3 湿地の闘い
四十川がよく朝起きると、
抱いていたはずの秋も、麻生も天音もそして鮎原も、みなどこかへ行ってしまっていた。
仕方がないので四十川が一人で大学の施設のシャワーに行き、そしてアマト研究所へ帰っていみると、先回りしてシャワーに行っていたのか、秋に麻生とそして鮎原は、二日酔いらしくうなだれていた。
助教授たる天音はやはり講義か何かがあるようで、その旨の置手紙を残していた。
「……おいおまえら! なにくたばってんだ! マナまでつぶれてるし!」
四十川に言われて、鮎原たちは今にも吐きそうな声で返事をする。
「う、うわー。マコちゃん元気だね~。もし今アガルトでも攻めてきたりしたら、マコちゃんだけ戦ってお願いね」
「……は? おいマナ! あんたもアマトだろうが! もしそうなったら一緒に戦ってくれよなあ!」
「ううう……」
鮎原は気持ち悪そうに返事をする。
「マコちゃん知らないの? アマトは人間状態で何か不調があると変身できないんだよ。今の二日酔いみたいにね~」
「は? そうなのか!?」
「そうだよ。病気とか大きな怪我なんかしてると変身できないよ」
「えええ……。なんじゃそら」
「でも逆に言えば、アマトの状態で傷を負うと、それが治るまで人間に戻れないんだよ。アマトって面倒だね~」
その言葉を聞いて、四十川はなぜか前回の戦いの後になかなか人間に戻れなかった理由がわかった気がした。
「……まあそういうことなら仕方ねえな。さっさと栄養とって二日酔い治せよ!」
そういうと、四十川は皆がくたばっている部屋の扉を開けた。
「あたしゃその辺を見て回るよ」
四十川はアマト研究所の外に出ると、夏の日差しに揺れる銀杏並木を眺めていた。
周りにはただっ広い、大学のものなのかそうなのかわからない畑や草むら。
どこまでが大学の敷地で、どこまでがそうで無いのかわかり辛い。
そして、その先には何があるのだろう。
そう思い四十川は銀杏並木をくぐり、悠々と歩きはじめた。
すると草むらの中に「斎京皇国大学」の文字ある門柱が2本現れた。
四十川はそれを超え、そばに湿地の広がるあぜ道を歩き出した。
もうここは大学の敷地ではないのだろう。
あぜ道の右手には先ほどまでいた大学、左手には湿地特有の背の低い樹や菖蒲、カキツバタ等が群生している。
湿地を照らす真夏の太陽。暑い故バカでかい胸が蒸れるが、四十川は元居た世界では見ることのできなかった、その雄大にして眩しい景色に見とれていた。
すると背後から物音。
四十川が素早く振り返ると、深緑の化物が四十川に対し、獲物を見つけたかのように身構えている。
「……っ! アガルトってやつか……」
相手はどう見ても臨戦態勢。
四十川は「激身!」の掛け声とともに姿を変えた。
「……おいバケモノ! 話は通じるか!?」
四十川は呼びかけるが、アガルトは返事をしない。
「クソ……! 金髪女いわく、アガルトはアマトを倒す本能で動いている。こんなやつに何いっても無駄か……」
襲い掛かるアガルトを、四十川はつかみ湿地へと投げ飛ばした。
そして飛び掛かり蹴りをかます四十川。
どうもこのアガルトはさして強くないようだ。
「グが、アアアア……」
四十川の攻撃に苦しみの声を上げるだけのアガルト。
しかし四十川は知っている。
アガルトは元人間なのだ。
今どんな姿でなにをしていようと、
人間だったものに殴る蹴るの暴行を加えるのは――
――やはり忍びない。
四十川はアガルトを押し倒して訴えた。
「おい! お前! 元は人間何だろ? 聞こえてたら今すぐこんなことはやめろ!」
だがアガルトは返事をしない。
そして四十川がアガルトを解き放つと、それは苦しげながら、おもむろにしゃべり始めた。
「あ、アマト、た、倒さねば……。じ、人類は……」
そう言うとアガルトは吹っ切れたようにまた四十川へ襲い掛かった。
それを蹴り飛ばす四十川。
そこにいつのまにか天音に鮎原、麻生に秋が遠巻きにやってきた。
