第4話 迷子探しのはじまりはじまり

「さぁて、そうと決まったらさっそく行こうよ!」

 ウミが文字通りはずんで声を張り上げた。

「行くってどこにだよ? ウミは本当に勢いだけだよな。おまえ、イノシシかなにかの親戚じゃないの?」

「なにぃ、うちをイノシシよばわりするかぁ?」

「ブタって言わなかっただけほめろよ」

 そこまで言われてもウミはおこらない。それどころかトンカツほどおいしいものはこの世にないと力説までしたから、ツバサも返す言葉につまってしまう。最強だよ、ウミって。

 近くでよく見ると、小さなケンタさんは体の中がちかちか光っていた。本当にロボットなんだなあ。生き物はこんな風に光らないよね。あ、ホタルは光るけどね。

「ねえ、ケンタロボ、うちが持ってみても大丈夫かな? さわったらうちとも同調しちゃうん?」

『さわっても何も害はないはずです。ただ同調できるのは常に一人だけなのです』

 夏希が通訳すると、ウミはペロッと舌を出してから手のひらにケンタさんを乗せた。

「あれ? 思ったよりも軽いよ。それにふわふわだよ。ナツも持ってみなよ」

 おそるおそる手を出した。

 ケンタさんは尻尾をふって、のばした夏希の手のひらにちょこんと乗り移る。確かに思ったよりも軽くてふわふわした感触がした。少しくすぐったい。

 ウミが人差し指で頭をなでると、犬みたいにうっとりと目を閉じる。

 足がいっぱいついているのなんて気持ち悪くて無理って思ったけど、毛にかくれてよく見えないし、もう平気。宇宙人の作ったロポットだもの、変な形をしているのも当たり前だよね。

「そんなことよりさ」

 でもツバサはしびれを切らしたのかなにか気に入らないのか、チッと舌打ちした。

「ナツ、もう少しその仲間がいなくなったときのことを聞けないか? 事故があったってなにがあったんだろう。手がかりがなきゃ探せないぞ」

 そこで三人で拝殿の階段に腰を下ろし、まずはケンタさんの話を聞くことにした。 




『ワタシは長く山の中に一人でいました。そこにサダツグさんがやって来たのです。しかしその日はひどい天候でした。昨日のような』

「やっぱり台風なのかな。サダツグさんってそんな日になんで山の中なんかに行ったんだ?」

 さきほどと同じ調子でツバサが質問係になっている。

 先頭で走るのがウミ、考える頭はツバサ。いつもならお荷物のあたしだけど、いまは通訳係! そう思うとどんどん楽しくなってくる。

『わかりません。山の中では大勢の人間たちの作業を指示していました。ワタシはこの星の人に同調するチャンスだと判断しました。そこでサダツグさんの前に出て行ったのです。サダツグさんはワタシの話を理解してくれました。そうしてここに連れてこられたのですが』

「ってことはサダツグさんがこの神社の宮司さんか」

『ワタシには人間関係はよくわかりませんが、宮司というのが指導する立場であるならそうだと推測します』

 ケンタさんは教科書みたいなかたくるしい言葉づかいで答えるから、通訳するのも大変。

『ここに来てすぐ、ワタシは仲間の気配を感じました。しかし雨風が強く、そこの崖がくずれて、建物も半分は流されてしまいました』

「待って。崖がくずれた?」

『はい。ここの土地はそのころはもっと広かったのだと思われます』

「おおう、デンジャラス! さっきお稲荷さんの宮司さんも崖に近づくなって言ってたよね。いまは大丈夫かなっ」

 まゆ毛を寄せて難しそうな顔のツバサとは反対に、ウミは楽しそうだ。

『仲間は崖くずれに巻き込まれたのでしょう。それきり気配もなくなってしまいました。ところがそのとき、サダツグさんも巻き込まれてしまったのです。ワタシは同調者を失ってしまいました。サダツグさんからこの星についてのおおまかなデータはもらえましたが、詳しい話まではできませんでした。そこでサダツグさんの子どもと再び同調しようと試みたのですが……うまくいきませんでした。エネルギーもあまり残っていませんでしたし』

