4 死んだら、守ってくれ
ここは2099年。
四十川たちのいた時代,2019年からすれば相当、未来。
四十川含め秋と麻生は、息をのんだ。
そして目の前には深緑の怪物。普段から刺激に飢えていた四十川だったが、これはちょっと刺激が過ぎるというものだ。
「そ、それは本当だよな? ここ、いまが2099年って……」
「当たり前でしょう? 一体何を聞いているのですか貴女は……」
「……」
四十川は迷った。
間違いなく時運たちは2019年から来た。そしてここは、間違いないであろう、2099年。
この怪物に自分が過去から来たと説明したところで信じるだろうか? いやそもそもそんなことをして意味があるのか?
――だがこの怪物は得体が知れない。やはり闇雲に戦う前に、せめてこのわけの分からない状況のために情報だけでも欲しい。そう思い、四十川は怪物との会話を続けることにした。
「……あ、あのさあ……。信じてもらえないかもしれないけど、あたしたち、そこのチビとハゲとあたしの3人はついさっき。……2019年からこの時代に来たんだよね……」
四十川のこの言葉に、秋と麻生は少し驚いたが黙って四十川を見守り、そして後ろいた白衣の女は丸い目をもっと丸くした。
だが当の怪物は、表情も見えぬその真黒な異形の顔を少しも動かすことはなかった。
「……お、おい聞いてるか? なんで無反応なんだよ……」
四十川は恐る恐る聞く。状況が状況だ。自分も意味が解らない。
「……いえもちろん聞こえていましたよ。なにぶん突拍子もないことを言うもので少し面食らったのです。……まあ、あまりハイそうですかと信じられる話ではありませんが……」
「し、信じる信じないはどうでもいいんだ。とにかくそういうワケであたしたちゃこの時代に来たばかりで何がなんだかわけがわからん! なんで80年後の未来にはあんたみたいなバケモノがいるんだよ!」
「……? おかしな話だ。仮に貴女達が2019年から来たとして、だからと言ってアマトとそして我々アガルトの存在を知らないのはおかしい。21世紀に入った時点ではすでに、アマトもアガルトも世間にその存在を認知されていたはずです。アマトでありアガルトから狙われる存在の貴女が何も知らないというのは、やはり合点がいきませんよ……?」
「……は? な、何言ってんだアマトだのアガルトだの、そんなのあたしたちの時代にいなかったっつーの! すげえ平和だったぞ!」
「……話が噛み合いませんね。……まったく、貴女はよくわからない人だ。自分のことを、アマトのこともアガルトのことも知らないと言うし、果ては過去から来たと言い出すときたものです」
アガルトは呆れたように、一歩引いてイチョウの巨木にもたれかかった。そして困りましたねえのポーズをした。
「……ええい信じなくてもいい! とにかく、ここがホントに2099年だってんならどうだよあんた、こっちの身にもなってみろよ、なあ?」
「なあと言われましてもね……」
「そんなわけのわからん状況で、いきなり深緑の化け物と戦うなんてあたしはやだぞ!」
「そちらの事情は我々には関係ないんですがねえ……」
「ままそう言うなって! とりあえずこんな状況だ、一旦戦うのはやめてくんないかい?」
四十川は苦笑いでお手上げのポーズをして見せた。
「……まあ戦うかどうかは置いておいて、貴女達が過去から来た、というのはもう少し聞いてみたいですねえ。特になぜ、私の知る過去と矛盾しているのか……」
「――パラレルワールド……」
その時、腰を抜かしていた白衣の女性がそうつぶやいた。
「ン、おい嬢ちゃん何だいそのパラパラわるーどってのは?」
「じょ、嬢ちゃん……?」
「アンタのことだよ白衣で丸メガネのあんた!」
「ま、まあまあ四十川サン、この女性はちょっと一連の出来事で放心してしまっているようなので、自分が説明しましょう。……パラレルワールドというのは、いわば並行世界のことです。よく似てるけど違う、どこかで歴史を違えた、そんな世界ですな。この緑の怪物の方の申すことが本当ならば……、我々のいた世界、とこの世界がパラレルワールドの関係に当たるわけです」
怪物にビビっているくせに、好きなことには饒舌になる麻生がしゃしゃり出て話し出した。みんななんだこいつはという顔をしている。
「……いや知っとるわ。ちょっとボケただけだ」
「……あなた達、この状況で随分と緊張感がないのですね……」
