第02話 ここはどこ?おそるべし80年!

1 2099年  

 「ン、んん~……」

 強い朝の光で四十川は目を覚ました。


 そう、朱い光りに包まれた後、彼女たちは意識を失ってしまっていたのだ。

 四十川は寝ぼけまなこで自分の身体を見てみた。ロングパンツ、ロングブーツにニット、そしてコート。……身体は元に戻っている。


 ――あの姿は何だったんだ? もう元に戻っちまたのかよつまんねー! つーか夢か? 

 なんて思いながら四十川は自分の左手の甲を見てみると、確かにそこに黒い石が埋め込まれていた。四十川はドキドキとワクワクとついでに変な汗があふれてきた。


 そんな四十川はワクワクしたような困惑したような気持ちで、寝ている秋を乱暴に起こした。

 そして、とんでもないことに気づいた。


「……あ、あれ? センパイおはようございます……」

「バカ何がおはようだ。……おい、周りを見てみろ」

「え、まだ眠くてふああ……」

 言われて秋は周りを見渡した。


 ――そこは、先ほどまでいたはずの大学近くの大通りの歩道などではなかった。

 整えられた芝生に、それを囲むゴシック式の建造物。噴水が水を吹き出す池の周りには、大理石のベンチがそれを囲うようにて鎮座している。

 よく見れば、秋と四十川が引いていた自転車(秋のは芥川のを勝手に借りたもの)も芝生の上に転がっている。

 すると四十川の背後から男の声がした。

「……? いつの間に自分たちは大学に戻ったのですかな?」

「ヒャッ……!」

 いきなり四十川の後ろから麻生が話しかけてきたのだ。

「な、なんだハゲ! ビックリするじゃねえかイキナリ話しかけて!」

「そ、そんなに怒らなくても……。それにしても四十川サン、今の『ヒャッ』はなんだか、女の子らしいかわいい声でしたナ」

 瞬間麻生は四十川に殴られた。

「いたーーーー!」

「このハゲぇボケとる場合か。それよりあんた、今どこから来た?」

「どこって……。気づいたらそこのベンチの横に寝てて、それで起きたら四十川サンがいたもので、まあ話しかけたのですが」

「……なんだ、あんたもあたしらと同じで寝てたのか……」


 周りを囲むゴシック建築、石のベンチに吹き出る噴水。

 3人が寝転がっていたのは、彼らが見た事も無く知りもしない場所――

 おそらくは大学の、誰もいない中庭の芝生の上だった。


「でもさあ、ウチの大学こんな中庭あったっけ。あたし見たことねーぞこんなトコ」

 四十川は葉っぱを青々と付けたサクラの木を見ながらそう言った。少し違和感を感じる。そして、何やらやたらに暑さを覚えた。

「確かに……。この壮麗な白を基調としたゴシック、こんな建物はウチの大学にはなかったかと……」

 そう言うと麻生は石造りのそれをペシペシと叩いた。確かにそれは温かかった。

 2台の自転車と、そこいらに転がる酒やつまみ。秋と麻生は、青々とした芝生に散らばるそれらを四十川の命令で片付けた。


「おい、ちょっと待て。おかしいぞ」

 四十川は気付いた。いや気付いていた。

 青々とした芝生、建物より高く伸びる、日の光を浴びて青く輝くイチョウの木。

 自分たちは冬の始まりの季節を過ごしていた。こんな事はあり得ない。

「ほんとだ…… 変ですよ…… 真冬にこんな……」

「真冬? こんなに暑いのにか?」

 四十川は着ていたニットとコートを秋に押し付け、Tシャツ一枚となった。Tシャツの胸の部分は、そのサイズのあまり悲鳴のように膨らんでいる。

「と、とにかくココは変ですな。出ましょう」

 麻生がそう言い、3人は自転車を押し、中庭を出た。

 