「――マコちゃん! なにやってんの! そのアガルトは弱いやつみたいだよ! 早く倒して!」
「そうです四十川さま! アガルトは、アガルトは倒さねばなりません! 人々のためにも!」
天音も必死でそう叫ぶ。
しかし四十川は葛藤する。
元人間だったものを倒して、殺して……
それは自分が求めていた正義かと。
「く、クソ! どうしても……、どうしても倒さなきゃダメなのかい!?」
四十川の自問自答の叫びに、周りは声援を送る。
「当たり前だよ! アガルトはアマトとそれになりうるものを殺す、それは絶対! 倒さなくてどうするの!」
「そうです四十川さま! この世界の人類のためにも……」
……四十川は葛藤し続ける」。
確かにこいつを放っておけば、誰か、アマトになりうる無垢な人間を殺すかもしれない。
例えば秋をこのアガルトが殺したりすれば、四十川は怒り狂って本当にアガルトを殺すかもしれない。
しかし四十川の心は揺らぐ。もとは人間。そんなものを殺したくはない……
「……」
四十川は急に静かになった。
周りは固唾を飲んでそれを見守る。
「……う、」
「うわああああああああああああああああ!!!」
四十川の悲痛にして雄々しい叫びがこだましたとき、
四十川と倒れて動けないアガルトのその先に、朱の色と黒の色の混じった、
なにやら人間大か、それよりか少し大きい、
渦のようなものが現れた。
「……! 何だこりゃ! 一体……!」
四十川自身も意味が分からない。
すると、見ていた鮎原が声を上げた。
「マコちゃん! それはきっとキミの特質、能力だよ!」
「……えっこれが!? どういうこったよ!」
「言ったでしょマコちゃん。アマトの特質は1つじゃない。いま、マコちゃんの特質がまた1つ、開花したんだよ!」
「えええ! マジかよ! で、この朱色と黒の渦みたいのは何が起きるんだ!?」
「そんなものわたしに分かるわけないでしょ! 発動したのはマコちゃんなんだから!」
「ええ……」
するとそこで、麻生がぬうっと隠れていた草むらから立ち上がり、おもむろに喋り始めた。
「――四十川サン! それはおそらく、どこかへ通じるゲートのようなものです! そこにアガルトをぶち込めば、殺すことなくアガルトを退治できます!」
アマトでもアマトになりえる人間でもない癖に、麻生は自信満々そうに叫ぶ。
「ええ! そうなのか!」
四十川は胡散臭そうな目で麻生を見る。
「信じてください! オカルトマニアにしてヒーローマニアのワタシを! とにかくやってみるのです!」
「……」
四十川は迷った。
このままアガルトを逃がせば、またアマトやそれになりうる人間に被害が出る。
しかし殺すなんてことはしたくない。
……ならばこれしか……
「――おいマナ! そしてハゲ! お前らの言うことを信じるぞ!」
四十川はろくに動けないアガルトを担ぎ上げ、そして……
朱と黒の入り混じる渦にそれを投げ飛ばした。
「どうなっても恨むなよ! オラァ!」
――投げ飛ばされたアガルトは
オーラのような渦に巻き込まれそして吸い込まれ
やがてその渦とともにその場から忽然と消えてしまった。
「……! なんだ!? 何が起きた!?」
困惑する四十川。しかし横で見ていた鮎原は喝さいを送る。
「すごいよマコちゃん! 多分マコちゃんの特質からして、渦の先の見知らぬ別世界にでも、アガルトを送っちゃったんだよ! マコちゃんらしい、やさしい技だね!」
「……ほ、本当か?! それならあんまり悪い気はしねえな……。は、ははは! ……ここにアガルト一丁あがり!」
思わぬ展開に喜ぶ四十川。
このやり方なれば、ワザワザ相手を殺す必要はない。
四十川はイヤッホーィと喜び飛び跳ねた。
「……でも、相手がどこに行ったのか、どこに送られたのかてんでわからない。……センパイらしい無責任な技だなあ……」
草むらの陰で見ていた秋は
少し引き気味でそうつぶやいたのだった。
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