そう言うとアガルトはフウとため息のようなものを吐いた。そして続ける。
「……まあいいでしょう。私もアマトである人間とまともに話をするなど久しぶりでしてね。なんだか新鮮な気分なんですよ。……まあ、あなた方の話を信じることにして、少しお話でもしてあげましょうかね……」
「……そ、そうか。意外に話が通じるんだな、ありがとな……」
「いえいえ。それに私はSF小説などが好きでして。パラレルワールド、並行世界の類の本もよく読んだものですよ。……まあ、昔の話ですが……」
「……そ、そうなのか。バケモノも本なんか読むんだな……」
「貴女、先ほどの私を見ていなかったのですか? ……まあアガルトを知らないのでしたら無理もありませんかね。我々アガルトも普段は人間なのですよ。当然人としての嗜みも……ね」
アガルトは少し言葉に詰まるような言い方をした。
「なんだそうなのか。……えっじゃあアンタみたいなアガルトってのはバケモノなのか? 人間なのか? どっちなんだよ」
「……フッ、返答に困る質問ですね……」
そう言うとアガルトは、元のブロンド色の髪をした女の姿に戻った。
「――うわっビックリした!」
「これは別に偽りの姿でも何でもありません。そういう意味で言えば、私たちアガルトもれっきとした人間であると言えます」
「私たち私たちって……。アンタみたいのは他にもいるのか?」
「当たり前でしょう。世界中にいますよ。……まあ、普通の人間ならほとんどお目にかかることはないかもしれませんが」
「どういうこった? 普通じゃない人間なら、あんたらアガルトにお目にかかるってのか?」
「そうです。我々アガルトはアマトを倒す、ただそのためだけに存在している。他に目的はありませんよ……、アガルトとしては、ね」
「ど、どういうことだ?」
「今言ったでしょう……。アガルトは、貴女のような拳に石を持ち姿を変える存在、つまりアマトの敵だ。そして――」
ブロンドの女は秋を睨む――
「――我々アガルトはアマトだけでなく、将来それになりうる者の気配をも感じ取ることができる。そこの男の子のような、まだ拳に石のない、アマトとして覚醒していない人間でもね……」
「えっ!? ……そ、そうか、それでさっきぼくのこと……」
秋は先ほどこのブロンドの女が、自分を狙っていると言ったのを思い出した。
「へーぇ、よくわかんねえが便利なもんだなあアガルトってのは……」
「ふ、まあ貴女の言う通りかもしれません。何故なら我々アガルトはあなた方アマトの気配を察知することができますが、その逆、あなた方アマトはアガルトの気配など感じ取ることはできません。しかし……」
「しかし?」
「……いや。こんなことまで教えてしまうべきではないでしょう。これはあなた方が自力で知らなければならない。もっとも――」
「え……」
女はまた異形の怪物、アガルトへと姿を変えた。
「――この先生きていれば、ね」
そう言うとアガルトはもたれかかっていたイチョウの木から離れ、ゆっくり四十川に近づく。
「な……なんだよセッカチだな。折角だしもう少し話してったらどうだ……?」
「あんまり長居をしてもこちらにメリットがありません。特にこの日本でも軍や警察が本格的にアガルト対策に講じて以降、我々はあまり人目に付くわけにはいかないんですよ」
「なんだかすごい世界みたいだなあ……。ま、どうしてもって言うなら本格的に戦おうかい……」
不安はあった。
先ほど少し戦った時、四十川はこの化け物から底知れぬ強さを感じた。
だがそれは自分に対しても同じ。今四十川は底知れない力を自分自身から感じている。
だがそれ以上にこの化け物は何やら自信満々だ。自分の力も相手の力もわからないのに、戦って無事に済むかどうか――
――いや、そんなことより戦いたい。戦って自分の力を試したい。
何よりこの化け物は口ぶりから敵だということは間違いない。戦たってなにも問題ないじゃないか。
心の中で恐れよりワクワクが上回ろとしているする四十川を、一つの叫びが引き止めた。
「――ダメです!」
四十川は声の方を振り向いた。
秋だ。秋が今にも泣きそうな顔で叫んでいる。
「――ダメですセンパイ! そんな奴と戦って、もしとんでもないことになったらどうするんですか!」
「……チビ」
「さっきは少し戦っただけなのに、そいつの力はとんでもなかった! センパイはアマトの力ってのを手に入れたかもしれないけど、きっとそいつはもっとすごいんです! ダメです! 戦っちゃいけない!」
