第19話 お呼び出し
部屋に戻って来たハンニは首を傾げていた。
「わけが分かりません」
そして第一声がこれだ。麗佳達の方こそわけが分からない。
麗佳達四人は今、魔王城の一室に集まっている。魔王の好意で四人での交流が許されたのだ。
きっと部屋の外に見張りはいるだろう。でもこうやって交流出来るほどには、信じてくれるようになったのだと安心していた所だ。
だからこそ、今回の呼び出しの意味が分からない。いきなり騎士が入って来て『魔王陛下が呼んでいる。相当怒っているから覚悟するんだな』と言って来た。そうしてハンニを連れていったのだ。
「オイヴァの話って何だったの? ハンニ」
「口止めされたので言えませんが、ある事を知っているのか確認されました。知らないと言ったらすぐに解放されましたが」
「怒ってた?」
「どうなんでしょうか。いつも通りの冷ややかな笑みを浮かべていましたが……」
ハンニによると、これから麗佳達も順番に呼ばれるらしい。まとめて呼ばれないのはどうしてだろう。
そんな事を考えているうちに騎士が入って来て今度はエルッキを連れて行った。ヨヴァンカは不安そうにそれを見ている。
「本当に何なんですの? 魔王を怒らせる心当たりはあって? ハンニは相当つっかかっていましたし……」
「いや、そういう事ではないようなんですが……」
「レイカは心当たりはないんですの?」
「えー。昨日は機嫌良かったよ」
昨日の茶会から今までの間に何かがあったのだろうか。この結果次第で麗佳の帰還、または婚約はなくなるのだろうか。
まあ、そうなったらそうなったでオイヴァに全部話して押し付けるしかないのかもしれない。
「昨日は何を話したんですか?」
ハンニに聞かれて困ってしまう。
「誤解をしていた事を謝罪してくれたの。それから……帰還の事についてちょっと……」
麗佳がそう言うと、ヨヴァンカの目が明らかに動揺の色を持った。
「レイカ、帰るの?」
「まだ分からない。ただ、帰らなかったとしてもここで暮らす手筈は整えてくれるって言ってた」
これはオイヴァの親切だ。麗佳は帰る事が出来る。
迷っているのは先代魔王のあの目を見てしまったからかもしれない。思いがけない幸運が舞い込み、驚きながらも喜びに満ちた目を。
麗佳が何も告げずに帰ったら、あの優しい魔族はあの世で心底がっかりするだろう。
「それで? どうするんですの?」
「まだオイヴァに……ううん、魔王様に話さなきゃいけない事があるから帰らないよ。それで指示を仰ごうと思ってる」
だから、別にそんなにこの呼び出し自体は怖くないのだ。ただ、オイヴァがどうして怒っているのか分からないのが不気味なのだが。
そんな事を考えているとエルッキが戻って来た。
「わけ分からん!」
そしてハンニと同じ事を言う。
「一体何の話だったんですの?」
「ああー……魔術式がどうとか。おれは魔術師じゃないから知らねーよって言ったら解放された」
ただ、やはり口止めをされたらしく、何の魔術式かは教えてくれない。
つまり、魔術がらみの事でオイヴァを激怒させる事が起きたのだ。おまけに麗佳達に関する事で。
そこまで考えて麗佳は喜助の本に書いてあった事を思い出した。
「あ……」
つい小さな声が漏れる。
「『あ……』って何ですの!? 心当たりあるんですの?」
「う、うわあ! ヨヴァンカちょっとやめてー!」
ヨヴァンカが彼女らしくもなく動揺して麗佳を揺さぶる。気分が悪くなるから正直やめて欲しい。
「魔術がらみだったらもしかしてと思っただけ。大体、最初から今日話そうと思ってた事だし、問題はないよ。隠す事でもない。むしろ、オイヴァは魔王として知っておく必要があると思う」
「ああ。もう! また魔王を呼び捨てにして! 余計に怒らせる事になるのではなくて?」
「いや、それはオイヴァの命令だから」
じゃあこれからヨヴァンカのことも『ヨヴァンカ様』って呼ぶよ、とからかうと軽く睨まれた。
「わたくしたちは友人だからいいのですわ」
こうやってふざけ合うのは不安だからだ。
