第25話(愛海編)


 おそろしいことに、もう夏休みが半分以上もなくなった。

 夏休み前半は悔いなく遊びまくろうと、一人を除いて私達は時間が合えばいろんなところへ遊びに行った。水族館や遊園地も行ったし、念願の綾と二人きりで遊ぶこともできた。

 夏休みサイコー! と、はしゃぎたい気分だったけど、そうは言えない理由が一つだけある。

 志穂が姿を消した。

 バイクの納車日が過ぎた頃からだったと思う。姿をほとんど見せなくなった。

 志穂と最後に会ったのは納車当日の朝。いつものようにあの丘のバス停で会った後、私の家で一緒に朝ごはんを食べてテレビを観て、少し一緒に寝た。起きたときにはもう志穂の姿はなかった。

 それから誰も、志穂とは遊んでいないどころか会話もしていない。


『男だなー』


 そう言っていた郁美を真帆はチョップで封じた(顔面に当てていたので痛そうだった)。

 夏休みなのでその発想が浮かんでもおかしくないかもだけど、私はそうは思わなかった。

 一緒にテレビを観ていた際、朝のニュースで取り上げられていた高視聴率を出した純愛ドラマ『グラスアート』の名シーンを観ていたときのことを思い出す。


『うおおおおー! 愛してるー!』


 そう言って主人公がヒロインを抱きしめる最終回のシーン。多くの視聴者に感動を与えた名場面だと言われている。


「しょーもな」


 テレビ画面に向かって鼻で笑っていたのは志穂だった。

 昔から志穂は恋愛関係のドラマや漫画に興味がない。リアルの恋愛なんてもっと興味がない。

「興味ないの?」と随分前に尋ねた回答がこちらだった。


『――どうでもいいしめんどくさい。それに男子が優しさを見せたりカッコつけたこと言うのは全てはおっぱいの為だって聞いたよ?』


 平然とそう話した志穂。明らかにおじさんの入れ知恵だ。そしておじさんは思春期の娘に向かってこんなことを言ったという。


『――父さんが学生の頃はそうだったからねー。男はみーんな女子のおっぱい触る為にあの手この手で女子を落とそうとするんだ。だからあんなに綺麗ごとをたくさん並べるんだよ。それが男の本性。もちろん父さんもそうだったさ』


 平気で自信を持ってそんなことを言うおじさんは恐ろしい人だと思う。そこには変な男が寄り付かないように娘を守ろうという気持ちがあったのかもしれない。けどそれにしたってあんまりな言い方だ。男の子の中には本気で純粋な恋をしたいって思っている人もいるというのに(多分)。

 志穂は中学時代も今も、男子と友達以上の関係になろうとはしなかった。女子あるあるな「やっほー、彼氏欲しいー」なんてセリフは一言も吐かない。恋愛に興味がないと普通に言うせいか志穂に告白しようとする男子もいなかった。

 そんな志穂に彼氏ができてそれにのめり込んでいる? んなアホな。

 間違いなくバイクに決まってる。納車日が決まったときにも少しおかしくなってた。今回はそれ以上の状態になっている可能性が高い。


『もう志穂がいなくても、綾と二人きりで遊びに行けるから大丈夫だよ』


 志穂と最後に会った日、そう言ってしまったことも影響していると思う。かっこうつけてあんなこと言わなければ志穂は姿を消さなかったかもしれない。今はもう完全に自分の趣味にのめり込み過ぎている。

 ――早いうちに解決しよう。

 とりあえず生存確認はしなければと、毎朝早起きをして家の窓から見える丘のバス停を双眼鏡で覗いた。いつもならバイト帰りの志穂が朝焼けを見ながらのんびりしている姿が見えるというのに姿を一向に見せない。綺麗な朝日が昇ったときが何度もあったというのに、一度も来ないというのはさすがにおかしすぎる。

