第11話 魔王城にて
「名はなんとおっしゃるのですか?」
「麗佳です。麗佳・加藤です」
「レイカ様とおっしゃるのですね。私はパウリナと申します。ところで、私が見たところあなたはとても幼いように見えますが、お年はおいくつでいらっしゃるのでしょうか?」
「一九です」
「じゅっ!? あ、いえ、申し訳ございません」
「……いいえ。よく驚かれますので気にしてません」
この年齢についてのやり取りはパーティメンバーともやった。どうやらここの世界の人には麗佳が中学生くらいに見えるらしい。
麗佳は今、門まで迎えに来たオイヴァの乳母だったという女性と一緒に馬車に乗っている。門から城まではこの馬車で十五分くらいかかるらしい。
それにしても先ほどから質問ばっかりだ。麗佳が「勇者」なので心配なのだろう。まあ、質問自体は、麗佳のプロフィールなので問題はない。
分かっていたが、やっぱり麗佳はこの城では歓迎されていないようだ。この女性も城までは送り届けてくれるが、そこからは麗佳が一人で行かなければいけないと言われた。
どうやら王太子の命令があるらしい。弟を勇者に殺された王太子が麗佳の存在を許すはずがないのだ。
一人になった途端に彼の手の者に殺されてしまうのだろうか。そしたら麗佳を手引きしたオイヴァは処罰を受けるのだろうか。手引きした者は悪くないと言った方がいいだろうか。
そのオイヴァも麗佳を完全に信じて送り出してくれたわけではない。パーティメンバーに麗佳が魔王城に行く『条件』を話す時、彼は麗佳に短剣を突きつけて脅して言う事を聞かせるという方式をとったのだ。まあ、そのおかげで、『麗佳が出かけている間、オイヴァは彼らの命を守る』という条件を足す事も出来たのは良かったかもしれない。
いつヴィシュの国王の使いが、彼らの命を狙うかわからない。オイヴァはヴィシュの国王よりはまだ信用できる。
そんな事を考え、ため息をつきたくなる。でも、ここは魔族の本拠地だ。隙を見せるわけにはいかない。
「不安そうなお顔をなさってるようですが、どうなさったのですか?」
それでも隣にいる女性にはお見通しだったようだ。
「えっと……、魔族とヴィシュ人が分かり合う事は難しいんだろうかって考えてました」
「そうですか」
「……『勇者』がいらなくなる日が来ればいいのに」
ついそうつぶやいてしまう。パウリナが息を飲んだ。
「レイカ様は召喚された事に不本意なのですか?」
「勝手に呼ばれたあげく殺人を命じられて喜ぶ人が……」
そこまで言ってオイヴァの話を思い出す。
「……そういえばいましたね」
苦々しく吐き捨てる。
ちょうどその時、馬車が止まった。御者に手を取られて馬車を降りる。
ここまで連れてきてくれたパウリナにお礼を言って歩き出そうとした。
「レイカ様、お待ち下さい!」
なのにパウリナは麗佳のローブの端っこを掴んだ。
「な、何ですか?」
「今なら間に合います。ヴィシュにお帰りください!」
「え?」
この魔族は一体何を言っているのだろう。
「どういう事ですか?」
やはり『勇者』を城に入れるのはためらう行為なのだろうか。
「オイヴァ様には私の方からきちんと話しておきます。ですから……」
「どうしてですか!? 理由を聞かなければ納得出来ません」
もう一度きつく責める。パウリナはため息をついた。
「あそこに行けば、貴女は死ぬまで苦しむ事になります」
「オイヴァ様はそんな事は言っていませんでした」
「……あの方は……ご存知ないのです。何も」
「え?」
「オイヴァ様に知らせないために魔王陛下が箝口令を敷いたのです」
それではオイヴァは魔王にいじめられているみたいではないか。
「何のためにそんな事……?」
「オイヴァ様を守るためです。オイヴァ様は命令をあまり聞きませんから」
その言い方だとオイヴァが小さな子供に聞こえる。でも、この元乳母にとっては子供みたいなものなのだろう。それでもやはり駄々っ子みたいな言い方だ。
「それでも私は魔王と話したいです」
しつこく食い下がると、パウリナはまたため息をついた。
「先ほども言いましたが、死ぬまで長いこと苦しむ事になりますよ」
「パウリナさんのせいにはしませんから」
「そういう事ではないのです!」
ではどういう事なのだろう。大体、ここまで来ておいて引き下がるなど出来るわけがない。それは城の門まで魔法で送ってくれたオイヴァにも失礼だ。
「どうしたんですか?」
