2 葛藤と新たなアマト

 帰る場所はアマト研究所しかない。

 3人は無言でアマト研究所のドアをけると、誰もいない談話室のソファでぐったりとうなだれた。


「センパイ……」

 幼馴染の秋もほぼ見たことのない、いつもの勝気はどこへやら、うなだれてしまった四十川に秋がそっと声をかける。

「……なんだよ、チビ……」

 秋は四十川の腕をつかんだ。そして勇気づけるように拳に力を入れた。

「センパイは悪くありません! あんな状況で、アガルトに情けをかけて……。RXは結局アガルトを殺してしまいましたけど、センパイのやり方も間違っていなかったはずです! センパイは、本当は優しいから……。あのときの、アガルトに情けをかけたところ、ボクはもう感動してしまいました!」

 そう秋は励ますが、四十川は相変わらず下を向き話す。

「……いや、あたしは覚悟が足りなかったのさ。最後の瞬間、やっぱりあいつはアガルトに戻っちまった。それを倒さなきゃ、何が正義のヒーローさ。その点RX、中身の饗庭とかいう男は流石だよ。……躊躇なく殺した。きっと、それが正しいんだろうな……」

「そ、そんな……、先輩は優しく情をかけたのに……」

「そうだなあ、アガルトってのが正真正銘、人間じゃない怪物ならきっとあたしも容赦はしない。この手でその命を絶ったかもな。だが……。スゲえ力を得て、ヒーローになった気分だったが……。敵と思ったアガルトは、普段は人間。ときたもんだ。……そうもうまくいかないもんだねえ……」


 幼馴染(8歳差)の2人が暗い空気に包まれていると、

 外がいやにガヤガヤしているのが2入の耳に響いた。

 そして数秒後、いつのまにかいなくなっていた麻生と、もう1人、なんだかウエスタンっぽい姿に身を包んだ女が入ってきた。


「あーその顔! さっきアガルトと戦ってた女の子でしょー?」

 ウエスタン姿の女は、部屋に入るなりずけずけと四十川に近寄りそう言った。

「そ、そうだけどさあ……」

「せ、センパイ! 早速正体がバレてますよ! まあ、顔は人間のままだったしなあ……」

 心配する秋をよそに、四十川は先ほどよりうって変わって笑顔になった。

「……なんだよあんた!? ウエスタンたあアウトローなカッコしてんな? それともこの時代の流行りか?」

「この時代? 何言ってんのー? それよりさあ、ビックリしちゃったよ。私がアマトになって戦おうとしたら、もうキミが戦ってたんだからー」


 この言葉に一同は沈黙した。

 まさか、妙ちくりんでやたら日に焼け、四十川ほどではないがプロポーションのいいこの女もアマトなのか? と。


「え?ええ!? これマジ!?」

「そうビックリしなーい。もちろん私もアマトだよ。アマトだとアガルトに狙われちゃうからねー。いろいろ旅したりして転々してるの。そんで街中にアガルトが現れてびっくりして、てっきり私を狙てるんだと思ったら、なんとキミが戦ってたから遠くで見てたのさー」

