。この勇者のパーティメンバーの情報ももっと知りたいですし。特にあの魔術師の青年はどこからどう見ても危険ですわ」


 それはオイヴァも同意見だ。すぐに呼び鈴を鳴らし招集の命令を出した。


 そうして気を引き締めているレイカを見て安心の笑いが漏れてくる。


「何?」

「いや、王妃らしくなったなって思ったんだよ」

「褒めても何も出ませんわ、オイヴァ」


 少しだけ耳元が赤くなっているのがおかしい。もう一度小さく笑ってからオイヴァはレイカを王宮魔術師の会議室にエスコートするために手を差し出した。

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