 スマホで連絡はとれるもののきちんと連絡が取れている気がしない。返信してくる内容にはJKの魂がこもっていなかった。

 ここ最近の志穂とのメッセージ履歴をもう一度見返してみる。



                  『明日はバイト終わりに丘のバス停来る?』

『いかない』

                  『最近姿見せないけど、どこ行ってるの?』

『きた』

                  『北?』

『うん』

                  『よくわからんけど』

                  『最近事故多いんだから気を付けなよ?』

『りょうかいなりよ』

                  『今日空いてる?』

                  『ケーキ食べに行かない?』

『そーりーかわにいるむりだー』

                  『明日は?どこか行くの?』

『やま』



 どんどん素っ気なくなる。しかも何で全部ひらがななんだよ。

 返信が面倒なのか変換もいつも必ず入れる変な顔文字も入れてこない。間違いなくこの返事に感情は一つも込められていない。イライラしてきた。

 やっぱりおかしくなってる。わずかな期間でこの状態では夏休み終わったら日本からいなくなりそうで怖い。

 これに加えて真帆から一昨日志穂を目撃したという話を聞いた。

 場所は近所のホームセンターだという。真帆が声をかけようと近づくと、志穂はブツブツと念仏のように何かを呟いていたらしい。ただならぬ雰囲気に怖くて近づけなかったと真帆が言っていた。

 ちなみに志穂はそのとき収納用品のコーナーで多目的収納ボックスを見て一人ニヤニヤしていたという。全く意味がわからん。箱見てニヤニヤする要素なんてひとつもないだろうが。

 そして昨日の晩は、お母さんが志穂のおじさんと駅で会った話をしていた。


『最近志穂ちゃん帰り遅いんだってね。あんた何か知ってる?』


 お母さんはそう心配しているがおじさんはそうでもないらしく、あっけらかんとしていたらしい。余計に心配になってきた。

 おばさんが死んでからおじさんがずっと志穂のこと育ててきたのに、どうも志穂のやることを甘く見過ぎてる。いくら男の気配がないからとはいえ、娘のやりたいようにやらせすぎだ。私がおじさんだったら、絶対帰りが遅いと怒る。

 ――私がやらねば。

 遊びに誘っても既にどっかに行ってて無理とか言われるし、みんなもちょっと心配し始めてる。親友を救わねばと私は立ち上がった。

 志穂には悪いけど、なんとか事故に見せかけてバイクを破壊できないだろうか(それも保険が効かないような内容で)

 とりあえず納戸にある大きめのハンマーを持ち出し、急いで志穂の家へ電話を掛ける。コール音が鳴っている間、私の頭の中では悪質なイタズラや盗難に遭ったということにしてバイクを破壊する想像を巡らせていた。

「おー愛海ちゃん。久し振りだねぇー。どしたの?」

 おじさんが出た。

「おじさん久しぶり。志穂いますか?」

「んー? 今はいないよ。携帯には連絡した?」

「したんですけど返信なくて。しかも最近心ここにあらずって感じで返信遅いしいい加減だし」

「ああ、バイク買ったばっかりだからねぇ」

「え、なんでわかるんですか?」

「俺も初めてバイク買ったときはあんな感じだったからな。いろんな所行き過ぎて親に怒られたなー」

 アッハハハと笑うおじさん。実の娘の帰りが最近遅いというのになんでこんなに呑気にしてられるんだこの人は?

 若干イラついたが耐える。

「――志穂のバイクありますか?」

「うん、あるよ。朝から丹念に磨いてたからすごいピカピカしてるよ。ピカピカのバイクっていいよねー」

 ピカピカの情報はいい。あることがわかるだけでいい。

 チャンスだとハンマーを握る手を強める。

「――そういえば明日はバイトないし、キャンプしに行って来るとか言ってたな」

「え……キャンプ?」

 明日が休みなんて一言も聞いてない。

 いつもなら私が言わなくても教えてくれるのに……。

 そういえば山に行くって言ってたな。

 そういうことなら言ってくれればいいのに。女子一人でキャンプとか危ないじゃん。

「――あの、それどこのキャンプ場ですか?」

「底ヶ浜キャンプ場って言ってたよ。昔みんなで行ったよね、懐かしい」

 底ヶ浜。今日お母さんが車出せなかったとしても、自転車でも行ける距離だ。

 おじさんにお礼を言って電話を切った後、急いで準備を始めようと、ハンマーを握ったままの私は真帆と郁美に連絡を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る