第5話 先代勇者の書
私は前に頁に書かれた絵の真ん中にいる男だ。
あの絵を見て、貴方はさぞかし当惑しているだろうと思う。
でも、これは真実なのだ。だから、どうか受け止めて欲しい。
私はあの絵のとおり、本当に殺されかけた。それも魔族ではなく、びしゆの王の遣いに。
私も、貴方達と同じく、魔族の王を倒すべき英雄としてこの異界に呼ばれた。
王の話に私は心を打たれた。魔族がいかに邪悪な種族なのか、彼らによってびしゆの国がどれだけ苦しめられたのか教えられたのだ。
私は憤怒した。
でも、それは全て嘘だったのだ。
(中略)
王は確かに言ったのだ。悪いのは魔族の王だけであると。彼を殺せば侵略は止まると。そしてこの世界に平和が訪れると。
これは後の話にも関係するので覚えておいて欲しい。
(中略)
魔族の王は楽しそうに私を迎えた。せっかく来たのだから決闘はしてやると言われた。もし、私が勝ったら彼は私の言う事を何でも聞く。そのかわり、私が負けたら魔族の王の家来になれと言われた。
馬鹿にされていると思った。だが、これは優しい譲歩なのだと私が知ったのは、彼が死んだ後だった。
(中略)
私の
後から知った事だが、貴方も持っているであろう『魔族の王を倒す
だから間に合うのなら言っておく。この
(中略)
王の遣いは傲慢な態度で私に言った。魔族の皇子も殺して来いと。
その時、私は理解した。きっとこれは続くと。皇子を殺したら次は皇女を、それが終われば重臣を殺せと言われ、魔族の土地にいちいち戻されるのだと。
つまり私を元々いた世界に戻す気はないのだろう。そうして魔族を全滅させる気なのだ。
これではまるで侵略しているのがこちらではないか。そう反論すると、冷たい目で睨まれた。
それが答えだった。
だから嫌だと言った。もう悪の一族を殺しには行かない、と。
そうしたら彼の態度が一変した。
あの表情を私は一生忘れる事はないだろう。
悪意に満ち、私を見下すあの醜悪な表情を。
(中略)
使者は毒を差し出しながら「運が良ければこれで元いた世界に帰れるだろう」と嘲笑った。だが、それは私の魂であっても私自身ではない。
(中略)
きえるはそっと私を逃がしてくれた。
おまけに遊学時代の伝手まで使ってくれたのだ。彼にはどれだけ感謝してもし足りない。
他の魔族の王の討伐隊の一員は皆逃げたのに、彼だけはそっと助ける術を作ってくれた。おまけに何度もお礼を言う私に、『私は五男で相続には関係ないから自由なのだ』とだけ言って楽しそうに笑う。
こういうのを本当の『親切』と言うのだろう。
(中略)
そうしてあいしあるの国に逃げた私たちはそこの皇太后に迎えられた。彼女は魔族と親戚なのだそうで、この異界人の呼び出しには心を痛めていたのだそうだ。
本来ならこの世界で一番力のある帝国の皇帝である彼女の兄が一声言えばこのふざけた行いは止まるようだ。だが、西の方の国の者はかの者達を邪魔に思っているようなので、力で押さえつければ大きな戦が起こるかもしれないらしい。
とはいえ、彼女の影響力も強いようですぐにびしゆの国に警告を発してくれた。これで変な召喚はしばらく収まるだろう、と約束してくれた。
ただ、彼女の死後はどうなるか分からないと言う。だから私はその時が来たときの為にこれを書いているのだ。
この皇太后は素晴らしい人だ。人間が出来ているとはこういう事を言うのだろう。まずその穏やかな笑顔が魅力的だ。
次にそのその芯の強さが素晴らしい。元大国の皇女なのだと聞いているが、それ故だろうか。
おまけに
(中略)
魔族の国に行く前にこの本を見たのなら、王を倒さず、魔族のべある家に庇護を求めよ。
もし、倒してしまった後ならば、この部屋にある仕掛けを作動させ、あいしあるの国に逃げよ。そうして王家にかくまってもらうように。方法は最後の頁に記してある。
どちらにも話は通してある。安心して頼って良い。
最後にあの優しい皇太后が教えてくれた言葉を記しておく。
「未来では私たちの事を『勇者』、つまり『勇気のある者』と呼ぶ」
だから私は勇気を振り絞ってこれを書くのだ。
これから私と同じ思いをするかもしれない貴方達のために。
貴方達もその胸に持つ勇気を忘れるな。
そうすれば幸運はきっと貴方の所へやってくる。
元勇者 大月 喜助
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