第18話(志穂編)
新聞配達員は誰もが雨の日を嫌う。
いつもより時間はかかるし、雨に打たれれば疲れるし、新聞を濡らさないようにビニール袋に入れて配達しなければならないし、好きな要素なんて何一つない。
他の新聞屋のように機械が全ての新聞をビニール袋へ入れてくれるなら助かるけど、私の勤めている新聞屋はその機械がない。だから一つ一つ手作業で新聞をビニール袋に入れるのだ。とても面倒臭い。
その上終わった後に朝焼けも見られないことがわかりきっているという最悪なスタートとなるので、仕事をする前からもうダレてくる。
「――と、思いきや?」
半分くらいまで配達し終えると、雨が段々と弱まり今ではもう一滴も降らない。見上げた暗い空にある雲の隙間から、青い空が覗いているのがわかる。
おおっと、これはこれは。
こうなると一気にテンションが上がってくる。雨は嫌いだけど雨上がりは好きだ。
しかもこのまま空がもっと開ければなお嬉しい。夏草のいい匂いがするだけじゃなく、朝日に照らされた雨の後の景色はいつもより澄んで見える。こんな好条件な中で見える朝焼けを見ないのは非常にもったいない。
配達が終わった頃にまた見上げた空は、思った以上に青くなって私の胸をときめかせる。景色でも眺めながらのんびりしようと、いつものバス停へ着くと五分もしない内に愛海がやってきた。
「おはよ。晴れて良かったね」と、黒い長靴を履いた彼女は晴れた空なのに傘を開いていた。
「おはよー」
くるくると傘を回しながらやってくる彼女の黒い長靴が引っ掛かる。おそらく弟君の長靴を勝手に借りてきたのだろう。弟君とは身長があまり変わらないから靴のサイズも近いようだ。
正直、愛海に黒は似合わない。何色だろ? パステルカラーかな?
「早起きだね」
「昨日は早く寝たからね。一時間くらい前に起きちゃった。二度寝しようと思ったんだけど眠れないし、外見てみたら晴れてたし、志穂は絶対ここに来るだろうなって思ってさ。話したいことあるから」
「話したいこと?」
うん、と愛海は顔をほころばせる。
「――今度花火大会やるでしょ? 今年は綾も誘って五人で行かない?」
花火大会?
「――え? もうそんな時期?」
「うん。去年も全く同じセリフ言ってたよ」
「そうだっけ?」
「志穂ってもしかして花火嫌いなの? なーんか無関心だよね?」
「いや、別に嫌いじゃないけど。去年も一昨年も毎年観てるから慣れちゃってるっていうかなんというか……」
「えーそうなの? 毎年新鮮な気持ちになるけどなぁ。祭りの雰囲気って凄いワクワクするし」
「んー、人多い。熱気で汗ダーラダラ。場所取りすっげー大変っていう嫌な要素がやたらと目につかない?」
「それはそうなんだけどさ。それも含めて私は好きかな」
「マージか」
「マージよ。でも綾はどうなんだろう? お祭りとかダメなタイプかも……」
「そんな感じには見えないけどなぁ。まあ誘ってみればわかるよ。今日ぐらい聞いてみたら?」
「そうだね。郁美と真帆も一緒でいいか聞かないとね」
「あの二人は大丈夫でしょ。二人の名前出しても嫌がるような感じはなかったし」
「うん。私もそう思う」
「真帆と郁美には話したの?」
「昨日連絡した。二人共オッケーだったよ。後は綾の都合を聞くだけ」
「
「綾との貴重な時間を過ごせる夏だからね。これを利用しない手はない。悔いのないようにガンッガン攻めるよー」
随分と愛海は燃えている。
夏休みがあるとはいえ、綾と出会える機会はそんなにないと思ったのだろう。貴重と言って一緒に過ごせる時間を大事にしようとしている。
夏休みが終わって9月に入れば、進路を考えなければならない時期になる。そう考えてみると、私達の学生生活は思った以上に短い。
愛海の言う通りだ。うかうかしていたらあっという間に受験勉強シーズンを迎えてしまい、恋どころではなくなる。
そうだ……。
そうなる前に愛海の恋は結末を迎えなければならないのだ。
「――あのさ」
ん? と、こちらを見る愛海。
「――最終的には綾に告白するんだよね?」
この恋はいずれどちらか一方の形となって終わる。
結ばれるか、結ばれないか。
「――いつのことかはわかんないけどね」
愛海は目を合わせたくないのか、横を向いて雲を染める朝焼けを見つめる。それだけで愛海は口を閉ざしてしまった。
「……」
横顔が見せる表情は暗い。いずれくるそのときのことを想像しているのだろう。
きっと彼女の中ではフラれて終わるという結末が浮かび上がっているのではないだろか。
……正直、私もそう思っている。
綾が愛海を受け入れるイメージは浮かばなかった。まだ知り合ってあまり経っていないとはいえ、それでも予想は悪い方向にしか浮かんでこない。
もちろんそうだとは限らない。予想外のことだってある。
けど――。
いや、ダメだ。こういうのはやめよう。
親友が頑張っているのを台無しにするような考えは間違っている。愛海のやることを全力で応援して、サポートしてやることが私のやるべきことだ。
これではいけない。結末を予想するんじゃなくて、愛海が挫けそうになったら思いっきりお尻を叩いて前に歩かせてやるのが私のやることだ。
そう心の中で自分に言い聞かせた私は、
「あー喉乾いた! コーラ飲まない? 奢るよ」と話題を変える。彼女の恋の願掛けの為に三文芝居を打った。
そして今のような質問は二度としないようにしようと心に決める。
「お、気前いいね」と愛海は何もツッコまずに目を輝かせる。
「恋活する友人の成功を祈って奢ってやるよ。乗りな、おチビちゃん」とポンポンとバイクの荷台を軽く叩く。
「奢ってくれるからおチビって言ったことは聴こえなかったことにしてやるよ」
ちょこっとだけお怒りの愛海は素直に応じてくれた。
彼女を荷台に乗せ、私が被っていたヘルメットを頭に乗せてやる。私はノーヘルで行くことにした。捕まったっていい。
「大丈夫なの?」
「へーき」
それに警察の車をここで見ることは全くと言っていいほどない。
無事に望月へ辿り着き、店内でビンコーラを買った私達は、外の駐車場で朝焼けを見ながら一緒に飲む。
「志穂はここ来るとビンコーラ買う率高いよね」
一口飲みながら愛海は言う。バイクから降りたのにまだ頭にヘルメットを被ったままでいる。
「なーんか買っちゃうんだよね。滅多に見ないし。量は少ないけどこれはこれでいいなって思う」
「うちのお父さんなんか見ただけで涙流すって言ってたよ」
「私達がおばーちゃんになったらペットボトルがレトロ感あるとか言われてそうだよね」
「その頃の容器は何になってるんだろ?」
「間違いなく今よりも更に自然に優しくなるものでしょ」
「そりゃそーか」
などと変な会話をした後、愛海は私の家で少し遊びたいと言ったので、一旦愛海の家に戻って彼女のヘルメットをとってから一緒に帰った。
それから愛海が作ってくれた朝食(大量のオムライスだった)を食べながら、ダラダラとお喋りをした私達は眠くなったので昼まで一緒に寝て過ごした。
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