第6話 現勇者の想い
本の中身を読み終わった麗佳は深い深いため息をついた。
重い内容だった。麗佳が今の『勇者』であるからこその重みだ。
「私も同じような事になるのかな」
ついひとりごちる。そう言葉に出してしまうと余計に恐怖がわき上がってくる。
だから、次にわき上がった疑問を口にする事はしなかった。言ったら現実になるような気がしたのだ。そのかわりにきつくきつく唇を噛む。そうでなければ泣いてしまいそうだ。
小説の中には魔王を倒した後の勇者が召喚国によって酷い目に遭わされるというものがある。でもそれが自分に『現実』として降り掛かってくると、どう反応したらいいのか分からないのだ。
それでもこれは本当なのかという疑問もある。
とりあえず『大月喜助』という人物が勇者リストにあるのかもう一度調べてみようと考える。
そうして立ち上がると不意にめまいがした。慌てて椅子に座り直す。ずっと集中していたから疲れたのだろうか。
深呼吸を何度かしてゆっくりと立ち上がる。めまいはもうしなかった。という事は呪いの類いではないだろう。
おそるおそるドアノブを掴む。今度はあっさりと開いた。
そこで本を読む前にオイヴァの声が聞こえた事を思い出す。音から推測するに、オイヴァはこの部屋から追い出されたのだろう。喜助が設置した魔術なのだろうか。麗佳は何にも悪くないのに、罪悪感が沸いてくる。
まだオイヴァはいるだろうか。一応ドアの向こうからきょろきょろ見回してみたがオイヴァらしい人影はなかった。いや、彼は魔族だから『魔族影』と言った方がいいのだろうか。
それにしてもあの本に『ヴェーアル家』——『べある家』と書いてあったが——の事が書かれていたのには驚いた。オイヴァが麗佳達に接触してきたのはもしかしたら幸運な事だったのかもしれない。
「あ!」
小さい声をあげる。これから調べものをするためには記憶を書き留めておく必要がある。麗佳は扉を閉め、持っていたかばんからシャーペンとメモ帳——召喚時に持っていたバッグに入っていた——を取り出した。そして調べるべき事を箇条書きにする。幸い椅子はまだそこにあったのでありがたく座らせていただくことにした。
今日調べること
・ 大月喜助(おおつき きすけ?)という名の勇者が実在するのか
・アイシアルという国が本当にあるのか(パーティーメンバーの誰かに聞く)
明日以降に(調べられたら)調べること
・勇者の剣についてる(らしい)魔術の術式
・(あったとして)それの解除法
・世界地図
・アイシアル国の詳しい情報(今日貸し出し出来たらするかも)
パーティーメンバーと話し合うこと
・オイヴァのこと
・勇者の運命のこと
・みんなの気持ち
オイヴァにお願いすること
・オイヴァの父親かおじいさんへの面会予約
・魔王へのコンタクト
・
「これくらいかな?」
シャーペンのキャップ部分であごをとんとんと叩きながら考える。
オイヴァと話さなければいけない事はもっとあるだろう。でも、それはパーティメンバーと話し合って決める事だ。
「よしっ、と」
気合いを入れて立ち上がる。とはいえ、また気分が悪くなるといけないのでゆっくりと動いているが。
先ほどの場所に戻って勇者リストを開いてみる。大体、どこにあるのかは検討がついていた。
あの本には、喜助は魔王を討伐した、いや、思いがけず殺してしまったと書いてあった。だったら間違いなくたった一人の『討伐成功』した人物だ。
麗佳の予想通り、その名前はそこにあった。
これで、あの本の内容が真実かもしれない可能性は高くなったということだ。
はやくパーティメンバーと話し合わなければいけない。麗佳は閲覧室にいるヨヴァンカの所に向かった。オイヴァとの話や、あの不思議な本の事でかなりの時間が経ってしまったのだ。間違いなく心配しているだろう。
だが、麗佳は閲覧室までいく必要はなかった。部屋に向かっている途中でヨヴァンカがかけよってきたからだ。
「レイカ! 今までどこで何をしていたんですの!?」
そして顔をあわせた途端に怒鳴られる。オイヴァの時と違って防音魔術を使っていないので周りの人の視線が二人に刺さる。
麗佳は慌てて両手をあわせて謝るポーズをした。ついでにそっと防音魔術をかける。
「ごめん。ちょっと本に夢中になっちゃって……」
その仕草を見てヨヴァンカはため息をつく。
「魔族に連れ出されたのかと思って気になってたんですのよ」
「ああ、うん……」
魔族とは会った。確かに会った。麗佳はそっと苦笑する。
「心配かけてごめんなさい」
もう一度きちんと謝る。ヨヴァンカは呆れた顔をして許してくれた。
エルッキ達も心配しているだろう。二人は急いで宿に帰る事にした。それに今日は四人で話し合わなければいけない事がいっぱいある。そしてその結果次第で明日以降にオイヴァと接触する事になるだろう。
とはいえ、突然『ヴィシュの国王に殺されそうなので助けて下さい!』などと言ってもオイヴァは取り合わないだろう。オイヴァにとって麗佳という人間は死のうが生きようがどうでもいい存在だ。おまけに彼らの王と決闘しようとしている『要注意人物』なのだから麗佳が死んだ方が彼にはありがたい事なのだ。
多分、そういう事になる場合、麗佳は相当の対価を払わなければならない。
とはいえ、魔族の好むものが分からない。きっと仲間達も知らないだろう。
『明日以降に調べること』のリストに『魔族の好み』も入れようと決める。
「ところで先ほどから気になっていたけれど、レイカ、あなた顔色が悪いですわ」
「え?」
考え事をしている途中でそんな事を言われ面食らう。
「気分が悪いのに無理しているわけではないですよね?」
そう言われてもよく分からない。ただ、あの不思議な部屋から出た時に少しふらついた事を思い出す。
「ちょっと疲れたかな? あんなに根を詰めて読書する事ないからね。一回くらっと来たけど……」
頭の使いすぎ? と笑い飛ばしたがヨヴァンカは見逃してくれなかった。
「宿に帰ったらきちんと休んで頂戴! いいわね? レイカ!」
「は、はい」
ヨヴァンカの剣幕に少したじろぐ。その途端、またあの目眩が振ってきた。
やはり貧血だろうか。麗佳はその場にしゃがみこむ。貧血持ちの同級生が時々そうしていたからだ。きっと少しだけ気分がよくなるのだろう。
「レイカ!?」
ヨヴァンカは慌てた声で叫ぶ。
「あ、大丈夫。ちょっとくらっときただ……」
ごまかして笑う事は出来なかった。
そのまま、麗佳の意識はブラックアウトした。
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