5 アマトVSアマト

 一方湿地にて戦う朝霧とアンドレアたち。

 朝霧は、両の指で四角形を作り、姿を変えたアンドレアに掛け声とともにそれを放った。

「レーベン!」

「ム!」 

 見えない四角い空間に包まれたのか、パントマイムのようににその空間から出られずにいるアンドレア。 

 だが次の瞬間、アンドレアはその強靭な腕でそれを破り去った。

「なに……! あいつの力が強すぎるのか、僕が油断したか……」

 朝霧の空間技「レーベン」は集中を要する。

 眼で放つ「ファイエル」(火起こし)は両立可能だが、

 とくにこのレーベンは気を抜いたりすると空間自体が脆くなったり、その空間が崩れ去ったりしてしまうのだ。


「小細工はせぬことです。さあ、行きますよ!」

 アガルトゆえ特質を持たないアンドレアは、朝霧アマトに殴る蹴るの暴行を加える。

 明らかに、アンドレアは姿を変える前よりパワーアップしている。

 朝霧は防戦一方だ。


「がガッ! こ、この緑色のバケモノが……」

「バケモノはどちらですか。あなたは先ほど自然を破壊し、妙な技を我々に放った。……消えてもらいましょう。人類の未来のために……」

 相手に最後の言葉を言い聞かせるように、アンドレア右足に力を込めた。

 そして次の瞬間、アンドレアも蹴りによる猛烈な衝撃とともに、朝霧は燃えさかるタチヤナギの樹に激突した。

「……ガバッァ! ……こ、こんなことが……、アマトならいざ知らず、アガルトごときにこんな……」


 ――その時、

 われらがヒーロー、四十川達がその場に到着した。

「――正義のヒーロー・アルダマン! 悪の気配と匂いを感じ、いざ見参!」

 四十川はびしっとポーズを決め、バシッと名乗りを上げた。


「……マコちゃん、何? アルダマンって……」

 鮎原はあきれた感じで尋ねる。

「なにって、あたしのヒーローとしての名前だよ。四十川、四十川アマトとかじゃ締まんねーだろ?」

「……そ、そう。まあ勝手にすれば?」


 登場するなりバカみたいなことを言っているアマト2体に、しかしアガルトは危機感を覚える。


「……マズいですアンドレアさん! アマトがさらに2体も! くそう、なぜこの街にアマトがこんなにもいるんだ!」

「お、落ち着きなさい赤城さん……。片方のアマトなど、人間の顔が残っている。彼女はかつて私が完膚なきまでに叩きのめし、殺す寸前まで行ったアマトです。身体的にもまだ弱く、そしてなんの特質も持っていない筈! 何のことはありません!」

 

 浮足立つアガルト2体と、緊張感のないアマト2体。

 朝霧は、ある策を思いつく。


「フフフ……。アガルト、アマトのお二人さん方。僕が居るのを忘れていやしないかい?」

 燃え盛るタチヤナギを背にしながら、朝霧は4人にそう言って注意を引く。


「……? ああん? 胸糞悪いアマトめ。お前だったのかよ戦ってたのは。アガルトを倒すためとはいえ、お前なんかと一緒に戦うのは正直ゴメンだねえ。そっちの女アガルトだって、前に殺されかけたこともあったが、性根は悪いやつじゃなさそうだっしなあ……」

 そう言うと四十川は腕を組みながら朝霧を睨む。

 その時、朝霧は策を実行可能だと感じた。


「ハハハ、そこの胸の大きいアマトくん。キミは戦うことに躊躇があるようだ。……どうだ皆。ここは1つ。腹を割って話し合わないか? アマトは正義なのか? アガルトはなぜアマトを執拗に狙うのか、2つは共存できないか……。皆で議論しようじゃないかい?」

 そう喋りながら、朝霧は背後の燃え盛るタチヤナギに「レーベン」の技をかけた。

 タチヤナギの周りの四方の空間は「レーベン」による見えない壁によってふさがれ、密閉された空間で次第に酸素を失ったタチヤナギは、だんだんとその火が緩やかに消えていく。

 

「アガルトとアマトが共存!? そんなことができるものか! アマトは人類の調和を乱す! 決して存在してはいけない!」

 赤城アガルトはある意味月並みなアガルトとしての立場を叫ぶ。しかし、アンドレアは違った。

「……なるほど。アガルトとアマトの共存ですか。……正直、それができれば私は言うことはない。アマトは人類の調波を乱す強大な力ですが、アガルトとアマトが何とか協力し、理知的にお互いを認め合い存在し合えば、あるいは共存可能、とも思えます」

