第二夜 

初めて会ったとき、和樹も香織も、携帯の待ち受け画面が猫で、それがきっかけで仲良くなった。香織は実家暮らし、和樹は一人暮らしだったが、互いに猫を飼っていた。


香織は通信制の高校で事務員をしていた。生徒や先生のスケジュール管理が主な仕事で、キャンパスはなかったが、座学を希望する生徒の為に雑居ビルの数室が教室と事務所になっていた。


職場の同僚とも仲が良く、週末になると同僚に誘われてよく合コンに出かけていた。そこで出会ったのが和樹だ。和樹は作業着メーカーの営業で、外回りで日焼けした肌に腕まくりをして生ビールを飲む姿は、いかにも中小企業のサラリーマン、と言った風だった。


香織が25歳、和樹が28歳の時だ。

 

二人は初対面にも関わらず、猫の話題で盛り上がった、いつ爪を切るとか、オススメのおもちゃはなんだとか、いろんな話をした。あまりに話が続くので不思議に思ったほどだ。もしかしたらそのとき何か惹かれるものがあったのかもしれない。ただ、もっと驚いたのは、その日酔っ払った和樹が、帰りに居酒屋の階段から転げ落ちて、足の骨を折ったことだ。


和樹は黒猫を出さないように気を使いながらベランダに出ると、ズボンのポケットから潰れかかったタバコを取り出し、街並みを見下ろしながら火をつけた。


向かいのビルは一階がコンビニになっていて、ジングルベルの音楽をバックに不釣り合いなブカブカのサンタクロースの衣装を着た売り子がチキンを売っている。


煙とともに冷たい空気が体に染み渡ってゆく。タバコは猫に悪いからやめろと香織に散々注意されているが、今だにやめられない。吐き出す煙が冷気と混じって消えていく。眼下の通りを酔っ払いがガハハと笑いながら肩を組んで歩いて行った。


タバコを吸いながら佇んでいると、インターフォンが鳴った。慌てて室内に入る「すいませーん、ガスの開通に来ました」モニター画面には人当たりの良さそうな中太りのおじさんが写っていた。


居酒屋で足の骨を折った和樹は、そのまま入院することになった。足を固定したギプスには会社の同僚や学生時代の友人たちからの寄せ書きが「頑張れ」だの「間抜け」だの好き勝手書いてある。


入院中は、禁煙パイポを咥えてみたり、友人から贈られた「人生を変える力」というタイトルの退屈な自己啓発書を亀のようにゆっくり読んだりして過ごした。結局その本で人生は変わらなかったが、骨折したことで結果的に和樹の人生は変わったのだった。


退院した和樹は松葉杖をつきながら香織の家を尋ねた。入院中は世話ができないだろうと、香織が猫の世話を申し出てくれたのだ。すぐ帰るつもりがそのまま家に上げられ、香織の両親と一緒にお茶を飲むことになった。

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