第3話 カラフル極彩色の…

「うわっ、わっ!」

 ウミにだきつかれたまま、夏希はしりもちをついた。ベシャとおしりがぬれたけど、いまはそれどころじゃない。

 夏希ソレから目を離せないでいた。

 鈴の中からなにかがもぞもぞと出てこようとしていた。

 まさか恐竜の卵だったとか? ってそんなはずはないけど! でも!

 目をつむりたいけどそれもこわい。こっちに来たらこまる。

 すると耳元でウミがすっとんきょうな声を上げた。

「モモから生まれた桃太郎じゃあるまいし! なんで鈴の中から狛犬が出てくんの?!」

 その声にちょっとだけ勇気がわいて、割れた鈴をじっと見る。

 へんてこな言い方だけど、ウミの言うとおりだった。ぱかっと割れた鈴の中から出てきたのは、小さな狛犬だったのだ。

 狛犬って言ったけど、本当に狛犬なのかは自信がない。

 だって神社にいる狛犬はみんな灰色の石でできているし、出てきたのはへんにカラフル極彩色なんだもの。

 真っ青なたてがみ。

 ひげは黄色で大きな目は緑。

 その上、手に乗せられるくらいに小さな体には全体に赤っぽい毛がもふもふと生えていて、まるでマスコットのぬいぐるみだ。

 おまけによく見ると足が左右に四本ずつある。全部で八本。タコみたい。

 とにかくへんてこだ。気味が悪い。

「沖縄のシーサーにも似てるけど。まさか生きてるのか」

 ツバサはそろそろと拝殿に近づいて賽銭箱のところで足を止める。

 ――リーンリリリーン、リ、リ、リィィン。

 狛犬が鳴いた! 

 確かに鈴の音はそのカラフル狛犬から聞こえてくる。

「昨日と同じ音だ」

 ツバサは狛犬に顔を向けたまま目だけ夏希のほうによこした。

「だよね?」

 うん、とうなずいた夏希は、逃げ出したくてたまらないのにから体がこおっちゃったみたいに動けなかった。指一本も動かせない。

 だから早く帰ろうって言ったのにって思うと、泣いてしまいそう。

「松虫や鈴虫みたいな音だけど、どう見ても虫じゃないよねえ」

 ウミはまだ夏希の腕をつかんだままだ。いいかげん放してほしい。そうしたら走って家に帰るのに。もう転んだっていいよ。

「狛犬って犬って言うくらいだからワンワン鳴くのかと思ったのに、ちがうんだ?」

「狛犬は犬じゃない。どっちかって言うと想像上の動物だよ。だいたい、こんなうじゃうじゃ足の生えた犬なんていないだろ」

「うん。でも今、目の前にいるじゃん?」

 そう言うなり、ウミは夏希を引きずるように体を起こして賽銭箱を回り込んだ。

「え? ちょっと、ウミ!」

 あわてて手をたたいても、ウミは目を輝かせてトコトコと近づくと腰をかがめた。

 カラフル狛犬は、前足を地面につけたお座りの形で顔を空に向け鳴いている。

「ねえ、これって本当に狛犬だと思う? それともこの神社の神様とかかなあ」

「青見神社の神様はミツハノメ、水の女神のはずだけど」

 ツバサまですぐそばへ来て狛犬を見下ろす。

 なんでそんなことまで知ってるの、ツバサ。きっと誰も知らないんじゃない?

「女神様? この狛犬って女の子なん?」

「そういう問題じゃないと、思う」

 のんきなおしゃべりを聞いてないで逃げなきゃ。でも夏希の腕はウミにつかまれたままだ。

 本格的に泣きたくなってきた。五年生になってから人前で泣いたことなんてないけど。

 なんで二人が落ち着いているのかさっぱりわからない。こわくないの?

 ジタバタしていたら、狛犬はリンリン鳴くのをやめた。

 そして、ゆっくりと首を回し、鮮やかな緑の目を瞬かせもしないで夏希を見上げた。

 吸い込まれるような感覚。

 いままで雨上がりの土のにおいしかしなかったのに、なぜか海の潮のようなにおいがした。

 うるさいセミの鳴き声も聞こえない。ただ、リーン、リィンと鈴の音だけが頭に響く。

 音に飲まれたように頭が空っぽになった。

 こわいとか、逃げたいとかの感情がサアッと消えてなくなる。

 体が軽くなって、さっきまでぜんぜん動かなかった足が勝手に動いた。

 ――狛犬の方へ!