「へ、へえ……そう……」

 女の突拍子もない告白に、四十川も何と言っていいかわからない

「なにー? 信じてないのー? じゃあ今からアマトになってあげる」

 女は特にポーズも決めず、右腕の赤い石が黒いオーラを発すると、

 なんだかくノ一か忍者みたいな姿に変わった。

 勿論、顔まで全身がその姿はアマトヘ変わっている。


「へへーん、カッコいでしょー」

 額に鉢金、忍者かくノ一っぽいがやたら白と黒色の目立つのその体。

 自分以外のアマトは初めて見た四十川だが、目を見開いて興奮した様子だ。


「す、スゲー変身した! アマトはみんなこんな忍者やくノ一みたいな姿なのか?」

「え? そんなわけないじゃん。みんな思い思いの、自分のイメージした姿になってるんじゃないかな? まあ、人型ってのは共通してるけどね」

「へ~そうなんか。アマトってのはホントによくわからんな」

 四十川はそういうと「激身!」という叫びとキレッキレの動きとともに、朱いオーラとっともにアマトの姿へと変身した。


「お~これがキミのアマトの姿か~。……なんで顔だけ人間なの?」

「しるか! 変身したらこうだったんだ!」

「それにさあ、なんでアマトの石が左手にあるの? みんな右手だよ? しかもみんなと違って赤色じゃなくて黒だし、なんかちっちゃいし」

「ウルセーなあ細かいことばっかり! でもあたしはアマトなんだろ? それでいいじゃねえか!」

「……ま、ま……。そうだね。少なくともアガルトじゃあないね。……ところで、キミ……名前なんだっけ?」

「アイカワマコトだ」

「マコちゃんか。マコちゃんはアマトと戦ったっことある?」

 くノ一姿のアマトの質問に四十川はぽかんとなった。

 アマトは正義のヒーロー。そう思っている。

 どうして戦う必要があるのか。

「……は? あるわけねーじゃん アマトはヒーローだろ? なんでヒーロー同士戦うんだよ?」

「あ~やっぱり全然知らないんだね~」

 そういうと女は変身を解き、ソファに勝手にどさっと座った。

 四十川ほどではないが、デカい尻のせいで大きくしずむ。

 それを見て四十川も変身を解く。

「イイ? アマトってのは、正義っぽくアガルトを倒したり、人助けをしたりするものが多いけど、そうじゃないアマトもいるの。なんせ人を超えた力だからね。悪用するやつもいるよ

「はあ? どういうこったい!? じゃああんたはアマトと戦ったこともあるってのか?」

「うん。ついさっき自分を天才だとほざくアマトと戦ってきたよ。曰く自分は天才ゆえ、その天才に匹敵しえる可能性のある存在である、自分以外のアマトは必要ないとか言って。まあ、面倒だから適当に幻術みたいなの使ってで逃げてきたけどね」

「幻術? あんたまさにニンジャだな。そういう”技”みたいのも使えるのか、アマトは」

「え~知らないの? アマトはそれぞれ多かれ少なかれ”特質”を持ってるんだよ。本人がその特質に気付けるか、使いこなせるかによるけどね」

「……にょ! ……てことは! あたしもなんか技、特質みたいの持ってるってのか?」

「そうだと思うよ。でもそれは突然発現したり、本人の気づかぬうちに使っちゃってたりする。マコちゃんもなんかあったんじゃない? 自分の技みたいなの?」


 ――そう言われて、四十川はハッとなった。

 自分はこの時代、世界に来る前にアマトとなった。

 そしてこの世界にきてしまった。

 ……それはもしかして、自分の“特質”のせいだったのではないかと。

 自分でも気づかぬうちに、「パラレルワールドに飛ぶ能力」

 でも使っていたのではないかと。


「……」

「どうしました センパイ?」

 急にボーゼンとした表情になった四十川に秋が聞く。

「……え! い、いやなんでもないよ。そ、それよりさあ。忍術アマトのあんた、今日寝泊りする場所はあるのか? よかったら、このアマト研究所の余った部屋かあたしも部屋でも使えよ!」

「え、いいのーやったあ! マコちゃんやさしー! あろがとね!」

「お、おうよ! さあシャワーでも浴びに行くか!」

「うわー私二日ぶりのしゃわーだよ! さっぱりしよっと!」

「ええ…… キッタネ」

 

 急に話をそらした四十川。

 もし彼女が想像した通り、

 自分自身の力でこの世界にきてしまったとしたら?

 そのせいで秋や麻生まで巻き込んでしまったとしたら……?