「フフフ。いいことを言いますねえ」
アガルトも動きを止めて彼の方を見る。
「だからセンパイ! ここは逃げないと! ただえさえワケのわからない状況なのに!」
「――いやダメです! 戦ってください!」
そこに別の叫びが重なる。
さっきまで腰を抜かしていた白衣の女が、四十川に向かって叫ぶ。
「アガルトは人類の敵です! そのアガルトを逃せばまた誰かが犠牲になります! だからお願いです……そいつを倒してください!」
「おやおや……。随分と嫌われたものです。私自身はアマト以外の人間とその営みが本当に好きなのですがねえ……」
そんな中、四十川は2つを交互に見まわす。
「んんっと……あたしはどうしたらいいかねえ。正直あたしも困ってるんだ。だってこの化け物はどう見ても悪者っぽいけど、直接誰かを襲うのを見たわけじゃない。もし本当は悪者じゃなかったらあたしも後味悪いんだよね」
「何言ってるんですか! アガルトは悪者に決まっています! だから――」
「――ちょっとあなた! なんだってセンパイをそんなに戦わせようと! センパイがどうなってもいいんですか!」
秋が白衣の女に掴みかかる。
「ひっ! ……す、すいません。私は何もそんなつもりでは……」
「おいおい、そっちで別の争いをするんじゃ……」
そう言った四十川に次の瞬間衝撃が走るとともに、その身は宙を舞った。
「――ああっセンパイ!」
宙を舞う四十川を秋は追おうとする。
しかしそれを、2つの腕が引き止める。
「いけません! あの人は戦わなくては!」
白衣の女はそう言って秋を引き留める。
「秋サン、あなたが戦いに近づけばすなわち、ま、巻き込まれてします! ダメです! ここで我々と一緒に見るのです!」
麻生は秋の肩を掴むも腰の引けたおびえた感じでそう言う。
「く、くそう……、ああ、センパイ ……マコ姉ちゃん!」
秋の叫びとともに、四十川は地面に激突した。
「――ぐぁ!!」
そこへ跳びかかり再び襲い掛かろうとするアガルト。
だが四十川は素早く体勢を立て直し、カウンターのように殴り返した。
だがアガルトはその拳を難なく受け止める。
「またやってくれたなあ! 不意打ち不意打ち、それしかできねえのかコラぁ!?」
「何度も言っているでしょう。アマトに対し不意打ちもクソもありません。むしろ敵であるアマトの貴女にいろいろと教えてやった私に感謝をするべきでは?」
「うっせバーカ! くらえオラオラオラ!」
四十川は人間には不可能なレベルのものすごい速さのでパンチのラッシュをお見舞いする。
が、そんなものはすべて避けるか受け流され、逆に四十川が腹に重い一撃をくらいまた吹っ飛ばされてしまった。
「――ああ! センパイが……」
圧倒的に劣勢な戦い。しかし秋にはどうすることもできない。
「も、申し訳ありません……。私が戦ってくださいなどと言ったものだから……」
「き、きっと大丈夫です。それに四十川サンだって本当にまずくなれば、きっとこの戦いをやめるでしょう?」
麻生のその言葉に、しかし白衣の女は顔を青くする。
「し、しかしそれではあのアガルトはどうするんですか!? 先ほどあのアガルト自身が言っていたように、あなたも狙われているんですよ……!」
白衣の女は秋を見つめる。
「……え、そ、そうかそうだった……」
「確かに私も戦ってくださいなどと、無責任なことを言ったと思っています。でもあの方が戦わなければ……どうなると思いますか? その時はあなたが狙われ、そして殺されます。アマトのあの方はアガルトから逃げきることができるかもしれませんが、あなたにはそれはできません……」
「そ、そうか……。だから四十川サンは戦っているのでしょうな……」
「そうか……そんな……。ぼ、ぼくの……せいで!」
「それにあのアガルトは、もう一人アマト、もしくはあなたのようにその可能性がある人間がどこかこの付近にいるようなことも言っていました。そのことも気になります……!」
3人が心配する中、当の四十川は吹っ飛ばされ銀杏並木わきの畑に突っ込みながらも、その心は悲観になど暮れていなかった。
――確かに痛い。だが湧き上がる。
――確かに強い。だが湧き上がる。
――確かに怖い。だが湧き上がる。
あらゆる負の感情より、湧き上がる好奇心と戦いへの切望がそれを上回った。
――ワクワクする!
