第7話 違和感

「ヨヴァンカ、どうしまし……レ、レイカ!」

「っ! お、お前は……! おい! レイカとヨヴァンカから離れろ!」


 男二人が、ラヒカイネン侯爵令嬢の魔術で転移してくるなり自分に怒鳴り散らすのを聞いてオイヴァは『うるせえなあ』と心の中で悪態をついた。


 敵の潜伏場所で、一人ぼっちで気絶した仲間を見ているのは辛いだろうと、他の仲間を呼ぶ事を許可したが、すでにオイヴァはそれを後悔し始めていた。


 今のオイヴァはその瞳の色を隠してはいない。四人中二人に正体を知られているのだ。だから隠しても無駄だと結論をつけた。まあ、そのせいで残りの二人に責められているのだが。


「あなたが魔族だったんですね。一体全体レイカに何をしたんです?」


 その中の細身の方がオイヴァに噛み付く。確か怪我の回復や人探しに使う魔術を操る『まじない師』という種類の魔術師だったはずだ。名前はハンニだっただろうか。


 ただ、オイヴァが彼の立場なら同じ態度を取っただろう。何しろ、敵である魔族の潜伏場所で大事な大事な『勇者様』が気絶しているのだ。

 きっと彼らには、オイヴァがレイカとラヒカイネン侯爵令嬢を攫って監禁しているように見えたのだろう。


「何もしていない」


 素直に答える。オイヴァはレイカにまだ何もしていない。気絶したレイカを前に真っ青になっているラヒカイネン侯爵令嬢を発見したから、図書館から比較的近い彼の宿に案内しただけだ。まだ攻撃も診察もしていない。


「嘘です! 魔族の言う事なんか信じられません! 大体あなたは実際レイカを……」


 五月蝿い。


 オイヴァは眉をひそめてから魔法を展開した。レイカの仲間を少しだけ遠ざけ、自分たちの周りにだけ防音と遮断の結界を張る。これで外からの鬱陶しい声はシャットアウトされた。

 嫌がらせのためにハンニの方を見て嫌みっぽく嗤ってやった。ついでにラヒカイネン侯爵令嬢に魔力封じの魔法をかける。剣士のエルッキには魔力がないから、騒ぐ事は出来てもこの魔法を破る事は出来ないだろう。


「これでよし、と」


 そうひとりごちてからレイカの体に手をかざす。詠唱をするとレイカの下に綺麗な魔法陣が現れた。その魔法陣に彼女の今の健康状態を調べてもらう。これで大体の病はわかるのだ。


 診察結果は『精神疲労と魔力枯渇』。


 どうして精神が疲労したのだろう。オイヴァと話したからだとしたらずいぶんと失礼な少女だ。


 とりあえず、それは脇においておいてまずは魔力枯渇の対策だ。


 他国では『魔力回復薬』というものが出回っているらしいが、西の方には広まっていない。基本的にはリスティア大陸の主要な国でしか流通していない。大陸の最西端のヴィシュ、そして海を挟んでさらに西の方にある魔族の国にはないのが普通だ。


 あの薬の魔力回復成分は魔族の魔力にも効くので、オイヴァとしては少しくらいは輸入したいと思っている。本当は原料になる植物の栽培がしたいが、残念ながらあれは亜熱帯のような暑い地域でしか育たない植物らしい。


 普通、ヴィシュでの魔力枯渇対策は、治療者の魔力を注いだ上で魔力回復促進の魔術をかけるという方式がとられている。


 もちろんオイヴァもその方法はよく知っている。だが、魔族であるオイヴァの魔力をレイカの体が受け入れるだろうか。この世界の人間が魔族の魔力を受け入れない事は知っている。魔力の種類が違うからだ。レイカは異世界人とはいえ人間だから、彼らと同じ魔力を持っているのだろう。


