第10話 不老不死は可能か
これは誰もが描く夢物語である。この難しい問題の答えを知るためには「老化」と「死」が持つ本当の意味を知る必要がある。
ヒトの体細胞は約60兆個あるとされているが、その一つ一つにDNAが格納されており、細胞が分裂する際にDNAは複製され、新しい細胞に分裂前と同じDNAが入るようにできている。このDNAの端にはテロメアという帽子のような組織があり、細胞が分裂するたびごとにテロメアは少しずつ短くなり、テロメアがなくなった時細胞は分裂できなくなり細胞死を起こすことが知られている。
なぜ、このようなことが起きるのか。これは傷ついたDNAを排除するために組み込まれた摂理ではないかというのが通説である。すなわちDNAは紫外線や有害物質、その他の様々な外的要因により常に傷つけられる運命にあり、こうして傷ついたDNAを排除しないと好ましくない遺伝形質が蓄積し、やがてDNAは自壊してしまう可能性がある。よって、DNAは自らに自死するプログラムを課すことで、こうした最悪の事態を回避するという非情な仕組みを作ったというのである。
しかし、こうした細胞分裂の制御は、個体全体でみると老化を引き起こし、最終的には個体を死に至らしめる。それでもDNAの健全性は保持され、新しい命のもとでDNAは生き続ける。要するに、命あるものはすべてDNAを生かすために犠牲になることを運命づけられているのである。これをDNAの利己性という。
ここまで書くと、不老不死は避けがたい摂理かとあきらめたくもなる。ところが世の中には死なない細胞もある。それがガン細胞である。ガン細胞はテロメアーゼという酵素を出して、永久に分裂を続けるという。ガン細胞が死なないため、人は逆にガンにかかり、やがては個体死に至る。
しかし、このガン細胞のいい面だけをうまく利用できれば、不老不死を手に入れられる可能性もある。全身のすべての細胞がガン細胞になれば、そしてそのガン細胞が暴走しないようコントロールできる仕組みができれば、人は死ななくなる。DNAに利用されていた人間が、逆にDNAを支配するのである。
今のところ、そのような都合のいい話は全くの夢物語であるが、遠い将来そのような科学が本当に実現するかもしれない。しかし、人が永遠の命を得るとなると、それはそれでいろいろ新たな問題を生じるであろう。やはり人は適当なところで死ぬのが最善なのかもしれない。
このテーマについてさらに詳しく知りたい方は、拙著「テロメア」を参照してください。
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