第03話 パラレルワールドの中で

1 正義と涙

 翌日、四十川たちはドイツ料理と酒にまみれた部屋で目を覚ました。

 もちろん、准教授だという天音は講義があると置き手紙をし、その場にはいなった。


「うが……! もう朝じゃん!」

 二日酔いもナシ、バッチリ起きた四十川は皆を起こした。

「オラークソども! 起きれ!」

 四十川は秋に麻生に、そして芥川を蹴り起こした。

 しかし秋と麻生はむにゃむにゃ言って起きようとしない。

 四十川は窓の外を見る。そこは、初夏のまぶしさで室内を照らしている。

 そして芥川がガバッと我に返ったように起きた。


「……ファ! うち寝てもうたんか! 最悪や一限に間に合わへんかも!」

「? 今時計見たら7時だぞ。余裕じゃねえかバーカ」

「何言うとんねん! アパート帰ってシャワー浴びて化粧なおさな! うわもう顔が酒と脂でべっちょりや!」

「ほーん化粧で取り作りう奴は大変だな。さっさと行って来いよ。アパート近いのか?」

「まあな。大学から3分、正門から遠く離れたここからだと10分や!」

「へー近くていいな。あたしも体ベタベタだ。お邪魔していいか?」

「いいわけないやろアホンダラ! 大体アンタは講義もクソもないやろ!」

「確かに~。じゃあこの辺でシャワーとかないのか? 大学だからそれくらい、いくつかあんだろ?」

「ここから正門の方に少し戻ったとこにでかい体育館があるやろ! そこで浴びれるでじゃあなっ!」

 言いながらそそくさと芥川は出ていった。


 四十川は言われた通り、見知らぬ大学の体育館に勝手に入りシャワーを浴びることにした。四十川の爆乳爆尻のプロポーションに行き交う学生は皆2度見するが、四十川はそんなことなど気にしない。

 四十川がシャワーを浴びさっぱりして帰ってくると、

 その頃には秋と麻生も半死半生状態で起き、男2人で一緒にシャワーに行くのだった。


 男二人がシャワーから戻ると、四十川は天音の置いておいてくれた服に着替えていた。当然ブラジャーなどサイズがあわないのでつけていない。そもそも彼女はあまりブラジャーなど付けない。

