第41話(真帆編 梅の宿編)


「やっと着いた」

「雪合戦以来だね」

 先にバスを降りた陽菜と綾に続いてとぼとぼと降りていく。途中から道路が渋滞したせいで開場時刻を過ぎてからの到着となってしまった。

 ――さてこれからどうするか。

 移動中のバスの中で陽菜と綾が「どんなお肉があるのかなー」と嬉しそうに会話していたのを思い出す。その際どれほど郁美から連絡が来るのを祈ったことか。

 残念ながら願いは届かなかった。着いた今でも返信はないどころか既読すらもつかない。

 ――早く気づいてよ郁美ぃ―。

 今さらになって恐怖が迫ってくる。

 ここまできて入れない。目の前の二人にお肉は食べられませんでしたーなんて言ったらどんな目に遭うか。我ながら賭けに出過ぎた。

「混んでるなー」と陽菜が入り口周辺を見渡す。藤沼邸の大門前にある受付には多くの人だかりができていた。

「――あ、あれ橋田アナ?」と綾に言われて気づく。国木のローカルテレビに出ている女子アナ。そのお隣にいるのはフリーで活動する地元タレントの女芸人さん。二人供楽しそうに会話している。

「知事も来るんだっけ?」と陽菜が聞いてくるのを「たぶんねー」と適当に言いながら周囲をキョロキョロ。頼みの綱である郁美と連絡が取れないのならば、招待状を持つ第二の希望である愛海を見つけるしかない。

「ん?」

 そして愛海ではなくこちらに手を振る首藤さんを発見。受付から少し離れたところに一人でいる。提灯を持って立っているのと和装のせいか時代劇みたいに見えた。

「ちょっと待ってて」と一旦二人を置いて彼女に近づくと「郁美ちゃん一緒じゃない?」と言われた。

「いえ、それが全然連絡取れなくて」

「えー! そっちも?」

「首藤さんも?」

「返事が一切ないの」

 聞けば首藤さんはちーちゃんを中に入れる為に郁美から協力を頼まれていたらしい。言われた通りの時間に受付へ来たものの、郁美達が姿を現さないから困っていたのだという。

「――え、真帆ちゃん招待状ないの?」

「そーなんです。今はどうしようかな状態です」と正直に話す。

「じゃあこっち来て」と言われ後に続く。大門から離れ、塀沿いに少し歩いて行くと塀に張り付くようにある戸へとぶつかった。

「ここから入って」

 取り出した鍵で開く小さなそこへ通してくれるようだ。ほんとに時代劇みたい。

「いいんですか?」

「郁美ちゃんの関係者ということでお屋敷に通すぐらいだったら大丈夫だと思う。でも会場に行く際は注意してね。招待状と引き換えに渡される参加証を所持してないと追い出されちゃうから」

「すいません。ありがとうございます」

 郁美と連絡が取れないことが引っ掛かるが、とりあえず置いてきた二人を呼んで屋敷の中へ一旦入る。偶然出会った首藤さんのおかげでなんとか門をくぐることができた。

 ――が。まだ自由に動けるわけではない。

 とりあえず陽菜と綾には郁美が来るまで待てと説明。タダでお肉がだべられればなんでもいいのか、深く追求されることはなかった。

 首藤さんに案内され屋敷内の小座敷へ通される。そこは梅の宿の会場エリアの範囲外になるので私達以外は誰もいない。

 藤沼邸にあるお屋敷の中は靴を履いて歩けるエリアとそうじゃないエリアとに分かれている。

 今私達がいるのが靴を履いて歩けないエリア。以前雪合戦のときに使用した囲炉裏のある談話室もそう。このエリアは関係者以外の立ち入りは禁止になっているので、例え参加証を持っていても入ることはできない。

 梅の宿の会場は大きく四つにわけられる。

 一つ目は私達が入れなかった受付のある大門。

 二つ目は大門から庭へと繋ぐ小道。

 三つ目はその小道を歩いた先にある庭園(庭園といっても一部である)。

 そして最後の四つ目が庭園と繋がる屋敷内の大広間だ。ここは私達のいる所と違って靴を履いて歩けるエリアとなっている。大広間と庭を仕切る全開口の窓は普段閉めっぱなしにして外から入れないようにしてあるが、今夜だけは大広間と庭を行き来できるように全て解放されている。

