第2話 大切な「家族」
お茶を一口飲んでからオイヴァはため息を吐いた。
「リアナに対するいじわるは私も気にかけていた」
「なかなか尻尾を出さないよね。侍女のいない時にこっそり意地悪を言うなんて卑怯すぎると思わない?」
麗佳も同じようにため息を吐く。これは二人にとっては重い問題なのだ。
リアナの侍女達が裏切っていないかはパウリナにきちんと調べさせたので知っている。可愛い王女を慕ういい魔族達だった。彼女達の忠告があったからオイヴァも麗佳もリアナの現状を知る事が出来たのだ。最近は遠回りをさせてでも主を守ろうとしているらしい。
まあ、今回のように防げない事もあるのだが。というか相手もそれを分かっていてわざと待ち伏せしているのだろう。嫌な女たちだ。
もちろん麗佳はリアナの侍女達とも定期的にコンタクトを取っている。みんなリアナが酷い事を言われているのに心底心を痛めていた。あれが演技だったら彼女達は侍女でなく女優にでもなるべきだろう。
「だからせめて将来の義姉にあたる私は優しくしてあげたいと思うの。だから休憩時間を合わせて欲しいんだけど」
先ほど態度だけでお願いした事を今回は口で言う。そちらの方が伝わりやすいからだ。
リアナを心底可愛がっているオイヴァならすぐに頷いてくれると思ってた。だが、彼は何故か苦い顔をしている。
「お前はいいのか?」
「私?」
なのに突然麗佳の事を聞かれるのはどうしてだろう。そして本当に疑問に思って聞き返しただけなのに、ため息を吐かれてしまうのはどうしてだろう。
「お前の休憩時間がつぶれるだろう」
「え? でも二人でのんびりお茶してるだけだよ。立派な休憩じゃない」
そう言ったのに、オイヴァはまたため息を吐く。
「まあ、リアナは肝心の悩みを言わないし、私は日々の軽い愚痴を聞いてあげることぐらいしかできないけど、それでちょっとでもリアナの心が慰められるんならそれでいいかなって」
その『日々の軽い愚痴』がほとんど教育兄ちゃんに関する文句だという事は黙っておく。
「レイカ、お前はどうなんだ?」
また、同じ事を言われる。オイヴァは何が言いたいのだろう。
「悪口、暴力、呼び出し、暗殺未遂。明らかにお前の方が酷い目に遭ってるよな」
麗佳は何も言い返せずにうつむいた。それは確かにオイヴァの言う通りだったからだ。
「だから一人になりたい時間もあるだろうと時間をずらしたんだ。でなければリアナは毎日お前の所に入り浸るぞ」
「うん」
それは分かってる。
「これもなかなか読めなくなるぞ。いいのか?」
オイヴァはそう言うと同時に側に置いてあった封筒を麗佳に見せた。
シンプルな分厚い封筒。その宛名部分には『麗佳へ』とだけ書いてある。間違いなく、これは母の筆跡だ。
二通目だ、と分かった。今日は送信の日だったはずなのにどういう事だろう。麗佳はついリアナの問題も忘れて目を輝かせた。
それを見てオイヴァが苦笑している事など気づきもしなかった。それだけこれが大事なのだ。
つい封筒に飛びつく。なのに、オイヴァはにやにやしながら、それを手の届かない所へ引っ込めた。
「オイヴァ! それ私のだよね?」
封筒に手を伸ばしながら訴える。オイヴァは麗佳のその必死さに笑いながら手紙を渡してくれた。思い切りからかわれているのが悔しい。
ここで読んでもいいよ、と言われたので、ありがたくそうさせてもらう事にする。
封筒からは予想通り二種類の便せんと一枚のコピー用紙が出てきた。シンプルな縦書きの便せんが母、小さな花の絵が散りばめられている可愛らしい便せんが姉、そしてパソコンで書かれたものが父からの手紙だ。
それを見るだけで、幸せで涙が出そうになる。だが、目の前でそれを見ているオイヴァがいるのでこらえた。彼は三ヶ月前に父親を亡くしているのだ。
文面に目を通す。三人とも麗佳の身を案じてくれていた。初めて来た手紙と違い、もう誰も麗佳が異世界にいる事に関して疑ってはいない。オイヴァやその側近に会ったからだ。
最初、その事を知ったときは少しだけオイヴァを責めた。会いたいのは自分なのに、何故彼が先に会っているのか。納得がいかなかったし、腹も立った。
だが、会った経緯を聞いて認めざるをえなかった。あれは不可抗力だったかもしれない。
最初に手紙を送った時の麗佳は、幸せが先立って、それを読んだ家族が何を考えるのかまで思い至ってはいなかった。突然、行方不明だった娘から『今、私は異世界にいます。元気なので心配しないで下さい』という謎の手紙が届いたら普通は事件性を疑う。
最初の手紙には、月に一度文通出来るようになった事、一ヶ月後の所定の時間に手紙を麗佳の魔石——魔力を固めたもので、こちら側から場所を察知するために使う——と共に置いてくれれば受け取れるという事、それから異世界での今までの話を書いた。もちろん、恐ろしい話は軽くだけ書き、エルッキ達との旅の楽しかった思い出話を中心にした。ただ、先代魔王がいかに優しい魔族だったかという事と、オイヴァが家族を大切に思っていて、彼の行動原理はそれに基づくのだという事はしっかりと記しておいた。
今回の手紙によると、両親は、麗佳が『異世界の魔族ヴェーアル』とかいう犯罪組織に捕まっている、または、麻薬でも打たれて異世界にいると錯覚させられていると考えていたらしい。だからこちらから言えば『手紙受信』の日に警察を呼んで待ち伏せしていたのだ。