「いやーさっぱりした! 酒飲んで寝た後のシャワーは最高だな!」

 四十川はサイズの合わない服でパッツパツの部分もありながら元気だが、

 男二人はシャワーを浴びたにもかかわらず服は過去から来た時のものそのまま、しかも両者とも二日酔いで始終ぐったりしている。

「あ、四十川サンは流石元気ですねえ……。もうお化粧も済んだので?」

「は? そんなもんするかボケ」

「えええ!!!」

 麻生は四十川の顔をまじまじと見る。いつの間にかヘアゴムでポニーテールにしており、いつもと変らぬ肌つやがそこにあった。

「まあ剃刀がなんかいっぱい置いてあったから、眉毛とかいろんな毛は処理しといたわ。これでいつもの四十川さまだぜ!」

「す、すごい……。27でその肌艶……。アマトになるものは若さも手に入るのですか?」

「何言ってるんですか、麻生さん」

 吐きそうな顔で秋が言った。服は少し汚れたままで、無造作な髪だけやたらさっぱりしている。

「センパイは化粧なんてほとんどしませんよ。生まれてこの方老けるとか肌の悩みとか劣化とか、そんなものは一切ないんです」

「そうよーあたしはあと80年経ってもこのままだろうさ! あ、もう80年経ってんのか? パラレルワールドだけどなナハハ!」

 昨日見知らぬ世界に放り出され、見知らぬ強靭な姿に変身しその上死にかけた女の発言とは思えない。さすが四十川一だと秋と麻生は思うのだった。


「ところでセンパイ」

 なんとなく話題が付き、静まり返ったところで秋が四十川に尋ねる。

「ボクたちはどうやって帰るんですか? あのもといた、2019年の世界に・・…!」

 一同は静まり返った。

 麻生、特に秋は、本気で帰れるかどうかを心配しているよううだ。

 無理もない。家族や友から離され、いきなり未来っぽいパラレルワールドに来てみれば、不安で仕方なくなるのは当然というものだ。


「――まあ心配すんな! 何かの拍子にきっと帰れるさ! それより、80年後、パラレルワールドの世界を見て回ろうや!」


 不安顔の秋と困惑したような麻生をつれ、

 四十川たちはアマト研究所を出、外を見て回ることにした。



「――うひょー! ……なんか、特には80年後って感じがしねえな」

 広大なキャンパスの真ん中に来た四十川はそう言った。

 雄大な時計台、流れ出る噴水、行き交う学生。

 建物のデザインは四十川話の世界のものと比べると、存分に壮大でモダンな感じだが、行き交う人々を見ても半袖Tシャツに学生カバン。

 何だか、根本は四十川たちのいた世界の大学と、文明レベルと変わっていない気がした。


「80年の進歩ってのはこんなもんかね?」

 四十川はそうつぶやいた。

 秋も麻生も、同じ思いだ。

「なんかさー、車が空飛んだり、電脳世界の進化でエライことになってると思ったけど、そんなこたあないようだね」

 四十川はちょうど大学内を走り抜ける、やたら流線形のデザインの車を見ながら言う。

「ま、まあほらセンパイ、ボクたちの時代も、それまでの高度成長やバブルと比べて大し進歩はなかったですし……」

 秋が適当にフォローを入れる。

「まそう言うことか……。進歩が緩やかになったんだな。……ン? どしたハゲ」

 麻生は道端で考えあぐねている。そして得心したように四十川の肩を掴んだ。

「わかりましたぞ四十川サン!」

「な、何だよ……。どさくさに紛れて体触ってんじぇねぞハゲ」

「いいですか、何度も言われたように、ここはパラレルワールドなのです。つまり、歴史がどこか近い過去、ともするともっと遠い過去で、別の道を歩んでいる可能性があります!」

「ほ、ほう……?」

「つまり、われわれのいた世界の直線状の未来、と考えてはいけないのです。どこかで歴史を違え、産業や文明の発展が遅れてしまったと考えられます。そうであれば、2099年、この世界の現在でこの文明レベルというのは至極当然なのかもしれません」

「……なーるほどね、例えばどれかの戦争が長引いて、文明が後退したとか復興が遅れたとか?」

「流石は四十川サン! 実は理知的だ! きっとそういうことなのです! つまり、われわれは未来に来たと思わず、似たような、年代だけ進んだ世界にいると考えた方がよろしいでしょう!」

「へ~麻生さんなかなかいい推理しますね」

 感心したように秋が言う。

「ハゲも特には役に立つ。最初は何でこいつまでいるんだよと思ったが、なかなか頼りになりそうだなオイ?」

「ハハハ、それほどでも……!」

「……でもつーことは、この世界は未来というのはちょっと違うということだな?」

 四十川はエアコンの室外機のそばでそういう。そこからは、熱風がもあもあと出ている。

「そうですね、四十川サンのそばの室外機も、我々の世界で見たようなモノと変わりません。やはり、歴史のどこかで、文明が後退、もしくは停滞するような時期があったのでしょう」

「っふーんおもしれえな。ま、とりあえず大学の中にいても飽きちまう。街へ出て色々見てみっか!」


 門柱が黒くくすみ、赤錆びつつ緑色で塗られた正門ゲートを抜け、四十川たちは街へと繰り出した。

 するとそこは、なんとも壮厳な街並み並ぶ、恐らくはこの街のメインストリートだった。


「おお~。なんだ、ここはヨーロッパか何か?」

「なんとも、厳かというか、整然としてますね~センパイ」

「確かにこれは……。文明の進歩はさておき、確かに別世界という雰囲気を感じます!」


 車道は片側4車線、そのメインストリートらしきものはまっすぐ伸び、遠くの塔のようなものまで続いている。

 歩道は車道2つ分ほど広く、その沿道にはモダンな、美を意識したような建物ばかりだ。

 勿論電線など見当たらず、街灯などおしゃれなガス灯モチーフだ。


「なーんか中央ヨーロッパにでも来たみたいだ。日本もこういう時代の進み方があったんだねえ……」

 四十川は壮厳なその光景に心打たれている。

 ほかの二人も同様だ。

「……でもなーんか、あたしはちょっと気後れしちゃうね。こんな美しい街並み」

「……確かにせんパイは、ドヤドヤしてる、元の世界の裏道とかかが似合ってますもんね」

「……いやーしかし、コレはまごうことなき“別世界”ですぞ。我々の世界に、こんな町並みは存在しなかったはず」

「……まあいいか、とりあえず見てまわろうゼ!」


 四十川たちは街を見てまわった。

 行き交う車はやはり地を這い、路面電車はこれまた町の風情を醸し出している。

 しかし圧巻はやはり建造物だ。大通りから見る限り、四十川の世界にあったようなコンクリートむき出しや、前時代的な、無機質な白色のくすんだ建物と言ったものはまるで見当たらない。もちろん馬鹿みたいに立て並ぶビルから突き出た看板も、ない。


