5 戦いは終わり……

「かっ……グッ!」


 ゆっくりと目を開ける四十川。

 そこには目の前で血を流しよろけるアガルトと、

 少し離れた銀杏の木の陰、そこで大きな銃を構える、まるで人型のロボットかサイボーグかのような蒼色の戦士が立っていた。


「え……。な、なんだなんだ?」

 戸惑う四十川をよそに、その人型の蒼いものはゆっくりと前進を続けると、アガルトに銃を撃ち続ける。

「グッ……、な、なんでしょうかこいつは……? アマトの気配はしませんが……」

 言いながら素早くアガルトはイチョウの巨木の陰に隠れてしまった。


「……お、おいなんだよお前は!? ……ロボットか?」

 四十川は駆け寄り蒼いそれに問いかけた。するとそれは四十川の方を向くと

「何を言っているんだ。……中身は人間だ」

 と、中からうんざりした感じの男の声で話した。

「おおマジか?! それもカッコいいなあおい!」

 ちょっと前まで半分死ぬ覚悟をしていたことはどこへやら、四十川は目の前に現れたヒーローに対しはしゃいでいる。

「ありがとぉ~死ぬかと思ったよぉ~。そんであんた名前はなんてんだ? あ、中のアンタじゃなくてその蒼くてかっこいいロボットみたいなヒーローの名前な」

「……集中できん。話しかけるな」

 言いながら蒼いそれは、様子をうかがいかいイチョウの木から顔をのぞかせたアガルトを撃つ。アガルトは素早く木に隠れ、セミオートで発射される弾はイチョウの木の皮をはぎ、穴をあけていく。

「ウォ~スゲエ武器だなかっちょい~!」

「……」

「なんだよムシすんな! 中に誰かいるんだろーがオイ!」

 四十川を無視し、銃を構える蒼い戦士。

 アガルトは樹の裏で様子をうかがっている。隣の樹までは5㍍ほど。蒼い戦士が四十川に気を取られているすきにアガルトは素早く飛び出した。


「む!」

 人間の全力疾走の比にならない猛スピードで飛び出したアガルト。

 隣の樹までの5㍍間まで1秒もかからなかった。

 もちろん蒼い戦士はフルオートで銃弾をぶちまけたが、どうやら目標に当たった様子はなく、アガルトが隠れたイチョウの樹が銃弾で傷つけられただけだった。


「……貴方、全くひどいことをするものだ……」

 アガルトは樹の裏から蒼い戦士に話しかけた。

「……! 貴方……俺の事か? アガルトのくせに立派に口を利けるのか……」

「おや、まともに喋るアガルトは初めてでしたか?」

「……ほう、口を利いたかと思えば妙な態度のアガルトだな……」

「フフフ……」 

 そこからはしばらくは硬直状態となった。

 どうやら蒼い戦士は四十川やアガルトのように機敏に動くことができない様で、イチョウの巨木の裏に隠れてしまったアガルトに対し攻めあぐねている。

 そしてそれを察した四十川は、傷ついた身体と痛みも忘れ、そろりそろりとアガルトの死角から近づいていった。


「……おい! 樹に隠れてないで出てきたらどうだ!」

 蒼い戦士は樹の裏にいるアガルトに呼び掛けるが、返事はない。

「……クッ! どうやら戦い慣れしているようだな……化け物め」

 蒼い戦士は吐き捨てるようにそう言い放った。

「……フフフ。何も私はかくれんぼや口喧嘩をしに来たわけではありません。貴方もそうでしょう? でしたら攻撃してくればいいでしょう?」

「……!」 

 何かを察知したのか、蒼い戦士は一瞬ピクリと動いたが何も言うことはなかった。そして銃を下すと、背を向きゆっくりとその場から去るかのように歩き出す。

「……? お手上げということですか? まあいいでしょう。あなたは強い戦士のようだが、我々アガルトは貴方のようなただの人間には、恨みなどはない。戦わずに済――」

 その瞬間、アガルトは背後から衝撃を受けた。

 傷だらけの四十川が、アマトの身体でアガルトを思い切り蹴飛ばしたのだ。

「ぐあ! ……私としたことが、蒼いあの者に集中しすぎてあなたのアマトの気配に気づかぬとは!」

「ばーか! 油断しがって! さあ蒼いお前! その強力そうな武器でこのアガルトをやっちまえ!」

「言われなくとも!」

 流石はアガルト、ダメージはありそうながらもすたりと華麗に着地し、蒼い戦士のぶちかましたフルオート連射の銃弾もすべていなすと素早く動き、再び銀杏の巨木の陰に隠れてしまった。