「そんな! アンドレアさん!」

 言いながらアンドレアは苦悶の声を上げる。

「……しかし! アガルトは本能において、どうしようもない部分でアマトを認めることができない! さながら哺乳類が本能的に蛇を恐れたり、人間が本能的にゴキブリに不快感、恐怖心を抱くようにね!」

 アンドレアは何とも、苦痛と煩悶に満ちた表情でそう言った。


「ゴキブリ? 言ってくれるねー。人類にとってどっちがゴキブリかな? アマトだけでなく、まだ覚醒する前の人間まで殺しちゃうアガルト。……そんなの決まってるよね」

 ひょうひょうとした調子で鮎原は言う。しかし、奥底に秘めた怒りのようなものを四十川は感じた。

 が、四十川は朝霧の弁にのっかってみることにした。


「……まあ待てって! アガルトとアマトが腹割って話す。なかなかない機会なんじゃないのか? ここは1つ、そこの胸糞悪いアマトの提案に乗ってみるのもありかもな! アガルトとアマトの闘い。それが少しでも解決に近づくなら、何でもやってみようじゃねえか!」

 この世界に来たばかりの四十川は、アマトのこともアガルトのこともよく知らない。故の希望じみた発言。だが、アンドレアは四十川の発言に乗ってしまう。

「なるほど、流石別世界から来たアマトは一味違う。誰もが不可能だと考えるアマトとアガルトの和解。――それができるかどうかは別として、私は貴女、四十川さんといいましたか? のことを、個人的に、人間として嫌いになれない。いいではないですか。ここで試しに、アガルトとアマトの和平の話し合いというのも」

「お、やっぱアンタは話が分かるねえ。アンタってばアガルトだけど、どうも嫌いなれないんだよね。じゃあちょいと、握手といこうや?」

 そういって四十川はアンドレアに左手をさしのべる。その手の甲にはアマトの証たる黒い石が鈍く光りを反射している。

 アンドレアは一瞬驚いたような挙動を見せたが、ゆっくりと、その左手を差し出した。

「へへ。殺されかけたりしたことは忘れて……。今はとりあえず和解だ!」

「……変なアマトですよ。貴女というのは。……まあ、これで、一向に終わらないアガルトとアマトの争いに何か、糸口でも見つけられればいいのですが……」

 アマトゆえ表情はわからないが、腕を組み複雑そうな挙動でそれを傍で見守る鮎原。

 納得いかないのか、地面をじっと見つめる赤城アガルト。


 4体の人ならざるものが、火の消えゆくタチヤナギの前に会した。

 朝霧はそれを見逃さなかった。

 彼は両手で四角を作り、「ロッホ!」と小さく叫んだ。


 ――その瞬間、タチヤナギを包んでいた見えない空間に小さな穴が開いた。

 そしてそこから見えない空間に一気に酸素が入り込み、タチヤナギは一瞬にして激しく燃え盛り、空間に空いた穴から炎が激しく噴き出した。

 ――いわゆる、バックドラフト現象である。

 当然、穴のそばにいた4体のアガルトとアマトは、まともにバックドラフトによる激しい炎を食らうことになった。


「ぎゃああああ熱ゥい! あっつい! あっつい!」

「な、何なのこの激しい炎は……。まさか、あのアマトが……」

  

 アマト2人は炎が少しそれ、致命的なダメージはなかったが、至近距離で爆破的な炎を食らったアガルト二人は、身体まで燃え盛り、必死に悶え何も言えないでいる。

 そしてすべての犯人の朝霧は、高らかに笑っている。


「ハッハッハ! バカだねえ。すべては、キミたちをまとめて始末するための策だったのさ。……なにがアガルトとマトの和解だ! どっちも人類の調和を和乱しているじゃないか! ……まあ、そのすべてを倒せば、人類の調和は訪れ得るかもしれないけどねハッハッハ!」


「なーにが人類の調和だ! 滅茶苦茶やりやがって! もう許さん! 行くぞマナ!」

「う、うん。ちょっと火を食らっちゃってダメージがあるけど……」


 一方。火に弱いのか、それともバックドラフトの激しい炎をまともに食ら

らったためか、アガルト2人は動けないでいる。

 明らかに戦意と悪意をむき出しの朝霧。

 よってここからは、アマトVSアマトの闘いとなる――

 

 ――正義の味方の筈のアマト同士戦う……

 ……そんなのアリかよ!?


 四十川は、心の中で動揺するのだった。

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