そんな風にヨヴァンカとじゃれ合いながら不安を押し込めていると、先ほどの騎士が麗佳を呼びに来た。どうやらオイヴァはこのやり取りをきっちりと聞いていたらしく、『知っているなら話せ』という命令が下ったのだそうだ。
もちろん麗佳に異存はない。元からそのつもりだ。
気合いを入れて立ち上がる。そして不安そうな顔をしている仲間達に向かって、一度安心させるように微笑みかけた。
***
「私にわざと黙っていたのか? 勇者殿」
ぴりぴりとした空気が部屋中を包んでいる。最初は騎士によってひざまずかされそうになったのだが、さすがにそれはオイヴァが止めてくれた。
それを差し引いたとしてもこれは相当怒ってる。下手な事を言ったら攻撃されそうな雰囲気だ。
ここが謁見室だというのも緊張する要因の一つだった。
だが、目の前に置かれているのは予想通りのものだ。だから麗佳も多少は冷静になれる。
「まさか。魔王様も私が宿に剣を置いていったのはその目で見たはずです」
きっぱりと言い切る。
「あれで私の意思が伝わらなかったのはとても残念です」
わざと冷たい言い方をする。もちろん疑われないために彼の目はしっかりと見た。
オイヴァはゆっくりと息を吐き出す。
「ならいい」
それだけ言っていつもの雰囲気に戻した。なんだか試されていた気がするのは気のせいだろうか。
周りの魔族達が、それでいいのか、ちょっと甘すぎるんじゃないかというような目をオイヴァに向けている。それをオイヴァは目だけでそっと制した。こういう所はさすが王族だと思う。
「話があるんだって言ってたな。長い話になるのか?」
「はい」
「分かった。じゃあお茶でもしながら話そう。その方が落ち着くだろう」
そう言うがはやいか、オイヴァはさっさと立ち上がって麗佳をうながす。そして昨日お茶をした部屋に連れて行かれる。
ただ、『さっさと』とは言っても、彼の側近達の静止を落ち着かせる必要があったので、スムーズに移動するというわけには行かなかったが。
とにかく麗佳達は別室に移動した。
そこでパウリナにお茶を用意してもらいお互いに一息つく。仲間達には『大丈夫』だと言ってもらうよう伝言を頼んだ。パウリナに頼んでおいたから正確に伝わるだろう。
どうやらオイヴァは今朝、麗佳達に没収したものを返そうと考え、改めて怪しい所がないか点検をしていたのだそうだ。それで剣に入っている魔術式を見つけたらしい。
最初はあまり怒ってなかったという。だが、麗佳があっさりと知っている事を認め、おまけに悪びれていないのを聞いて腹が立ったらしい。
誇張して脅して来た騎士には後で厳しく言っておく、と言われたので安心する。
ちなみに謁見室にしろとすすめたのは側近らしい。オイヴァ達より他の魔族の方が麗佳を警戒しているのがよくわかる。
それでもそれを止めなかったのは、オイヴァもある程度は怒っていたのだろう。
「前から思ってたけど、オイヴァって結構短気だよね」
「短気で悪かったな。ありとあらゆるものを警戒しないといけないというのは結構辛いものなんだぞ。お前は知らないだろうが。大体あれにかけられた魔術の意味を知ったら誰だって逆上する」
そうですか、とだけ言ってお茶を口に運ぶ。お茶はくせのない飲みやすいものだった。どこかアッサムティーに味わいが似ている。これはミルクティーで飲みたいな、と思ったが、さっきの今なので言わないでおく。
念のためにその魔術の効能を聞く。それは予想通り、アーケ・ヴェーアルが少しでも刀身に触れれば即死するというものだった。おまけに魔族がその魔術を解こうとすると、体力と魔力をごっそりと削られる魔術にかかってしまうらしい。おまけに後者は複雑すぎてオイヴァでも解術法が分からないそうだ。
「あれに気づかなければ私も術を解こうとしていただろうな」
オイヴァは悔しそうに言った。
確かにとんでもないものだ。オイヴァが激怒するのも無理はない。
とりあえず、あの剣は厳重にオイヴァの元で保管されるらしい。それ以外に何も出来ないとも言える。
「で? 私に話す事って何だ?」
静かに問いかけられ、自然と姿勢を正してしまう。それほど彼の迫力が厳しいものだったのだ。勝手に喉がつばを飲み込む。
「オイヴァは私たちが二度目に会った図書館を覚えてる?」