四十川はすぐに体勢を立て直し、ひょいひょいと大きく飛び跳ね、イチョウの木を背に余裕そうにしているアガルトの前にスタっと着地し笑顔で顔を上げた。
「よう! なかなか強いなあ! へへ、本気で暴れられそうだ。こんな楽しいことはないぜ。なんせ謎の力を手に入れて、そして倒すべき悪がそこにいるってんだから」
「……フン、貴女は少し戦って、その実力差に気づかなかったのですか? 私とあなたでは、強さのレベルというものが違うんですよ」
「……ヘ、まあ確かに差を感じたね。だがそれはさっきの話。なんせあたしゃアマトになったばかりだ。可能性の塊よ。どんどん強くなるってはっきりわかんだね」
「……全く。一体全体何をもってそんなに自信満々なのか。……まあ、恐れを抱いて戦うより、自信を持っていた方がいい結果が出る。それは当然だ。……ある意味、貴女は正しいのでしょう」
「よせやい照れちまうだろ褒めるなって! おりゃあ行くぞ!」
四十川の攻撃はすさまじい。
時には真上から、真横から、真正面から。
人間のものではない、はるかなスピードとパワー。
だがのすべては、そのバケモノには通用しなかった。
「――ガハッ」
「いい加減に諦めたらどうですかね? 貴女はどうあっても私に敵いはしない。降参することをお勧めしましょう」
「……降参したらどうするつもりだ?」
「もちろん、苦しまないよう貴女を殺してあげるだけです。そちらの方が楽でしょう?」
「何が楽でしょうだ、ふざけやがって……。それともう一つ聞くが、あたしがくたばったらチビはどうなる?」
「チビ? ……あの男の子のことですか?」
「ああ。……一応あいつは18歳だけどな……」
「もちろん、彼も苦しまぬよう殺して差し上げましょう。私はアマトであろうとそれになりうる存在であろうと、その最後を弄ぶようなことはしません」
「……クソが。やっぱりここでくたばるわけにはいかねえなあ……。――おいチビ!」
四十川は秋たちの方へ叫んだ。
「――早く逃げろ! とにかく逃げるんだ! 逃げられりゃ殺されることはない!」
「え……でもセンパイは!?」
「あたしはアマトだ! どうにかなる! それよりあんた達だ、こんな奴に襲われたらひとたまりもないぞ早く逃げろ!」
「で、でも……」
「いや秋サン、四十川サンの言う通りです、早く逃げましょう!」
「――そうだ、早く逃げろ! 頼むから!」
「……わ、わかりました……!」
四十川の必死の言葉。麻生とともに逃げようとする秋だが、その行く手を深緑の怪物が妨げる。
「――そんなことはダメですよ。……順序が逆になりましたが、貴方から殺すことにしましょうか。では――」
アガルトはゆっくりと秋の下へ近づいていく。
「あ、ひ、ああ……」
「――やめろ!」
アガルトが怯える秋の首に手を伸ばしたとき、傷ついた朱き拳がその横っ面を激しく殴り飛ばした。
「……く、やはり貴女を先に倒さないといけないようだ」
「当たり前だ! さあお前ら! 早く逃げろ!」
「ムダですよ。そもそも私達アガルトは、アマトと彼のようなアマトになりえる者の気配を感じることができる。大人しくしているんですね」
「……く、で、でもものすごく離れちまえば気配なんてわからないだろ!」
「さあ、どうですかね? ……まあ、あまり動き回られても面倒です。もし彼が逃げようとするなら貴女をねじ伏せて今すぐ彼を殺します。しかし逃げずにそこでじっと見ているというのあら、とりあえず今は何もしないでおきましょう。それでどうですか?」
「くっ……!」
四十川の道は1つしかない。
この化け物は強い。確実に、自分よりも。
四十川は秋たちに向けて叫んだ。
「みんなー! そ、そこでじっとしてろー! この化け物はお前らがじっとしてる限り、手は出さんーー!」