 操り人形の糸なんてついていないのに、夏希の手が持ち上がって狛犬のたてがみに触れた。

瞬間。とつぜんカラフル狛犬から色がなくなった。

 ううん、ちがう。色がなくなったんじゃなくて、強烈に光って、目に映らなくなったんだ。

「ひぃっ」

 夏希はぎゅっと目をつむった。

 頭の中がぐるぐると渦をまいて酔いそう。首のうしろがカッと熱くなる。

「なにやってるんだよっ!」

 ツバサが夏希の腕をつかんで、つきとばすように狛犬から離してくれた。

でも狛犬の光は消えない。

 体がゾクゾクして、痛いような、気持ちいいような、ヘンな感じがした。

 プールにもぐったときみたいに上も下もわからない。息ができない。

 息つぎ、苦手なのに。おぼれちゃうとぼんやり考えたとたん、光はすっと消えて――きっと数を数えたら十もないくらいの間だったんだろう――気がつくとさっきと同じようにカラフルな狛犬が夏希をじっと見上げていた。

「なんだったの?」

 ウミがきょとんとして聞いた。

 夏希にわかるわけがない。ただガクガクと首をふる。

『こんにちは。あなたの脳と同調(リンク)させてもらいました。勝手にごめんなさい』

 狛犬がしゃべった!

 ううん、口でしゃべったんじゃない。頭の中に言葉が響いたんだ。

「なにが起きたの。これ、石でできてたんじゃないん?」

「どう見ても単なる石じゃないだろ。だいたいナツはなにをぼけっとしてるんだよ。どっかケガとかしてない?」

 ツバサは眉を寄せて狛犬をにらみつける。

「ううん、大丈夫……だけど」

「だけどなあに?」

 ウミが夏希と狛犬を見比べて聞いた。

「声がした、気がした」

「声ってだれの?」

 夏希はまっすぐに狛犬を指さす。すると狛犬はおじぎをするみたいに頭を下げた。

『びっくりさせてすみません。でもこうしないと、あなたたちと会話――コミュニケーションがとれないので』

 また声が聞こえた。夏希はバクバクと爆発しそうな胸を手で押さえて、狛犬を見つめる。

「この狛犬がしゃべってるの! ウミやツバサには聞こえないの?」

 二人はすぐさま首をふる。

「さっきからずっとリンリン鳴ってるようにしか聞こえない。その音がナツには言葉に聞こえるってことか」

「ううん、頭の中でしゃべってるの」

「頭の中? 人の言葉? なんて?」

「あたしたちと話すために、あたしの頭と同調したって。どういうことなのかな」

 自分にしか聞こえないと知って、夏希はますます泣きたくなる。ついさっきは妙に気持ちがいい気がしたけど、いまは体がふるえてとまらない。

 どうしてこんなことになったんだろう。

「現実的に考えて、石だったはずの鈴が鳴り出したり、その中から生物が出てきたりするはずはないんだ。ましてや狛犬はさっきも言ったとおり想像上の神獣で、この世にはいないはず」

 ツバサは低くうなって一歩狛犬に近づいた。

「おまえはなんだよ? 神様のお使いなわけないよな? なぜここにいた? 狛犬の口の中にあった鈴じゃないのか? だいたい人の頭に勝手に同調したってどういうことだよ。ナツをあやつるつもりなのか?」

 あんまり立て続けに質問するからか、カラフル狛犬はこまったように体ごと地面に伏せた。よく見るとしっぽも縮こまっている。まるでしょげたネコかイヌみたいに見える。

『すみません。脳に同調するのは、この星ではいけないことでしたか? あのままだと不便かなと判断したのですが。ワタシの生まれた星では、みんなこの方法でコミュニケーションを取っていたので知りませんでした』