 これではまるで未来都市というより、別の世界の都市だ。

 ――完全に、別の世界に来ちまった。

 四十川はワクワクしてくるのだった。


 ――しかしその時、

 歩道の向こうから悲鳴が上がった。

 四十川たちがその先を見ると、なんと、深緑の怪物から人々が逃げ惑っている。

 広い歩道も、逃げ惑う人々でごった返している。


「セ、センパイ! もしかしてあれ!」

「あ、ああ……。きっとあれがアガルトだ! ……んよし! 激身だ!」

 四十川はキレッキレのポーズと共にそう叫んだ。

 するとやはり、左手の黒い石から朱い光りが放たれ、

 四十川はアマトの身へと姿を変えた。

「おおお! 行けたぜ! しかも今回は服と一緒に変身してる! 慣れてきたってことか?」

「いいからセンパイ! 兎に角あのアガルトを何とかしないと! いずれにせよアガルトには、ぼくのようなアマト予備軍や、センパイみたいなアマトを感知できるらしいですから!」

「ったりめーよ。さあいくぜ! 正義のミカタ……アルダマン! いざ出陣!」

 そういうと四十川は、100㍍ほど先にいるアガルト向かいダッシュした。もちろん。驚く人込みをかき分けて。

「アルダマン? 何でしょうか?」

 麻生が秋に訪ねる。

「さあ……? センパイが何となく、自分のヒーローとしての姿に名前を付けたんじゃないですか?」

 

 2人が物陰に隠れ話している間、四十川は深緑の怪物と対峙していた。

「やいクソアガルト! こないだはよくも…… あれ?」

 四十川が見たその深緑の怪物、アガルトは、彼女の知る姿とは違った。

「おい! お前昨日あたしを殺す寸前までいった、人間の姿の時ブロンドヘアの女アガルトか?」

「……ググ」

 アガルトは返事をしない。

 というか、言葉が通じるような感じではない。

 姿か形や雰囲気も、昨日の女アガルトのように気品や堂々とした感じがなく、なんだかただのやたら前傾姿勢で腕の長い、ただの深緑の化け物といった感じだ。

「……そういやあの女、アガルトは世界中にいるって言ってたか……。こんな壮厳な街のど真ん中にも出るのかよ……」

 人々は逃げ惑う。そしてアガルトは、行きかう人々など目もくれず、四十川めがけて突進してきた。

「ただの人間は襲わないようだな……。やっぱアマトとその予備軍だけ狙ってんのか。……ちょうどいい。みんなが逃げたおかげで、この広い歩道で戦いやすくなった。……イクゾオオオオ!!!」


 アマトの姿の四十川は、どうも動きの鈍いアガルトに殴る蹴るの暴行を加えていく。

 一方のアガルトは、悲痛な叫びをあげながらただ悶えている。

「なーんだよわっちいでやんの! このままぶっ倒すぞ! ホラホラホラホラ!」

 四十川は一方的に猛スピードの攻撃を続けた。

 そして、アガルトは四十川の猛攻の前に倒れた。


「な、なんだ拍子抜けだな……。あの金髪女のアガルト以外はみんな弱っちいのか……?」

 四十川もなんだか弱いものいじめみたいで気が引けていく。

 すると、うつぶせで倒れたアガルトが人間の姿、

 背広のくたびれたサラリーマンのような姿に戻り、何やら言葉を発した。


「ぐ、が……。お、お前は本当にアマトか?」

「うお! お前喋れたのか! ……って人間に戻ってるし!」

 四十川は驚いた。アガルトは怪物。たとえ元は人間であっても。

 しかし人間に戻ったその男の姿に、四十川は同様を覚える。


「お、お前は確かにアマトの反応を感じる……。だが顔だけは人間だし、確かに左手に石を宿しているが、どうにもおかしい……」

「うるせーなあどいつもこいつも! 人間、四十川様のカッコよく色気漂う顔がの残ってたって、あたしはまごうことなきアマトだ!」

「不完全なアマトか……? よくわからないが、……さあ、今すぐ私を殺してくれ。アガルトの本能に抗えられぬ私は、いっそここで死んだほうが楽だろう……」

  

 アガルトだった人間の突然の告白。

 四十川はためらった。

 本当に彼らは、アガルトは悪なのか?

