第2話 魔族について
「そういえば……」
麗佳はぽつりとつぶやいた。隣で本を読んでいたヨヴァンカが反応する。
「どうしたんですの? レイカ」
今はエルッキの部屋に集まっている。話し合いのためと言っていたが、結局は思い思いの事をしてくつろいでしまっている。
本当に緊張感が無いと麗佳自身も思う。だからこそ、今の今までこれを聞くのを忘れていたのだろう。それともこれも魔王の計画のうちなのだろうか。
「どうしたんだよ、レイカ。なんか聞きたい事でもあるのか?」
「魔王の外見ってどんなふうなの?」
「え!?」
その質問にパーティメンバーの全員が麗佳の方を見る。確かに魔王領の真ん前の街まで来てその質問はなかったかもしれない。
「教えてなかったか?」
「聞いてないよ」
「そういえば、この世界やこの国の話はしたけど、魔王の話はしてなかったような……」
「うん。全く疑問に思わなかった私も馬鹿だった。ごめん」
「いいのよ。わたくし達も一番に話しておくべきでしたわ」
今更な失敗に四人は頭を抱えた。
こんな話が出来るのはここが宿の一室である事と、ヨヴァンカが魔石を使って防音の結界魔術を張ってくれているからだ。
「って言ってもおれも魔王のしっかりとした外見って知らないな」
「え?」
「そう考えてみれば僕もですね」
「まあ……具体的なのはわたくしも……」
あれぇー? と麗佳は言いたくなった。そんなふうで本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。まあ、今の今まで魔王の外見を知りたいと考えなかった自分が言えることではないと思い直した。どっちもどっちだ。
「魔族が金色の目を持っている事は知ってるわ」
「いや、それは有名だろ」
「金が混じった目をした者は魔族か魔族のハーフだという話ですよ」
それは初めて聞いた。というか魔族に子供が出来る事も麗佳は知らなかったのだ。
「金色の目なの? それって目立たない?」
「そりゃあ目立ちますよ。ただ、見かけたことはありませんが」
「見かけたら片っ端から騎士団が討伐してるんじゃね? それか密かに処刑されてるか」
それもそうかもしれない。だが、罪を犯してもいないのに魔族まじりというだけで殺されるというのは悲しいと思う。まあ、先ほどの討伐の話もエルッキの予測でしかないから、麗佳には何とも言えない。
「あ、ただ……」
「ん?」
「他国の王族には魔族と婚姻を結んだ者もいるそうです。魔族混じりの癖に堂々と王の座に座ってる者がいるとは、と父が嘆いていましたから」
ハンニのその言葉にエルッキとヨヴァンカが慌てだす。
「おい! いくら結界が張ってあるって言ったってそれは言っちゃ駄目だろ!」
「そうですわ、ハンニ。わたくしの魔術なんて長老陛下はものともしないでしょう」
またわけの分からない言葉が出て来た。長老陛下とは何だろう。
「この世界で一番偉い人だ」
エルッキがざっくりと説明してくれるが麗佳にはさっぱり分からない。世界自体に王がいるなんて聞いたことは無い。
「エルッキ、何ですか、その雑な説明は」
ヨヴァンカがため息をつく。
エルッキは不満そうにぶーぶー言っているが、麗佳とヨヴァンカはそれを無視した。今はエルッキの不満より『長老陛下』についての話を聞く方が大事だ。
「長老陛下というのはアイハ王国の先王であるハシント・アリッツ陛下の事……と言っても分からないわね。まあ、簡単に言えばこの世界で一番力を持っている国の元国王の事よ。人間では一番長寿だから『長老陛下』と呼ばれているの。退位はされているけど、今でもあの方の影響力は強いわ。ですからハンニ、長老陛下の悪口言っては駄目ですわよ。いいですわね?」
「はい、ヨヴァンカさん、ごめんなさい」
ヨヴァンカの言葉にハンニは下を向いてしまった。どこか不満そうな表情をしているのはまだ納得がいかないからだろうか。ハンニは相当魔族にいい感情を持っていないようだ。
