第7話(綾編)


「――じゃあね。綾」

「うん。バイバイ」

 帰り道。いつもの場所で陽菜と別れた後、帰り道を真っ直ぐ進まずに道を右へ左へと適当に曲がっていく。

 今日はどうやって帰ろうかな。

 ここから始まる一人の時間。特に考えもなしに、適当に選んだ道を歩く。

 とある通路を歩いていると、誰かが打ち水をしたのかアスファルトが水に濡れていた。足を踏み入れると僅かに水を弾く音がする。右手には平屋建ての小さな居酒屋が三軒並んでいた。店の前に前掛けをした男の人が開店の準備をしている。二本の赤いのぼりが玄関を挟むように立っており、『美味い』『安い』の文字を強調している。

 こんなところに居酒屋があったんだ。

 飲み屋街と呼ばれる街中から遠く離れた場所だ。ここからだと駅よりも住宅街に近いので、会社帰りのサラリーマン狙いではないことがわかる。

 その場を離れると静かな住宅街に入った。視線を感じたのでその方を見ると、とある家の駐車場からこっちを見つめる白い大きな犬を見つける。

 目が合ったので少しだけ近づくと、尻尾を振りながら鳴き出した。威嚇するような表情ではなく、喜んでいる。

 歓迎されてる? 

 コッチへ来い来いと鳴いているように見える。

 嬉しいけど、近所迷惑になってしまうのでゴメンネと手で示してからこの場を離れる。

 そしてしばらく適当に歩いていると、今度は私の頭一つ分高い塀の上でこちらを見下ろす猫を見つけた。

 こちらをじっと見ている茶トラの猫はよく見ると少し太目だ。足を止め、なんとなく私もじっと猫を見つめ返してみる。猫は警戒することもなく、静かにじっとこちらを見ているだけだ。

「……」

「……」

 無言の時間が少しだけ流れる。猫は瞬きひとつしない。対抗するように私も瞬き無しで見つめ合う。どっちが先に瞬きするだろうか。

「――無理」

 早いうちに私の方から瞬きしてしまった。猫は相変わらず何も言わずにこっちを見ている。首輪はしていないが随分と人慣れしていた。

 一枚だけ写メを撮って猫から離れる。少し歩いた後にもう一度後ろを振り返ると猫はもういなくなっていた。

 これからどこに行くんだろう?

 餌をくれる人の所へ行くのか、お気に入りの寝床へと向かうのかと色々と想像しながら道を進んでいく。

 最近、新しい趣味を探そうと思って散歩を始めてみた。冒険気分を味わう為になるべく知らない道を選び、家までの道のりを歩いていく。

 住宅街を抜けると見知った広い公園に辿り着いた。

 ここに着くんだ。

 思ったよりも家に近い場所にいた。公園の外から中を見渡してみるが、昔と比べて少しも変わったところはない。

 公園内には携帯ゲームを手にした小学生くらいの男の子達がベンチに座っている。みんなゲームに熱中しているのか、誰もいないところでポツンと佇んでいるサッカーボールがなんだか寂しそうに見えた。

 公園から離れ、ふと見上げてみた空はもう赤く焼け始めている。僅かに見える紅く染まった雲が浮かんでいるのを見ると、どういうわけか購買部で会ったあの二人のことを思い出していた。

 おもしろい二人だったな。

 鈴木さんと上塚さん。

 鈴木さんは先週パンを譲ってくれた優しい女の子で陽菜と同じくらい背が高い。長そうな髪をポニーテールにした姿は、普通の女の子にはないカッコ良さを感じる。

 もう一人の上塚さんは男子が噂しているのをよく聞く小柄で可愛いという言葉が似合う女の子だ。噂では誰に対してもフレンドリーだと聞いていたけれど、どういうわけか私と話したときの彼女は見てわかるぐらいに緊張していた。

 二人の会話は聞いていて面白かった。本当に仲が良いんだなと思える二人のやりとりは、見ていていいなと思った。

 仲良くなれるかな。

 並んだ二人の間に、自分の姿を入れた光景を自然と思い描いてみる。想像の中の私は楽しそうにしている。

 自然と笑みが出てしまうので、慌てて周囲を見回す。

 良かった。誰もいないと思って角を曲がったそのときだった。

 あ……。

 向こうから、小さな女の子を連れた女性がこちらに向かって歩いてくる。

 それを目にした瞬間、視線を合わせないように慌てて下を向く。

 知り合いではない。初めて目にする親子だ。向こうも私のことなど少しも知らない。

 親子の間に会話がないせいか、擦れ違う前から靴音がやたらと耳に響いてくる。

 意識するなと、自分の靴に視線を集中させながら歩いて彼女達と擦れ違う。女の子の視線を感じたけど、気づかないフリをして擦れ違い、少し早く歩いて二人から離れる。

 しばらく歩いた後に振り返る。当然、親子の姿はどこにも見当たらない。

 ホッと胸を撫で下ろしたと同時に、散歩これもダメだと一人ため息をついた。

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