第12話 魔王の子供たち
麗佳はどうしたらいいのか分からず戸惑っていた。
女性は相変わらずの冷たい目で麗佳を見ている。その純金の目はどこかオイヴァを彷彿とさせる。
二人以外の魔族の瞳はここまで綺麗な金色はしていなかった。きっとこの女性は相当身分が高いのだろう。
「あなたが勇者なの?」
涼やかなのに有無を言わせない威厳をまとった声が質問をしてくる。
「はい。加と……、いえ、麗佳・加藤です」
ぼうっとしていたせいで日本でのように名乗りそうになり慌てて訂正する。
そしてこの女性は誰だろう。とりあえず『えっと……?』と言ってさりげなく名前を尋ねる。
「お初にお目にかかりますわ。私は魔王の娘、リアナよ。よく覚えておいて下さいな、レイカ」
とんでもない答えが返って来た。
つまりこの女性はこの国の王女様なのだ。オイヴァが話していた魔王の第三子なのだろうか。
「え? 魔王の……娘……?」
考えてた以上の高い身分に驚いて思わず復唱してしまった。
「魔族は生き物ですわ。当然子を成します。それともあなたは私たち魔族が魔力とかから生まれた化け物だとでも思っていらしたの?」
そんな事はみじんも思っていない。だが、それより王族に会ったという真実が麗佳を呆然とさせた。こんなに簡単に会えるなんて思っていなかったのだ。
リアナ王女は麗佳を馬鹿にするように、ふん、と鼻を鳴らした。
「それよりあなたに聞きたい事があるの。兄上はどうしたの?」
「え?」
何の話だろう。王女であるリアナの兄という事は魔族の王太子の事だろう。魔王太子とでも言えばいいのだろうか。でも麗佳はそんな魔族には会ってない。王太子ならやすやすと麗佳に眠らされるはずがないだろう。
麗佳が考え込んだのが苛立つのだろう。リアナ王女は厳しい目で睨みつけて来た。
「名はオイヴァよ。知っているでしょう?」
そして告げられた真実に麗佳は唖然としてしまった。
——勇者一行によって魔族の第二王子が殺されたのは知っているか? お前達の年齢で言えば三、四歳くらいだった幼い王子だぞ。
——急いで守ろうとしたが、勇者の剣が
——当時第三子を身ごもっていた
——二人の王族の死に関わった人間を魔族が黙って許すわけがないだろう。あの時はさすがの
——だから私はここで勇者を退治しているんだ。勇者の魔手が
オイヴァの言葉が蘇ってくる。それもオイヴァと関係者との関係が福音声でついてくるのだ。
「嘘……オイヴァが……? だって……そんな……」
それしか言えなかった。
麗佳は頭の中に次々と浮かんでくるオイヴァの声を打ち消すように唇を噛む。だが、『私は大事な家族を憎っくき勇者に奪われたんだ!』という言葉は全然消えてくれなかった。
首がうずく。
あの時、もし麗佳が攻撃系の魔術で対抗していたら、今頃はオイヴァに殺されていたのだろう。間違えなく試されていたのだ。それだけオイヴァにとって『弟を目の前で殺される』という事件は重いのだ。
私は違う! と何度言おうが、信じてくれなかったのはそのためだ。
麗佳の態度がしゃくに障っているのだろう。リアナ王女はまだ睨みつけている。
とりあえず誤解を解かなければいけない。この王女は大事な兄を失う事を恐れている。
「リアナ様、私はオイヴァ……様に何もしていません」
「嘘よ!」
嘘って何!? ちょっとはお兄ちゃんを信じてあげようよ! オイヴァはそんなに弱くないよ! という言葉が浮かぶ。だが、さすがに王女様相手にそんなフランクな言葉は発せられない。
「何もしていません。オイヴァは……オイヴァ様は生きています! もし、私の会ったのが本当にリアナ様のお兄さんであれば……ですけど」
先ほどの騎士の『偽物だ!』が後を引いている気がする。
「外見は?」
「漆黒の長い髪に澄んだ金色の瞳……です」
「そう……」
リアナ王女はそれだけ言って考え込む。この様子を見ると、やはり彼は本物のオイヴァのようだ。
それにしても、他国に、それも敵国に潜入する王太子というのはどうなのだろう。危険ではないのだろうか。
「兄上の姿を思い浮かべてごらんなさい」
