2 一転、学生サークル日常
四十川は、彼女は大学構内でぼんやりしていた。
先ほどまでの白昼夢、自身がアルダマンとか言うヒーローとなり戦った、
夢のような妄想に浸っていた。
そう、すべては白昼にみた夢だった。
最近彼女はこんな妄想をすることが多い。もう20代後半なのに。
何かの予兆かな? もしや自分がヒーローの力を授かる予兆?
なんてありもしない妄想にワクワクしながら、キャンパスの隅、半世紀以上も前に建てられ、白い壁がくすみにくすんだ無機質な外観の部室棟へと四十川は足を踏み入れた。廊下では好き勝手なことが書かれた立て看板やわけのわからない私物たちがごろごろしている。
邪魔なんじゃ! そう思いながら彼女はロングブーツの似合う長い脚でそれを乱暴にどけ、とある部室への扉を開けたのだった
―――大丈夫! 俺にヒーローの資格があるなら!
―――変……身!
四十川が部室の中へ入ると、隅にある使い古されたブラウン管のテレビの中で、特撮ヒーローが雄々しく戦っているところだった。
……21世紀に入って20年も経とうっつーのにいまだにブラウン管かよ、
と
ビデオは流れ続ける。
―――貴様らなんかに! 人々の営みを壊させるものか!
―――俺たちが戦う! 戦う事の出来ない、全ての人のために!
平和とは美しい。だが同時に戦うという事も、美しいのかもしれない。
……なんて
2019年。大学は、世の中は平和そのものだ。
……でもなんかつまんねえよなあ? なんて、四十川は少し不謹慎な事を考えてしまう。
ビデオを見ていた2人は、四十川を見るとコンチワと声をかけた。彼女もおっすと返す。
「いやーあ、やっぱいいね。熱さだよ熱さ。やっぱり特撮のヒーローってのは、こーじゃないと」
そう言うと
彼女は二人と他愛のない、好きな特撮ヒーローの話をした。まあ、これはこれで楽しいかな、なんて思う四十川。
――と、いつものように
「ちょっとあなたたち、またそんなもの見て! ここはSF研究会、わかる? カンケー無いモノ見るなら出ていきなさい!」
部長である
「あ、あれ? 何で出てこないのよ……? こ、壊れたの!?」
芥川は何度もボタンを押す。ビデオデッキは悲痛な音をあげていく。
「おいコラ年増、アンタまーたやりやがったな。アンタがいじるとすぐテープ出なくなるんだから。どんだけ不器用なんだビックリだぞ」
「器用とか不器用とか関係ないでしょ! 大体あなたの方が年上でしょう!」
「あっそ。……あーあーテープが中で絡まっとるんだ。ア~こらどーしてくれんだよ」
「え? か、絡まるってどういうこと?」
「あんたその見た目でビデオテープも知らんのか? 小さいころあっただろ家に?」
「……なんだ、出てきたじゃない」
「確かに出てきたけど、中で引っかかったりするとテープが痛むんだぞ。映像が歪んだらどうすんだコラ」
「痛む? 歪む? ……何で? 意味が分からないんだけど」
「あーあーそんな事も分からんババアはどっか行けって」
「だからっ、あなたのほうが6つも年上じゃないっ!」
「見た目はあんたの方がそれくらい上だバ~カ」
悔しがる
「またケンカして。お約束ですね」
「お約束ってのは大事だかんな。アニメとか特撮にはよくあることっしょ」
「でもさっきのだと、センパイの方がワルモノみたいでしたよ。怪人爆乳ポニーテールってところですか」
「いーや、アイツが妖怪ズン胴厚化粧ってトコだな」
「ズン胴は言いすぎじゃあ……。センパイと比べたらダメでしょ」
「いあや別に比べてないぞ? まああたしのカラダがバツグンなのは当たり前だけどな」
「ン? いま胸見てただろ? 別にいいけど1秒につきビール1本な」
「まーたそんなこと言って……」
彼女と幼馴染でもある秋には聞きなれたセリフと、見慣れたそのカラダ。
だが普通の男性からすれば、例えば電車で向かいの席に座ればちょっとどこに目をやっていいか困るレベルだ。実際秋も彼女と一緒に歩くとき、すれ違いざまチラチラ見ている男性をよく目にする。まあ、そんなことを彼女は気にも留めていない様子だが。
「あ、そうだ! 酒でも買ってこないか? そんで飲みながら今度はこっち見ようぜー」
四十川はこれまた何度も再生されたであろうビデオテープを秋の目の前にぶら下げる。
「おお、いいですねセンパイ。それちゃんと見たことないんですよ」
「よっしゃ! じゃあ楽しく見るためにも、いっちょ酒買いに行ってくっかー!」
「ちょっと! また部室内で酒飲む気? 部室棟は飲酒禁止でしょ?! まーた私が怒られるんだから」
「そうか。そいつはすげーや」
言いながら2人は気にも留めず部室を出ていってしまう。
「こらー規律は守りなさい! あと特撮のフィギュアとか買って来るんじゃないわよ! あんた達のせいでこのSF研究会は特撮グッズだらけなの! もう!」
扉から顔を出し廊下の2人に向かって芥川はそう叫ぶ。そして
そんな彼女は、これから迫りくる全くの非日常を――
まだ微塵にも感じていなかった。
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