第04話 敵はアガルト、そしてアマト

1 ライバル、そして警察の力

 戦いののち、四十川はしばらくしてアマトから変身が解けた。

 大してダメージがなかったためだろう。

 だが四十川は戦いの疲れからか、飯を食うと珍しく酒も飲まずに寝てしまった。


 翌朝。ベッドの上の四十川と、その横にて布団で寝ていた鮎原は、

 やかましい関西弁で眼を覚ました。


「うわ! まだおったんか爆乳ポニーテール! ……それに、アンタは誰や?」


 アマト研究所2階、鍵のかかっていない四十川と鮎川の寝室(暫定)にズケズケと入ってきた芥川は入るなり2人をそうなじった。

「う~んおはよう……。あなた誰なの……?」

 芥川と初対面の鮎原は寝ぼけ眼でそう言った。寝る時はいつもこれだといい、スポーツブラとスパッツ姿の鮎原はよろよろと芥川に近寄る。

「わ! なんで寄ってくんねんこのヘンタイ女!」

 寝ぼけているのか、芥川に寄りかかり絡みつく鮎原。芥川はその体の柔らかさにちょっとドギマギする。 

「わわわ! やめいこのヘンタイ女!」

「う~ん、耳にキンキン関西弁がうるさいなあ……」

「……ふあ~あ。あっ関西弁女じゃん。そいつも、マナもアマトだぞ。あと関西弁がやかましいんじゃい。あんたはナニしに来たんだよ?」

「ええこの下着女もアマト!? うっそやろお前! それになあ。ウチはこのアマト研究所がアンタらに好き放題されてそうやから、様子を見に来たんや! それもこんな朝っぱらにな!」

 芥川は寝ぼけ眼の鮎原を引きはがし、キンキン声でがみがみ言っている。

「……ウルセーなあ。ココは元々使われてなくて、腐りかけてた施設だろうが。人がいないと建物は腐るんだぞ。あたしらはこのアマト研究所とか言うのを有効活用してんだ」

 だんだん寝起きから意識がはっきりし、いつもの調子を取り戻した四十川が、芥川にどでかいその胸を押し付けながら言う。

「……ブブブ! いちいちバカでかい乳を押し付けるな! 兎に角、ウチは忙しい天音センセに代わって、アンタらを見張とくっからな。全く、放っておくと何するか分かったもんやあらへんわ!」

 ブツブツ言いながら、芥川はアマト研究所を出て行った。

 

 さて、大学の施設内とはいえ、本当にこの大学の講義を受けるわけにもいかない。

 1階の談話室に何となく集まった異世界3人組と鮎原は、暇を持て余していた。


「しっかし、窓に映る景色、ここにある薄い液晶テレビ? ……周りを見渡しても、まったく未来って感じがしないねえ。どうなってんだい」

 四十川は腕を組み重そうな胸を載せながらそう言う。

「ですから四十川サン、昨日あたりに説明したでしょう。ここはパラレルワールドです。どこかで歴史が違い、文明の発展が遅れたのでしょう。歴史とはそういうものですよ」

「はえーそういやそうだったな」

 言いながら四十川が鮎原をちらと見ると、なにやらバカでかい腕時計のようなものを操作している。

「……おいマナ、ソレは何ぞい?」

 言われた鮎原はきょとんとした顔をした。

「何ってミラクルウォッチだよ?」

「うわなんかダッセエ名前……。で、でももしかしてそれ、携帯電話か?」

「えっまあ確かに携帯電話でもあるけど……。もしかして知らないの? ミラクルウォチ!」

「知るかそんなもん!」

「そうかーマコちゃんたちの世界にはなかったんだね。これ1つで音楽聞いたりテレビ見たり、写真撮ったりいろいろできるんだよー」

「へえ……。スマホみたいなもんか」

「歴史が違うと、文明の利器もこういう風に変わった進化をすんですなあ」

 横で興味深そうに見ている麻生が言う。ついでに鮎原の身体をなめ回すように見ている。

「こうやっていま画面に映っている画像を、プロジェクターみたいに壁に映し出したりできるよ。今テレビのニュース見てるんだけど。ほらあ」

 節電のためとか言って天音が昼間は照明を消している薄暗い談話室。

 鮎原は音量をマックスにして、白くくすんだ壁にそれを映し出した。


「――〇〇地区に“アガルト”が出現しました。ご覧になっているのは視聴者提供の映像です。朝、通勤ラッシュのオフィス街は、アガルトによって混乱しています。なお国営軍所属のRXは、別の地区にアガルトが現れたとの報告があり、現状は市民が逃げ惑うしかありません」


