第9話

 「完全に他力本願なんですけど、本屋敷先輩に光属性の力を発揮してもらうんです」

 それが俺が導き出した解決策だ。

 「いや、しかしどうやって?」

 「それはまだわからないです。でも、先輩と話してても、あんまり闇属性って印象はないんですよね」

 本屋敷先輩以外の闇属性に出会ったことがないから知らないけど、想像してるのとはだいぶ違っている。全然暗そうとか恐そうなんて思ったことはないし。

 「確かにそうですね。本屋敷さんが何か問題を起こしたという噂を耳にしていません」

 「……わかった。今回は僕の独善が過ぎたようだ。もう一度本屋敷さんと話し合おう」

 「さすが生徒会長。それでこそ、ゆくゆくは王になる者の器だと思いますよ」

 「まったく、優衣には敵わないな」

 姫川先輩、まさか一度生徒会長の頭を冷やすためにこういう風に仕向けたんじゃ。

 「じゃあ行きましょうか。本屋敷さん、まだ資料室に居てくれるといいのですが」

 


 

 資料室に本屋敷先輩は残っていた。でも、その雰囲気は禍々しく。想像上の闇属性そのものという雰囲気だ。

 「これは一体……」

 「うーん。会長が頭を冷やしてる間に問題が起きたみたいですね」

 戸惑う俺達を見つめて本屋敷先輩はゆっくりと口を開いた。

 「やあ、生徒会のお二人と新海くん。どうせ処分されてしまうのなら、最期に一華咲かせてみようと思ったんですよ」

 そう語る先輩の手にはボロボロになった一冊の本が握られていた。

 「一度でいいから使ってみたかったんだ。こんな場所に集められて、恐れられて、何もしてないのに処分されるなんて可哀想だとは思いませんか?」

 前髪の向こう側に見える本屋敷先輩の目からは光が消えて、深い深い絶望を抱えている。

 「先輩、どうしちゃったんですか? 生徒会長も考え直してくれたので落ち着いてください」

 「新海くん、もういいんだよ。私の闇属性はどうせ役に立たない。光属性に生まれてさえいればこんなに苦しむこともなかったのに……!」

 先輩が言葉を発する度、本棚から冷たい風が吹いているように感じる。もしかしたら先輩の闇属性に反応しているのかもしれない。

 「本屋敷さん、さっきは申し訳なかった。一方的に閉鎖なんてきみの気持ちを考えていなかった」

 生徒会長が頭を下げても本屋敷先輩は関心を示さない。

 「いいんです。もう……だって、私の願いはもう叶わなくなってしまったから」

 「先輩の……願い?」

 「私を闇属性の中から救ってくれるヒーローが現れたらいいなって。でも、そんな小さな光ももう消えちゃった」

 先輩の目から涙が溢れる。より一層闇が深くなっていく先輩に声を掛けたのは姫川先輩だった。

 「本屋敷さんは白馬に乗った王子様に迎えに来てほしかったのかしら? 女の子なら誰でも憧れちゃいますよね」

 姫川先輩の言葉を本屋敷先輩は黙って聞いている。

 「でもね、ただ待っているだけでは王子さまは現れないと思うの。だってあなたはお姫様ではないのだから」

 「あなたに何がわかるって言うんですか! ずっと闇を抱えて生きて私の気持ちなんてわかるはずがない!」

 知り合って間もないとは言え、こんなに感情をむき出しにした本屋敷先輩を初めて見た。

 「お姫様にはお姫様なりの悩みがあるんです。でも、お姫様ではない本屋敷さんは、お姫様が掴むことのできない幸せを手に入れることができるんです」

 本屋敷先輩は姫川先輩を睨みつけながら話を聞いている。

 「あなたは自分のやりたいことを思い切り叫んでいいんです。叶えられるがどうか試していいんです。だから、これが最期だと覚悟を決めたのなら、やってみればいいではないですか」

 「私は……私は……」

 この後の言葉が続かない。口に出そうか迷っている。そんな様子だった。

 「拓くん。ヒーローを目指すのなら、救えないモノがあることも知ってくださいね」

 「え? それはどういう」

 「自分を犠牲にして誰かを助けても、やがて自分が潰れてしまう。そんな選択を迫られた時、拓くんは自分を大切にしてください。これは姫からの命令です」

 「は、はい!」

 口調はいつも変わらないのに、その言葉に込められた迫力はどんな強面の先生よりも強いものだった。

 そして、葛藤する本屋敷先輩がついに覚悟を決めたようだ。

 「私は……ヒーローに助けてもらいたい! そして、ヒーローを支える存在になりたい!」

 ヒーローを支える存在。決して主役ではないけどとても大切な存在。表には出ずみんなを助ける存在。これまでずっと本屋敷先輩がしてきたことじゃないか。

 「俺が……俺がヒーローになって本屋敷先輩に支えられます! だから闇属性に飲まれないでください!」

 「うん。でもね、やっぱり無理だよ。この本を使ったのに私の闇属性が強くなっちゃったんだから」

 しわくちゃになって判別ができなかったが、本屋敷先輩先輩が持っていたのは阿仁田くんの件では使わなかった属性反転の書のようだ。

 「新海くん、あの本は?」

 事情を知らない生徒会長に問い掛けられる。

 「あれは属性反転の書と言って、例えば赤ちゃん属性ならお兄ちゃん属性とかおじいちゃん属性に変えちゃう本です。たぶん、本屋敷先輩の光属性はあれで闇属性に変わってしまったんだと思います」

