第26話(志穂編)
納車してから私の世界はバラ色へと変わった。
毎日が輝き過ぎていて困る。
青い空。白い雲。眩しい太陽。全てが私のもののように思えてしまう。
熱中症警報なんてものがまるで存在しないかのように私は毎日のように相棒と一緒に炎天下の中を野を超え山を越えして美しい景色をこの目に焼き付けてきた。県内で発生する全てのマイナスイオンを吸いつくさんばかりに。
バイクの燃費がいいのが嬉しい。タンクが空になっても財布に優しいワンコイン給油で満タンになるのでつい余計に遠出してしまう。
一昨日も配達の帰りに近所の山へ登った。空が澄んでいたので山頂にある沼を照らす朝焼けがとても綺麗だった。
相棒と一緒に見る世界は全て美しい。今日はあそこへ。明日はあっちへ。そんな胸躍るツーリングを続ける日々を送っている。
そして今日は初のソロキャンプツーリングを決行することとなった。
ツーリングに夢中でここ最近意識が朦朧としていたときがあったが、昨日はしっかり寝たので体調は万全である。
キャンプ用品は父さんが昔使っていたものがあったのでそれを借り、足りない物は自腹を切った。バイクにキャンプ道具を積む為に積載量をグレードアップしようと、わざわざ隣町の大型ホームセンターまで行った。
バイクの荷台に取り付ける荷箱を買おうと色々と見たが、思った以上にどれにしようか迷った。
しかしその迷うということが楽しい。
時間はあっという間に過ぎてしまい、気付けば夕方になっていた。
ポケットマネーは今回のキャンプでほとんどなくなってしまうが、給料が入ればまた楽しいバイクライフが待っている。なんなら日中は愛海のように日雇いのバイトをやるのもありだ。
まだ夏休みはあるので多少の無理もできる。そう思うと毎日が楽しくて仕方がない。宿題なんて一問も解く気になれなかった。新学期は白紙で提出してやる。
「ふふ。ふふふふふ。ふふふふふふふふふふふ」
レッツゴー! と、バイクを走らせて目的地であるキャンプ場まで向かう。ソロキャンプは初めてなので近場のキャンプ場にした。昔愛海と一緒に行ったことがある底ヶ浜だ。
途中にある道の駅で食材等の必要な物を購入する。山に近い場所だけあってキャンプ料理に使えそうな食材がやたらと目に付いた。
どういうわけか野菜がキラキラしている。肉を焼ける焚き火台もあるので一人焼肉の方がいいかもしれないと、おいしそうなピーマンや玉葱などをカゴに入れ、お肉コーナーで美味そうだと思った肉を食べ切れるかどうかも考えずにどんどん入れて行く。
たくさん食べるぞと意気込んでいると、お肉コーナー近くにある即席スープが並んだコーナーで足が止まった。
これも要るなと一箱5袋も入ったわかめスープを手に取る。私の好きなものランキングベスト5以内に入るものだ。締めはこれにしよう。2杯はいける。明日の朝もこれで朝を始めよう。
少し買い過ぎたかもしれないけどバイクには余裕で積み込める。さっさと積んで目的地へと向かった。
午後2時。無事に到着した。
管理所で受付を済ませると今日は利用者が少ないということなので、テントサイトは好きな場所を使ってくれてかまわないと管理人さんから言われた。早速場所を決めようとキャンプ場内を見て回る。全て見回ってから決めようかと思っていたが、木に囲まれている静かなサイトを一目見た途端にそこにしようと決めた。
チュンチュンと鳥の声が聴こえる。まるで歓迎されているようで嬉しい。
バイクに積んである荷物を取り出していると、少し遠くのサイトに親子で泊まりに来たキャンパーが見えた。子供二人と父親の合計三人。私よりも早めに到着していたようだ。
早速テントを設置して蚊取り線香を焚く。テントは事前に設営練習しているので涼しい顔をしてやれた。周囲の人がみれば中級キャンパーくらいには見られるかもしれない。
薪を買い忘れたことを思い出し、一度管理所まで戻って薪を買ってきた。一束500円で結構な量がある。
購入したばかりの斧で早速薪割りを始める。ネットで薪割りのやり方を紹介する動画を見ながらやった。昨日ネットで指スパーンしてしまったという恐ろしい体験談を聞いているので、薪割りはかなり慎重にやった。
「うおおー! おいおおおー!」
薪を半分くらい割ったところで、近くで子供二人がふざけあっている声が聴こえてくる。
男の子は幼稚園児で女の子は小学一年生くらい。二人は父親がテント設営している周囲をグルグルと走り回っている。
「うおおおおおー! 愛してるー!」
そう言ってドラマの真似をして抱き合う二人。
「こら! やめなさい!」と叱られている。でも屁とも感じていない顔で元気にはしゃいでいたので思わず吹き出してしまった。私と愛海も昔はあんな感じだったのだろうか。
怪我することなく無事に薪割りを終えた。初めてなので思った以上に時間はかかったが、楽しかったので良し。薪を割ったときのパコンとかコパンとかいう音がなんかいい。
夕飯までまだ大分時間あるな。
のんびりできる時間があるので付近の散策を行うことにした。迷彩柄のキャップを被り、遠くから聴こえてくるミンミンゼミの歌を聴きながらキャンプ場内を歩き回る。
山の方のキャンプ場なのでだいぶ涼しくて快適だ。ここにいると全国のほとんどの県が平均気温30度を超えているとは思えない。半袖Tシャツとジーンズにサンダルでは昼は平気だが夜は肌寒いだろう。
そして土日なのに思ったよりも人がいない。心霊スポットでもないのに不思議だ。車で一時間以内にいけるキャンプ場としてはかなりいいところなのに。知らない人は勿体無いと思う。
テントに戻ると愛海から連絡が着た。
『底ヶ浜キャンプ。どうなんスかねぇ?』
なんだその聞き方。
そういえば父さんから愛海が心配してるぞとかなんとか言われたような。
……最近会ってなかったな。
連絡は取り合ってるから平気かと思い、返信の前に愛海とのトーク履歴を遡ってみる。
「うーん……」
改めて見てみるとかなり適当な返事だ。ほとんどの返事に魂がこもっていない。これは怒っている可能性高い。
やっちまったと思いながら慌てて返信する文章を考える。ついでに風景と自分がセットになった写メも撮って送っておいた。ぎこちない笑顔だが大丈夫だろう。
『天然クーラーのおかげで快適だよ♪ 食料もいっぱい買ったし、夜になるのが楽しみ♪』
よし、これならちゃんと生きてるJKの返信だ。これで愛海の心配も解消するに違いない。
するとすぐに返信がきた。
『ほー。そりゃあ良かった』
……ん?