 夏希はぶるっと背中をふるわせた。

 ずっと昔のことでも想像するとやっぱりこわい。崖がくずれて、サダツグさんは死んじゃったのかな。子どもはどんなに悲しかっただろう。

 ケンタさんを狛犬の口の中に押し込んだのはサダツグさんの子どもなんだろうか。どうしてそうしようと思ったのかな。

「それっていまからなん年前か正確にわかる?」

『機能を最小限にして眠っておりましたので正確には……。およそいまから二百八十年から二百五十年ほど前だと思われます』

「で、おまえの仲間ってのはやっぱり狛犬みたいな形をしてるのか? 鈴の中に入っているの?」

『カプセルの形状は変わりません。ただ、アレはワタシのように外で活動するデバイスを備えてはいないはず』

 【デバイス】ってなんだろう。

 夏希は、ケンタさんが話すたびに頭の中がほんのちょっぴりぐるぐるするのに気がついていた。

 痛くはないけど、なにかごそごそ探し物をしてるみたい。

 あたしの頭の中から言葉を探して取り出しているのかな。そういえば最初よりもケンタさんの話は分かりやすくなってきたように思う。

 でもそれなら自分の知らない言葉は出てこないはずなのにな。

 ケンタさんが言っている意味がわからないなんて情けない。

 わからなかったのは夏希だけではなかったらしく、ウミが解説しろとツバサをつっついてくれた。ラッキー。

「えっと、たぶんこいつって、その鈴みたいなカプセルそのものが本体で、ええっと、狛犬みたいなのは本体と離れて動くことができる子機ってことじゃないか」

「子機?」

「とにかく、こいつは中から狛犬が出てくるように作られているけど、仲間は鈴のままってことだよ」

 めんどくさそうに答えて、ツバサはぐるりと首を回した。

「崖から落ちたのならいまもあの下にあるのかな。川に流されちゃったのかもしれないな」

「よーし、まず崖の下から調べよっか」

 いきなり崖を飛び下りそうな勢いのウミの一言に、ツバサは深いためいきをついた。

「ぐるっと回り道して土手に行くぞ。ナツはそいつを持ち歩いて。ウミは……」

「うちが先頭ね。ほら、行こう行こう」

 ツバサはあきれた顔でまた息をはいた。

 夏希がケンタさんを鈴の側に下ろすと、ケンタさんは自分でトコトコと鈴の中に入り込んでネコみたいに丸くなった。パタンと鈴のふたが閉まる。

「鈴の中にいてもあたしたちと話はできるの?」

『この距離ならば問題ありません』

 ケンタさんの声ははっきり聞こえた。

 夏希は持っていたプールバックの中に鈴をしまい、もう一口、水とうの麦茶を飲んで立ち上がった。

「おおい、早く早く!」

 ウミはもう鳥居の下で手をふっている。

 見上げると太陽がぎらぎらと輝いて、神社の周りのサクラの木が濃い影を落としている。ぬるぬるしていた泥もかわきはじめていた。

 勢いよく階段をかけおりる三人の後ろでセミがまたいっせいに鳴き出した。




 もう一度マンションの前を通って、ぐるりとらせんを描くような道を下りていく。

 天青川は川幅いっぱいに流れて、いつもなら石がごろごろ転がっているはずの河原はまったく見えない。春には菜の花が咲いていた草っ原も、いまは水の下だ。

 まだぬかるんでいる土手道に立って、下から神社を見上げると、崖はすっかりコンクリートで固められて、のっぺりした斜面になっていた。

 もしあの中にケンタさんの仲間が埋まっているとしたら、自分たちにはどうしようもない。

「とりあえず、川沿いに土手道を行ってみようよ」

 ウミの提案にツバサはメガネの奥の目を細くした。

「なんの当てもなく?」

「じゃあツバサはどうしたらいいと思う?」

 ツバサは後ろをついてくる夏希をふりかえった。いや、正確には夏希にではなく、ケンタさんに話しかけた。

「おまえはナツと同調して言葉を取り出しているんだろう。仲間も同じことができるのか? それならおまえがしているみたいに、だれかにひろわれて持ち去られたかもしれないな」