 「なるほど。本来の強い光が深い闇に変わってしまったわけか。闇属性の本ならそんなことも簡単にできてしまいそうだ」

 「あの本を使えばまた光属性に戻せるかもなんですけど、もう力を使い果たしたって感じですよね」

 本棚に収まっている本は禍々しい雰囲気を増長させているが、ボロボロになった属性反転の書だけはただの紙の束という感じだった。

 「本屋敷さんの光属性を頼りにきたのに、その光属性が消えてしまうとはね」

 現状、俺にはもう打開策が思い浮かばない。せっかく本屋敷先輩が本音を言ってくれたのに諦めてしまうのか。そんな考えが一瞬脳裏をよぎった時、

 「お姫様を救う定番と言えば、やっぱりキスではないかしら」

 姫川先輩がとんでもないことを言い出した。

 「優衣、一体何を……」

 「本屋敷さんは確かにお姫様属性ではありません。でも、お姫様になりたいと願っています。それを叶えてあげられるのは、やっぱりヒーローしかいないと思いませんか?」

 「俺が先輩とキス……」

 「ただキスすれば良いというものではないと思います。お互いの気持ちが通じあってなければ女の子をお姫様にはできません。拓くんは本屋敷さんをどう思っていますか?」

 俺は初めて本屋敷先輩に出会った時のことを思い出す。目が合った瞬間のことを。あの時の感情を。そして……。

 一歩一歩、自分の気持ちを確認しながら本屋敷先輩の元へ進んでいく。心臓の音が聞こえるようだ。ゆっくり歩いているだけなのに心臓がバクバクして呼吸が乱れる。

 「先輩。俺、ヒーロー属性を目指してて、今のシチュエーションってすごいヒーローっぽいなって思います」

 自分でも何を言ってるのかよくわからないけど、まずはこんな言葉が口から出てきた。

 「でも、これはヒーローになりたいからとか、先輩を闇属性から救いたいとか、そういうのよりも前に……属性とか関係なしに先輩が好きなんです!」

 先輩の唇に自分の唇を当てる。勢い余って押し倒してしまい、その風圧で前髪に隠れていた目があらわになる。俺はこの瞳に惹かれたんだ。どこまで追いかけても届きそうにない無限の光に。