「クソ! これでは攻撃できん!」

 蒼い戦士は悔しがっている。そしてそれを見た四十川はメカメカしいボディの大きな弱点を悟った。やはり見た目通り、俊敏には動けないのだ。

 四十川は考える。このアガルトとかいうのは圧倒的に強い。だがさすがに、蒼い戦士の持つ火力には逃げざるを得ないようだ。

 そして四十川にはあのアガルトに勝るとも劣らぬ素早さがある。ということは、蒼い戦士と結託できればあの、一度自分を死の直前まで追い込んだアガルトを倒すこができるかもしれないのだ。と。


「――よし! おいそこの蒼いヤツ! あたしがあのアガルトとかってのを捕まえるから、お前はそれを撃て!」

「――!? お、おいなに勝手なことを言っている! やめろっ!」

 四十川は蒼い戦士の制止も聞かず、堂々と歩きだした。

 アガルトは蒼い戦士を警戒しているため、自分に対処するのは容易ではない――

 四十川はそう考えての事だった。

 そしてやはり、アガルトはイチョウ並木を歩いてくる四十川に対し何もせずにいた。下手に動けば、蒼い戦士の銃の餌食になるからだ。



「オイオ~イ、敵が堂々と歩いてきてるってのに何もしないのかァ~?」

 四十川は中指を立てながら挑発する。

「……先ほどのあなたは潔く、さらには残された者の心配ばかりして自分を顧みなかった……。まさに正義のヒーローといったところでしょうか。しかし何ですかねえ、今のその態度は。全く、調子のいい人ですね」

 アガルトである彼女の顔はその仮面のような形相で覆われ見えないが、なんだか笑ったような、笑い声交じりで喋ったような感じが四十川には感じられた。

「……なんだちょっと嬉しそうじゃねえか」

「……フ、バカなこと言わないでください」

「……。フウ。正直あたしゃあんたには勝てねえ。強さの桁が違い過ぎるね」

「ハハ、でしょうね」

「だが今……こっちには味方がいる」

「ほう……」

「だからこそ戦う! 行くぞ!」

 そう言うと四十川はアガルトまで一気に駆け寄り、ジャンプからのパンチをお見舞した。

 が、四十川の迫真の技もアガルトの右手で弾かれ防がれる。

 だが四十川も負けていない。弾かれた勢いで隣のイチョウの巨木まで飛んだ彼女は、空中でクルっと一回転しそして巨木を蹴り、そのまま空中から、蒼い戦士の銃撃を警戒し動くに動けない状況のアガルトめがけて突っ込んでいく。

「おらあ! くらえや!」

「クッ! これでは……!」

 四十川渾身の空中からの飛び蹴り。

 アガルトもさすがに防ぎぎれず喰らってしまう。

「ググ……」

「へへ、どうだ~? そいっ」

 四十川は飛び蹴りをくらわせるとそのままアガルトに掴みかかった。

 取っ組み合いだ。

「なっ!? クッ……、貴女程度のパワーで!」

「ぐわ! す、スゲエ力だな……。でもあたしだって……!」

 アガルトと取っ組み合いになる四十川。渾身の力を込めて相手を抑えようとするが、パワーはどう考えてもアガルトの方が上だ。

 しかし四十川の目的は取っ組み合いに勝つことではない。

 一時的な仲間、そう蒼い戦士がアガルトと戦える場にひきずり出す為なのだから。


「ウゲッェ……このくそぉ!」

「グ……こんなパンチなど……効きはしません!」

「うっせーぞ……ホントはちょっとくらい効いてるクセに」

「ググッ…… フンッ! さっきまで私と戦いボロボロだった貴女にとってはなかなかのダメージなのでは?」

「う、うっせーぞこラァ! ! ……へへ、後ろを見てみな」

「何…… ムッ!!」

 アガルトが振り向くと、真後ろには蒼い戦士が堂々と立っていた。

 そして冷静に、ゆっくりと至近距離でアガルトに銃を向けた。


「……正直その変な女アマトに当たる恐れもあったが……。この距離なら大丈夫だろう」

 そう言うと冷静に彼は銃を構え、今にも引き金を引こうとした。

 しかしアガルトも早かった。組みかかってる四十川の腹に一発入れ、一瞬でもってそのパワーで四十川を振り払い、その場からすぐさま走り去ろうとした。

 が、早いのはアガルトだけではない。

 蒼い戦士、その中の人間饗庭は素早く銃を構え、逃げ退ろうとするアガルトにフルオートで連射した。

 すると見事。幾多もの銃弾を受けたであろうアガルトは、人間のようなそうでないようなうめき声をあげ、その場にドサリと倒れた。


「やった! やったなおい蒼ヤツ!」

「ああ……。だが油断は禁物だ」

 言いながら銃口を向け、蒼い戦士はゆっくりと倒れているアガルトの方へ歩く。

 そしてすぐそばまで寄ると、銃口を向けたままゆっくりとしゃがんだ。

 四十川もそばに立つ。

「なぁ……、コイツ死んでんのか?」

「いや、まだ生きてはいる。奴らアガルトは死ぬとすぐ土くれになるらしいからな」

 そういえばこの世界に来る前に見たバケモノも、そんな感じで死んでたなと四十川は思い出した。そして倒れたアガルトを見る。緑色の血は流していても、確かに土くれにはなっていない。