 それを倒すことは、果たして正義と言えるのか?


「ど、どういうことだオイ! なぜ自分から死にたがる!」

 そう四十川が言うと、アガルトは少し起き上がり続けた。


「私はある日、ついこの間だ。普通の人間として生きていたはずが、どういうわけか、アガルトになってしまった。以降アマトの気配を感じれば、その本能で怪物・アガルトになってしまう。この手で、アマトにすら覚醒していない、いたいけな子供を幾人も殺戮した記憶がかすかにある。……もう、もうそんな悲惨な光景はたくさんだ。……さあ、正義なるアマトさん。私を殺してくれ……」


「こ、殺せったって……」

 四十川は決してこの男、アガルトを憎んでいるわけではない。

 この世界に来てわからぬことだらけ。

 ……本当にアガルトは悪なのか?

 四十川の疑念は募る。


「お、おいあんた! 今からでも遅くない! まっとうな人間として生きろ! な? あんた悪い人じゃないんだろう? 殺せなんて、そんなの無理ってもんだぜ!」

 四十川は説得するが、男はゆっくり立ち上がり反論する。


「アマトのくせに甘いやつなんだな……。こんなアマトがいたとは。……だが、アガルトに覚醒した以上、もはやその本能には抗えない。……今もあなたと話したい半面、アガルトとしての本能は貴様を倒せと体をめぐる……」

「そ、そんなこといったってよ!」

 そして再び、男はアガルトへ姿変えた。


「ガ、が……アガルトの状態で話ができる? これもあなたのおかげだろうか……?」

「し、知らねえよ……」

「な、何でもいい! さあ、お優しきアマトのお嬢さん! 最後があなたで幸いだ、ひと思いに私を殺してくれ!!」

「そ、そんな……、で、できねえよ……。あんたは普段は普通の人間だ。それを殺すなんて……」

「……心配するな。アガルトを殺すことは、数年前より合法化されている。それに、人類に害をなす存在など、消えてしまったがよいだろう……? さあ、ひと思いに……」


 その時、一発の思い銃声が響いた。

 次の瞬間、アガルトうめき声をあげ、絶命し土くれのように崩れさった。

 銃声の主は、あの四十川を救った戦士、RXだ。

 RXはゆっくりと四十川に近づいてゆく。


「――なぜアガルトをさっさと倒さなかった? おかげで我々の手柄が増えたがな」

 銃を下すと、RXもとい装着員の饗場は四十川の肩をたたきながらそいう言った。

 みるみる土くれと化すアガルト。RX部隊の隊員はそれを拾い集める。

 

「……おい!」

 四十川は背中でRXにそう怒鳴った。

「……? なんだ?」

「……あいつは、あのアガルトは、心は人間だった。アガルトの本能と戦っていた……。それをなぜ殺した!」

 RXもとい中の饗場は少しぽかんとする。そしてこう続けた。

「……元がどんな人間であろうと、アガルトになればその本能から避けられない。殺すほかないのだ。……貴様は何故かアマトやアガルトのことをよく知らんようだが、これがアガルトというものだ。この死んだアガルトも、きっと本能を抑えられずにいずれは多大な被害を生んだろう。……これでよかったのだ」


 そういうとRXはその場を去ろうとした。

 だが次の瞬間、

 四十川はアマトの力でもってして、思い切りRXの機械の鎧を殴った。

 不意のことで地面に転がるRX。


「……! な、なんだ!? 何をする!」

 RXの中の饗場は驚愕と困惑の表情で四十川を見るが、

 四十川は目をつむり涙を一筋流すと、踵を返して背中で語り掛ける。


「……いや。お前は正しい。きっとお前のようにするしかなかったのさ……。だが……。一発殴らせてもらった……」

「な、なんだそれは……」


 そう言うと、四十川は変身を解きその場を後にした。秋や芥川もそれに続く――。


 少しうつむき歩く四十川の頬には、また一筋の涙が流れていた―――。

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