 とはいえ、あのパーティメンバーを結界の中に入れたくはない。またぎゃーぎゃーと騒ぐだけだろう。


 ものは試しだ。やってみるしかない。


「失礼」


 一言断ってからレイカの首筋に触れる。そしてその指先から魔力を放出する。


 オイヴァの予想とは違い、魔力はレイカの体にあっさりと吸い込まれていった。

 試してみると決めた事だが、その結果に思わず瞠目する。


 これは異世界人だからだろうか。それとも『勇者』だからだろうか。


 後ろで三人が騒ぐ気配がするが無視する。どうせ『レイカに何をする!』とでも言っているのだろう。


 次にレイカの体から少しだけ魔力を吸い出し、それで魔術式を構築する。

 そして魔術語で『発動』とつぶやけばレイカに魔術がかかる、という仕組みだ。


 魔族は普段は魔術を使わない。『魔法』というものがあるからだ。


 とはいえ、オイヴァは各国の要人とも関わる機会があったので、魔術もある程度は修得している。


 特にイシアル王国唯一の魔導師である男とは友人とも言える関係を持っていて、魔術もたくさん教わった。きっといつか使うと言われた時には半信半疑だったが、本当だった。


 とは言っても、人間とは違う魔力を持つオイヴァが魔術を使う場合、先に魔力変換の魔法を使う必要があるので面倒くさい。だからこそ普段は魔法ですましているのだ。


 レイカの様子を見る。どうやら魔力がある程度安定したらしく、血色もある程度は良くなっている。


 それにしても妙だ。

 オイヴァは改めてレイカの格好を見てため息をつきたくなった。


 昔の勇者は大体が剣士の格好をしていた。もちろん鎧も立派なものだった。


 なのに、レイカは下級魔術師が着るようなシンプルな黒いローブを身にまとっている。事前に情報を得ていなければ、そしてレイカが名乗り出なければ彼女が勇者だなどと信じなかっただろう。


 だが、魔力回復の術が効いているか調べるためにレイカの魔力を測った事でオイヴァは納得せざるをえなくなってしまった。

 この少女は弱々しい見かけによらず魔力が多いらしい。大国の王族レベルはある。


 きっと彼女はそれで召喚対象になったのだ。魔術師の装いをしているのもそのためだろう。とはいえ、もっと装備を立派にしなければ舐められる。

 もちろん魔族であるオイヴァは忠告などする気はないが。


 もし、レイカと意見が違えて彼女を捕らえる事になったらその強い魔力はしっかりと魔族の為に利用させていただこうと考える。


 だが、まだ殺すつもりはない。この娘とその仲間はあちらの情報をかなり持っているはずだ。もう彼らはオイヴァの手に落ちている。恐れる事はない。


 さっと手を振って魔法を解除する。レイカが目覚める前にその仲間から話を聞いておかなければならない。


「レイカに何をしたんだ、この魔族野郎!」


 エルッキが叫ぶ。


 音を遮断され、おまけにレイカに何かを施している所を見るしか出来なかった事で鬱憤がたまってしまったらしい。


「私は知り合いが体調不良だったようなので治療しただけだ。それとのあのままこの無力な勇者が死んでいく所を薄ら笑いでも浮かべながら見ていれば良かったのか?」


 オイヴァは静かに現実を突きつけた。その残酷な言葉に彼女の仲間達が息を飲む。


「無力だと!?」

「レイカが死ぬってどういう事ですか!?」


 男二人が同時に疑問を発する。オイヴァは心底呆れてため息をついた。それがまた彼らを挑発するという事はきちんと知っている。予想通りハンニは殺気立つ。


「何ですか! 僕たちを馬鹿にしているんですか?」

「しているよ。お前はまじない師とはいえ、いわゆる『魔術師』だろう。魔力枯渇も知らないのかと呆れていた所だよ」

「『まじない師』って何ですか? 私は魔術師の一員です」


 反論される。無知だ、と思う。どうやら『まじない師』という言葉はヴィシュにはないらしい。とはいえ、魔術がよく使われているミュコスや強国であるアイハにはある言葉なのだから学んでおく必要がある。