こうやって押し問答をしていると目立つ。扉の所に立っていた騎士のうち数人が何事かと駆け寄って来た。そして麗佳の黒目を見て眉を潜める。この地に一人で来る人間など一種類しかいないのだろう。
「お前は勇者か?」
「はい」
「何しに来た? 魔王陛下には傷一つつけさせんぞ」
「そんな気はありません」
「では何しに来た!?」
きつい口調で聞かれる。それにしても怖い。彼らから殺気が沸いてぐさぐさと麗佳を刺していくのだ。それだけ警戒しているということだ。
「魔族がヴィシュに対して侵略する意思を持っていないと伺って、魔王……様と話し合いをしにまいりました。謁見の許可をいただけるでしょうか?」
交戦の意思はない。はっきりそう言う。だが、騎士達の眉は潜まったまんまだ。
「どうやってこの国に来た?」
「どういう意味ですか?」
「この国には王族によってきつい結界が張られている。無理矢理破ったと言うのなら承知しないぞ」
怖いので正直に話す。だが、男達の殺気が強くなっただけだった。
「オイヴァ様がそんな事をなさるはずがないだろう!」
「そうだ! オイヴァ様は誰よりも勇者を憎んでいらっしゃる」
「オイヴァ様の名を語る愚か者め!」
思いっきり剣を向けられてしまった。誰も信じてくれない。
「私はオイヴァ様の名を『語って』なんかいません。本当の事なんです!」
「だったらオイヴァ様の身分を言えるだろう」
騎士のその言葉に麗佳は心の奥だけで首をかしげる。そういえばオイヴァの身分など聞いた事がなかった。騎士団長か宰相の息子とかだろうか、と勝手に思っていたのだ。
「聞いていません」
「だったらそいつは偽物だ!」
「それかお前が嘘をついているんだ!」
ええー!? と叫びたかった。そんな馬鹿な話があるだろうか。そしてこの男たちは短気だ。
とはいえ、麗佳は丸腰だ。武器は魔術しかない。なのに男たちは麗佳を殺そうと剣を構えている。
「あの……」
困っていると、後ろから控えめな声がかかった。パウリナだ。どうやらずっとこのやり取りを見ていたらしい。
「これはオイヴァ様が魔法で送って下さった手紙でございます。騎士の方に勇者が詰問されたら見せるようにと書いてありました。署名もきちんと確認してありますので本人のものです。ご安心ください」
パウリナが差し出した手紙を騎士達はひったくる。それを交互に見ながら彼らの口元が少しずつ緩んでいった。ただ、まだ好意的な目ではない。
その中から三人の男が進み出た。
「いいだろう。来い、勇者女」
でも案内はしてくれるようだ。とはいえ、まだ心配だ。あの目から言ってまだオイヴァの仕掛けた罠がありそうだ。一体、何をしたのだろう。あの手紙に一体何が書いてあったのだろう。パウリナが逃がしてくれようとしたのはその為だろうか。
連れて行かれたのは運動場のような場所だった。騎士の訓練場だろうか。
「あの……」
よくわからず尋ねると、冷たい笑いを見せられる。何をされるのだろう。とりあえず逃げるための魔術式はいつでも発動出来るように準備しておく。
「オイヴァ様から伝言だ」
ほれ、と投げられたのは先ほどの手紙だ。とはいえ、変な事は書いていない。パウリナ宛に、害のない勇者がこちらに来るから案内を頼む、もし、騎士に麗佳が怪しまれたらこれを見せろ、と書いてあるだけだ。
「これが何か?」
「魔力を通してみろ」
そう言われ、とりあえず従ってみる。そうして息を飲んだ。
先ほどの文字が消え、新たな文字が現れる。それは騎士達宛の手紙だった。そして最後に麗佳宛のものもある。
騎士達には本当に麗佳が『害のない勇者』か攻撃して調べろ。ただ、彼女は丸腰のようだから魔法で相手してやれ。だが、決して容赦はするな。敵対心を見せたら殺しても構わない。と書いてあった。
そして麗佳に当てた手紙には、彼女が油断していた事を嘲笑う内容が主だった。あんなちゃちな説得くらいで折れるほど自分は甘くない。悔しければこの包囲を突破してみろ。でも一人でも殺したらただではおかない。そんな内容が綴られている。
それにしても最後に綴ってある文字は何だろう。翻訳魔術では引っかからない。
騎士達に尋ねると、馬鹿にするような爆笑が返ってきた。どうやらこれはオイヴァの署名らしい。麗佳の知らないオイヴァの身分が書いてあるのだそうだ。
そっと唇を噛む。やはりオイヴァは麗佳を信用していない。仲間から引き離された丸腰の勇者を仲間の所に送り込み殺させる。それが彼の計画だったのだ。
「もう分かったか? 勇者女。陛下には近づけさせないからな」
そう言うがはやいか麗佳の元に炎が飛んでくる。慌てて飛び退く。だが、そこに待ち構えていた魔力の塊に吹き飛ばされる。