四十川の迫真の叫びに3人は事態を察知し、建物のそばまで戻りそこで戦いを見守ることにした。
まるで劣勢な、四十川の戦いを。
「――フ、皆さんいい判断だ。これであなたも心置きなく戦えるでしょう?」
「ヘヘッ、まあそうだな!」
余裕をぶっこいた感じで四十川は返事をしたが、その実内心は複雑だった。
自分は強い。どんなに強く強靭な人間だって今の自分の足元にも及ばぬだろうと四十川は思う。
しかし相手はそれすら遥かに凌いでいる。
戦う喜び、力を手に入れた興奮、自分がまさにヒーローたるその感慨。
それをもって四十川は歯が立たぬはずの相手に果敢に挑み、そして何度も蹴り飛ばされ殴り飛ばされた。
四十川は初めて“恐れ”のような感情を抱いた。
――しかし、戦わなければいけない。守らなければいけない。
――そう、秋を! 四十川は戦う決意を大きく胸に秘めた。
「――さあ、勝負はこれからだ! クソアガルトさんよォ!」
四十川は何かを決意したような構えでアガルトを待ち構える。
「ほう、まだそんなに戦う意思があるとは。見てわかるでしょう? 私はほぼ無傷。一方貴女は傷だらけ。アマトのくせに血だって出ている。このまま戦えば、貴女がどうなるか、自分でわかるでしょう?」
「へへ、し、死ぬかもな……。アマトってどんな風に死ぬのか、よくわからんけど……」
「愚かな……。死ぬのが怖くはないのですか?」
「……わ、わかんねえ……。でもな、アマトになったせいなのか、それともアドレナリンでも出てるのか、それとも元々あたしがそういう人間なのか――」
四十川は天を拝んだ
「――死ってのが、怖く無いんだ。とりあえず今のうちは――」
「……そうですか」
「――ところでよ、アンタは何でさっさとあたしを倒さないんだ? 本気を出しゃすぐ倒せるだろうよあたしなんて」
「フ、それはいろいろありましてね――」
アガルトも天を仰ぐ。
「――久しぶりだったのでね。不倶戴天の敵たるアマトと話すのが。それに話してみれば貴女は面白い人だ。アマトでなければ、もし他の形で知り合えていたらと思うと少しクスッときますよ」
「なにがクスッと、だよ……」
「……ハハハ。なんせ普通の人間も含め、こんなに生き生きした者を見るのは本当に久しぶりだ。なにやら少し楽しくて、さっさと倒せばいいものを長々と戦ってしまいましたよ。……だが、もう終わりです」
「……そうかい。……じゃあ、あたしの方からいくぜっ!」
四十川は跳びかかり猛スピードのジャブのようなパンチを幾多をも繰り出す。
アガルトはそれを軽くあしらい、たまに当たりもしても大したダメージはない。
四十川は今度は素早く後ろに回り込み蹴りを入れ、それを繰り出す。だがそれはアガルトの右腕で素早くガードされてしまった。
「……くっ! これは当たると思ったのになあ!」
「素早さとスピードはすごいですねえ、私以上だ。だが戦いのセンスと経験、そもそもの強さが足りない。貴女は無駄な動きが多すぎるようです」
「へっ、これから直してくよっ!」
「これからは――」
アガルトは四十川の方に振り向いた。
「――ありませんよ!」
そして思い切り蹴り飛ばした。
「――ゲハァ!」
血に転がり血を吐く四十川。
血なのかその身体の色なのか、傷つきゆっくりと起き上がる四十川の身体は、朱い。
「よく立ちあがりました。では、最後に楽にして差し上げましょう」
アガルトは息も絶え絶えに立っている四十川にゆっくりと近づく。
だが四十川はおもむろに左手を上げると、それを自分の後頭部に回す。そしてゆっくりと、彼女のその豊かなポニーテールが解き放たれていった。
「……? なんの真似ですか?」
「……コレを外せば最後、あたしの真の力が発揮される……」
