第5話 生きてるあたしと機械のケンタさん

 天青川を離れて駅前の図書館まで、家の間をぬうように歩くと二十分くらいかかる。

 それだけの道のりを走り続けるのは、いつも元気なウミですらきつい。ましてや夏希には無理だ。

 川ぞいの道からはずれたあたりで息をきらし、ひざに手を当てて立ち止まった。

 二人は、後からゆっくり来ればいいから言いのこすと競争するように行ってしまった。

 庭の植木やへいなどで日かげもそれなりにあるけれど、それでも目がくらみそうなほど暑い。

 夏希は追いつくことはあきらめて、影を選んでとぼとぼと歩くことにした。

 満願寺で水をくませてもらった水とうは持ち歩くとけっこう重い。飲んで軽くしようとプールバックに手をつっこむとケンタさんの鈴がリーンと鳴った。

「あっ、ケンタさん、走ったり転んだりでゆらしちゃったけど、大丈夫かな?」

『だいじょうぶですよ。もっとゆれても大丈夫なんです。なにしろワタシは宇宙を渡って来たのですしね』

「そっかあ」

 ケンタさんは、プールバックの中で鈴を開けると、前足と顔だけ外に出した。何度見てもカラフル極彩色だ。やっぱり動くマスコットみたい。

 小さなヘンテコ狛犬は、尻尾をぱさっとふって、緑色の目で夏希を見上げた。

『ナツさん、さきほどはなにか、こまっていましたね』

 ドキンとする。

「え? あたし、なにか言ったかな?」

『いえ、そうじゃないんです。すみません。あなたの脳に同調しているので、言葉にならないような感情も伝わってくるのです』

 それってテレパシーみたいなものだろうか。さっきツバサがおこっていたときのことかな。

「あたしがなに考えているのかわかるの?」

『言葉にならない思考は、はっきりとはわかりません。しかし気分の上下は伝わります。あなたは、いいえ、地球の人類はずいぶんと感情が豊かでおどろかされます』

 思考と気分がどんな風にちがうのかと考えた。

 思考は思い考えること。気分は楽しいとか悲しいとか。

 ケンタさんと出会ってから、自分はどんな気分だったんだろう。

 最初は、ただただこわかった。

 それからなにもできない自分が悲しかった、くやしかった。

 あとはなんだっけ。

 いつもツバサと比べられるダメな自分。

 はっきりやりたいことを主張するウミとちがって、ウジウジしてばかりの自分。

 そんな自分がイヤだと思うのに、なにも努力しない自分。

 友だちをうらやましく思うだけのちっぽけな自分。

 夏希は、すぅと大きく息を吸い込んでから、ふうぅと長くはき出した。

 この頃、いつも自分のことばかり考えてしまう。小さいころはそんなことなかったのにな。

 けれど、あたしのことなんかより今はケンタさんの仲間を探す方が先だ。だってそのためにケンタさんはあたしを選んで同調したんだもの。

 マイナスな考えをふりはらって、夏希はにこっと笑顔をつくった。

「それじゃあ、ケンタさんの星の人たちは、おこったり泣いたり笑ったりしないの?」

 ケンタさん緑の目をまばたきさせた。

『しますよ。怒りや争いはあります。楽しみも。しかしあなたたちほど変化は激しくありません』

「そうなの?」

『ええ、ワタシから見るとあなたたちは嵐の日の波のようです』

 夏希はなんだか恥ずかしくなった。たったいま、ウジウジと考え事をしていたのもつつぬけだったかもしれない。

 せめて笑っていた方が恥ずかしくないよね。

「すっかり置いていかれちゃった。ごめんね。ちょっと急ぐね」

『いえ、ゆっくり行きましょう。ワタシのために急いでくださるのはうれしいですが、転んだらいたいでしょう』

「あ、うん。ありがとう」

 さっき転んでイタタタってなったのもしっかり伝わっていたんだ。よし、気をつけよう!

 落ち込まないように、でも転ばないように。足もとに気をつけながら元気よく歩くことにする。

 垣根やへいの間の曲がりくねった道では、先を行くウミとツバサのすがたはぜんぜん見えない。

 ケンタさんは鈴にもどらず、そのままバックから顔を出して外を見ていた。

 二百五十年もねむっていたんだから、きっといろんなものがめずらしいんじゃないかな。車もなかっただろうしね。

 そもそもケンタさんの生まれた星に、自動車はあったのかな。ないか、海の星って言ってたし。

 小さな小さな狛犬。

 ヘンに色鮮やかな狛犬。

 宇宙からやって来たロボット狛犬。

「ねえ、ケンタさんはプロナントカ・ケンタさん星から来たんでしょう?」

『はい、ワタシはプロキシマ・ケンタウリ星系第二惑星から来たロボットです』

「その星の人はみんなケンタさんみたいに狛犬みたいなかっこうなの?」

 ずっと疑問に思っていたことを聞くと、ケンタさんはぱちぱちとまばたきをした。表情はよくわからないけれど、どう答えようか考えているらしい。

『この形はこちらに来てから作ったものです。初めてサダツグさんを見たとき、ワタシはサダツグさんをまねてあなたたちと同じような形を作りました。すると、サダツグさんはワタシを神様だと思ってしまったのです。大変なさわぎでした』