「……で、どーすんだコイツ」

「完全に殺してしまいたいが、サンプルとして、なんとしても研究対象として持ち帰ればならない命令だ。アガルトは死ぬと土くれになるせいで、一体それがどういう生物なのか全くわかっていないからな」

「なるほどね……」

「今俺が応援を呼――」

 彼が恐らく通信機器があるのだろう腕の部分に何か言葉を発しようとしたとき、衝撃が彼の襲った。

 アガルトが一瞬で起き上がり、蒼いのその重苦しいメカボディに蹴りを加えたのだ。

 さらに驚いている四十川に対しても、アガルトはそのしなやかに長い脚で蹴りを入れる。不意を突かれ四十川は大きく吹っ飛んでいく。

 蒼い戦士と四十川、渾身の蹴りで吹っ飛ばされる二人。蒼い戦士は持っていた銃を張り飛ばされてしまい、四十川は先ほど戦いのダメージのせいで、着地後もすぐには起き上がれない。

 そして、夕日とイチョウの木を背にアガルトが大きな声で、宣告するように言葉を発した。


「――いい加減にしなさい! 蒼いボディの方、貴方はアマトではない故容赦していましたが、ここまでの手痛い攻撃を受ければ話は別だ! 今後は今回のようにはいかぬでしょう! ……そして、そこの朱い妙なアマト! ……貴女にも、あなたのお友達にもまた逢うことになるでしょう! ……しかし、まさか私がアマトを1人も仕留められぬとは……。……フッ、それでは……」

 アガルトは最後、どこか笑みのような表情を残しながら、そのまま人間のブロンド女の姿へ戻ると悠々と立ち去って行った。


 あとに残された四十川、そしてもう一人。

 蒼い戦士の周りに2、3人の隊員のようなものが駆け寄ってきた。すると機械のひしめく音とともに、全身を包んだ蒼いアーマーが大きく開き、中から屈強そうな男が出てきたではないか。

 四十川は彼に近づいていく

「はえ~お前が中に入ってたのか~。タッパもデカくてなかなかいい男じゃねか」

「というかそもそも、前は何なんだ……」

 中から出来た男は、四十川のそのしなやかで豊満にして朱きアマトの身体を怪訝な顔で見まわした。

「へへーん、スゴいだろあたしのナイスバッディ!」

 四十川は胸を張り身体をより強調して見せた。

 しかし男は少しあきれたような顔をする。

「……おい、なんか妙な姿だが、お前アマトなんだろう?」

「おっそうだよ」

「……なら何故顔が人間のままなんだ……」

「さっきも聞かれたぞソレ。知らねーよアマトになったばっかなんだからさー」

「……ふうん? ということはもしやこれは初陣か?」

「え? ……まあそんな感じだな」

「……そうか。ならあの体たらくも仕方ない。それに顔だけ人間のクセしてポテンシャルは高いようだな」

「お? は、初めてホメられたよナハハ……」

 すると蒼戦士から出てきたこの男、饗庭あえばは向き直して天を見るような姿勢で言う。

「――俺たち国営軍、そしてこの蒼いパワードスーツ、RXはこの国の治安を、正義を守るため、そしてアガルトを倒すために存在している。……お前もアマトなら、正義を貫けよ……」

「え? そりゃモチロン、あたしは正義のヒーローだ、ヒーローになったんだアッハハ~」

 調子のよさそうな四十川に饗庭あえばは少し引くが、次の瞬間硬い表情の中に笑みを浮かべ、そして隊員たちとともに歩きだしていった。


「お。なんだ? もう行くのか?」

「ああ、いまアガルトが出たのはここだけだが、またいつ別のアガルト出るとも限らんからな。俺たちは常に戦闘態勢でいなければならない」

「はえ~大変なのね」

「フッそういうことだ。……じゃあな」


 戦いの後で少し崩れたイチョウの並木道を、饗庭と隊員たちは夕日を浴びながら歩いて行った。

 四十川が遠くから声をかける。

「――おーい! お前の名前、なんてんだー!」

 饗庭はゆっくり振り返ると

「さっき言ったろうが。RX(アレックス)だ」

 と夕日を背に答えた。

「ちげーよ、あんた自身の名前だよばーか」

「……! ……饗庭、饗庭直道あえばなおみちだ」

「ふーん変な苗字…… あ、あたしは四十川一あいかわまことだ。また一緒に戦おうぜー」

「フ……、出来たらな。じゃあな」

 そういうと夕日を浴びた特殊車両に彼は乗り込む。

 ほどなくして車は走りだし見えなくなった。


 なんて疲れたんだろう。でも楽しかった。

 そう思うと四十川はその場にへたり込んだのだった。

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