 壁に映しだされたニュースはそう告げた。

 四十川は移っているアガルトに見覚えがあった。

 そう、四十川を殺す寸前まで追い詰めた、あのブロンド女が変身するアガルトだ。


「……! あいつ! また罪もない人間を……」

「え、知ってるのマコちゃん、このアガルトのこと」

「ああ、アガルトになってもベラベラ喋るし、あたしが全く歯が立たなかった。因縁の相手だぜ」

「そうだったの!? 喋るし強いってことは、相当手練れたアガルトだね。成程一筋縄ではいかないかも」

「なんて言ってる場合じゃねえ! 現場に行くぞ!」


 どうも現場は大学からは遠くないようだ。

 しかしこのアマト研究所から大学の正門まで2キロ以上ある。走って行っても間に合わないだろう。

 そこでアマト研究所横の、白い軽のバンのようなものが四十川の目に入った。

「よし! こいつで行こう! これならすぐだろ!」

「えええ! それ天音さんの車でしょ! 勝手に使っていいんですか!?」

 秋はパラレルワールドにまで来て好き勝手をやる四十川をいつものノリで引きとめる。

「ダイジョーブだってヘーキヘーキ。この前酒飲んでるときに、嬢ちゃんがこれ使っていいって言ってた気がしないでもないぜ。おっドア空いてんじゃ~ん」

 勝手にドアをけると、キーすでに差し込まれており、そこには「ご自由にお使いくださいね」と書かれた紙がぶら下がっていた。

「やっぱりな。嬢ちゃんもこういう事態を想定してたんだろ。みんな乗ったか!? イクゾオオオ!!」

 右ハンドルで、四十川の世界の車と内部の作りも大差ない。

 四十川はエンジンを付け、アクセルを踏み瞬時に爆走した。


「イヤッホー! フゥ気持ちいい! この大学ってば広いから、爆走しても大丈夫だなあ!」

 石畳の道を激走しながら四十川が言う。ちらほらいる学生は、なんだなんだという目で左側を走る四十川カーを見ている。

「あれ? なんでマコちゃん左側走ってるの? ちゃんと右側走ろうよ?」

「え?」

 鮎原のこの言葉に異世界3人組はぎょっとした。

 ひょっとしてこの世界じゃ、

 車は右側通行なのかもしれないと。


「おいマナ確認だが! 車は左側通行だよな!?」

「なにいってんの右側に決まってるでしょ!? あ! もしかしてマコちゃんの世界は違ったの?」

「の、おお……。左側だったぜ」

「えええ……、それじゃあ危ないなあ。わたしが変わるよ」


 運転は鮎原が変わり、大学を出て壮厳な街に出ると、しばらくして目的地へとついた。

 しかし様子が変だ。

 あの、四十川を殺す寸前まで追いつい詰めたアガルトと、何者か、その姿からしてアマトであろう者が、人々が逃げた後の路上で戦っているのだ。

 車から降り、四十川達はそれを見届ける。


「――きみはアガルトにしてはできるようだ。知能も高いし戦闘能力も高い。こちらから闘いを仕掛けた買いがあったってもんだね。……面白い敵に出会えて嬉しいなあ。きみ、名前はなんていうの?」