レイカも、とついでに釘を刺される。麗佳は素直にうなずいた。元よりその『長老陛下』に悪い感情など持っていない。それに、この世界の最高権力者なら反抗しない方が身のためだろう。なにせ麗佳は『異世界人』なのだ。権力には逆らわない方がいい。
とはいえ、魔族と婚姻を結んでいる者なら麗佳がやっている『魔王討伐の旅』にもいい感情は持っていないだろう。倒すだけであって殺すわけではないから許して欲しい、と甘い考えが浮かぶ。
少しその長老の事も知っておいた方がいいかもしれない。そう思い、麗佳はヨヴァンカに改めて向き直った。
「その婚姻って最近の話なの?」
「いいえ、何百年か前の話ですわ。確か長老陛下の曾祖母君に当たる方が魔族だったとか。それ以前にも、あの国は、何百年かに一度、魔族と婚姻を結んで強い魔力を得ているそうよ」
つまり婚姻の目的が魔力だという事だ。という事は魔族はとてつもなく強い魔力を持っているのだろう。
麗佳も元の世界では覚醒していなかったが、魔力持ちの中では魔力が多い方らしい。だから召喚対象になったのだろうとハンニとヨヴァンカが言っていた。
だが、きっとそれ以上だろう。相手は魔族。麗佳は人間だ。
大丈夫だろうかと心配になってくる。そんな相手にかなうのだろうかと。大体、流れでここに来てしまったが、自分が決闘など出来るのだろうかと不安になる。
それでもここまで来て引き下がるのはどうかとも思う。
ただ、麗佳はもう少し魔族について知る必要があるだろう。元の世界でものを調べるのならインターネットが主流だが、きっとこの世界にはそんなものは無い。
それでも本くらいはあるだろう。
この土地にはあと二、三日は滞在すると言っていたから図書館くらいには行けるだろうと考える。
「あ」
不意にヨヴァンカが声をあげた。
「どうしましたか、ヨヴァンカ」
「言われなければいけない事があったの。こんな大事な事を今の今まで忘れていたなんて……」
様子が変だ。エルッキがすぐに厳しい表情になる。
「何だ。今でも間に合うなら話した方がいい」
「ええ。実は……、……っ!?」
話し始めた瞬間、ヨヴァンカは突然指を押さえて苦しみだした。何故か悔しそうな顔をしている。
「ヨヴァンカ?」
「どうしたんですか?」
本当に様子が変だ。麗佳とハンニは不安そうにヨヴァンカを見る。
「魔族がらみか」
「ええ。どうやら口止め系の魔術をかけられてしまったみたいで……」
「『ヨヴァンカ・ラヒカイネン侯爵令嬢』がか?」
エルッキがわざとヨヴァンカのフルネームを言う。言いたい事は分かるが、その言い方はどうなのだろう。
だが、状況が状況なのでヨヴァンカは言い返せないようだ。悔しそうに唇を噛んでいる。
それでもヨヴァンカは言える範囲で話してくれた。魔王の側近であろう者がこの街にいる事を。
「どうします? すぐに街を出ますか?」
「いや、そのままのスケジュールで行こう。ヨヴァンカにそんな事をするくらいだ。きっと近いうちにレイカに接触してくるだろう。その対策を立てておいた方がいい。それにここでの情報収集は必要だ。明日、おれも聞き込みをしてくるから」
麗佳もエルッキに賛成だ。もし今すぐ街を出るとその魔族から逃げるという事になる。
迎え撃つしか麗佳達には選択肢が無い。
とはいえ、ヨヴァンカはその側近の魔族にどこで会ったのだろう。麗佳は記憶を反すうするが、金の瞳の人間にも動物にも会っていない。
まあ、ヨヴァンカは空き時間に一人で雑貨屋や魔道具店を訪れているから、その時に会った可能性もある。
麗佳が明日図書館で一人になったら接触してくるだろうか。とはいえ、そんな危ない行動は慎むべきだろう。
それでも少しだけ接触したいという思いもある。魔王の配下なら、魔王の考えも分かるだろう。何故ヴィシュ王国を手に入れたいのか聞けるかもしれない。言葉が通じれば、だが。
そして、その者を通して魔王と和平を結べば、誰も傷つかずにすべてを解決出来るだろうか。麗佳も戦わずに済むのだろうか。
それはとてもいい考えに思えた。
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