第23話(陽菜編)
隣を歩く上塚さんの様子がおかしい。スマホを見ながら固まっている。軽く話し掛けてはみたものの「うん」とか「そうだね」としか言わない。
他のみんなはそれぞれの話で盛り上がっているせいか、上塚さんの様子には気づいていないようだ。
さて、何があったのかな。
気づかれないようにそっと小柄な彼女が操作するスマホを上から覗いてみる。
――写真データの確認?
それを何度も行っている。アタシに見られていることにすら気づかないぐらい夢中になっている。
そしてこの暗い表情……。
まさか霊が写っていたという雰囲気ではないだろう。屋台で撮った写真を見て、顔を曇らせている。まるで重大な見落としを発見したかのような――。
もしかして……。
浮かんだ予想は、おそらく当たっているのではないだろうか。なにせ上塚さんは今日、綾とほとんど話せていない。
軽く聞いてみるか。
「どしたの?」と、ちゃんと聴こえるように、腰を折って彼女に顔を近づけて言ってみる。
「――え?」
驚いた顔でアタシを見る。少しの間を置いて理解した彼女は慌て出した。
「――あ、いや、その……なんでもないよ」
絶対になんでもないことはない。おまけに隠す必要もないのにスマホを隠した。写メ関係であることは間違いなさそうだ。
綾と撮りたかったのかな。
そうだとしたら、助け船を出してみるかと「ねえ――」とみんなに声をかける。
考えてみれば今日は上塚さんのことばかり見ていたせいで、アタシも夏の想い出を全然撮ってない。
「――駅に着いたらみんなで一緒に写真撮らない? 夏の思い出に一枚欲しいんだ」
そういうと、上塚さんは呆気にとられた顔をする。他の皆は「うん。いいよー」と二つ返事でオーケー。上塚さんは放心状態だったので、「上塚さん」は? と尋ねて解除してやる。聞くまでもないことだ。
「――え、あ、うん、大丈夫。むしろ私も、そうしたかったっていうかなんていうか……」
なんか言い出せなくと、正直に話す彼女は恥ずかしくなったのか、うつむいている。
……なにこれ。かわいい。
なんだか嬉しくて頬が緩む。ギュッとしたくなったが、さすがにそれは失礼なのでやめておく。
鈴木さんはいつもこんな気分にさせられているのか。
そう思うと彼女がとても羨ましくなってしまう。男子に人気があるのもわかる。女のアタシでもキュンキュンしちゃうし。
「――あら? まなママもう着てるよ」
駅に着くと、鈴木さんが車の前で立つ女性を指差した。まなママと聞いて一瞬何のことかわからなかった。
「ホントだ。お母さん来るの早すぎ」
上塚さんのお母さんを略した呼び名だった(以降。アタシも心の中ではまなママと呼ぶことにする)。電車に乗らない鈴木さんと上塚さんのお迎えに来たらしい。
「――でも丁度良かった」と、上塚さんは自分のスマホをまなママに渡し、みんなで集合写真を撮ってもらった。それからアタシも満足するまで撮り終えると、みんなと軽く話した。
郁美、真帆と話しながら上塚さんを監視していると、彼女は決心がついたのか綾に「一緒に写真を撮ってもいい?」と、勇気を出していた。
傍から見ても凄い緊張しているのがわかる。
でも――それでもしっかりと、彼女は綾の目を見ていた。
行きに二人並んで歩いていた際、綾の顔をまともに見れていなかった数時間前の彼女とは大違い。きっと彼女は顔が真っ赤でも。心臓が破裂しそうでも。それでもいいからちゃんと言いたいと思って行動したのだろう。
そうした姿勢が見ていてすごくいいなと思った。
見ているこっちにもその一生懸命さが伝わってくる。
「――なぜか綾の写メだけなくてさ」
アハハと照れ笑いをする上塚さんに、綾は笑顔でオーケーする。近くでスタンバイしていたのか鈴木さんは「撮ってあげるよ」と上塚さんのスマホを受け取って二人の写真を撮っている。
その連携プレイを見て、なるほどなぁと思った。
「よーし、じゃあ解散するかー」
郁美が言うと、「小野関さん――」と上塚さんがアタシの袖を引っ張った。
まだ頬を紅く染めたままの彼女は、軽く微笑むと。
「――今日はありがとね」と柔らかな声でお礼を言う。キッカケを作ってくれたことに対する感謝だった。
「陽菜でいいよ。さん付けって堅苦しくて、実はちょっと嫌なんだ」
リラックスさせてやりたいと、アタシはニッと笑って友達宣言させてもらう。
「いいの? じゃあ私も愛海で」
「私も志穂でお願い」と鈴木さんが割り込んでくる。そして郁美達も割り込んで「もう全員下の名で呼び合おうではないか」と提案した。
「そうしよう。これでアタシら全員心の友だ」
「よろしくー」とみんな一声に言う。
「ちなみにまなみんはダメ?」と愛海に聞くと「それはダメ」と一蹴されてしまった。
