第27話(真帆編 前編)


 二人の関係が目に見えるくらい悪い。志穂はめんどくさそうな顔をして愛海はブスっとしている。

 ――仕方ないなぁ。

 このままでは朝までギスギスしそうだし、助け船を出すことにした。

「――全部志穂が悪いんだよ」と軽く志穂を睨む。

「いや、それはわかってるよ。適当な返事ばっかしてたからさ」と、彼女は頭をポリポリと搔きながら申し訳なさそうな顔。そうじゃない! ホンット志穂は鈍い。

「――じゃなくてさ、志穂ができたばっかりの彼氏バイクにご執心みたいだから、自分が相手にされなくて愛海が嫉妬してるんだよ」と、すぐ近くに停めてある志穂の愛車と愛海を交互に見る。すると愛海のブスッと顔が一気に焦り顔になった。

「――ち、違う! そういうわけじゃ!」

 慌てるから見え見えだ。それを見た志穂もようやく理解したのかニヤリと小悪魔的に笑う。

「いやーなかなかバイクが離してくれなくてさー。でも今度からはどんなことがあってもまなみんを第一に考えるよ。ごめんねまなみん」と愛海に向かって投げキッス。

「おいやめろばか!」

「うおおおおおー! 愛してるーーー!!」

 そして両手を広げて抱きつこうと志穂が近づいて愛海は慌てて逃げ出す。抑えきれずに笑ってしまい「真帆! 笑うな!」と愛海が怒る。

 本当にいつ見てもこの二人はおもしろい。

 そして呆気なく捕まってしまうと志穂からの熱い抱擁の後にほっぺにキス――されるかと思いきや、バッと志穂が自ら離れる。

「ん?」

 予想外の行動。私も愛海も志穂の方を見ると顎に手を添えて考えるポーズをいきなりとりだす。

「愛海。シャンプー変えた?」

「へ? いや、変えてないけど? なんで?」

「え……いや、なんかいつもと匂いが違うから。愛海の偽物かと思って」

「誰がなんの目的があって私に化けるんだよ」と愛海がツッコムのを耳にしながら私は心の中で首を傾げる。

 ……志穂?

「――それにしても、私そんなに変だったかな?」

 志穂の冗談なしのつぶやきを聞いた私と愛海は互いに顔を見合わせる。

「――本気で言ってる?」

 この前ホームセンターで私が声を掛けようとしたときの話をすると、志穂は本当に気づいていなかったらしく「うわ、それはヤバイな」と頭を抱える。

「ここ最近バイクに乗ってばかりで寝る時間を割いてたからなぁ」

「よく居眠り運転しなかったね」

「うーん。バイク乗ってるとむしろ目が冴えちゃってさ。なーんか眠くはならないんだよね」

「興奮しちゃってるね」

 私の弟もゲームに熱中し過ぎて徹夜することがよくあるけど、それと同じなのだろうか。

「――ねえ、ちょっと寒くない?」

 愛海が寒そうにしている。確かに日も落ちたせいか肌寒くなってきた。愛海は山の装備じゃない。上着も持ってきていなかった。

「上着持ってくれば良かった」

「火起こすよ。真帆、そこのトートバックとって」

 志穂に言われてテント脇に置いてあるトートバックを手に取る。中には志穂が昼に集めた小枝がたくさん入っていた。

 焚き火用の手袋を装着した志穂は買ったばかりだという焚き火台に細い枝をイゲタ状に組むと固形着火剤を入れて火をつけた。

「焚き火やるの。実は初めてなんだよね」

 一気に燃え上がった焚き火台を見ながらそう言う。でもその後の手つきを見る限りではそんな様子は窺えない。細い薪から順にくべ、火を一度も絶やさずに熾火おきびの状態にまでさせていた。

「動画何回も観たんだよ」

「準備万端だね」と言った愛海。火起こしをしている志穂をジッと見ていた。心配性だなぁ。

 愛海はもうムスッとした顔をしていない。ここへ来るまでの間、愛海のおばさんが運転してくれた車の中ではプリプリと怒っていたというのに。橋渡しをしたとはいえ、仲直りが早い。