 そしてこの大広間の中にお肉を含めたごちそうがある。バイキングみたいに好きな物をとって飲み食いできるそこを自由に歩き回れればいいのだが、参加証を所持していないと見回りの人に見つかった際は追い出されてしまう。

 言うまでもなく郁美が来るまで大人しく待つのが一番の安全策。でも首藤さんが教えてくれた見回り時間にさえ注意すればいけそうな気もした。


『大広間は見回りの時間以外なら入っても平気だとは思うけど。郁美ちゃんが帰ってくるまでは大人しくしてたほうがいいと思う』


 首藤さんに言われたことを思い出しながら一人唸る。

 危険だしやめた方がいいか。他の藤沼家の人ならまだしも、私の顔をはっきり憶えている郁美のお婆ちゃんに見つかったら間違いなく即叩き出される。

「早くお肉に会いたいねー♪」

 でもなー。お腹空いているのか陽菜がうるさくなってきたしな。

 考えてみればもう夕飯時だ。そろそろ陽菜にごはんをあげなければ怒り出す可能性が。

「ちょっとまっててー」と部屋から出て一人で大広間の方へと向かってみる。ちょっとだけ様子見しよう。

 私達のいる小座敷は藤沼邸の端にあるせいかちょっと遠い。靴がないからわざわざ玄関まで行って小道、庭園、大広間のルートで行かなくてはならなかった。

 ――おまけにここ。ちょっと迷路みたいになってるんだよね……。

 屋敷の中は何度か来たことがあるからわかるけど、慣れてない人は結構歩き難いと思う。

 迷うことなく表へ出て庭へと続く小道を歩いていく。何人かの藤沼家の人達とドキドキしながら擦れ違うが、みんな忙しいのか少しも疑われることはなかった。案外いける。

 ――でもさすがに大広間はやばいか。郁美のお婆ちゃんはそこにいることが多いって首藤さん言ってたしな。

「あれー?」

 そう思った矢先の声だった。背後から間違いなく私に向けられた声にビクッと肩が跳ねる。

 ――ヤバイ。まだ庭にもついてないのに見つかった。

 そして恐る恐る振り返って驚く。

「真帆ちゃんじゃん」

「え!? おじさん?」

 なぜか志穂のおじさんがいる。お隣にいるのは以前バッティングセンターで会った戸田さんだった。

「うちの娘のお友達だよ」とおじさんが戸田さんに説明。

「知ってる。一度顔を合わせたことがある」と、戸田さんはバッティングセンターで会ったときのことを憶えていてくれた。

「真帆ちゃんも参加してたんだね」

 はいと言おうとしたが寸前で抑える。おじさんには本当のことを言っていいかもと瞬時の判断が出た。

「実は参加証持ってなくて――」と、屋敷の奥で他の二人と引きこもっている理由を話してみた。もしかしたら何かいい打開策を提案してくれるかもと期待。

「お腹空いてんのか。なら俺達と一緒にメシのあるところまでいく?」

「え?」

 俺ら参加証持ってるしと、ポケットから出した参加証のカードを見せてくれる。

「俺らと一緒にいて堂々としてればカモフラージュできると思うよ」

 よっぽど不審な動きさえしてなければ、見回りの人から参加証の提示は要求されないことを話してくれる。まさか本当に提案してくれるとは……。

「昔それでバレなかったな」

「我ながらいいアイディアだったろ?」

 急に変なことを言い出したけど、それについては後回しだ。スマホの時計を見て見回り時間がまだ先なことを確認。これで郁美のおばあちゃんさえ大広間にいなければ安全だ。

 好機はつかむべしとおじさんの提案に乗ると決断。陽菜と綾にご飯を食べさせるのなら今がいい。

「お願いしてもいいですか?」と言ったところで「おい孝宏――」と今度は女性の声。

「――なにやってんだコラ」と二人の女性がこちらへやってくる。誰かと思えば以前バッティングセンターで会った望月さんだった。隣の人は誰かわからない。

