4 悪のアマト

 湿地故か、夏の終わりにふさわしい涼やかな風が流れる。

 ひと時強い風が吹いた時、朝霧が動いた。


「ファイエル!」

 朝霧は瞬時にアマトへと変身すると、そう言ってアガルト2人からは離れた場所にある、湿地特有の低い樹、タチヤナギの方に両手を掲げた。

 するとその樹は何故か幹から発火し、やがて枝までゆっくりと燃えていった。


「な、なにをするのです……」

 まだアガルトに変身すらしていない、アンドレアは困惑と怒りの表情で朝霧アマトを睨む。

「なあに。小手調べさ。僕の力を見せてあげたんだよ」

 タチヤナギの樹はゆくっくりと、生木ゆえの黒煙と白煙を上げながら燃えていく。幸い湿原ゆえ、ほかの木々や草花に延焼することは無さそうだ。

「ン~。この生木の燃える匂い。サイコーだね。やっぱり何かしらが燃える“匂い”ってのはそそる!」

 燃える樹、白煙、黒煙、そして立ち込める匂い。

 それを感じて朝霧はなんともご満悦だ。


「こ、このアマトめ…… 堂々と自然の破壊を! しかもこの美しい、湿原の樹を!」

「ハハハ! 大丈夫。森林ならともかく、この環境では大火事となることはない。僕も面倒は避けたいからねえ?」

「外道が!」


 怒りの形相の赤城と、アンドレアは素早くアガルトへと変身した。

 まずはアガルトとなっても背が高く、体格において朝霧を凌駕する赤城が仕掛ける。

「今すぐ滅べ! 悪のアマトめ!」

 赤城アガルトは朝霧アマトに殴りかかるが、そのほとんどをいなされてしまう。

「ハハハ! 僕がただ特質や能力に頼るだけのアマトと思ったかい?」

 朝霧は赤城を圧倒し、彼を思い切り蹴り上げると、湿地のぬかるみのを避け、傍にあったハンノキの幹を支点にジャンプし、上空で再び赤城を蹴りつけた。赤城はそのままぬかるみに叩きつけられてしまう。

「グハ!」

「フン! 湿地故ぬかるみによってダメージはあまりないか! 命拾いしたね化物くん……」

「グ、ググ……。こ、こんな性根の腐ったアマト……、い、今すぐに……」

 しかし蹴りのダメージによって動けない赤城。アンドレアは彼をやさしく抱き上げ、ぬかるみを避け樹の幹のそばに彼を優しく横たわせた。

「す、すいませんアンドレアさん……。あのアマト、素の実力もなかなかのようで……」

「そのようですね。しかしあの朝霧とか言う男。性根から腐っているようです。人としても、アマトとしてもね……」


 アンドレアはその深緑の身体で、願いでも込めるように胸に手を当てると、とたんに黒い光に包まれ、なんとその姿を、変えた。

 もっとも、深緑の身体、顔全体を包む黒いマスクのような形相などは変わっていないが、

 それまでの女性的な、アンドレア本人をそのままアガルトにしたような姿から、より怪物らしい、ともすればヒーローらしい、筋骨隆々にして身体のあちこちにアーマーのようなものが見られる、アガルトらしからぬ姿へとその身を変化させた。


「……アンドレア様! その姿は……」

「……フ、アガルトは一般的に、一度定まった姿からは変化したりはしません。しかし私は特殊なようで、こうして姿を変え、その実力もぐんと上げることができるのですよ」

「す、素晴らしい…… あなたこそ、あなたこそアガルトを率いるにふさわしい!」

「フフ、各々勝手に行動するアガルトなど統率できるものですか。それより見ていなさい。あの“悪”のアマトを、この手で消して差し上げますから……」


 そう言うと、姿を変えたアンドレアは朝霧アマトの前に立ちふさがった。

 朝霧も少し驚いた様子だ。

「……これは妙だな。アガルトは姿を変えることなどない。そういう特質を持つアマトならともかく、なぜアガルトのキミにそんなことができる?」

「……アマトは年々その数を増やし続け、妙な特質をもつものも増えています。アガルトもそれに対抗できるよう、進化しているのではないですか……?」

「……フン、理にかなっているようで、何の根拠も確証もない戯言だ。……いいだろうさ。何であっても、キミを倒してしまえばいいことだ。……いくぞ……」

 燃え盛るタチヤナギの樹の枝がぼたりとぬかるみに落ちた。

 それを合図に、2つの正義か悪がぶつかり合った。


―――――

 

