第6話

 図書室の中を見渡すと阿仁田くんは一番奥の人気のない席に座っていた。

 「ごめん。時間差で来ようと思ってたら思った以上にいろいろあって遅くなった」

 「大丈夫。むしろこれくらい時間が経った方が怪しまれない」

 おもしろい本を見つけたしな。と追加のフォローもしてくれた。

 特に時間を決めていなかったけど、ずいぶんと阿仁田くんを待たせてしまった。それにも関わらずこの大人の対応は男でも惚れ惚れする。

 「先に声を掛けてきたのは新海だったな。まずはそっちの話を聞こう」

 「遅れてきたのにありがとう。本当、阿仁田くんと同じクラスになれて良かったと改めて思うよ」

 「まだ一週間だろ? それに、俺の話を聞いたら幻滅するかもしれんぞ」

 そんなことないよと否定して早速本題に入る。

 「最初の自己紹介の時にも言ったけど俺はヒーロー属性を目指してる」

 「うん」

 「それで、ショタ属性はコンプレックスなんだけどそれを受け入れた上で、阿仁田くんのお兄ちゃん属性をお手本にしたいと思ってるんだ。

つまり、その、クラスメイトにこんなことを頼むのはおかしいと思うんだけど、俺の心の師匠になってくれませんか?」

 まるで愛の告白のように頭を下げた。もしかしたら一週間で積み上がった友情が崩れるかもしれない。でも阿仁田くんなら! そんな恐怖と期待が混ざった数秒が過ぎ去る。

 「……返事をする前に、俺の話も聞いてもらっていいか?」

 「もちろん」

 即拒否られる展開は避けられたようだ。

 「まず確認したいんだが、新海と妹尾は付き合ってたりしないよな?」

 「へ?」

 どんな重大な話が飛び出すのかと思えば可能性0%のとんでも話だった。阿仁田ジョークなんだろうか?

 「お前ら自己紹介の時から良いコンビだったし、実は中学から付き合ってたりするのかと思ったんだが」

 「いやいやいや! あれは俺のショタ属性と妹尾さんのお姉ちゃん属性がたまたま噛み合っただけだから!」

 付き合ってる説を本気で否定したくてつい声が大きくなってしまった。図書委員と思しき先輩からの視線が痛い。

 「そっか。俺の勘違いだったか」

 ふっと緊張の糸が途切れたような表情を見せる。

 「阿仁田くんもしかして……」

 「ああ、一目惚れだった」

 恋愛相談の気配も感じていたけど、まさかその相手が妹尾さんだったとは……。

 「お兄ちゃん属性の阿仁田くんがお姉ちゃん属性の妹尾さんを好きになるってちょっと意外かも」

 「なんていうかさ、属性疲れって言うのか、兄として慕ってくれるのは嬉しいんだがたまには甘えたい時もあるんだよ」

 「それって、俺がヒーロー属性を目指してるのと似てる感覚なのかな?」

 「似たようなもんかな。今の属性が嫌ってわけじゃない。ただ、自分より小さい子に甘やかされるってギャップに憧れるんだ」

 それってうちの母さんなんじゃ。と思ったが、言わないでおいた。万が一、間違いが起きてお義父さんになってしまうのはさすがに避けたい。

 「えーっと、実は俺達のお願いって同じだったりすのかな?」

 「新海は俺を、俺は新海の属性を参考にしたい」

 「どうやったらみんなに頼りにされるのか」

 「どうすればみんなに、いや、妹尾さんに弟扱いしてもられるのか」

 「俺達、似た者同士だな」

 二人の声が重なった。


 「で、実際どうするよ」

 お互いのお願いを打ち明け合い他愛のない会話を続けていたが、そこから一歩進展させようとしたのは阿仁田くんだった。

 「そうなんだよね。ないものねだりって言うか、後付けの属性じゃなくて持って生まれた属性は特に意識してなくても発動してるから」

 「とりあえずお互いにアドバイスし合うっていうのは難しいか」

 うーん。とうなり声を上げて沈黙が続いてしまう。

 「漠然と、新海羨ましいなって思ったんだよ。妹尾さんと仲良くしてるのはもちろんなんだけど、みんなのマスコットみたいになってるところとかさ」

 本人は嫌がってるみたいだけど。と申し訳なさそうに付け足した。

 「それを言ったら、もうクラスの中心にいる阿仁田くんが羨ましいよ。やっぱりヒーローってそういうもんじゃん? ちょっと疲れてるみたいだけど」

 お互いに相手の属性やクラスでのポジションが羨ましい。それだけの話だ。でも、高校生活や将来のことを考えるとすごく重要なこと。少なくとも俺達は真剣だ。

 「まさか属性を入れ替えられるわけでもないしな」

 冗談っぽく阿仁田くんが言うと、俺の脳裏に浮かんだのは本屋敷先輩の顔だった。

 「闇属性ならもしかして……」

 「ん? どうした?」

 「あ、ううん。なんでもない。とりあえずこれからの高校生活でお互いをよく観察して、参考にするってことでどうかな?」

 ひとまずはこれしかないと思う。新しい生活が始まってまだ一週間。焦ることはない。

 「そうだな。うん。今日はありがと。モヤモヤした部分が晴れてスッキリしたよ」

 「俺も、阿仁田くんに頼りにされて嬉しかったよ。力にはなれなかったけど」

 「頼まれ事をなんでも解決するなんて無理だ。それでも『あの人に頼んで良かった』と思ってもらえたら俺は嬉しい」

 ああ、やっぱり阿仁田くんを目標にして良かった。こんな素敵な人はたまには誰かに甘えていいと思う。

 「阿仁田くんが心置きなく甘えられるように、俺頑張るよ!」

 「甘えるために頑張るってなんかおかしいけど、頼りにしてるぜ」

 

 翌日、阿仁田くんは赤ちゃん属性に目覚めていた。

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