第22話(愛海編)
ああ……もう終わりだ。
最後の花火が打ち上がる。
夜空に大輪を咲かして見物客にワーとオーとか言わせている。私もそんな声を一緒に上げてみんなで完全に花火が消えるまでを見ていた。
そして終了のアナウンス。ぞろぞろと帰り支度を始める周辺の人達。郁美も立ち上がって軽く伸びをすると「すげーあっという間だったなー」と素直に楽しかったという感想を口にした。
「――ほんとだね」
私もみんなに従って立ち上がる。本当にあっという間ですぐ近くにいる綾との別れが迫ってくる。ここからバイバイする駅まで、徒歩で混み具合を考えても30分は掛からない。
帰りたくないな……。
そう思っているのはきっと私だけだ。
小野関さんと志穂は二人でシートを畳み、他は周辺にゴミを落としていないかスマホのライト機能を使って見渡している。
「ゴミなーし」
郁美の声に「こっちも」と綾。
「大丈夫そうだね」と真帆の声。
「よし。じゃあ行こうか」と志穂の声でみんなが駅へと向かって歩き出す。
みんな撤収早いなぁ。
ポツンと残された私に気づいた小野関さんがこちらを振り返ったので、慌てて小野関さんの隣へ行き、一緒に並んで歩く。
「どしたの?」
「ごめん。忘れ物ないか再確認してた」
適当なことを言って誤魔化しのニカっと笑顔を出す。本音はとても口にできない。
綾とバイバイするのがすごく寂しくて。帰りたくなくて。ちょっと抵抗して足を動かさなかったなんて言えない。
別に……永遠の別れになるわけでもないのに。
明日もまた学校で普通に彼女には会える。二組を覗けば彼女がいる。だからそんなに寂しく感じることもない。
なのに――今の私はこの時間が終わってしまうことを凄く嫌がった。
斜め前を歩く綾の後ろ姿を見つめる。真っ直ぐな線を引いたような綺麗な背筋。柔らかそうな髪を結い上げたいつもと違った髪型。白くて細いうなじ。
全然、雰囲気が違う。浴衣着て髪型を変えた。言葉で見ればたったそれだけのことなのに、それが普段の綾をより美しく見せている。
そんな彼女を後ろからならこうして見れるのに……真っ直ぐは見れなかった。
「私のバカ」
誰にも聴こえない小さな声で呟く。
ぞろぞろと行きと同じ二列編成で駅までの道を歩いていく。帰り道は自然に小野関さんと並んで歩く形となった。斜め前の綾は真帆と並んで歩いている。帰り道を一緒に並んで歩けないことに不満はなかった。今の綾を隣にして歩くのは私にとってみれば大変なことなのだ。
もう慣れたと思ってたのに……。
今日の彼女の隣には立つのは難しい。浴衣姿の綾を見たとき、初めて彼女と顔を合わせたときに感じたあのときめきが再燃してしまった。
志穂のおかげでさっきは綾と並んで歩けたのに、自分の気持ちがバレるんじゃないかと思うと、情けないことに彼女の顔をあまり見れなかった。フリーズしないようにするので必死だった。
真帆が羨ましい。私もあんな風に普通に話すことができれば、きっと自然に「一緒に写メ撮ろうよ」と言えたのに……。
やっぱダメだなぁ、私。
綾と私。二人並んで浴衣姿で写メを撮りたい。
それが今回の目標だった。
けどできそうにない。自分から言い出そうと何度も決意したのに、どうにも今の彼女の目を見て言うことができない。
……まあ、さっき屋台で買い食いしたときに撮った写真があるから、それだけでもいいか。
一緒に並んでいなくても、もうそれでいいと軽いため息をつきながら、スマホの写真データを確認する。
――ん?
そしてとんでもないことがわかった。
真夏で帰りの人が多い暑さの中、私だけ背筋が凍っていた。もしかしてとおそるおそる写真を一枚一枚確認する。
志穂と私。たこやきと志穂。わたあめと志穂。志穂とかき氷、りんご飴と私、コーラと志穂。郁美と真帆と私、小野関さんと志穂と私。花火と志穂、そして志穂。
スマホの写真に写っているのはそれで全てだった。
一枚も綾が写ってない……!?
かみなりが落ちたかのような衝撃が走る。もう一度、再確認するがやはりない。もしかして誤って削除してしまったのではないかと、削除済みのデータを確認するがそこにもない。
そしてなぜか志穂率が異様に高い。おまけに写真の中の彼女はどれもムンクの叫びのポーズを取っていた。
おかしい。志穂がじゃない。綾が写っていないことがおかしい。
やらかした。これはまずい。諦めた気持ちでいたけど一枚もないとなると話は別だ。このままでは当然終われない。なんとかして綾の浴衣姿を写真に収めようと方法をあれこれ考える。しかしなんていえばいいのかが思いつかない。
ああヤバイ! 駅まであと少しだ。
焦るせいで余計にいい考えが浮かばない。
そこで画面に表示されているムンクの志穂を見て思いつく。
そうだ。志穂のスマホ!
そこに綾の写真があるかもしれないと、慌てて志穂にラインする。でも気づいた様子は少しもない。通知音をオフにしているのかスマホの音も鳴らない。先頭を歩く彼女は郁美と二人でガハハハと笑っている。当然、私のSOSには気づかない。
やっぱり無理か……。
わかっていた。こういうときのSOSは志穂には届かない。昔から何度も経験していた緊急時の志穂あるあるなのだ。私達は本当に連携が上手く取れない。
いや待って……どっちにしろ志穂は写メなんてあまり撮らない。だから私のサインに気づいていたとしても、ないと言われるだけの可能性が高い。
こうなったら他の人にお願いしよ――。
ダメだ! 綾の写真欲しいなんて言ったらバレる! そんなのヤバイから言えない!
ぬあー! どうしよう! 志穂! 私どうしたらいいのーー!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます