第9話 魔族の手の中で(後編)
逃がさない。今、オイヴァはそう言ったのだろうか。
「それはどういう事ですか?」
恐怖が混じっていると明らかに分かる声でハンニが尋ねる。
「レイカはともかく、ここまで魔族に対して敵意を持っている奴らを私が野放しに出来るわけがないだろう?」
オイヴァの残酷な宣言にため息をつきたくなる。でも、これに関しては麗佳は文句は言えない。オイヴァの言う通り、先ほどからハンニ達は何度も彼に突っかかっていた。警戒するのも無理はない。おまけに自分たちはオイヴァの敵である勇者パーティなのだ。
できれば仲間には警戒を解いて欲しいが、この様子では難しいだろう。せっかくきちんと話たいのに、これでは困る。
「つまり私たちは、しばらくオイヴァと一緒にこの部屋にいなきゃいけないってこと?」
「『勇者殿』は聞き分けがいいな。その通りだよ。まぁ、逃げたいと言うのなら、私を倒してからにするんだな」
どうせ無理だろうと言う思いが滲み出している。もし麗佳がオイヴァに対して仲間と同じくらいの警戒心を持っていたら苛立っていたに違いない。
「レイカ! こんな奴なんか四人がかりでやつけてしまいましょう!」
ハンニは先ほどから血気盛んすぎる。エルッキとヨヴァンカも彼の態度にどこか引いているように見える。麗佳も結構引いている。ハンニは魔族と何かがあったのだろうかと勘ぐってしまう。
「ふん。四人いれば私を倒せると? 三人がかりでも無理だったくせに」
オイヴァがハンニを嘲笑する。どうやら麗佳が倒れてる間に一戦交えていたらしい。何をやっているのだ、と頭を抱えたくなる。
「それとも、今はお前達の『勇者様』がいるから勝てると?」
話がこちらに向いた。麗佳はつい顔を引きつらせる。
もちろん麗佳はオイヴァに勝てるなどとは思っていない。勇者を二十八人も殺してきたオイヴァに、ただの小娘である麗佳が敵うわけがないのだ。
「ではさっさと
そういうが早いか、オイヴァの指が麗佳の首に巻きついた。
オイヴァは指に力を入れているようには見えない。なのに麗佳の首はゆっくりと締まっていく。
オイヴァの唇が満足そうに歪められる。
「さあ、どうする? 勇者殿。この指をほどくことが出来たら負けを認めて帰してあげるよ」
そんな事を言われても、苦しくて声も出せないのだ。ただ、殺せるほどの力ではない事が救いだ。それでも、ハンニの希望を打ち砕くためなので、ある程度は痛めつけるつもりなのだろう。
じたばたと暴れてみるが彼の手はびくともしない。さらに呪文を唱えられ、首から下が動かせなくなってしまった。
「ふぅん。これは効くのか。身体に対してかけてるからか? それとも魔術を使ってるからか。何にしてもお前の体質は面白いな」
感心したように言われても麗佳は全然嬉しくない。オイヴァのほうは満足そうに笑っている。
「憎っくき勇者が苦しんでるのを見るのはいつもの事ながらいい気分だな」
オイヴァがぞっとするような声でそうつぶやく。残酷な言葉に麗佳の顔が引きつった。オイヴァの方も勇者に対して何か嫌な思い出があるのかもしれない。まあ、そうでなければ二十八人もの勇者を一人で殺したりしていないだろう。
締められている首にさらに魔力らしきものが集まってくるのを感じる。何かの攻撃魔術でも施すつもりだろうか。
でも麗佳だってこのまま苦しめられ続ける気はない。悪あがきくらいはさせてもらうつもりだ。アニメや漫画だったらこういう時に食らうのは電撃だ。そんなものは受けたくない。
オイヴァに気づかれないように唇の動きだけでそっと詠唱をする。これはヨヴァンカと図書館で見た本にあった魔術だ。攻撃魔術を無理矢理に解いてしまう術だと説明には書いてあった。こういう時に使わなくてどうするのだろう。
少しだけ首の拘束が緩んだ気がした。目の前のオイヴァが一瞬だけ顔を歪めるのが見える。次の瞬間、麗佳は思い切り背中から床に叩きつけられた。身体は固められたままなので起き上がれない。
これはずるい。麗佳は内心で呆れながらも目だけは反抗的にオイヴァを睨みつける。オイヴァは麗佳の無言の非難を無視して勝ち誇ったように嘲笑った。
「私には敵わないという事が分かったか? 反抗などしないで、大人しく私に従え」
大ブーイングをしたいが、再戦などしたらさらにこてんぱんにされそうなので黙っておく。
とりあえずため息をついておく。はたから見れば降参に見えるように、でもオイヴァには、はっきり非難だとわかるように。
仲間達は悔しそうな顔をしている。これについては本当に申し訳ないと思う。
オイヴァは麗佳の降参を確認すると、すぐに拘束を解き、治療魔術を施してくれた。わざわざ魔術式を見せて確認もさせてくれる。ただ、ハンニの『魔族でも治療魔術が出来るんですね』というつぶやきには不愉快そうに眉をひそめていた。
「勇者殿、先ほども言ったが、責めるなら私に対抗して来た愚かな仲間達を責めろ。最初からお前があの三人を騒がせなければ私だってこんな実力行使はしなかった」
「無茶言わないで下さい! 私がオイヴァ様を魔族だと知ったのはついさっきですよ! その後は倒れてたわけだし……それから、さっき四人で話し合いたいって言ったのを拒否したのもオイヴァ様です!」
麗佳の文句にオイヴァは苦笑する。
「それもそうだな。悪かった」
そして素直に自分の非を認める。
「でもな、お前達、こちらの立場も理解しろ。私だって魔王陛下を守りたいんだ。お前達は陛下を殺すつもりなんだろう?」