「――真帆ってテント持ってたんだね」

 いつのまにか志穂が私の建てたテントの周囲を見回っていた。

「ピコラかぁ。いいの持ってるなー」

「お父さんのだけどね。たまーに一人でキャンプしに行ってるから、それを勝手に借りて来た」

 一人用として使ってはいるものの、私と愛海が入る広さは十分ある。

「家族では行かないの?」

「行くけどお母さんと弟が虫大っ嫌いだから秋にしか行かない。だから家族キャンプは年に2回くらい。そのときは大型のテント持ってくよ」

「なるほど。どーりで設営が手馴れてたわけだ」

「中学に入った頃から、お父さんから弟と一緒に無理矢理覚えさせられたんだよ。それ以来準備とかほとんど私達にやらせて自分だけのんびりするようになった」

「アハハ。こき使われてるね」

「ほんとだよ」とやれやれのポーズとため息を吐く。去年は誰にもやらせなかった薪割りまで弟にやらせてたし、今年は最初から最後まで全てやらされそうだ。

「……」

 そして愛海が妙に静かなことに気づく。一言も喋らず焚き火の炎をじっと見つめていた。

 ……どした?

 焚き火を見て癒されているのだろうか。お父さんも二時間くらい焚き火を眺めながら、のんびりウイスキーを飲んでいることがある。

 それにしては食い入るように見てるな。まるで火に魅せられているようだ。

「……」

 ……おかしい、全く喋らない。

 志穂は鈍いせいか、愛海の変化に少しも気づかずに「よーし、晩御飯作るかー」と言って、一人嬉々として準備に取り掛かる。

 一方の愛海は取り憑かれたかのようにパチパチと音を鳴らす焚き火を見つめている。横顔を覗いてみると、紅い光が愛海の無表情を照らしていて妙に怖い。

 愛海の目は段々と燃え上がってきていた。まるで火が目の奥に燃え移ったかのように、煌々と瞳を妖しく揺らしている。

「そういえば二人共さ――」

 志穂の声でようやく愛海は我に返る。

 え? あれ? 私何やってたんだろ? みたいな顔をしている。大丈夫かな?

「――夕飯どっかで買ってきたの?」

「え? あ、うん。真帆と途中にあった道の駅で買ってきた」

 私何買ったっけ? と愛海は私に尋ねてくる。大丈夫か?

「しっかりしなよ。今日は急なキャンプで準備してないからってことでレトルト買ったじゃん。カレーとパックごはん」

「そうだそうだ。私は星のおじいちゃまカレーで真帆はツルセンのドドンパカレーってやつ買った」

「まーた定番なの買ってー」

「だって志穂がおススメっていってたやつなかったし」

「うそだー絶対あるはずだよ」

「いや、ホントになかったよ。ねぇ? 真帆」

「ウホウホカレーって金沢のカレーなんでしょ? ここら辺にはないんじゃない?」

 ウチの近所どころか、隣町の大型スーパーにもなかった。志穂が世界最強と豪語する割にはどこにもない。

「おかしいなぁ。じゃあ今度ウチにストックしてあるやつあげるよ。とりあえず今日はそのカレーと私のキャンプごはん合わせて食べよう。実は調子に乗って買い過ぎちゃったんだ」

「何買ったの?」

 志穂はなぜか恥ずかしそうに買ってきたものを公開する。

 私も愛海も青ざめた。確かに量が一人分とは思えないほど多い。私達三人でギリギリっぽい感じだ。

「真帆。レトルトだしカレーは家に持って帰って志穂のごはん食べよう。雲行きが怪しい」

 愛海の提案にそうした方がいいと頷く。去年花火大会で郁美がやらかしたのと同じことにはなりたくない。

「よーし、じゃあ私達も手伝うよ。志穂。私何すればいい?」と、愛海は嬉しそうな顔をして袖をまくった。



 キャンプごはんをなんとか綺麗に食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら三人で焚き火を囲んでいる。