なんだこの反応。
良かったって、愛海が何で良かったって思うんだ?
え、もしかして来るの?
いや、近いとはいえ今から来るなんてことはさすがにないか……。
多分末尾に『ね』を入れ忘れただけだろう。そんなことより温泉に行くかと近場にある日帰り温泉施設へと向かうことにした。夕方になると地元のジジババ共が多くなるだろうから、それよりも早めに行っておきたい。
なぜかおばあちゃん達に話し掛けられるんだよね……。
あまり関り合いたくはないので、急いで行こうと温泉グッズを用意してバイクに詰め込む。他の荷物はこのまま残しておこう。
盗難の心配はない。キャンパーはみな良い人なのだ。
バイクで5分以内の場所に日帰り温泉施設がある。半年前にリニューアルされたとのことで、外観はとても近代的であった。ネットで見た以前の建物は古風な建物で昭和感があったので、個人的にはそっちの方が良かった。
さすがに誰もいないということはないが、そこまで人はいない。
のんびりと過ごせそうだ。
露天風呂、内湯、それぞれ浸かって一時間ほど過ごす。客は私以外に4人ぐらいしかいないので快適だった。
風呂から出ると店員から冷たいお茶とおせんべいのサービスを貰った。
休憩室でボリボリズーズーしながらのんびり過ごしていると、さっきとは別の店員のおばちゃんから声をかけられた。
「若いわねぇ、日帰りで来たの?」
近場のキャンプ場へ泊まりに来たことを言うと、
「え? 一人? さみしぃー」と嫌味ったらしく言われた。
「そういえば最近熊が近くに出たのよねー。怖いわー。大変よねー。気をつけてねー。食べられないようにね」と笑顔で言われ怒りのメーターが振り切れそうになる。
熊が出たから気をつけろってどうやって? って感じなんだが?
お前が食われろババア。
熊と遭遇したらなんとかして熊をこのババアのところまで誘導できないかと、続くババアの声をBGMに考えてみた。
そして釣り竿に肉をつけて熊を誘導する妄想をしていたところで愛海から連絡が着た。
『いまどこ?』
……予想が当たったようだ。
もう少しのんびりしようかと思っていたが、ババアが目の前にいることと、愛海が寂しい思いをしていることを考えると急いで戻ろうと思った。
外を見るともう夕暮れに近づく頃合いだ。ジジババ共もどんどん入って来ている。とりあえず愛海に熊注意とメッセージを送ってキャンプ場へと戻った。
テントに戻るとやはり愛海がいた。キャンプしにきたとは思えないような服装で来ているので目立つ。まるでこれから街へ遊びに行くみたいだ。
「――遅かったね」
荷物置きっぱなしで危ないよと愛海。まさかとは思っていたが本当に来るとは思わなかった。
「ようやく来た。どこ行ってたの?」
そしてもう一人、テキパキと私のテントの隣でテント設営を行っている者がいた。
真帆だった。ちゃんと山ガールの服装をしている。
「二人共どうしたの?」
「最近志穂の様子がおかしいから抜き打ちで見に来た」と愛海が答える。父さんから聞いてここへやってきたという。
そしてムスッとした顔をしている。
「様子がおかしいって……いや、まあ確かにちょっとおかしかったかもしれないけどさ、来るなら来るで事前に連絡ぐらいしてくれればいいのに。もし私が急に思い立ってここじゃなくて別のキャンプ場行ってたらどーするつもりだったの? この時間帯だともう帰れるバスないよ?」
「そのときは真帆とのんびりキャンプしてたよ」
そうふてくされた顔。
返事がいいかげんだったことに加え、ほったらかしにされたのを怒っているようだ。確かに楽しくてみんなのことを忘れていた。
「……トゲトゲしいなぁ。最近返事いいかげんにしてほったらかしにしてたのは謝るからさ」
「べーつにー。トゲトゲしてないしー」と口をとんがらせる愛海。
……めんどくさ。
悪いのは自分とはいえ、だるくなってきた。
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