 ――望月さんスナックで働いてる人みたいな格好になってる。

 その上に彼女のサイズとは思えない大き目の上着を羽織っている。おそらくは隣にいる見知らぬ女性のものだろう。

「ナンパなんてサイテーね。その子怖がってるじゃない」

「サツに突き出すぞコラ」と、なぜか二人供おじさんのことを悪者にしようとする。

「ちょうどいい。お前らこの子達にメシ食わせてやってくれよ」と、おじさんは二人に私達のことを簡潔に話す。

「――なら女同士の方がいいよな」と二人が私達を連れていくことを快諾。

「じゃあ頼んだ。にしてもうちのアホ娘どこでなにやってんだろうな。真帆ちゃんが連絡取れないってことは渋滞に捕まったってだけじゃなさそうだな」

 バスに乗った時にも遭った渋滞は藤沼邸の近くでやっている道路の舗装工事が原因らしい。平日でも結構な混み具合を作ってしまうらしく、それを予め知っていたおじさん達は裏道を使って回避してきたという。

 志穂と郁美がそれに捕まった可能性は十分にあるけれど、おじさんの言う通りでまったく返信がないってのはおかしすぎる。

 ――なにか重大なトラブル?

「……」

 しかしそう思ったのは一瞬だった。

 すぐにそれはないっぽいと否定。そうではない気が異常なくらいする。

 もっとこう、なにかこう、すごいマヌケな理由である可能性の方が強い……。

「まーその内来るだろ」とおじさんも似たようなことを思ったのか楽観的。そして「あ、そーだ。これあげる」と言ってビニール袋から取り出した使い捨てカイロを三つくれた。

「ありがとうございます」

「とりあえずその二人連れて来なよ。お腹空かせてんだろ?」

「はい」と言って何の事情も知らない二人を連れ出しに一旦戻る。その隙におじさんと戸田さんは大広間に郁美のお婆ちゃんがいないかどうか見に行ってくれた。

 二人を連れて戻ると陽菜を見た望月さんが「あ、いつか店に来てくれた子だ」と話す。陽菜も「あ、どうもです」と挨拶。意外に面識あった。

 でも隣の泉さんとは初対面なようだ。陽菜と綾を見て少し驚いた顔をしている。

「随分大っきいね。バレー部?」

「よく言われるんですけどバリバリ現役ツヤツヤの帰宅部なんですよ」

 背高いあるある質問を目の前にしたところで砂羽さんのスマホが鳴る。おじさんからだ。

「大広間にはいないってよ」

 安全も確保されたわけだし五人で進んで行く。泉さんと望月さんの二人に挟まれるような形で庭を通って大広間へと入っていった。

「おおー!」

 そして入った瞬間たくさんの料理を前にして陽菜がすげーを表現。周囲の視線を浴びるので「静かにして」って言うけどもう遅い。たぶん声が原因じゃなくて陽菜の存在が目立っている。

「いい匂い」と続けて綾が入ったせいで目立つが更にプラス。

「中は昔とあんま変わんないな」と服装のせいか望月さんも入ったことで更にプラスされた。考えてみればこのメンバーで大広間に入る時点で目立ってしまっているのか……。

 ――これヤバいかな。

 もう今更遅いかと思いながら諦めた気持ちで周囲の反応を見る。

 ――いや、意外と大丈夫っぽい。

 よく見れば芸能関係の人やお偉いさんっぽい人たちが何人もいるのだ。どちらかといえばみんなそっちの方に視線を集中させている。ちょっと見られただけで私達を疑っているような人は今のところ見当たらない。

 ――余計なことはせずに堂々としていた方がいいみたいね。

「ほら、ついてってやるから。早く食べてきな」

 望月さんに背中を押され、私達も他のお客さん達に混じる。そうだ。まずは食べよう。

「やったー」

「肉肉―」と陽菜と綾の声。すごい嬉しそうだ。

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