「ふぅん」

 それはそうかもと、鈴から狛犬が出てきたときを思い出す。

 びっくりしたし、こわかった。

 ましてや出てきたのがカラフル極彩色の人間だったら、もっとびっくりしたかもしれない。

 しかも足がたくさん生えていたりしたら! 神様どころか妖怪だと思われてもおかしくないよ。

『彼らがなにをそんなにさわいでいるのかを知るのに、しばらく時間がかかりました』

「あたしにしたみたいに、同調? したんじゃないの?」

『全くの未知では接続してデータベースを構築し解明するのに時間がかかるのです。今は、サダツグさんのデータを元にナツさんから時間の経過による変化を加味して更新しています。言葉が大きく変わっているのにも驚きました』

 ケンタさんの話は、なんだかちょっと難しい。ツバサなら解説してくれるだろうけど。でも、あたしはわからないことをスルーするのは得意だ。

 だから質問を元にもどす。

「最初は人の形だったのに、いまはなんで狛犬みたいなかっこうなの?」

『神様とまちがわれないようにです。だから石の像に押しこまれたとき、次はこれの形をまねしてみようと考えました。また神様にまちがわれてはいけません。サダツグさんが流されたとき、神様なんだからお父さんを助けてと子どもに言われました。しかしワタシは神様ではないのです。なにをすることもできませんでした』

「そっか。それは……悲しかったね」

 心臓のあたりがキュッとちぢまる。

 願いをかなえてくれない神様を狛犬の口にかくした子は、どんな気持ちだっただろう。

 悲しくて、頭にきて、くやしくて。それでもサダツグさんの子どもはケンタさんを川に捨てたりはしなかったんだな。

 ちょっとしんみりしながら、もう一度話を元にもどす。

「じゃあ、ケンタさんたちを作ったプロキシメンってどんなかっこうなの? 人間にも狛犬にも似てないんでしょう?」

 ケンタさんはまたまばたきをくり返した。

『プロキシマ・ケンタウリ星系第二惑星は水の星です。陸地はほとんどありません』

「うん、つまり?」

『海の中で生まれて、海の中で進化し、海から宇宙に飛び出した種族なんですよ』

 ということはお魚みたいなのかな。竜宮城みたいなところを想像してみる。

 もしケンタさんの星に行って帰ってきたら、浦島太郎みたいに三百年とか過ぎてるんだろうか?

 聞いてみると、ケンタさんは首をかしげた。

『ワタシたちが星を出てから地球にたどり着くまで、地球の年で計算するとおよそ八十年ほどかかってます』

「あ、往復するだけで百六十年か。無理だなあ」

 それに空気もないまっ暗の宇宙を旅するのだ。まだ人類は月までしか行ってないんだよね。

 そう思うと急に、ケンタさんがとんでもなくすごいもののように思えた。

 でも目を落とすと、そこにいるのはかわいらしいカラフル極彩色の狛犬だ。

「一人でそんなに長い旅をして、さびしくなかったの?」

『ワタシたちは生きてはいませんから。感情はありません』

 ケンタさんはそう言って、プールバックの中にひっこんでしまった。

 言葉を話して、表情だって変わるし、仕草だってかわいいのに、生きていないって言われるととても不思議。

 いまだって聞かれたくないことを質問されたみたいな感じだったよ。

 生きているってなんだろう。どういうことなんだろう。

 心臓があってドキドキするし、動くし、ケガをしたら血が出るから生きている?

 でもそれなら植物は? 心臓がなくても動かなくても血が出なくても、生きてるよね。

 小さく生まれて大きく育っていくのが、生きてるってことだろうか?

 あたしって本当に生きてるのかな。ちゃんと大きくなってるのかな。

 そりゃあ、赤ちゃんのころの写真だって見たことあるし、去年の服はもう着られないけど。でも、ちっとも大きくなっているって実感がない。

 ツバサもウミもどんどん大きくなっていつか大人になるんだろうけど、自分は取り残されてしまったらいやだな。

 あたしにはなにができるんだろうか。できることなんてあるんだろうか。

 考え込んでいると足がどんどん遅くなる。

 いけない、こういうところがダメなんだよねと、夏希は重くなった足をせっせと動かした。

 ウミたちがきっと待ちくたびれてる。



 図書館のある大通りに出ようと灰色のブロックべいを急いで曲がったとたん、「おっせえ」とツバサのしぶい声がとんできた。

 ツバサは腕組みをして夏希をにらみつけていた。メガネをかけた顔があせまみれだ。

 ウミのほうは、ちゃっかりだれかの家のひさしの下にしゃがみ込んで涼んでいた。

 きっと競争はウミが勝ったんじゃないかな。だからツバサのご機嫌が悪いってことじゃないだろうけど。

「やっぱりそいつはぼくが運ぶ。こっちによこせよ」

 ツバサはにゅっと手をのばしてくる。そんなにあたしが信用できないのかな。やっぱり、くやしい。

「おそくてごめん。でも……あの、あたしが持っていたいの」

 夏希は、ツバサの視線に負けないように見返した。胸がドキドキして、手をぎゅっとにぎりしめる。さっきたっぷり水を飲んだはずなのに、もうのどがカラカラだ。

 でもそれだって生きてるからだよね。きっと。

 ツバサはしばらくこわい顔でにらんでいたけど、やがて腕組みをといた。

「いいけど。それならちゃんと歩いて」

「うん、ごめん」

「まあまあ、うちもツバサも走っちゃったけどさ。最後は息が切れちゃったからここで休んでたんだ。ウサギとカメみたいに、ゆっくりでも休まないナツに追い越されるとこだったわ」

 ウミはあっけらかんと笑ってみせた。

 あと少しで図書館だった。  

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