第3話(愛海編)


 目を醒ました途端、起き上がって慌ててスマホの時計を確認する。

 やっば……寝過ごしちゃった。

 目覚ましアラームをセットし忘れていた。時刻は志穂の配達が終わる時間をとっくに過ぎている。今は家で寝ているだろう。

 あーあと言って、ベッドに仰向けに倒れる。

 学校……サボりたい。

 そうしたかったが、すぐにそれはやめようと思った。お母さんに怒られるくらいなら大人しく行った方がいい。

 ごろりと、仰向けからうつ伏せにチェンジする。

 ……志穂に会いづらい。

 昨日の朝、あんな告白をしたせいだ。

 一番信頼している志穂とはいえ、ついに言ってしまった。好きな人に好きと言うみたいに緊張した。

 ……どう思ってんだろう?

 学校へ行く前にそれが知りたかった。だから一日経った今日の朝彼女がどんな気持ちでいるかを直接確かめたかった。

 引いてるかもな……。

 十年以上の付き合いである幼馴染にもそんな不安を抱く。

 女の子を好きになってしまったのだ。当然なのかもしれない。

 昨日の志穂。あ然としていた彼女の顔。

 思い出したせいか、あーやっぱ言わなきゃよかったのかなーとか考えてしまう。なんであのとき逃げるように去ってしまったのだろうか。

 それからは何もなかった。

 志穂から連絡が来ることもなかったし私も何もしなかった。何も起こさないまま、昨日は一日中モヤモヤしていた。

 今日学校で志穂と会ったら、どう接すればいいのだろうか。

 ……気持ち悪いって思われたかな。

 人によっては拒絶するし、嫌がられたりすることもある。

 でも何も考えなしに告白したわけではない。打ち明けるのは悩みに悩んだ。ネットにたくさんあった、自分の同性愛を家族や友達に打ち明けた体験談にも何度も目を通した。

 女の子に恋してるって気づいたのは一か月も前。

 それから昨日志穂に打ち明けるまでずっと考えて、それでようやく決断したのだ。

 志穂なら打ち明けても大丈夫だってことは、昨日の私も一か月前の私も思ったことだった。

 けど昨日の志穂の様子はどうにも掴めなかった。ポカーンとしていたようにも見えたし、ショックを受けているようにも見えた。

 今思えば、冗談と捉えられているようにも見える。

 ……いやいやいや。

 それはないはず。『本気なの?』と言われたときにうんと真面目に答えた。私の真剣さは伝わっているはずだ。

 うーん……でもなぁ。

 伝わってない可能性は低くはない。志穂とは十年以上の付き合いではあるけれど、色々と噛み合わないことが何度もあったからだ。

 以前一緒に協力系のゲームをしたとき、志穂にそっちの敵を倒してと言ったら親指を立てたので任せたらゲームオーバーになった。てっきり了解まかせろって意味なのかと思いきや、全てお前に任せるという意味だったらしく後でケンカになった。

「……」

 いきなりのことだったし、冗談だと捉えられたかもしれない。

「だから何も連絡ないのかな……」

 誰もいない部屋の中、独り言を言いながら起き上がる。

 冗談と思われて放置されている可能性が高くなってきた。私も何も連絡しなかったから尚更かも……。


『そんな手に引っ掛からないよおチビ。短足』

『もっとおもしろい嘘つきなよ。まなみーん♪』


 心の中の志穂が嘲笑ってそう言っている。

 急にムカムカしてきた。あのボケナスビめとドスドスと足音を響かせながら部屋を出る。

 そして一階へ降りて居間へ向かう途中で玄関へ向かう弟のゆずると擦れ違った。

「いってきます」

「いってらっさーい」

 擦れ違いざまにそう交わすが、なぜか弟は足を止めた。そしてこっちをじっと見つめてくるので「何?」と眉をひそめながら言う。

「――なんか怒ってる?」

「怒ってない」

「誰がどう見ても怒ってるよ」

 うるさいなぁ。

 仕方ないなと私は必殺の言葉を出すことにした。

 実の弟とはいえ朝だろうと容赦はしない。

「エロ動画の視聴履歴バラされたくなかったら、とっとと部活行けブラザー。メガネが好物なんでしょ?」

「ウッス。いってきますシスター」

「ウッス。いってらっしゃい」

 空手部っぽい挨拶を姉弟きょうだい同士で交わす。中学生最後の大会が近い弟は、ここのところ毎日朝練で早寝早起きをしている。姉と同じく小柄な体躯だが戦略を立てるのは上手いらしく、一年の頃から良い成績を残しているらしい。

 ちなみに弟は囲碁部だ。



「あら? 早いじゃない」

 居間に入って来た私の顔を見たお母さんは台所で朝食の準備を始めようとする。

「ありがと。でも今日私やるよ」

「毎日そうしてくれると助かるわねー」

 台所に入るとお母さんからフライパンと卵二つを受け取る。

「今日は志穂ちゃんの所へ行ってきたの?」

「目覚ましかけ忘れて行けなかった」

「あ、そう」と、お母さんは居間のソファに座ってテレビを観始める。NHKの人気女子アナが日付と時刻を伝える声が聴こえてくる。

「あら、この子痩せたわねー」

 昨日も同じことを言っていたような気がする。私に言っているわけではないので、私は何も言わずにフライパンに油をひきIHのスイッチを入れて温める。

 学校についたらまずは志穂をとっちめるか。

 温まったフライパンを見ながらそう思った。

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