 狛犬は何度もごめんなさいをするみたいに首をふる。

 その姿に、こわさがほんのちょっぴり薄らいできた。本当にちょっぴりだけ。

 夏希は頭に聞こえた言葉を口にして、ツバサとウミに伝えることにした。

『ワタシは神様でも神様のお使いでもありません。実は生き物でもありません。プロキシマ・ケンタウリ星系から来たロボットです』

「プロのケンタさんちのロボ?」

 ウミがとんちんかんに答えたけど、カラフル狛犬もツバサもきっぱりと無視する。

「プロキシマ・ケンタウリっていうのは?」

『プロキシマ・ケンタウリは、光の速さで行くと四年と三ヶ月かかるところにある太陽と同じような星の名前です。ワタシはそのプロキシマ・ケンタウリ星系第二惑星からやって来ました。地球の時間では……だいたい三百年ほど前のことです』

「三百年前って何時代なん?」

「江戸時代だよ」

 ウミの質問に答えてからツバサはあごに指をあてた。考え込んでいるときのくせだ。

「なにをしにやって来たんだ? 観光旅行とかじゃないだろ、ロボットなんだし」

 本当にロボットなのかな。テレビのニュースで見るロボットはいかにも固そうな金属でできているのに、こんな風にもふもふ毛が生えたロボットなんて初めて見た。

 あいかわらず頭の中に声は響くけど、会話のバトンをツバサに渡してしまうと、すーっと気持ちが楽になってくる。

 あたしは通訳すればいいだけなんだよねって。友だちが、ウミとツバサがいてくれてよかった。一人だったらわんわん泣いていたにちがいない。

 もっとも一人だったらこんな目にもあってないと思うけど。

『実はワタシは、行方不明の仲間を探しているのです』

「おまえの他にもプロキシマ・ケンタウリから来たロボットがいるの?」

『この近くにいるはずなのですが、どこにいるのかわからないのです。ワタシは仲間を見つけなければなりません』

「えっと、ちょっと待って。やって来たのが江戸時代? それからずっと探してるのに見つからないん?」

 ウミの質問に、狛犬は体を起こしてまたおすわりをする。

 するとだんだん、かわいいぬいぐるみに見えてきた。不思議! まだ触るのはこわいけど、頭に声が響くのにも慣れてきたみたい。

『いいえ。見つけた、と思ったときに……その……事故がおきてまた見失いました。ワタシのエネルギーパックも切れてしまい、それからはずっとここで眠っていたのです』

「眠ってたの? 狛犬の口の中でグーグー?」

『はい。その事故でワタシと同調してくれていた人間もいなくなってしまいましたし』

 狛犬は頭を前足にこすりつけた。同調した人が他にもいるんだと聞くとなんだか安心する。でも狛犬はその人を思い出したのか悲しそうに見えた。

「ふぅん」

 ウミもしみじみとうなずいた。気のいい子だから狛犬がかわいそうになったのかな。

 でもツバサはきびしい表情のままだ。

「それはいつ頃のこと? 地球に来てすぐ?」

『地球に降りてから二十年ほど山の中にいました。ワタシの作られた惑星は陸のない水の星なので水の中ならば自由に動けるのですが、陸の上ではあまり動くことができないのです。そう遠くにはいないだろうとわかっていても、ワタシに協力してくれる生物……人間に出会うまでじっとしているしかありませんでした』

 狛犬の話では、そんなときにこの青見神社の宮司さんと出会って、同調して、それでここまで運んでもらったんだって。

 で、やっと仲間に会えそうだと思ったら、また迷子になっちゃったらしい。

「ねえねえ、このプロなんとかケンタさん狛犬、よく見るとかわいくない? 手のひらに乗ってこないかなあ。あーあ、うちが同調したかったな。いいなあナツは」

 難しい顔で考え込んでいるツバサを放っておいて、ウミがささやいた。

「うん……まあ、ね」

 夏希は思わず笑ってしまった。

 ウミはいつでもポジティブだ。新しもの好きで、はきはきしていて、それからウソをつかない。つきあいで笑ってみせるなんてことをしないから安心できる。

 だから自分が同調したかったというのも本当なんだよね。

「代わってもらうように言ってみる?」

「え? いやいやいや、いいよいいよ。っていうかやっぱりちょっとこわいし。見てるだけだとヘンなペットみたいだけど、頭の中のぞかれたら恥ずかしいしさ!」

 本当に、坂田海は正直者だ。あたしはぜひとも代わってほしいよ。

「それで、なんで今日、目が覚めたんだ? あ、今日じゃなくて昨日の夜か。台風で狛犬が転がり落ちたから? そもそもなんで狛犬の口の中にいたんだよ。外にいたら雨水とかしみこんでこわれたりしないの?」