 「新海くん……恥ずかしいよぉ」

 ショタ属性で小柄とは言え、本屋敷先輩もさほど変わらない。体が覆いかぶさるような状態はさすがに俺も恥ずかしい。生徒会室達にも見られているし。

 「……やっぱり資料室は閉鎖しようか?」

 「不純異性交友の場になるのは私もさすがに見過ごせませんねー」

 二人に見られていることを意識しだした途端にファーストキスとは別の理由で胸が高鳴った。

 「すみません。俺、夢中になってとんでもないことを」

 「いいの! 新海にくんにこうされるのが私の夢だったから」

 「うっ……えーっと……その」

 自分から唇を奪っておいて、いざ面と向かって告白されると戸惑ってしまう。

 「拓くんはまだまだ子供ですね。最近のリアルショタっ子は女心もわかるそうだから、属性は言い訳になりませんよ?」

 「そう言われると返す言葉がないです」

 「あの、私すごく嬉しいから大丈夫だよ」

 ついには本屋敷先輩にフォローされてしまった。

 そんな甘酸っぱい空気を壊してくれたのは我らが生徒会長の王子様。

 「それで、本屋敷さんの闇属性はどうなったんだい? さっきまでの恐い雰囲気はなくなったように感じるけど」

 「元に戻った……と思います。さっきまで本を処分しようとするみなさんが憎くて仕方なかったんですけど、今はそれよりもキ、キスしたことが気になって」

 赤くなった顔を前髪で隠そうとする。そんな仕草も可愛い。

 「もうキスの件は置いておきましょう! 本屋敷先輩、実は光属性って本当なんですか?」

 「うん。自分ではあまり自覚ないんだけど登録上は光属性なんだ。狭くて暗い場所の方が落ち着く性格なのにね」

 「でも、先輩の性格のおかげでこの本達は誰かの人生を狂わせることなく存在を認められてるんですよ。俺なんかよりずっとヒーローです」

 「私はただ本が好きなだけだよ。それに、やっぱり表に出るより、裏で誰かを支える方が私は嬉しいって思えるから」

 先輩はそっと俺の手を取り、しっかりと目と目を合わせる。今まで髪の間からチラッと見えただけだから、先輩の大きな瞳に長時間見つめられると鼓動が速くなる。

 「私のヒーローになって、あなたを支えさせてください」

 「はい。先輩が誇れるような立派なヒーローになります」

 「……ごほん」

 生徒会長の咳払いで俺達は現実に引き戻された。

 「将来を誓い合っているところで恐縮なんだけど、資料室の本はどうするのかな? 本屋敷さんの光属性が頼りだったみたいだけど」

 「ここに本屋敷先輩がいる限り、よっぽどのことがない限り本の闇属性は封じられているはずです。ですよね?」

 「うーん。私は特別何かをした覚えはないから分からないし、さっきみたいに本の力を暴走させちゃうかもしれないし」

 一年間は何も起きなかったけど、ちょっとしたきっかけで大きな事件が起こる可能性もある。その原因は一人に全てを任せてしまっていたからだと思う。

 「本屋敷先輩がいれば闇属性の暴走はほぼ防げます。もし何かあっても、二人いれば助けることもできます。だから……二人で一緒に闇属性に立ち向かいます!」

 「闇属性に立ち向かうって、具体的には?」

 「一冊一冊の本をちゃんと読んで、それぞれがどんな闇を抱えているかを知るんです。光があれば必ず闇が生まれます。だから、闇を消すじゃなくて闇を受け入れるんです」

 結果的に本屋敷先輩は光属性だったわけだけど、それでも先輩はちゃんと自分の闇を受け入れ、それを役立てようとしていた。

 むしろ、誰もが抱える闇と上手に付き合う方がうまく行く気がするんだ。

 「拓くんは器の大きい男の子ですね。どこかの王子様にも見習ってほしいわ」

 「う、うるさい! 僕だってそういう考え方があると今学んだよ」

 「そういう素直なところは褒めてあげます」

 姫川先輩が生徒会長の頭を撫でる。やめろと言いつつまんざらではい表情だ。

 「一年……いや、僕たちが卒業するまでに資料室の本をちゃんと整理するんだ。そうすれば安心して卒業できる」

 「はい!」

 「それと、本当に危ない本については処分させてもらいたい。本屋敷さん、どうかな?」

 生徒会長はみんなのことを考えているからこそ資料室の本を処分しようとした。その想いは今も変わらないし、本屋敷先輩を守ろうとしているからこその提案なんだろうと思う。

 「……わかりました。でも、可能な限り手は尽くさせてください。闇を生んで後世に残したのは人間だから、その罪を本に着せたくないんです」

 「もちろんだ。君達が闇を乗り越えるところをこの目で見たからね」

 「ありがとうございます」

 「でも、二人きりだからと言ってあまり変なことをするんじゃないよ。ここは学校なんだから」

 「し、しませんよ!」

 「本の影響で――なんて言い訳をしたらお仕置きですからね」

 「うう……俺って信用ないのかな」

 「年頃の男の子はみんなそういう目で見られているものよ。ね? 生徒会長」

 急に矛先を向けられた生徒会長は耳を赤くして無言で立ち去ってしまった。まさか会長……。

 「うふふ。でも、せっかくなんだからちょっとくらい仲良くしたいですよね?」

 「あの、それは……その……」

 俺と本屋敷先輩は何も言い返せずただただモジモジしてしまう。

 「とにかく、資料室は二人に任せます。何か困ったことがあったらすぐに生徒会室に来てくださいね」

 そう言い残して姫川先輩は資料室をあとにした。 

 今、この部屋に居るのは俺と本屋敷先輩の二人だけ。何をしてもバレない。そう考えると途端に緊張して何も話せなくなってしまった。

 どれくらい沈黙の時間が流れただろうか。後片付けをするでもなく、ただ時間が過ぎていった。

 「……ねえ」

 先に動いたのは先輩だった。

 「これから、二人きりの時はたっくんって呼んでもいいかな?」

 「もちろんです! 先輩の好きに呼んでください」

 「私のことは先輩以外の呼び方で呼んでほしい」

 これはきっと、本屋敷さんとかそういうのを求められているんじゃないよな。もっとこう踏み込んだ呼び方じゃないと納得してもらえなそうだ。

 「ひ、光……さん?」

 「さんはいらない……かも」

 「……光!」

 ただ名前を呼んだだけなのに全身が熱い。

 「ありがとう。これでちゃんと自分が光属性って思える気がする」

 「うん。でも、俺は光がどんな属性でも好きだよ。闇属性だと思い込んでた頃からずっと気になってたし」

 「もう! 恥ずかしいこと言わないでよ」

 ペチンと軽く肩を叩かれる。ダメージはまったくない。むしろ先輩の手のぬくもりを感じられて嬉しいくらいだ。

 「俺の人生には、もしヒーローになるのなら、光が絶対に居ないとダメって思ったんだ」

 ずっと守っていきたい、永遠に追い求めたい、そんな大きな光。

 「私は、誰かに必要とされたことがあんまりないから、たっくんのそういう気持ちがすごく嬉しい」

 光の左手と俺の右手が自然と近付き指が絡み合う。

 「まだちょっと恥ずかしいから、これで慣れさせて」

 「うん」

 幸せと気恥ずかしさがどちらも限界突破しているこの状況で、光からこういう風に言ってもらえるのはすごく助かった。

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