 ……だが彼女はそれを秋や麻生に言うのをやめた。

 そもそもどうやって戻るのかわからないし、

 この世界に来た原因だって、四十川が最初にアマトになる直前に現れた謎の存在のせいかもしれないし、ほかの原因かもしれないのだから。


 四十川はちょっと後ろめたい気持ちを秘めながら、先にシャワーを浴び終わり、アマト研究所の談話室でくつろぐ秋と麻生のもとに戻った。

 するとしばらくして、あのくノ一アマトになったあの女が戻ってきた。


「あ~さっぱりしたよ。ところでさ。私お腹減ったんだけど、みんなは?」

 時計を見ると昼の2時。よく考えれば四十川たちは朝から何も食べていない。

「そういえば腹減ったな。外に何か食いに行くか!」

「でもセンパイ……」

 秋がどうしようもなさそうな顔で言う。

「ン? なんじゃい」

「僕たち、この世界のお金持ってませんよ。向こうの世界のお金だって、3人とも財布を向こうにおいて来ちゃったから、なおのこと持ってません」

「……ああああああああそうだった! どうすりゃいいんだ! 無一文じゃ何もできんぞ!」

 その時、四十川の目に、タオルで髪を乾かしているさっきの女が目に入った。

「おい女! あんたカネくらい持ってんだろ? 昼飯おごってくれよおおお!!!」

 四十川は女にへばりついて懇願する。互いの大きな胸が胸どうしで潰しあう。

「ちょっとマコちゃん! おっぱい当たってるよ苦しいよ! それに私は鮎原摩那あゆかわまなっていうの!」

「じゃあマナ! 頼むよおごってくれよ~」

「む、無理だよ! 私は旅して生活してるんだよ! 特に今は持ち合わせがすっごく少ないんだから!」

「そ、そんなあ~。腹減った~」

「それにちょっちいい!?」

 鮎原は四十を引きはがすと、真面目なトーンで話始めた。

「今2人とも、この世界のお金がないとか、あっちの世界とか言ってたけど……。いったいどういう意味?」

 しまった、と3人は思った。

 つい、過去というか別の世界から来たと口を滑らせてしまった……と。


 その瞬間、講義を終えたのか、天音が帰ってきて部屋に入ってきた。買い物袋も大量にぶら下げている。

「あ、皆さまお揃いで……。あれ? この方は?」

「おう嬢ちゃん! イキナリだが、このマナって女もアマトだぜ!」

「えええ! 本当ですか! ……す、素晴らしいです! このアマト研究所に、なんとアマトさまが2人も!」

 天音は買い物袋をどさっと落とし、嬉しそうに目を潤ませた。

「そ、そんなことより嬢ちゃん! あたしらモーレツに腹減ってんだ! 悪いがいますぐ何か作ってくれないか?」

「えええ! ま、まあお腹を空かせているだろうと思い色々買ってまいりましたけど……。わかりました! 新しいアマトさまのためにも、早急にご飯を作ります!」

 そういうと、天音は買い物袋を重そうに担ぎ給湯室へ駆けて行った。 


「ところでさっきの話だけど」

 くノ一アマトもとい、鮎原摩那マナが四十川に近寄る。

「あっちの世界とか、どういうこと?」

 ワンレンの茶髪で軽そうな見た目だが、鮎原は真剣な顔で四十川に迫る。

「イヤーそれは…… ま、飯が始まってから話すよい!」

「本当?」

  

 そんなこんなで、天音が飯を持って降りてきた。

 ベイクドビーンズに謎の魚のパイ。……なんだか今日はイギリスっぽいなあと四十川は思った。


「――そうか、それでマコちゃたちは別世界からこの世界に来たんだね!」

「そうさね! ッもーどうしていいかわかんねえよマッタク。……ま、アマトの力を使える分こっちの世界のほうが好きだねあたしは」

 すると鮎原、四十川がマナと呼ぶこの来訪者は一瞬考えるように右上を向いた。

「ど、どしたいマナ……」

「……いやおかしいよね。マコちゃんはこの世界に来る直前とは言えど、元の世界でアマトになってる。……てことは、“この世界に来た”っていうのは、マコちゃんの特質が本人の知らぬところで発動した可能性があるよ。……アマトの特質や能力って、本人の意思にかかわらず発動しちゃうことが多々あるんだ」

「……や、やっぱり……か」

 