 ――そしてそこには、3人が見た事も無い、

 壮麗で荘厳なキャンパスが広がっていた。


 真っ直ぐに伸びる石畳の道、それを囲む青々とした芝生。透き通った池の中に吹き上がる噴水と、その向こうの赤レンガの雄大な時計台。

 そして学生たちは、広々としたキャンパスを涼しげな格好で行き交っている。


「……え、あ、あらら~~~。ドコかねここは」

「えっとぼく、こんなところ見た事も無いんですけど……」

「まあ、自分たちのいた大学ではありませんなあ……」


 学生が行き交う中、大理石のベンチが1つだけ空いている。四十川たちはそこに座り、何も言えず青々とした空を眺めた。

 間違いなくそこは、見た事も無い場所、なのだ。


「……なーんか、スゲエことになったな。とりあえずそれしか言えんわ」

「はい……」

「はあ……」

 3人は自分たちの身に起きたことを確かめ合った。

 謎の人物と怪物の戦いを目撃し、そしてその謎の人物が自分たちを光で照らしたかと思うと、そのせいなのかどうなのか、四十川あいかわは姿を変えた。そして四十川が変身ゆえの驚異的な身体能力を見せたのもつかの間――

 気付けば見知らぬ土地にいたのだ……。


「……まあアレだな。考えててもしょーがない。歩くか!」

 捨てるわけにもいかないので、3人は自転車を押しながらキャンパスを歩くことにした。

 どう考えても季節は夏、ジーとセミが軽やかに鳴いている。

 3人ともできるだけ涼しい格好になり、あまりのことに周りの人間に話すこともせず、ただトボトボと壮麗な石畳の道を歩いて行った。


 変わる季節。

 そして見た事も無い場所。

 四十川は暑さとその身に起きたことで頭が混乱しそうだったが、とりあえずさっきの朱いあの戦士の姿、あれにもう一度なって暴れてみたい。道行く学生をボーっと見ながらなんとなくそう思った。

 すると学生が1枚の紙を落とした。四十川はそれを拾う。 


 『2099年度、夏季集中講座について』


 拾った紙の冒頭には確かにそう書かれていた。

 ――?! 2099年? 印刷ミスか? でももしかして、そういうコトもありえるよな!?

 ……二人にこれを見せようか、見せまいか……


 と四十川がワクワクしつつ悩んでいると、3人はいつのまにやら人気のない場所を歩いていた。大学の敷地なのかそうでないのかすらわからないような、畑や野っぱらばかりの場所。大学らしいものと言えば、20㍍を優に超えるイチョウの並木くらいだ。

 いやそのイチョウ並木のそばに唯一、大学のものらしい2階建ての和洋折衷の古びた木造建築が見えた。そして四十川はその建物の入り口に掲げてある、明らかに手書きの人間大の看板を見つけた。先程拾った紙を尻のポケットにしまい、四十川は立ち止まった。


「? センパイどうしました?」

「あの看板――」

 そこに書いてあるのは、『アマト研究所』という文字だった。

「あまと……?」麻生はピンと来ていない。

「なあ、あの時の、ピカっと光を出しやがった綺麗な顔のにーちゃんだかねーちゃんだかが言ってたのが、アマトだよな?」

 そして四十川は、自身が姿を変えてしまう前、あの謎の人物が言っていたことを再び思い出した。

 ――辛い運命を背負うことになるかもしれません、と……。

 辛いのは嫌だなあ。四十川は普通にそう思った。


「……!あーそうでしたっけ、もう何が何やら……」

「……つーことはさ、さっきあたしがなったのがアマトってことだよな多分。んであそこには、アマト研究所と。行ってみるしかないよなあ?!」


 と言うと四十川はフンフン言いながらアマト研究所と書かれた建物の方へ歩いて行った。とりあえず仕方がないので二人もついて行く。

 そして近くまで行ってみる。するとそこは白衣などに交じって女物の洗濯物が干され、横にある畑にはジャガイモが植えてあり、3人が見た事も無いエンブレムのワンボックスカーのような車も止まっている。

 まるでちょっとした家だ。


「ン? これ人ん家じゃねーの? 大丈夫かこれ……」

 ところどころ塗装もはげ、金具も錆びついた玄関の扉。それを見た四十川は築半世紀はいってるな、と勝手にそう思った。

「でも研究所って書いてありますよ。手書きですけど」

「インターホンがありますな。ぽちっとな」

 麻生がそれを押した。数秒の静寂の後、ハーイという可愛らしい声が小さく聞こえ、ガチャリと扉が開いた。

「芥川さんですか…… えっ?」

 扉の先にいたのが思っていた人物と違ったのか、白衣の女性は小さく頓狂な声を上げた。

「おーすこんちわ~す。あたしアマトで~す」

「えええ!」

 四十川が元気よくそう言うと、白衣の女性はまた頓狂な声を上げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る