そう言われて麗佳がとっさに思い浮かべたのが、食事を買ってもらった時の記憶だ。少しでも敵らしくなかった事を思い出したかったのだ、と麗佳自身にも分かった。それだけ混乱しているとも言える。
目を開けてリアナ王女を見るとどこか震えてるように見えた。やはり怖いのだろう。無事だ、というのは麗佳の言葉からしか分からないのだから。
とはいえ、ここにオイヴァが来る事はない。オイヴァは麗佳の仲間を見張っているのだから。
だったら魔王に会って、麗佳が安全な勇者だという事を分かってもらうのが一番手っ取り早い方法だろう。麗佳はしっかりと顔を上げてリアナ王女を見つめた。
「リアナ様、私、魔王に……魔王様に会おうと思います」
麗佳がそう言った途端、リアナの表情がさらに険しくなる。おまけに持っていた短剣を向けられてしまった。正直この短剣はそれ自身が脅してくるので恐ろしい。
「ち、違います。ただ、お話したいだけで……」
「そんな戯れ言が通じると思っているの?」
「思っていません。だからお願いしてます。お願いです、リアナ様。魔王様に会わせて下さい!」
必死に頼む。リアナは明らかにうさんくさい人物を見るような目で麗佳を見ている。いや、間違いなくこの王女にとって、麗佳は『うさんくさい人間』なのだ。
「お願いします、リアナ王女様」
麗佳は頭を下げた。ここではそんな礼儀があるか分からないが、やっておくにこした事はない。麗佳が真剣だという事は伝わるはずだ。
「……わかったわ」
冷たいため息を一つついてリアナ王女が許可を出す。
「そのかわり、父上を殺さないとこの短剣に誓って頂戴。その魔法がかかっている限り、あなたは父上を殺せない。いいわね」
「構いません」
元より魔王を殺す気はない。大体、その誓いならオイヴァともうやった。こういう時にこの二人が兄妹なのだと感じる。やっている事は同じだ。
麗佳が短剣に誓いを立てると、リアナ王女は満足そうに微笑む。
「いらっしゃい」
そう言われ、麗佳はついて行く。
それにしても変だ。何故か城から出て庭の奥の方に連れて行かれる。
「大丈夫よ。父上には会わせてあげるわ」
本当に魔王の所へ向かっているのか心配になってくると、王女は朗らかな声でそんな事を言う。
会わせてくれるかわりに何かがあるのだろうか。オイヴァの妹だ。何を企んでいても不思議ではない。
リアナ王女が立ち止まる。そして一つの建物を指し示した。
「ここよ。どうぞ」
「え? ここ……ですか?」
「そうよ」
麗佳が疑問に思ったのも無理はない。それは小さな小さな建物だった。いや、日本で麗佳が住んでいた家よりは大きいが、離宮と言うには小さすぎた。
それに、扉を守っている騎士もいない。警戒は厳重ではなさそうだ。
本当にここに魔王がいるのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ」
そう言ってリアナ王女は意味深に笑った。何かを企むような笑みだ。
それにしてもとうとう魔王と会えるのだ。麗佳はわき上がってくる疑問も気にせず扉を開ける。
中に入った瞬間、すぐに扉が閉まった事にも、リアナ王女が入って来なかった事にも疑問を持たなかった。
魔王はどこにいるのだろうと思ったその時、麗佳の耳に苦しそうな咳の音が聞こえた。奥の方の部屋からだ。
この建物には誰か病人がいるらしい。麗佳は急いで咳の聞こえる部屋の扉を開ける。そして目を見開いた。
豪華な寝台の上で五、六十代くらいの男が苦しそうに咳をしながら横になっている。
その目の色はまぎれもない純金だった。
ふと男と目が合う。男は不思議そうな目をしていたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「お、そな……ごほっ、……うしゃか」
そなたが『勇者』か?
普段なら威厳のあるであろうその言葉は咳のせいで弱々しくなってしまっている。
予想もしていなかった現実に、麗佳はただ呆然とする事しか出来なかった。
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