さっき志穂が呼んでいたのを真似してみた。照れ笑いをしていた彼女が急に真顔になるので笑ってしまいそうになる。可愛いあだ名だと思うのに、なぜこれはダメなのか気になるところだ。
二人と別れて電車組であるアタシ、綾、郁美、真帆は改札を通り乗車する。ローカル線の向かい合うタイプの座席に四人で座り、揺られながらわずかな距離を移動した。
「それじゃーなー」
「バイバーイ」
郁美、真帆の二人が先に降りた。残ったアタシ達は次の駅ですぐに降りられるように入り口付近へと移動する。
つり革に掴まって次の駅までのわずかな時間を揺られながら、アタシと綾は窓の外を見つめる。会話はなかったが気まずさはない。アタシ達の間にそれはよくあることだ。
そして到着前のアナウンスが流れた後、綾が「――楽しかったね」とつぶやいた。
「うん。愛海と志穂がおもしろかった」
「アハハ。ほんとだね」
「いつもあんな感じなの?」
「そうだよ。いつ見ても二人はあんな感じ。見てて癒されたでしょ?」
「綾が二人を気に入ってる理由がよくわかったよ」
「でしょ?」
「うん。またみんなでどこか行けるといいよね」
「そうだね。またどっか行きたいね」
駅に着くと、時刻通りに父さんが車で迎えに来てくれたので、先に綾を家まで送ってから、アタシは家に帰り着いた。
風呂から上がり、部屋に戻ると綾から連絡がきていた。
「おお……」
綾と愛海が一緒に写った写メが送られていた。
『可愛い(笑)』
そうコメントしている。
ほんとだと返信をした後、写真を保存。
そしてもう一度、並んだ二人の写真を眺める。
多分……気づいてるな。
愛海が一緒に写真を撮ろうと言ったときの綾の横顔。
あれは気づいている。
でも愛海と志穂はそれに気づいていないだろう。
今思えば、中学時代綾に恋していたあの子の気持ちにも、ひょっとしたら気づいていたのかもしれない。気づいていたけど、気付かないフリをしていたんじゃないだろうか。
それは拒絶という意味ではなく別の意味でそうしていたように思えてならない。見た感じでは脈がないようには感じられなかった(とはいえ、絶対に大丈夫だと断言もできない)。
それだけに考えてしまう。
もしあのとき。あのときの彼女が勇気を振り絞っていたら?
勇気を出して綾と向かい合っていたとしたら?
「……」
不思議だ。今さらそんなことを考えても意味はないというのに……。
結局、答えを知る前に彼女は逃げてしまった。だからそんなこと考える必要なんかない。あれが彼女の選んだことなのだから、それで終わりでいいのだ。
今、彼女はどこでどうしているのだろうか。
綾に恋した過去を後悔しているだろうか。
恐怖に負けてしまった臆病な自分を呪っているだろうか。
あの恋を――なかったことにしていないだろうか。
そうしてほしくない。
そう思ってしまうほど、あのときの彼女の気持ちはとても綺麗だった。
じゃあ愛海は……?
そうポツリとアタシは問いかける。
たぶん愛海は逃げたりしない。
綾と向き合う彼女を見るとそう思えた。
どんなに怖くても逃げたりしない。見た感じからでは全然そんなところは見えないけれど、そんな強さを持つ女の子だ。
いつか彼女は自分の気持ちを綾に打ち明ける。
それがいつのことなのかはわからない。でも一年もかからないと思う。
そのときアタシは彼女の恋の行方を知ることができるだろうか。
できることなら、アタシは一番近くでそれを見たい。
彼女の恋に魅かれていた。
とても綺麗で。過ぎる一秒一秒がとても勿体無くて。写真のようにずっと収められればいいのにとそんな風にさえ思ってしまう。
目を閉じて、思い返して浮かんでくる今日の光景。
花火の光が霞んでしまうほどに綺麗に鮮やかに蘇る愛海の顔。
アタシにはもうなくなってしまった……恋をしているときの輝きがあった。
もう別れて数時間経っても彼女の恋はこんなにも綺麗に甦ってくる。
美しいと素直にそう思った。
気が付くと、少し眠っていた。
いかん。
夏とはいえ、これでは風邪をひくと起き上がってベッドに移動する。
ふと、スマホを見るとみんなから今日撮った写真が送られていた。
少しまどろんでいたアタシはベッドに寝転がりながらぼんやりと一枚一枚見ていた。スマホ持ったまま寝てしまいそうだと、そう思いかけていたときだった。
「んんん?」
写真の中の志穂がどれもムンクのポーズを取っていたことに気づくと、寝る寸前だったアタシの目は一気に覚めた。
――え? なんで?
その夜、なぜかアタシは朝まで眠れなくなってしまった。
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