地面に思い切り背中を打ち付けたので痛い。
不意打ちは酷いと思う。でも戦いというものはこういうものなのだろう。だから抗議の為に睨むだけに留めておいた。
とはいえ、麗佳だって死にたくはない。大体、魔王と『話し合い』をしに来たと何度も言っているのに信じてもらえず、少しだけ苛立っているのだ。
それにオイヴァやこの騎士達は油断しているが、麗佳は完全に『丸腰』というわけではない。
そっと意識をローブのポケットに、正確には、中に入っている数枚の紙に集中させる。
もちろんその間に攻撃を受けないよう結界は張った。これでしばらくは時間稼ぎが出来るだろう。
意識は紙に集中させているが、目は男達から離さない。でなければ隙が出来てしまうのだという事はヨヴァンカから教わった。
「反撃しないのか?」
騎士達が煽ってくるが無視だ。ただ、せっかく反撃をご希望なので軽い水魔法は跳ね返した。びしょぬれになった男達が騒ぐのを見ているとちょっとだけ気分がすっきりする。
そんな事をしながらも透明化した紙を目の前にかざす。これはいわゆるカンペだ。昼間に図書館でヨヴァンカと調べものをした時に、オイヴァに使った魔術以外にも、いくつか使えそうな呪文や魔術式を書き写して来たのだ。もちろん対魔族のため。
オイヴァに会った事で、もういらないかなと思っていたが、結局使う事になってしまった。
そっと魔術式を作り上げ、もったいぶるようにゆっくりと魔力を注ぐ。騎士達の目に剣呑な光が宿る。煽っているのだから当たり前だ。
「それは何の魔法だ?」
「少し大人しくしていただくだけです」
そう言うがはやいか麗佳は魔術を発動させた。もっともったいぶると思ったのだろう。騎士達が不意打ちを食らったかのような顔をしている。おかげで魔術はしっかりと全員に命中した。
「ふぅ」
地面に倒れ込み眠っている騎士達を見て、安堵のため息をつく。でもさすがに罪悪感があるので小声で謝罪の言葉を口にした。彼らには全く聞こえていないだろうが。
とはいえ、その場にいればきっと誰かが様子を見にくる。そうしたら麗佳はまた不利な状況に落ちるだろう。オイヴァの事だ。何かあったときの為に連絡方法くらいは誰かに教えているに違いない。
とりあえず城のある方向に走る。
ただ、城に着いたはいいが、入り口の場所が分からない。おまけにここでは麗佳の黒目は目立つ。すぐに勇者だとバレてしまうのだ。そのたびに敵意を向けられるので、目くらましをして逃げたり、先ほどのように眠らせたりする。結構忙しい。
これをオイヴァが見たら激怒するだろう。でも麗佳だって自分の命が大事なのだ。
そんな事を考えていると、ちょうど小さなドアから出て来たシンプルなドレスの女性と目が合う。この城の侍女だろうか。
「っ!」
女性は麗佳の目を見ると恐怖にかられたように悲鳴をあげようとした。慌てて防音の魔術をかけてから女性を眠らす。
「あ、危なかった……」
そうつぶやいてから、これでは勇者じゃなくて泥棒のようだと苦笑する。でもせっかくなのでその扉から入らせてもらう事にした。
城に入れたので魔王の部屋を探す。とはいえ、場所の検討はつかない。こんな事なら誰かを捕まえて聞けば良かったと思う。まあ、聞いた所で敵意を向けられるか悲鳴を上げられるかのどちらかなのだが。
とりあえず闇雲に走り回る。今いる所がどこか分からないが、気にしてはいられなかった。
走りながら考えるのは仲間の事だった。オイヴァはちゃんと約束を守ってくれているのだろうか。約束はきちんと互いの血に誓って来た。
それでも、もし、ハンニがオイヴァにまた喧嘩を売ったらどうしようと心配になるのだ。『殺さないと誓う』という事は『殺さなければ何をしてもいい』という事と同意語なのだと麗佳は魔族を眠らせる事で実感した。
魔王はどんな魔族なのだろう。彼が好戦的な性格をしていなければいいと思う。麗佳だって敵意を浴びるのは嫌だ。
大丈夫。魔王とは話し合いをするだけ。 そう自分に言い聞かせる。
そんな事を考えていたせいで、魔族の気配に反応するのに遅れた。
まず気づいたのが、その魔族が持つ短剣だった。この方に手出しをするな、と言われているような錯覚を覚える。
こんな強い魔剣を持つのは誰だろうと顔を上げる。
そこにいたのは麗佳とあまり年が変わらないくらいの純金の目を持った女性だった。
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