 でも愛海はまた火に憑りつかれているので、実際は志穂と二人で話している。

「――そっか、郁美はおばあちゃんの家か」

「あたしもキャンプ行きたーいってブーブー言ってたよ」

「おばあちゃんって例の厳しい人?」

「そう。郁美のお母さんのお母さん。行くのめんどくさーって、一週間前からボヤいてた」

「真帆は会ったことあるの?」

「あるよ。いっつも和服で背筋ピシッとしてて、漫画に出てきそうな感じの躾に厳しい人」

「つまり郁美は今厳しく躾けられてる最中なのか。そりゃあ行きたくないだろうね」

「志穂の恋人見たかったって悔やんでたよ」

「アハハ。じゃあ今度郁美の家にバイクで行ってやろうかな」

 そうして私は『恋人』という言葉であることを思い出す。

「……」

 チラッと愛海の方を盗み見る。

 こちらの会話に少しも参加しようとせずに焚き火を眺める愛海。

 実は彼女に確かめたいことがあった。

 そしてタイミングよく志穂が「水汲んでくるね」とペットボトルを持って立ち上がる。志穂の姿が完全に見えなくなったのを確認し、ここで聞くかと決断。愛海に近づく。

 頭の片隅で今日これなかった郁美を不幸に思った。どうにも彼女はこういう一大イベントが起こるときに限っていないときが多い。

 さっきから黙っている愛海は相変わらず焚き火を見つめたままだ。私の視線に少しも気づいた様子はない。赤い彼女の横顔を見ると、花火大会の終わりに駅で綾と写真を撮っていたときの横顔を思い出していた。

「――愛海」

「んー?」と、焚き火の方を見ながら返事する愛海。気のない返事をしているときは、不意打ちが良く効く。

「――綾とはどこまで進んだの?」

「んーまだとも――」

 そこで一瞬時が止まる。ギギギと愛海は首だけをこちらにゆっくりと向けた。表情は言うまでもなくあ然としている。

 ――おいおい、瞬殺だよ。

「んー? まだ友……何? 何て言おうとしたの?」

 不意打ち過ぎたせいか、愛海は驚愕の顔を隠し切れない。

「ええぇっ!? いや、そうじゃなくて……」

「んー? 聴こえないよ? ハッキリ言ってよ。まだ友達までしか進んでないって言おうとしたんじゃないの?」

「いや! 違くて……その」

「そういえば今日はどうして綾は誘わなかったの?」

「きょ、今日はいーかなと思ってさ」

「へー。Eって思ったんだ?」

「うん。Eの方がいいなってね……」とわけわかんないことを言う。これはもう思考が完全にフリーズしている。

 ここで志穂が帰って来た。

「なに? どしたの?」と聞いてくるが私は無視して愛海に詰め寄る。

「誘うだけ誘えばよかったのにー。絶対嫌じゃないと思うよ」

「いや、でも……なんていうかその……」

「そういえば先週二人っきりで遊んでたね。そのときはどうだったの? 手くらい繋いだの?」

「えええ!? なんでそんな――」

 愛海が壊れかかっている。そして事態を飲み込んだのか、志穂が助け舟を出す為に動こうとする気配を感じた。

 そうはさせるかと、先に切り出す。

「――だって、好きなんでしょ? 綾のこと」

 ボトンと、何かが地面に落ちる。

 見るとペットボトルが落ちていた。コロコロと転がってその傍で志穂が棒立ちで固まっている。愛海もあ然とした顔。

「……」

「……」

 どうやら二人共石化してしまったようだ。反論も何もない。

 流れる静寂。

 それを破るように、はぁーっと私はため息をつく。

「――あのね。本当にバレやすいから注意したほうがいいよ? 二人共」

 呆れる位無防備な二人だった。

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