「……名前などどうでもよいでしょう!」

「いやあ。面白い敵は覚えておくことにしているんだ。名前とともにね。死んじゃった後、名前調べるのも面倒だしねえ」

「戯言を……。――私の名前は、アンドレア=アイヒベルガー。その死の前に、脳裏に刻んでおきなさい!」

「へえ~珍しい名前。アンドレアは英国系だけど、アイヒベルガーはドイツ語系の苗字だよね。なんか色々ありそうだね。きみ」

「……そんなことより! さっさと戦いを始めようではありませんか!」

「まあまあ。あ、ちなみに僕の名前は朝霧悠あさぎりゆう。よろしくね。ま、これから死んで土くれになっちゃうアガルトに言っても意味はないんだけど」

 全身を白と金色に染めた、神々しさすら漂う朝霧という男が変身するアマトは、クックと笑いながらそう語りかける。

「――クッ! 何を! 人類の調和を乱す“アマト”め! 私の手で倒されることを誇りに思いなさい!」

「随分自分に自信があるようだけど……。これはどうかな?」

 朝霧アマトは、おもむろに両手で焦点を合わせるようなポーズをとった。

 するとアンドレアは、目えない四角い空間のようなものに包まれたのか、パントマイムのように空気の壁を叩いている。

「な、何ですかこれは……、で、出られない!」

「ハハハ。僕の特質の1つに驚くのも無理はない。そして僕の特質その2! ……ファイエル!」

 見えない空間の中に、メラメラと火が燃えがった。熱いのかアガルトは悲鳴を上げるが、しかし火はすぐ消えてしまう。

 だが、惨劇はそこからだった。


「ガ……、い、息が……」

 アガルトは火の消えた見えない空間の中で、苦しそうに悶えている。

「ハハハ! そう! 僕の技の真骨頂は、その2つを組み合わせること! アガルトくん、今きみは先ほど発生した炎のせいで、酸欠状態のはずだ!」

「ガ……、グ……。ゲハアッ!」


 四十川を苦しめたあのアガルトも、酸素がなくてはどう仕様もないようだ。

 それを見ている四十川達は息をのむ。


「すごい……。センパイを殺す寸前まで追い詰めたアガルトをあそこまで……」

 秋は感心しているが、四十川は怪訝な表情をしている。

「けどよお……。あのアマト、なんかいけすかねーな」

「ウン、ありゃ絶対性格悪いよ。友達には絶対になりたくないね!」


 などと言っていると、朝霧アマトの後ろから、別のアガルトが朝霧アマトを蹴り飛ばした。

 なんと、アガルトがこの場に2体いるのだ。


「……ぐ! アガルトは我々アマトの気配と居場所がわかる……。厄介なものだね……」

 朝霧アマトはそう言って舌打ちをする。

 するとアガルトにかかっていた、見えない空間のようなものはその瞬間に解けてしまった。

 何とも卑劣な技だが、いろいろと集中を要するのだろうと、はたで見ている四十川は思った。


「ゲ、ゲハアッ! そ、そこのアガルトさん! 言葉はわかりますか!」

「――ああ。あなたがピンチのようで思わず駆け付けた。アマトは我々共通の敵。ここは共同戦線てことで、どうdすかな?」

「……よかった。どうやら知能の高いアガルトのようですね。……よし。アガルトとしては珍しいですが、ここは共同戦線にて、あの腹の立つアマトを倒しましょう!」

「……ええ。仰せのままに……」

「あなた! 名前は……!?」

「……! 赤城上祐あかぎかみひろですが……」

「赤城さん! いきますよ!」

「……ああ!」

 従順そうな赤城という名前のアガルトは、いけ好かないアマトに殴りかかった。アマトはそれを防ぐが、アガルトは容赦なく蹴りに拳を繰り出す。アマトは防戦一方。どうやら肉弾戦は不得手のようだ。