 疑問に思ったことはとことん解決しないでは気がすまないツバサは、まだプロなんとかケンタさん――もうケンタさんってよぼう――を質問ぜめにしている。

 夏希は拝殿に上がる階段についた泥をはらって、そこに腰を下ろした。

 話している間におしりの泥もかわいてきた。お日さまはギラギラ輝いているし、セミは相変わらずの大合唱だ。

 そういえばプールに行こうと思って家を出たんだった。

 プールバッグから水とうを取り出して冷えた麦茶をのどに流し込む。もちろんウミにも渡してまわし飲みした。

 空は青いし、プールはお休みで、暑いけどここは木かげだから涼しい風も吹いてくる。

 それに夏休みはまだ十日も残っている。

 のんびりしている間もケンタさんとツバサの問答は続いている。夏希は麦茶をちびちび飲みながら真面目に通訳した。

『海の星から来たのですから水には強いのですよ。その石像の口の中にいたわけは、眠りにつく前に、宮司の子どもがワタシをそこに押し込んだからです』

「押し込んだ?」

『はい。あなたたちよりも小さな子どもでした』

 昔の子どもが、狛犬によじ登って鈴を口の中に隠すのを想像したら、ちょっとほのぼのした。

 ツバサもよじ登ったって言ってたから、男の子ってそういうことをやりたがるのかもしれない。

『あなたたちにお願いがあります』

 ケンタさんはそう言うと、きちんと前足をそろえてすわりなおした。

『ワタシはいなくなった仲間をどうしても見つけ出さねばなりません。手伝ってもらえませんか』

 夏希はウミと顔を見合わせ、それからツバサを見た。

 ツバサは指でメガネを押し上げただけで、こっちを見ようともしなかったけど。

「ぼくたちが? どうやって探すんだ? だっていなくなったのは三百年くらい昔の話なんだろう。どこにいるか、あてはあるのか?」

『ワタシが目覚めたということは、たぶん仲間のエネルギーも十分たまったということです。こわれていなければ、ですが。それなら、近くまで行けば正確な場所もわかります』

「だから。近くって言われても……」

『およそ、この境内の中くらいまで近づけば、活動している信号をキャッチできるのです』

「ってことは、だいたい二十メートルくらいか」

『はい。ただ……』

「ただ?」

『ワタシのバッテリーはずいぶん劣化しているようです。なので三日くらいしかもたないかもしれません』

 三日で探すなんて無理だとツバサは言った。

 ツバサはずっとおこった顔をしている。いつも不機嫌で口は悪いけど、それだけじゃない。どうしたんだろう。

 ところがその不機嫌なツバサにかまわず、ウミが勢いよく手を上げた。

「よし、仲間探し、やろうよ! おもしろそうじゃん。だってうちら宇宙人の手伝いをするんでしょ。すごいじゃん」

 夏希は、ツバサを見て、ウミを見て、それからヘンテコな狛犬を見て、さんざん迷ってから小さく手をあげた。

 だって、頭の中のケンタさんの声は、とってもこまっているみたいだったから。頭の中にこまった気持ちがあふれそうになるから。

 だから、【こわい】のと【かわいそう】なのと、どっちが重い? って自分に聞いてみたんだ。

 そうしたら【かわいそう】がちょっとだけ重かった。ウミみたいにワクワクはしてないけどね。

 ツバサはますます怒ったような顔でくちびるをへの字に曲げた。

「……しょうがないな。勢いだけのウミと、だんまりでビビりのナツの二人組じゃ役に立たないだろうし。ぼくもやるよ」

 こんないばりんぼうのくせに、どうしてツバサは大人に受けがいいんだろう。ほんと、大人ってちゃんと見てないんだなって思う。

 そうは思ったけど、夏希は小さくうなずいた。確かに二人だけでは不安でいっぱいだ。

 ウミはと見れば大げさに「やあやあ、ありがとう! さすがだね神野くんは!」なんて言っている。イヤミでもなんでもなく素直に喜べるウミにはびっくりするよ。

 そんなわけで。夏希たち三人は宇宙から来たケンタさんの仲間探しをすることになったのだった。


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