 鮎原と話すうち、四十川もそうではないかと思っていた。

 自分の「糞ツマンネー世の中からララバイしたい」

 という思いが影響してかしないでか、

 自分自身の力でもって、この世界にきてしまったのではないかと。


「でも大変だねーマコちゃん。アマトになった瞬間、こんな世界にやってくるなんて」

 鮎原は濃い色のエールビールをガブ飲みしながら言う。もちろん姿は人間の状態。彼女も相当、酔っているようだ。


「ええ! この世界に来ちゃったのって、センパイのせいだったんですか!?」

 酔った秋が四十川の胸を鷲づかみして訴える。

「なんということ! さすがは四十川サン! 謎の力まで使えるとは! ……でもどうやったら、元の世界に帰れるのです?」

 2人とも驚きとともに、元の世界に帰りたいという思いがにじみ出るように四十川に訴えてくる。


「……ちょちょちょ待てって! ホントにあたしの力かわかんないだろ! 大体異世界に飛ぶ能力なんて突拍子もなさ過ぎるわ! よく考えろっつーの!」

「……じゃあ今、センパイがアマトになって、“元の世界に帰るっ!”って念じたら、帰れるんじゃあ?」

「成程、来たということは帰ることもできるハズ。流石ですな秋氏」

「えええ! わ、わーったよ……」

 四十川は 仕方なそうに「激身!」と叫び、アマトへと姿を変えた。

 地味に今回は服も巻き込んで変身している。これで変身後破り捨てる必要はない。

 そして四十川は額に指当て、元の世界に戻るよう念じた。


「……」

「……」

「……」


 皆は静かにそれを見守ったが……

 特に何も起こらなかった。


「……ぬわああああああああああああんなんか疲れたもおおおおおおおおおん」

 何も起きていない癖につかれたとほざく四十川に、皆は怪訝な目を向ける。


「ちょっとマコちゃん! 真面目にやったの!?

「そうですよ! なーんにも起きてませんよセンパイ!」

 

 精神力というかなんというか、今まで使ったことのない感覚を研ぎ澄ませた四十川はこの反応にプンプンだ。

「ばか! 今戻ろうと念じまくって、人生で一番精神を集中したっちゅーの! それで戻れないんだから仕方ないだろコラ!」

「何で逆切れしてんのマコちゃん……」

 鮎原の言葉に重なるように、秋がアマト状態の四十川にしがみつく。

「センパイ! センパイはいいんですか? 元の世界に帰れなくても! ……あっちにはボクの兄弟や、家族、おばあちゃんが……。それに友達だって……」


 ――泣きそうな目でそう言う秋を、

 四十川は変身を解優しく抱きしめ、胸で包み込んだ。

「……心配するな。もし私の力でこっちに来たといしても、私が力を磨けばきっと戻れるさ。それに、本当に私のせいかなんて、まだ確定してないだろう?」

「ううっ……。で、でもいつ戻れるか、戻れるかもわからないのに、そんな!」

 完全に涙目の秋を、四十川はさらに強く抱きしめた。

「大丈夫だ。少なくともこっちには、あんたの味方のあたしとハゲがいる。嬢ちゃんだって味方だ。そう心配するな。いつ戻れるかわからんが、悲観するよりこの世界を楽しもうぜ?」

 そう言われると、秋は涙を引っ込めた。

「そ、そうですね……。悲観してたって始まらない……! それに、センパイはアマト。……だからと言って、センパイは女子なんです。男の子のボクがセンパイを守らなきゃ!」

「……おいおいバーカ、どうやって守るってんだよ。」

「アガルトの話じゃ、ボクもアマトの素質があります! いつかアマトになって、センパイを守ってみせます!」

「……おお! そのイキだ! 頼もしいぞ~チビのくせに!」


 一連の理のやり取りを見ていた麻生と鮎原と天音の3人は、

なんとも言えない空気になっていた。

「いやーお二人はとても仲がいいのですね!」

 と半ば嬉しそうにちょっと引く天音。

「ま、まああの2人は、特に秋氏にとって四十川サンは物心ついてからずっと仲のいい幼馴染してお姉さんらしいですし」

「うーん相思相愛だね! こりゃ今夜は2人ですごいことになりそうだね! 邪魔しないように私たちはおいとましましょうか!」

「いやいやいや! 二人は年の離れた幼馴染にして仲良し! そういうものでは……」

「え? そうなの? 変なのー」


 こうして四十川達にとり、

 2日目の異世界の夜が過ぎた。

 ビールを10本くらい飲んでさすがに酔った人間状態の四十川は、

 同じく泥酔した秋を包み込むようにして寝てしまった。

 秋は四十川の体の暖かさと柔らかさで、

 そして四十川は秋のその小さな体を守るように包み込み、幸せそうに眠るのだった。

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