「ムム……。さすがに2対1は不利か……。離脱だね……!」

 アマトはアガルトに足払いをすると、そのまま四十川達のいる方へ走り逃げ出した。

 戦っていた赤城アガルトは追おうとするが、もう一人の、アンドレアの変身するアガルトが止めに入る。


「やめるのです! そのまま追って闘いとなれば1対1となり、ともすれば各個撃破の可能性がある! いまは見逃すのです! それに……」

 アンドレア四十川達のほうを見てつぶやく。

「あそこにも、アマトがいるようですしねえ……」



 一方四十川達。逃げて来たいけ好かない朝霧アマトを、四十川は通せんぼした。


「オイまてそこのクソアマト! 敵を目の前にしてなぜ逃げる!」

 四十川は拳を鳴らしながら詰め寄る。

 朝霧は四十川達をにらみつける。

「……何だお前たちは。邪魔をするなクソ共が……。んん? どうやらそこの2人、拳の石を見る限りアマトのようだね?」

「そうだよ。見てたよキミの闘い方。なんかいけ好かないし胸糞悪いし、しかもちょっと不利になったからって逃げるって、どういうこと!?」

 鮎原のドスのきいた言葉に、朝霧は笑みを浮かべる。

「……ははは! 何を言っているんだい? 確かにアガルトはアマトにとって厄介な存在だ。消せるときに消したほうがいい。だが、あんなチンケな存在のために危ない橋を渡ることはないのさ。そうだろう?」

 朝霧アマトは高笑いしながら言う。四十川は睨み詰め寄る。

「……どいうことだ! 一体アンタは何がしたい!?」

「何……? 何って……、決まってるじゃあないか!」

「だからなにがだよ!」

 朝霧は下を向きクックと笑う。

「ははは! ――僕はアマト! 選ばれし存在にして、神をも揺るがす力を持っている! ……つまり! アガルトも、そしてアマトすらも根絶やしにして、僕がこの世界で最強、最高の存在……。唯一のアマトになるのさ! 天に選ばれた、天才の僕がね!」

「……な、なに言ってんだこいつ……」

 高笑いする朝霧の発言に、思わず四十川もドン引きだ。

 そして鮎原があることに気づく。

「よく見たら……。キミこの間いきなり闘いを仕掛けてきたアマトじゃん。あの時は私の”幻術”に尻尾巻いて逃げたくせに、何言ってんだか」

「……ふむふむ。これはこれは。きみは確かにあの時のアマトだ。幻術だが何だか知らないけど 、アマト固有の特質はあまりにも未知数だ。何が起きるかわからないので、あの時は大事をとってトンずらさせてもらったのさ」

「……っち! なんだこいつは! アマトのくせに腹が立つ! 一発殴ってやろうかい!?」

 アマトに変身していない癖に、四十川はそう憤慨する。

「おお怖い怖い。……おや。君たちは聞こえるかな? 僕はアマトの状態だと聴覚も並外れてるんだ。……まあアマトは大体そうだけどね。サイレンの音が聞こえないかい?」

 言われて耳をすませば、たしかにパトカーか何かのサイレンが聞こえる。

 そして警察の特殊車両のようなバンがアガルトたちの下に止まると、

 3人の、銀色のスーツと防具、そしてヘルメットに身を包んだ特殊部隊、

 いや、四十川が昔見た、等身大の身体能力で戦う特撮ヒーローのようなものが現れた。


「――隊長、通報通りアガルトを確認!」

「し、しかしなぜ2体! 通報では1体でしたよね隊長!」

「相田くん、落ち着くんだ。いずれにせよ我々は初任務を遂行しなければならない! 亜双義くん! 私にサブマシンガンを! そして君たちは刀を!」

「は、はっ!」

 銀色の戦士、その中の隊長格と思われるものは、戦いに疲れたのか、その場にいたままのアンドレアという名のアガルトに銃口を向ける。

 

 そしてそれに四十川達が見とれている隙に、朝霧はその場を走り去った。

「なんだか解らんが、僕が居なくても皆潰し合ってくれることだろう! っはっはっは!」

「あっこら!」

 四十川が止める間もなく、朝霧は走り去り路地裏へと消えていった。

 四十川はそれを追おうとも考えたが、それより今は銀色の戦士3人のことが気になった。

 銀色の戦士3人は武器を持ち、高らかに宣言する。


「われら警察の特殊部隊、アイアンサット! 警察の、正義の力でもって、ここにアガルトをせん滅する!」


 中央の戦士はサブマシンガン、そして横の2人は銀色に輝く刀。


 いま、警察の力とアガルトの力がぶつかろうとしている。

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