第13話 新しい勇者
アーサー・バーンズの足下に謎の魔法陣が現れたのは、オフィスを出て車に乗り込もうとドアに手をかけたところだった。
何だこれは! という間も与えられず、それに吸い込まれていく。
「よかった。今度は男だな」
「は?」
アーサーが間抜けな声を出してしまったのも無理はない。何しろわけが分からないのだ。
いつのまにか、彼はファンタジーの映画でしか見た事のないような不思議な場所に立っていた。それもアーサーを困惑させる原因だ。
アーサーの足元には先ほど見たのと同じ魔法陣がある。
目の前には王冠をかぶって立派な椅子に座ってふんぞり返っている偉そうな男がいた。先ほどの発言の主はこの男だろう。
王の側には豪奢なドレスをまとった若い女性が数人いて、その前の方には王ほどではないが偉そうな態度を取っている男がいる。
そしてアーサーの斜め前には魔法使いのコスプレをしているとしか思えない服装をした老人が立っていた。
「ここは……どこですか?」
そう尋ねるが、周りの人間はまったく聞いていない。それは次の王らしき男の言葉で分かった。
「よく来たな、勇者よ」
「どこに勇者がいるんですか?」
「お前の事だが」
「俺はただの会社員です」
素直に思った言葉を伝えると、目の前の王らしき男が眉を潜めた。
「いいや、自分で気づいていないだけでそなたは勇者なのだ」
やはりわけが分からない。ただ、どうやら反論は許されないらしい事だけは分かった。
ここは劇の世界だろうか。アーサーは役者になった覚えがない。もしかしたら友人が役者を雇って彼をからかっているのかもしれない。
「そなたの仕事は魔王を倒す事だ」
「はぁ? 何で俺が!?」
反射的にそう答えると、王らしき男は今度は恐ろしい目で睨んで来た。もしかしたら、『魔王』というのは目の前の王の格好をした男の自己紹介だったのかもしれない、などと考えるほどの目つきだった。
とにかくも説明が必要だ。でなければ何も分からない。分からないまま『魔王』というのと戦わなければいけなくなる。
そう言うと、王らしき男は駄々っ子を相手にするようにため息をついた。そこを省略するのはよくないという事はアーサーにも分かる。なのに説明を省くのはどうだろう。
ただ、自分で説明する気はないようで宰相という男に話すよう命じている。
まず、この国はヴィシュ王国というらしい。それすらも説明する気はなかったようだ。
もしこれが友達のおふざけサプライズならはやく終わって欲しい。そうすればアーサーも『まったく。何やってんだよ!』と笑う事が出来る。そして役者達の舞台装置を褒める事も出来るのだ。
ただ、意識を失っていた間に何があったのかは気になる。もし、何かの薬の類いなら冗談ではすまないからだ。
宰相という男はゆっくりとした口調で話しだした。
この大陸の向こうに魔族という化け物のような種族が住んでいる。
彼らは、自分たち人間とそっくりな容姿をしているが、残虐な性格だ。
その魔族たちは、少しでも人間に近づきたいという傲慢な考えを持って、この大陸を征服せんと今も虎視眈々と狙っている。
そしてまず狙われているのが、大陸の端っこにあるこの国なのだ。
本来なら自分たちでなんとかすべきなのだろう。でも、魔族の力は強く、この国の人間ではどうすることも出来ない。なのでこうして異世界から力のある人間を呼んでいるという事だ。
ただ、魔族もそんな抵抗は許さない。だから何度も報復された。一度は勇者の仲間だった男の家族である男爵家の直系が皆殺しに遭った事もある。
前回は失敗だった。何の能力もない少女が間違えて召喚されてしまった。それを良いことに魔王が彼女を誘惑し、強引に妃にしてしまったのだ。きっと、今頃、その娘は魔王にいじめられ、宮殿の片隅で悲しく泣いているだろう。
「だから魔王を倒してその娘を奪還するのが、あなたの役割なのです」
宰相はそう言って締めくくった。
そんな話を聞かされると不安だ。アーサーだって何の能力もない人間なのだ。計算は得意だが、そんなものは魔王退治には何の役にも立たないだろう。
もし、魔王がそんな恐ろしい者だったら、今もアーサーを殺そうと作戦を練っているだろう。
怖い。こんな事に関わりたくなどない。
でも、そんな事は言えない。周囲の人間の期待に満ちた目が怖すぎるのだ。今度は大丈夫だろうな、という視線をひしひしと感じる。
「もちろん、私共は精力的にあなた様のサポートをさせていただきます。魔王を倒す仲間もつけましょう。武器も差し上げます!」
何故か宰相のテンションが上がって来た。一体どうしたのだろう。
そう考えていたアーサーには斜め前の魔術師が何やら怪しげな呪文を唱えだしたのに気づかなかった。
「……わかった」
こんな雰囲気だ。そう言うより他はないだろう。なんだか頭も少しばかりぼうっとして来た。
「魔王は殺し、王妃は生け捕りにしてここに連れてくるんだ。わかったな」
「は……い……」
肉眼ではぎりぎり正気に見える、でも程よくうつろな目をしたまま、アーサーは王の言葉にうなずいた。
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