3 流転の先は

 女の煽りも聞かず、四十川は10㍍は向こうのイチョウ並木までただ1度のジャンプで着地する。

「こっちに来い! 悪いやつにはあたしの力を試してやる!」

「ハイハイ、元気がいいですねえ……」

 怪物女は四十川のところまで悠々と歩いて行くかと思うと、振り返り腰を抜かしている白衣の女性に向かってお辞儀をした。

「――申し訳ありません。妙な騒ぎを起こしてしまいましたね。貴女に迷惑をかけるつもりはありませんでした。お詫びしますよ」

 これにはファイティングポーズをとる四十川も拍子抜けする。


「――な、なんだお前は? あたしやチビを倒すと言ったり、妙に丁寧に詫びを入れたり……」

「当たり前でしょう? 我々アガルトは人間には何の恨みもありません。むしろ――」

「むしろ?」

「――人間を守る側、ですからねえ」


 そう言うと女は、四十川に向かって飛びかかった。


 襲い掛かる怪物、アガルト。

 あまりの速さに四十川は一瞬驚くが、次の瞬間、自分の反応速度の速さとその身体能力にも驚いていた。

 そして彼女は攻撃を避けるとゆうに10㍍は垂直にジャンプし、アマト研究所と書かれた先ほどの建物の屋根にすた、と着地した。


「……おおお、スゲエ……」

 四十川はその身体と、自分のいる高さを見てしみじみと驚く。

「――見たかバケモノ! テメーに勝機はない!」

 アガルトに向けビシッと指さしそう言った四十川だったが、当のアガルトは四十川の方を見もせず、傍にあるイチョウの木を愛でている。

「……おおお、おいコラ! テメーやる気あんのか! こっち来て戦えってんだよ!」

 四十川は中指を立て挑発するが、アガルトはなおもイチョウの木を愛で続ける。


「――なんと素晴らしい銀杏の木でしょう。ただ立っているだけに見えて、とても丁寧に手入れをしてある。それも、何十年もです。そしてこの30㍍近い、銀杏の木としては最大級の高さ。全く、ここの方々は素晴らしい仕事をしたのですね」

 化け物アガルトは銀杏の木を見まわしながら、称賛の言葉を送りまくっている。

「……はにゃ?」

 四十川は開いた口が塞がらない。あの化け物はいったい何をやっているのかと。

 そしてそれは離れたところで見ている秋と麻生も同様だった。


「……なんだあテメー! だからぁ、やる気あんのかつってんの! それともホントは戦う気なんかないビビりなんじゃねーの!?」

「……フッ、安心してください。もちろん貴女は倒します。だが――」

 アガルトはこの時初めて四十川の方を向き

「――貴女がそこから降りてくればねえ」

 と、うんざりしたような調子で言った。


「な、なんだそりゃ……」

 あんまり相手がやる気を出さないので拍子抜けした四十川は、ぴょんと2階の屋根から飛び降り、アガルトの少し近くで着地する。

「……なんだお前、やる気ないならあたしは帰る――」

 その瞬間、アガルトは四十川を思い切り殴った。

 何㍍も吹っ飛び、三点で着地する四十川。

 その足元の土は大きくえぐれた。


「――く、く」

 四十川はアマトの身体でわなわな震えている。

「く、クソー! だまし討ちたあ卑怯なり! やっぱテメーは悪の怪人だな!」

 四十川は立ち上がりアガルトを真っすぐ指差し非難する。

「……なにを言ってるんでしょうねえ。アマトを消すのに卑怯も何もない。私はただ、貴女のいた屋根の上で戦うと建物の持ち主に迷惑がかかってしまうので、そこで戦うのは遠慮したかっただけですよ」

「……わ、ワケ分らんことばっか言うバケモノめ……」

「ま、こうして貴女が戦いの場へ降りてきたことですし、遠慮なくいくとしましょうか――

 言い終わるか終わらぬか、アガルトは思い切り殴ろうとする。

 四十川はそれを両腕でガードした。

 だが人を超えたアマトの身であっても、その一撃は彼女に重い痛みを与えた。


「い、いってえ……」

「フフフ、なりそこないのアマトにしてはよく耐えましたねえ」

「……なりそこない? どういう意味だよ?」

「先程も言ったでしょう? あなたの顔ですよ。頬にアマトの部分が紋様のように浮き出てはいますが、顔がほぼ人間の状態です。これではアマトのなりそこないにしか私には見えませんね。実際拳の石も私が記憶しているアマトのそれより小さいようです。私は沢山のアマトを見てきましたが、貴女のようなアマトは見たことがありませんよ」

「そう……なのか?」

 四十川は目の前の化け物の話を真に受けていいのかわからなかった。

 しかし、そもそもこの“アマト”というものが何なのか、当の四十川自身皆目分かっていない。

 そしてこの化け物は、どうも話の通じないような相手では。ない。

 右も左もわからぬ状況、ここはこの怪物からいろいろと聞き出してみるのも手だと四十川は踏んだ。


「――おい!」

 四十川は立ち上がり、ビシッとアガルト向け指差し

「――おいバケモノ! ……あたしは正直、あたし自身の身体やあんたのこと、そしてこの世界のこと……よく知らねえんだ。……だからさ、教えてくれないかな、アマト事とか、アンタ達アガルトの事とか」

「……なに? ……時代? なぜそのようなことを私に聞くのです?」

「なんでってそりゃあ、この中でアンタが一番詳しそうだもんな。やれアマトだのアガルトだの」

「確かに詳しいといえばまあ、詳しいのでしょうが……。しかし変な方だ。そんなことをアガルトから聞こうとするなど……」

 アガルトがそう言っている間に四十川は先ほど拾った、『2099年度夏期講習』と書かれたプリントを取り出そうとした。しかし現在彼女は人間を超えた、アマトの姿になっている。ポケットなど、ズボンなど破り捨ててしまったではないか。

「……げっ! ど、どうしよ……」

「? 何を一人でゴソゴソやっているのです?」

「い、いやその……。……なあ、今って何年だ?」

「……? なんですかその質問は。意味が分かりません」

「……意味もクソもない。教えてくれ」

「……答えてくれ、ではなく教えてくれ、ですか。……フ、まあいいでしょう。ところで西暦で答えればいいので? それとも万和、はたまた皇紀――」

「――ああ、せ、西暦でいいよ。頼む」

 知らぬ元号と思しき単語が出てきて四十川は確信した。ああ自分は、自分たちは、来てしまったのだ、と。


「――西暦2099年です。それが何か?」

 この言葉に四十川の後ろで見ている秋と麻生は言葉を失った。

 四十川もうすうすは気づいていたが、どうやら大変なことになったぞと心が騒いでいく。


 やはり、ここは「未来」の世界なのかと……

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