「な……何!」
アガルトは初めて動揺のするような様子を見せた。そしてその歩みを止める。
「い、いったい……どんな特質を!?」
「……? 何言ってんだ。ウソに決まってんだろ?」
「……は? ……な、なんと人騒がせな……」
アガルトの言葉など意に介していないのか、四十川は手に何か持って秋たちの方を向く。
「――おいチビ!」
「――? は、はい!」
心配そうに遠巻きから見ていた秋は突然のことに驚く。
「コレ持ってろ!」
四十川は何かを秋に投げた。
「え、こ、コレは?」
「あたしのヘアゴムだ。昔あんたが買ってくれたやつだ。忘れたか? それをあたしだと思え」
「え、お思えって……まさか!」
「なんだ、ちょっと遠いからあたしとアガルトの会話聞こえてなかったのか? あたしはもうすぐ死ぬ。たぶん。だからあたしの分も生きろよ!」
「ちょ……ちょ、ちょっと! 何言ってるんですか死ぬなんて、そんな馬鹿な!」
「バカもクソもねーよ。たくましく生きるんだぞ!」
「そ、そんなちょっと! え、う……」
どうしていいかわからない秋。彼はその場に崩れ落ちた。
「う、うわああああああああああああ!!!」
哀しさ、恐ろしさ、悔しさ……
彼の胸に押し寄せるのはどの感情か、それともすべてか……
白衣の女と麻生に支えられながら、彼は泣いた。あまりにも、泣いた。
「――はは、大層に泣いてやがる……」
「貴女は幸せ者だ。あのように大いに涙を流してくれる者がいるのですからね。……さあ、私のこの拳で一突き、絶命させて差し上げましょう」
「ホントにそんなこと出来んのかあ? 苦しむのはイヤだぜ」
「今までの成功率はなかなかに高いのですよ」
「ハハ。頼もしいや。……ところでさ」
言うと四十川は秋の方を向いた。
「あの子、ですか」
「……ああ、チビのことさあ、見逃してやってくんねーか。こんなわけもわからんパラレル世界で死ぬなんてかわいそうだろ? なあ、頼むよ」
四十川は達観したような、決意したような笑顔でそう言う。
「……まあ、いいでしょう。今日は久しぶりに、なんだか貴重な経験をした気がしましたよ。そのお礼に彼のことは今日は見逃し、私はあなたの死を確認後、この場を去るとしましょう」
「おほっ、本当か? そりゃあ嬉しいや。本当に、うれしいよ……」
四十川は安らかな笑顔で、秋の方を見た。
「私の言うことを、信じるのですか?」
「ああ。あんたはなんか信用できる。ここで死ななきゃあ、いい仲間とかになれたかもな。ははっ」
「最後だというのに変な冗談を……。ではいきますよっ」
「おうっ! ドスッとやっちゃってくれ!」
「――センパイ!」
「――そんな、四十川サン!」
「――ああ!」
皆は目をつむる。
四十川の心中は穏やかだった。
秋はこの場を生きながらえる。その後もきっとこのアガルトからは逃げきるし、ひょんなことから元の世界に帰るかもしれない。
自分自身も満足だ。最後の最後で大暴れし、まさにテレビで見たヒーローのように信じられない力で戦った。相手もなかなか面白く、芯のあるやつだった。
――まあ、いい人生だったろう。
少し目を開け前を見る。アガルトの深緑の身体がうっすら見える。そしてアガルトが右手を上げたのがうっすらと四十川には見えた。
――ああ、あいつの拳で死ぬのかな。嫌だなあ。やっぱり怖えや。当たり前か。でも――
四十川の死の決意が揺らいだような、いやそうでなかったような、その刹那。
――1発の銃声と……
女の叫び声が、聞こえた。
――四十川は目を開けた。
そこには、倒れるアガルトと、
鈍い蒼に輝く、機械の鎧のような戦士が立っていた。
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