「いいえ」
これだけははっきりと言っておきたい。
案の定、麗佳以外の四人はぽかんとした顔をする。
「何言っているんだ! お前は『勇者』なんだろう?」
反論してきたのは意外にもオイヴァだった。
「殺してどうなるんですか? 次の王が立つだけでしょう? もし、魔族がヴィシュ侵略を計画していたとして、魔王一人の命を消せば終わるものじゃありませんよね? 大体、侵略の話って嘘なんでしょう?」
「嘘なわけないじゃないですか! 実際、僕の家の本家は、昔、魔族に壊滅させられたと聞いています。だから僕は魔族を許さないんです!」
ハンニのその言葉にオイヴァの目が剣呑な光を帯びる。
「それはいつだ?」
「え? 大体、百八十年くらい前ですが……」
「その頃、勇者一行によって魔族の第二王子が殺されたのは知っているか? お前達の年齢で言えば三、四歳くらいだった幼い王子だぞ。当時第三子を身ごもっていた王妃は、その知らせを聞いたショックで、王女を産んですぐに亡くなった。二人の王族の死に関わった人間を魔族が黙って許すわけがないだろう。あの時はさすがのち……魔王陛下も手加減はするな、と怒鳴ってたしな」
淡々と言っているが、どこか怒りが混じってる。無理もない。昔の王族の死の話に彼らに忠実なオイヴァが冷静でいられるはずがない。
「当然の制裁だ。文句はあるか?」
ハンニは何も言えないようで黙っている。
「お前は何も知らなかったようだな」
オイヴァはそれだけ言って話を終わりにする。ハンニは悔しそうに唇を噛んでいる。
「昔、王都で魔族による大虐殺があったって聞いた事はあるけど、そんな事情だったんですの……?」
ヨヴァンカが呆然とつぶやく。
「その王子が抵抗したとかそういう事は……」
「ない」
エルッキの悪あがきもばっさりと切られた。
「何だか見て来たみたいな言い方ですわね」
「見たんだよ。目の前で」
オイヴァは静かに言った。また感情を隠すような淡々とした喋り方になっている。
見た、という事は魔族は長寿なのだろうか。だったら殺されたのは今の魔王の息子なのかもしれない。オイヴァは王子の側近だったのだろう。
「城に勇者が現れたという報告が来たから、庭で遊んでいるお……王子を迎えに行ったんだ。王子は好奇心旺盛な子で、誰にでも話しかけたんだ。お付きの侍女によると、少しだけ勇者と話したらしい。軽い自己紹介程度だったらしいが」
「それで? どうしてその王子様は殺されたの?」
「あの子が『魔王一族だったから』だそうだ。勇者は魔王の居場所をあの子に尋ねて『ああ、ちちうえは……』の言葉で態度を変えたらしい」
あまりにも酷い理由だった。そんな残忍な勇者もいるらしい。そんな人間と一緒にしないで、と言いたい。でも、そんな事は言えない空気が漂っている。
「急いで守ろうとしたが、勇者があの子の胸を貫く方がはやかった……」
淡々と言いたかったのだろう。でもその声には少しだけ涙がにじんでいた。
その勇者は結局どうなったのか、と尋ねると、その場で王子の側近達によって殺された、と返って来た。これに関してはほっとする。そんな恐ろしい殺戮者がずっと野放しになっているのが危険な事だという事は麗佳にも分かる。
オイヴァは一つため息をついて頭を上げた。そうして麗佳と目を合わせてくる。
「だから私はここで勇者を退治しているんだ。奴らの魔手が魔王陛下や王女に届く前に、な」
そう言ってまっすぐに氷のように冷たい目で睨んでくる。まるで麗佳がその勇者だというような目だ。麗佳達は怯えながらオイヴァの次の言葉を待つしかなかった。
「レイカ」
「は、はい!」
思わず声がうわずる。その様子を見てオイヴァは小さく笑った。
「お前と二人で話がしたい。夕食でも一緒にどうかな? まあ、下の居酒屋は今日は休みだから屋台の食事になるが」
「そ、それ、みんなは一緒に行っちゃ駄目なの?」
恐怖のあまりそんな言葉が口をついて出る。オイヴァは残酷にも首を横に振った。
「お前に確認したい事がある。それに私はお前の素の言葉が聞きたい。話し合いの後の整理された言葉なんかじゃなく。……お前はそのつもりだったんだろうが」
冷たい目で睨まれる。全部見抜かれていたようだ。麗佳は何と言っていいのか分からなくてうつむいてしまった。
「さあ、行くよ、レイカ」
そう言って手を差し出してくる。一瞬だけ足が動きかけた。だが、すぐに麗佳の思い通りに動くようになる。
今のは何だろう。
オイヴァはそれを見て舌打ちをした。この態度を見るに、麗佳を操ろうとして失敗したのだろうか。
「い、行きますよ。行きますから!」
とりあえず脇に置いてあったバッグを手にする。剣は残した。あんな事を知った今、『魔王を殺す剣』など持ちたくはなかったからだ。魔族の王族を殺さないという意思表示も示せたはずだ。
オイヴァは、麗佳が剣を持っていかないのに驚いたようだったが、すぐに冷静な顔になり歩き出す。
麗佳達が外に出ると後ろのドアが閉まる音がした。妙に大きな音で施錠される。麗佳は仲間と完全に離されたのだ。次はいつ会えるのか分からない。もしかしたら外に出た先でオイヴァに殺されてしまうかもしれない。
オイヴァが『してやったり』というように唇の端をあげるのが見える。怖い。でもついて行く以外選択肢がない。
びくびくする気持ちを抑えながら麗佳はオイヴァについて行った。
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