 馬鹿にするようにため息をついてからラヒカイネン侯爵令嬢の方を見る。


「さすがにお前は魔力枯渇の事を知っているだろう? ラヒカイネン嬢」


 オイヴァのその言葉に彼女は唇を噛んだ。


 それで大体わかる。あの場で治療したかったが、オイヴァの襲撃を警戒しすぎて何も出来なかったのだろう。


「情けない」


 そう彼女に向かって吐き捨てる。


「そんな風だから私につけ込まれるんだ。私が気まぐれを起こさなければ、四人ともこの手で始末されていただろうよ」

「ま、魔族風情が偉そうに!」


 ハンニが吠えた。オイヴァはちらりと彼に視線を向ける。同時に軽い攻撃魔法を放った。


 軽いとはいえ、体中に痛みが走る魔法だ。苦しくてたまらないのだろう。辛そうにうなっている。残りの二人が唖然としている。


 オイヴァはわざと冷酷な笑みを浮かべてハンニの前に立った。


「お前達は私の気まぐれで生かされているだけだ。口の聞き方には気をつけろ。わかったな。さもなくば……」


 そこで言葉を止め、脅すために手をかざす。


 ハンニはがたがたと震えている。残りの二人も同じだろう。脅しが上手く効いてオイヴァとしては満足だ。


 愉しそうな笑いを漏らしながらレイカの元に戻る。


「勇者殿にはもうしばらく眠っていてもらおうか」


 わざとヴィシュ人には通じない魔族の言葉で話しかけ、眠りの魔法をかける。これでレイカが突然目覚めて茶々を入れてくる事はないだろう。


「レイカ!」


 ラヒカイネン侯爵令嬢が悲痛な声を上げる。無理もないだろう。三人は、今、オイヴァによって勇者を人質に取られている状態なのだ。


 おまけにその勇者に何かの魔法をかけられているのにその効能が分からないとなると怯えて当然だ。


 意味深な笑みを浮かべながら彼らに向き直る。


「さあ、勇者パーティの一員であるお前らに聞きたい事がいくつかある。座れ」


 ソファーをあごで示すと三人は怯えながらも指示に従う。だが、やはり警戒されているのか固まって座っている。


 オイヴァは余裕な表情を見せながら対面する椅子にゆったりと座って足を組む。


「ところでお父上はお元気か? ラヒカイネン嬢」


 まず雑談から始める……ように他の二人には思えただろう。だが、オイヴァはこれでラヒカイネン侯爵令嬢に揺さぶりをかけるつもりなのだ。


 ラヒカイネン侯爵家はあのヴィシュ王国の貴族では珍しく魔族に対して友好的な家だ。だからこそ娘のヨヴァンカがどういう気持ちで魔王討伐に着いて来たのかが分からない。最初に見たときはオイヴァもまさかと思ったのだ。


 彼女はどう出るのだろう。家族など関係ない! と憤るのだろうか。それとも痛い所をつかれてうろたえるのだろうか。


 だが、彼女の反応はどちらでもなかった。


「お父様がどうかいたしまして?」


 きょとんとしている。どうしてその話題が出るのか分からないという顔だ。


「いや、前に会った事があるからどうしているかなと思ってな」

「あら、『会った事がある』のですか?」


 笑顔だが、その目の奥には警戒の色が宿っている。さすがにこの質問は早急すぎただろうか。


「元気かそうでないかと言うのなら元気だと思いますわ。少なくとも最後に会った時は元気そうに見えましたもの」


 その言葉に少しだけ引っかかりを覚えた。


「最後に会った時?」

「ええ。わたくし何か変な事を言いまして? 大体、先ほどから貴方は何を聞きたいのです? お父様を裏切り者だとわたくしに思い込ませたいのですか?」


 オイヴァはそっとため息をついた。かなり責めすぎたようだ。

 それでも追求をやめるつもりはない。


「悪い。私の勘違いだったとしたらかなり失礼だが、何だかお前がお父上とたまにしか会っていないように聞こえてな」


 ラヒカイネン侯爵令嬢はそっとうつむいた。当たりだったようだ。そして彼女自身もそれを寂しく思っている。


 気持ちは分かる。家族と会えないのは寂しいものだ。


「魔族の脅威があるのにヴィシュが何もしてないと思ってんのか? 実力はある者はきちんと幼い頃から王宮で教育を受けるんだ。それの何が悪い?」


 エルッキが加勢する。


 つまりこのメンバー達は幼い頃から親と引き離されて教育させられていたのだろう。


 彼らは何も知らない。知らないでヴィシュの王に使われている。


「そんな対策をしてもこちらは痛くも痒くもない」


 冷たくそう言って話を終わりにする。


「何だとこの野郎!」


 オイヴァの態度が気に食わなかったのだろう。エルッキが噛み付く。


 予想はしていたが、鬱陶しいのは変わらない。オイヴァは不機嫌そうに眉をひそめて見せた。それだけで彼らは怯む。先ほどの脅しの効果はまだあるようだ。


 馬鹿にするように、ふん、とだけ言って話に戻る。

 いや、戻ろうとした。


「ん……」


 背後で今聞こえるはずのない声が聞こえる。オイヴァは慌ててそちらを振り返った。


 ベッドの上の少女の開くはずのないまぶたが少しだけ動いた。この女は魔法が効きにくい体質なのだろうか。


 オイヴァは少しずつ解いていたレイカへの警戒を戻した。


 彼女に向き合い、厳しい表情で眺める。


 目覚めた瞬間、目の前に敵であるオイヴァが立っていたらこの少女はどんな態度を取るだろう。怯えるだろうか、戦闘態勢を取るだろうか。何にしてもその反応こそが彼女の本音だ。


 そのうちにレイカの目から一筋の水がゆっくりと流れる。


 何の夢を見ているのか知らないが、感傷的になられるのは見ていて腹が立つ。オイヴァは鬱陶しいそれをさっさと指でぬぐい去った。


「レイカに触れるな!」


 エルッキが叫んでいる。オイヴァはそれを無視した。


 レイカのまぶたがゆっくりと開いていく。オイヴァはどんな表情でも見逃さないと言うように彼女の顔を覗き込んだ。

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