「ああ、もちろん」
「あの後、私の事つけてたよね?」
「あの後どころか最初からつけてたよ。いや、お前達が情報収集のために図書館に行く事はしっかりと把握してた」
「行き先割れてたの!?」
一体、オイヴァはそんな事をどうやって知ったのだろう。そう尋ねると、勝ち誇っていると明らかに分かる笑みが返ってきた。
「ラヒカイネン嬢ごときの魔術など私には通用しないという事だよ。お前達の会話はしっかりと聞かせていただいた」
今回のようにな、と嗤う。麗佳は『そうなんだ』としか言えない。
オイヴァが麗佳をつけていたのは捕らえて殺すため。それが分かっているから余計な事は言えない。自分の精神安定のためにはオイヴァからその言葉を引き出すわけにはいかないのだ。
でも今はそこを聞いているのではない。
「私と話をした後、私がどこに行ったのか覚えてる?」
オイヴァは素直に頷く。
「変な部屋に入っていったよな。あれは何だ?」
やっと本題に入れる。麗佳はほっとして話を始めた。怪しい扉を見つけた事。それが麗佳を呼んでいたから入ってみた事。部屋の中を観察している時に背後から何故かオイヴァの悲鳴が聞こえた事。
そこまで話すとオイヴァが割り込んで来た。
「ああ、そんな事あったな。あれは何だ!?」
今度は疑問ではない。いや、疑問なのだが、責める響きがある。
「これは魔王様……あ、えっと、先代様に聞いたんだけど、あの部屋は勇者と魔王しか入れないって……」
そこまで話して辛い事に気づいてしまった。麗佳は確かにドアが閉まった音を聞いた。それはあの時、オイヴァが一瞬だけだが部屋に入ることが出来たという事だ。それの意味が分からないほど麗佳は鈍感ではない。
その麗佳の様子でオイヴァも気づいたのだろう。静かにため息をつく。
「あの時、父上は生死の境をさまよって、そして一度は乗り越えたんだな」
言葉にしないで、と責めたいが、やめておく。オイヴァだって分かって言っているのだ。
目から自然と涙が流れる。麗佳はそれをオイヴァに見せないようにうつむいた。
頭上で呆れたようなため息が聞こえる。と、同時に大きな手が麗佳の頭に乗せられた。
「……何で私がお前を慰めてるんだか」
そう言われても悲しいものは悲しい。麗佳はしばらくオイヴァの珍しく優しい手に甘える事にした。
「ありがとう。もう大丈夫」
ひとしきり泣いてから麗佳はそっと手で涙を拭いた。すかさずオイヴァがハンカチを貸してくれる。素直にお礼を言った。
「続きを話せるか?」
うながされたのでうなずいた。
また泣き出さないよう淡々と話す。だが、やはり悲しかった事は話すのがつらい。
何度も涙ぐみ、その度にオイヴァに気を使われる。それはとても申し訳ない事だった。
全てを話し終わると、麗佳とオイヴァは同時に深いため息をついた。話す方だけでなく、聞く方も結構きついものがあったのだろう。
「父上は父上で勇者対策をいろいろと考えていたんだな」
オイヴァがぽつりとつぶやいた言葉の意味を麗佳は理解出来なかった。あれは喜助への、そして未来の勇者への親切ではなかったのだろうか。そう尋ねると呆れたようにため息をつかれる。
「それだけで王が動くわけがないだろう。魔族側にメリットがあったから父上がオオツキとやらに協力したんだよ」
そう言ってからお茶を口に運ぶ。そしてわざと音を立ててソーサーに置いた。
「それで? お前はどうして私にその話を?」
唇が意地悪そうに上がっている。絶対に分かって言っているのだ。
「今は私以外、知っている者はいないと思って……」
「それで
「まだ分かりません。ただ、一人で背負うには重い問題だったから誰かに聞いて欲しかったのかもしれません」
緊張で喉が渇いてしまったのでお茶を一口飲んだ。そしてオイヴァをまっすぐ見る。
「ねえ、オイヴァ……」
これでもオイヴァは私を元の世界へ帰そうと思う?
その言葉は麗佳の口からなかなか出て来ない。出て来たら彼は即座に返事をする気がするのだ。
オイヴァはそれを見透かしたかのように小さく笑った。
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