『それはどうでしょうか』

 プールバックの中のさらに鈴の中にいても、ケンタさんの声ははっきりと伝わる。考え込んでいる様子も手に取るようにわかるくらいに。

 同調ってどういう仕組みなんだろう。少なくとも音が伝わっているんじゃないのは確かだよね。どれくらい近くにいればいいのかな。

『アレは現地生物と友好的な交信を試みるようには設計されていません』

「現地生物って人間のことか……友好的じゃないっていうのはどういうこと? そもそもお前たちはなにをしに地球に来たんだ?」

『……アレは……環境調査と……その結果を母星プロキシマ・ケンタウリ第二惑星へ送る機能を持っています』

「人間を滅ぼす調査ってことか?」

 ツバサがこわいくらいに険しい目で夏希をにらんだ。

 ううん、にらんでいるのは、あたしじゃなくてケンタさんだよね。わかっているけど落ち着かない。

 頭の中でケンタさんが居心地悪そうにしているのを感じてはなおさらだ。

 鈴の中からツバサの顔が見えるのかな。それともあたしがこまっているのを感じて一緒にこまっているのかもしれない。

「あの、あのね。友好的って仲良くってことだよね。ケンタさんは友好的なんだよね?」

 ツバサの顔をできるだけ見ないように聞いてみた。

『はい、ワタシはあなたたちと友好的であるように設計されています』

「ツバサ、ケンタさんは仲良くしたいんだって」

 声を張り上げて伝えると、ツバサは少し目を見開いて、それからまた細めた。

「まあ、いいよ。ナツがそう言うなら」

 なんだかむしあつさが増した気がした。さっきまで吹いていた風もいまはほとんど吹いてないからだと思う。暑い。汗がたらりと背中を流れ落ちる。

 カリカリと頭をかいていたウミは、夏希とツバサの顔を見比べると、川下に向きを変えた。

「とりあえず、ドンドン行こう!」

 とりあえず、とりあえずって、ほんといいかげんなヤツだなとツバサがつぶやいた。ウミにも聞こえたんだろう。ウミはポニーテールをゆらしてエヘヘと笑う。

「歩いている最中になにかいい作戦を思いついたら言ってよ。それまではとりあえずでいいじゃん」

「まあね」

 ツバサはしぶしぶうなずいた。

 ツバサは心配のしすぎじゃないかと思う。頭がいいといろいろ考えすぎるんじゃないかな。

 だってケンタさんは悪いことなんて考えてない。同調しているとケンタさんの言葉だけじゃなくて気持ちみたいなものも伝わってくるんだよね。

 ケンタさんはあたしたちと仲良くしたいって思っている。

 二人が行く後を、夏希はここまでよりは少しだけ元気よくついて行った。

 さっきはケンカになりそうだったけど、思い切ってツバサに言いかえせてよかった。

 夏希はビビりだ。なにか言いたいことがあっても、いざとなるとうまく言えずに黙りこんでしまう。それでいつも後になってから、ああすればよかった、こう言えばよかったって悩むのだ。

 神社でだって、最初は帰りたいって思っても大きな声で言えなかった。

 ウミに手をつかまれたからだけじゃない。逃げ出す勇気もなかったんだ。

 そんな情けない子なのに、自分だけがケンタさんの声が聞こえるなんて、すごく不思議で、ちょっと気分が浮き立つ。

 いまだって、ウミみたいには動けないし、ツバサみたいには考えられないけど。

 でも、ちょっとはあたしにだってできることがあるんじゃないかな。だって選ばれたんだよね、ケンタさんに。

 川沿いの道はところどころ水たまりができていた。だれも通らない道の水たまりは、青い空を映している。

 それをウミがピョンピョン飛びこしていく。ウミのポニーテールが楽しげにゆれた。サンダルをはいた素足に泥がはね返っても気にならないらしい。

 ツバサはときどき川のほうに顔を向けていた。

 つられるように川の向こう側に目をやると、田んぼにはたくさんの人が出ていて、倒れた稲を起こしたり水路を点検したりしている。

 ツバサは昨日から帰ってこないお父さんのことを考えているのかな。

 夏希はぼんやり前を行く二人の背中を見つめた。

 もくもくと歩いているだけなのに、汗がだらだらとひたいを流れ落ちる。

 むき出しの腕が焼けるようだ。

「ぼくも水とう持ってくればよかったな」

 ツバサがメガネを外して、手で汗をぬぐった。青見神社の下からこの土手道を、もう三十分近く歩いている。

「ナツの水とうも、もうあんまり残ってないよね。神社でグビグビ飲んじゃったもんね」

「うん、ごめんね」

 プールバックの中の水とうは、歩くたびにチャプチャプと頼りない音を立てている。あと一口分しかない。

「あっそうだ! もうすぐ満願寺だからさ、よっていこうよ」

「ああ、手水場に水、あるもんな」

「うん、日かげもあるしね」

 満願寺は天青川を渡る橋を通りこした先にある川沿いのお寺だ。

 土手から外れて三人でよろめくように山門をくぐると、木に囲まれた境内はそれだけで少し涼しかった。ここでもセミがうるさいほど鳴いていた。

 入るとすぐ左手に、手水場がある。神社やお寺で手や口をすすぐところ。

 ちょうど三つあったひしゃくで水をすくってごくごく飲んだ。かわいた体にしみるような冷たさ!