 一方四十川たち。

 昼メシもまだだというのに、四十川は天音が買ってきてくれたブルスト(ソーセージ)をつまみにビールをグビグビ飲んでいた。


「こらーデカチチ! 居候で無一文のくせに朝からなに好き放題喰って飲んどんねん! あんたはオッサンかい!」

「ウルセーなあ。まだそんなに酔ってねえよ」

「そういうことやなくて、朝から酒を飲むなというとるんや! そのソーセージだってセンセが買うってきてくれたモンやないかい!」

「まあまあ芥川さん。こうなるだろうと思ってわたしもいろいろ買ってきたのです。四十川さまはアマト。いつ敵が現れるかわからぬ以上、隙を見て英気を養わないと」

「いや酒飲んで英気養えますかいな! もうセンセはデカチチに甘いんですわ!」

 そんなことを言っていると、窓の桟に胸を乗っけている四十川がまず、窓の外の異常を察知した。

「どぅおい! この大学の向こう、湿地の方、なんか煙があがってんぞ!」

「ええ?」

 皆が見ると、目のいい芥川と四十川には確かに、アマト研究所から1㌔は先、大学の敷地を超えた湿地のその更に向こうの方から、黒煙と白煙が上がっているのがかすかに見えた。」


「うわっなんやアレ! 火事や火事!」

「わたしにはよく見えませんが……。あそこは国有の湿地なので、ぬかるみと沼だらけです。あまり延焼の心配などしなくてよいのでは?」

「そんなことより……。ありゃなにか“闘い”の気配を感じるぜ。なんか音も聞こえるしな」

 そう言うと四十川の左手の紅い石は光を放ち、彼女はアマトヘと姿を変えた。

「あっ“激身”っていうの忘れた!」

「そんな掛け声必要ないじゃん。まったく、マコちゃんは変なところにこだわるねえ」 

 いつのまにかアマトに姿を変えた鮎原は言う。

「ていうか、ちょっと酔ってたけどアマトになれたぞ。しかも酔いが全部すっ飛んだ。アマトってのはこういう時便利だなあ」

「二日酔いだとアマトになれないけどね~」

 経験者、鮎原は語る。

「ええいどうでもいいんじゃ! いくぞマナ! あたしらのスピードならあそこまですぐだろう。あと金髪関西弁と嬢ちゃん、一応国衛軍のRXと、あと……最近できた警察のアイアンサットに連絡しといてくれ。味方は多い方がいいしな。あと、危ないからあたしらが戦ている場所には近づくなよ」

「……わかりました! 軍と警察に連絡しておきます! 四十川さま、鮎原さま、お気をつけて!」

「うん!」

「おう!」

 そう言うとアマト2人は、窓を飛び越えそのまま煙立ち込める方へ駆けて行った。


「センパイ……、また闘いに行ったんですか……」

 寝室にされてしまっている2階から降りてきた秋が、むくんだ顔でそういった。


 そして2人が駆けていくのを見届けていた麻生と芥川は、感心したような、あきれたような顔でそれを見届ける。

「まったく、自分から戦いに突っ込んでいくなど……。四十川サンらしいというか……」

「……フン! しかし、正義のヒーローらしいっちゃらしいわな! ちょっと見直したわデカチチのこと! つーか多少酔っとる位ならアマトになれるんやなァ。不思議なもんやなあ」


 アマト研究所に残された、アマトになれぬ4人の男女。

 彼らはそれぞれに思いを秘めながら、四十川達が無事であろうことを祈るのだった。

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