ちなみに、来た警官は加藤家で起こった出来事に目をひんむき、最後の頃は『俺は何も見なかった。何も見なかった』と何度もぶつぶつ言っていたらしい。申し訳ない事をしたと思う。いきなり空間が開き、中から見知らぬ人間がずいっと出て来たら誰だってそうなる。まあ、出て来たのは人間ではなく魔族なのだが。
それを考えると、側近が手紙を受け取るために手を出した途端に、それを掴んで思いっきり向こうの世界に引っ張り込んだ祖父、父、姉の恋人はかなり度胸があるのだろう。何故一人の魔族を引っ張るのに三人の手が必要なのかは分からないが、おおかたびっくりした側近が風の魔法でも使って抵抗したのだろう。
結局、手紙を取りに行っただけなのに大勢の人間に囲まれてちょっとだけ責められた可哀想な側近の代わりに、オイヴァが出て行ったのだそうだ。そして事情を聞いた家族から未来の義理の息子としてもてなしを受けたらしい。
これはオイヴァ本人から聞いている。そして、それを聞いた時に麗佳は彼をちょっとだけ責めたのだ。
「何だ? そんなに面白い手紙なのか?」
その事を思い出して笑っていると、オイヴァが声をかけて来た。隠す気はないので正直に話す。
「ああ。あの時の事か」
案の定、オイヴァは苦笑した。
「オイヴァにもよろしくって書いてあるよ、今回」
「それは嬉しいことだ」
その言葉通り、オイヴァは嬉しそうだ。
『いい子にして、くれぐれもオイヴァくんに迷惑はかけないように』という一文——全員がそれぞれの手紙に書いている——は伝えない事にした。オイヴァはあの場でどれだけ信用を得たのだろう。
「ところで、結局、結婚式には誰が来るって言ってたの?」
それは手紙に書いてなかったので尋ねる。それについては今回手紙を届けてくれたオイヴァの可哀想な側近が聞いてくれているはずだ。
変なことは聞いていないはずなのに、何故かオイヴァは困ったような顔をする。
「全員来るかもしれないぞ」
そして出て来た思いがけない言葉に、麗佳は目を見開いた。
「え? それ、いいの?」
「仕方がないだろう。
「それ決闘違う!」
ついつっこんでしまった。オイヴァが首をかしげる。
「決闘じゃないのか。だったらジャンケンとは何なんだ?」
よく理解出来ていないオイヴァのために麗佳は何故かじゃんけんの説明をすることになった。これは異世界にはないらしく、ものすごく面白がっている。故郷の話に興味を持ってもらえるのは麗佳も嬉しい。試しにやってみた第一戦であっさりと負けてしまったのが悔しいがそれはそれだ。いつもの癖でチョキを出してしまった麗佳が悪い。
それにしても父と祖父は親子で何を子供っぽい事をやっているのだろう。血のつながった娘、孫としては恥ずかしくなってくる。
そしてみんなが来る事に許可を出した原因というのが、そのじゃんけん勝負を知らなかった祖母が文句を言ったから、というのは本当に恥ずかしい。
「みんな何やってるの……」
ついつぶやいてしまった言葉に、オイヴァがおかしそうに笑う。
まあ、みんなに会えるのは嬉しいので全員が来ることは何も問題はない。ただ、警備をつけるのが大変だな、と思うくらいだ。そのためにはなるべく婚儀までに味方の魔族を増やしておくことが大事なのだろう。
その麗佳の考えに、オイヴァも賛成のようだ。
後は誰を呼ぶかを二人で話し合う。もちろん、個人的に来てもらう者の事だ。今、大きな計画が持ち上がっている。その招待客はその話にも多いに関係するのだ。最近はそればかり話し合っている気がする。それだけ大きな話なのだ。これが成功したら、『周り』はどよめくだろう。
「ところでレイカ」
話がまとまった所で改めて名を呼ばれる。
「何?」
「お前の元々の家族が大事なのはよく分かる。だけど、新しい家族のことも忘れるんじゃないぞ」
「分かってる。リアナの事はもうちょっと気にかけてみるから」
普通に返事したはずなのに、何故かオイヴァが変な顔をする。
「いや、そうじゃなくてな……」
「じゃあ何?」
「何でもない」
もういいよ、と苦笑されて話が終わってしまった。
オイヴァは外に待機していた侍女にお茶のお代わりを命じた。ちょうど喉が渇いていたのでありがたいと思う。これから『命令』することもきちんと覚えなければいけない。ついつい『お願い』ですましてしまうが、それでは駄目なのだろう。
お茶請けは今川焼きだった。今日、異世界からの遣いが来る事が分かっていたから家族がお土産に用意してくれていたのだという。そういう心遣いが嬉しい。返事の手紙には絶対にお礼を書こうと決める。
「レイカ」
「はい」
久しぶりの好物を堪能していると、オイヴァが声をかけて来た。今度は何だろう。つい緊張して姿勢を正してしまう。
「お前も何かあったらこの時間にでも私に言え。愚痴くらいは聞いてやるから」
「うん。ありがとう」
頼るかどうかは置いておいてお礼はきちんと言う。実際、その言葉はとても嬉しかった。
「レイカ、お前は私の妃になるんだからな」
「はい」
優しい声で言われたその言葉の意味を、麗佳はまだ理解する事が出来ないのだった。
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