「くわあっ、おいしいっ!」

 ウミはにぎやかにさけんでは、ひじまで水をかけていた。

「ねえ、ケンタさんは暑くなかった? お水、飲む?」

 夏希はプールバックに小声で聞いた。

『ワタシは生き物ではありませんよ』

 ただの機械ですと言われても、あの狛犬の姿を思い浮かべるととそんな風に思えない。もともと水の中に暮らしているって言ってたし、お水が好きなんじゃないだろうか。

 のどのかわきが一段落して、三人で木陰の大きな石の上にすわった。

 やっぱりここも、台風でふき飛ばされた葉っぱや枝が境内に散らばっている。

「ねえ、このお寺ってなん年前からあるのかな?」

 ふと気になってツバサに聞いた。

 ツバサはぐるりと首を回して本堂を見上げた。

 無人で古ぼけた拝殿と塗りのはげた鳥居しかない青見神社とはちがって、満願寺の本堂は青い瓦がぴかぴか光って見える立派なものだ。境内も広い。本堂の向こう側には中庭があってコイが泳いでいるんだよって、これはウミから聞いた。

 坂田酒店は万願寺にもよく配達に来るんだって。

「さあ、どうかな? 二百年か三百年か。そうか、古い寺なら、あいつの仲間がいなくなった嵐のこと、なにかわかるかもな。聞いてみるか」

 なにかあるとすぐに動くのがウミだ。

 よっしと立ち上がると、賽銭箱をよけて本堂の階段をのぼり、奥に向かって大声を張り上げた。

「すみませーん! すみませーん! こんにちは! 坂田酒店です! 住職さんいませんか!」

 裏から「はーい」と、おじいさんの声がした。

 しばらく待って顔を出したのは、ジャージ姿のおじいさんだ。お坊さんらしくないかっこうだけど、きっとこの人が住職さんなんだろう。頭がつるつる光っているもの。

「いやいや、遅くなりました。台風の後かたづけを裏でやっていましてな。あなたたちの家は大丈夫でしたか。はて、坂田さんのところのお子さんが、どんなご用かな?」

 ウミがあんたの出番だとばかりにツバサをふりかえった。

 ツバサは口をへの字に曲げてから、本堂の下まで来てきちんとお辞儀をした。夏希も小走りに行って頭を下げる。

「すみません、ぼくたち、昔の天青町の災害について調べているんです。あの、青見神社のほうから川ぞいに来たんですが、昔、青見神社のある崖がくずれるような災害ってあったのかどうかわかりませんか?」

 立てた板に水を流すようなツバサの言葉に、住職さんは目を丸くして、それからふむふむとうなずいた。

「青見神社さんの管理は商店街の稲荷神社さんがやっておられますが。ああ、古い記録は持っていないかもしれませんね。あそこは明治になってからできた新しいところですし」

 住職さんは、丸い頭をつるりとなでて少し考えてから、そういえばと続けた。

「あそこ、境内のすみに古い石碑があるのが見えますかな? あれは昔の水害の記録ですよ。江戸時代の」

 その石碑は確かに古い物だったけど、ちゃんと手入れをされているのか苔もはえていない。ケンタさんのいた狛犬とは大ちがいだ。

 前まで行くと、表側には大きく文字が彫りつけられているのがわかる。

「なんて書いてあんの?」

 ウミの問いに、ツバサはあごに指を当てた。

「えっと……ナントカ二年大水ナントカ……?」

 ナントカってなによとさわぐウミをなだめるように、住職さんがにこにこと解説してくれる。

 石碑の表の文字は『寛保二年天青川大水慰霊』と読むのだそうだ。裏に回ると何十人もの名前が刻まれていた。

「寛保二年に天青川が洪水をおこしたんですな。裏の名前は当寺の檀家さんで亡くなった方のお名前です」

「寛保二年ってどのくらい前ですか?」

「さて。この寺も何度か火事にあったりして古い記録はあまり持っておらぬのです。少なくとも江戸時代、二百五十年は前ですなあ。文書はなくなってしまっても、石碑にしておけば後世に残ると、これは昔の人の知恵でしょうなあ」

 なんだかのんきに住職さんは笑う。

「そのときに青見神社の崖もくずれたんでしょうか?」

「それはわかりませんが、確かこのときの水害は天青川だけじゃなくてずいぶん規模が大きいものだったとは聞いてますよ。図書館なら郷土資料を解説したものがあるかもしれませんなあ」

 図書館の郷土資料なんて考えもしなかったと、三人は顔を見合わせた。そしていっせいに頭を下げる。

「ありがとうございました!」

 住職さんに手をふられながら門から走り出す。

 初めての手ごたえに気持ちが一気に舞いあがった。

 川沿いの道を三人で走って、そして気をつけていたはずなのに最初のぬかるみで夏希は見事にすっころんだ。

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