第5話

 衝撃的な入学式から一週間。最初はそわそわ浮ついた雰囲気だった教室も、授業が始まればだんだんと落ち着いていく。

 俺のショタ属性だって慣れてしまえばちょっと小さいやつがクラスにいるってだけだし(言ってて悲しくなる)、初日みたいな騒ぎはもうないと思っていた。

 のだが! 妹尾さんのお姉ちゃん属性とショタ属性は磁石のように引かれ合うのかやたらと俺を構ってくる。

 「妹尾ってお前のこと好きなんじゃねーの?」とか「新海くんって妹尾さんのことどう思ってるの?」とか聞かれないのは、この関係が属性のせいだとみんなが思っているからだ。

 それに残念ながら俺を子供扱いする人はタイプじゃない。俺は対等な関係で、それでいてお互いを尊敬し合える人と付き合いたいんだ。

 例えば……坂上さんみたいな。正統派ヒロインと恋人関係になれたら嬉しいけど、残念ながら自分が正統派とかけ離れてるんだよな。

 煌木先輩みたいな王子様属性ならチャンスしかないと思うんだけど。

 生まれ持った属性を悔やんでも仕方ない。立派なヒーロー属性を目指して努力するんだ!

 そのためにはまず身近な人を参考にしたいんだけど……

 「阿仁田くん。ちょっと話があるんだけどいいかな」

 「お、新海か。実は俺もお前に頼みたいことがあってな」

 みんなに頼りにされる阿仁田くんが俺に相談? 意外な言葉が返ってきて戸惑う俺に阿仁田くんは続ける。

 「今は話しにくいから放課後に時間もらっていいか?」

 「オッケー。じゃあ俺も放課後にするよ。たいしたことじゃないんだけどさ」

 一方的にお願いするだけじゃ対等じゃないからな。ちょうど良いタイミングだったのかもしれない。

 ちょっとずつ理想の自分に近付く予感がして胸の高鳴りが止まらなかった。

 だって阿仁田くんからあんなことをお願いされるなんて思いもしなかったし……。




 放課後に話をすることになってるとは言え、昼休みはいつも通り阿仁田くん達と一緒にお昼を食べた。

 「そうだ新海。放課後のことなんだけど」

 飲み物を買いに行く時、「じゃあ俺も」と阿仁田くんが付いてきた。

 「場所をまだ決めてなかったな。男同士で体育館裏は誰かに見られたら誤解されそうだから勘弁願いたい」

 「あー、どっちの方面に転ぶかわからないけど誤解されそうだね」

 「教室も女子が残ってたりするだろ」

 「なんか妹尾さんを中心に女子の結束が固くなってるからね」

 マスコット扱いを受けながらも姉属性による包容力がウケているらしい。

 「お、おう。それで考えたんだが図書室なんてどうだ。あまり大声で話すような内容じゃないし、コソコソ話す分には打ってつけだろう」

 「いいね。わかった。放課後に図書室で。それにしても阿仁田くんが俺に相談なんて、まさか恋の悩みじゃないよね?」

 「……」

 「あれ? 阿仁田くん、まさか……」

 「詳しいことは放課後にしよう。な?」

 まだ出会ってから一週間して経ってない俺に恋の相談? というかもう好きな人がいるの? 阿仁田くん、実は恋多き男なのか。

 「力になれるかわからないけどオッケー。じゃあ図書館で」

 「おう。頼むわ。新海だけが頼りなんだよ」

 恋愛初心者の俺に何かできる自信はないけど、できる限りのことをするのがヒーローってもんだよな。

 まさか阿仁田くん、俺の悩みを一瞬で見抜いて試練を……!

 



 「じゃあお前ら、部活なりなんなりに励めよー」

 育田先生はいつもこの言葉でホームルームを締める。教室を見渡すと阿仁田くんはすでに教室を出ていた。

 「トイレに行って少し時間差で向かうか」

 俺も阿仁田くんも図書室ってガラじゃない。そんな二人が一緒に図書室に入ったら勘繰られてしまうかもしれない。

 まだ一週間とは言え校舎の雰囲気にもなれてきた。ただ、図書室には縁がなかったので少し緊張する。

 「へー。パソコン教室ってここにあるんだ」

 一度校舎案内で周ったとは言え全てを把握できたわけじゃない。まだ授業で使わない教室を発見するのは新鮮だった。

 体育館やグランドへ出る玄関とは反対方向のせいか人もだいぶ少ない。その上、校舎探検の気分で注意力散漫になってしまったせいで……。

 「きゃっ!」

 「うわっ!」

 人とぶつかってしまった。

 「すみません。よそ見してたせいで」

 大量の本が花びらのように散らばるその中心には一人の女の子が尻もちをついていた。

 校則をしっかり守ったスカートなので中は見えていない。残念。……とか考えてる場合じゃない。

 「あの、大丈夫ですか?」

 手を差し伸べると彼女は俺の顔を見上げる。妹尾さんくらい小柄なのにロリ属性のような幼さは感じない。

 前髪が長くて表情はよくわからないけど、ちらりと見えたその大きく澄んだ瞳に吸い込まれそうになった。

 「こちらこそすみません。前がよく見えてなくて」

 「ああ、こんなに本を抱えてましたからね」

 「急がば周れですね。一回で全部運ぼうとしたのが悪かったです」

 「あの、これどこまで運ぶんですか? ぶつかったお詫びに手伝いますよ」

 「いや、私の不注意でもありますしそんなにお気になさらず」

 彼女はそう言ってくれているが、首元に付いているリボンが黄色い。つまり二年生の先輩だ。

 「そんなわけにはいかないですよ。先輩」

 うーんと悩んで先輩は答える。

 「なら、お願いしようかな。運ぶって言ってもすぐそこの資料室なんだけどね」

 目的地は図書室の隣の資料室だった。

 「場所が近くても重いことには変わらないですから。お手伝いさせてください」

 「ふふ、ありがと」

 あれ? なんだかラブコメ漫画みたいな出会いじゃね? 

 「ところで先輩、この本って一体……」

 「これはね、本物の魔導書なんだ」

 「???」

 ラブコメ漫画から中二バトル漫画に流れが変わって相当アホな表情になったと思う。

 「私ね、闇属性なんだ。だから危ない呪いとかおまじないとか、そういう怪しいオーラを感じ取れるのね」

 「は、はぁ」

 「それで図書室に本物があったから生徒が入らない資料室に移動させてもらおうってわけ。下手に処分するのも危ないからね」

 「人知れず学校を守ってるみたいで、なんかヒーローっぽいですね」

 闇属性とかオーラとか現実で真剣に言われてもピンと来ないけど、先輩が中二病でこんなことを言ってるとは思えない。

 ただ漠然と、特定の誰かじゃない、みんなのために働いていてカッコいいと思った。

 「ヒーローなんてそんな。私、友達いなくて図書室に引きこもってるただの根暗女だよ」

 闇属性だしね。と付け加える先輩の笑顔はどこか寂しそうだった。でも、

 「先輩の笑顔を見たら誰も根暗だなんて思いませんよ。今だって初対面の俺と普通に話してるじゃないですか」

 「それはキミが中学生っぽい雰囲気と言うか、私でもマウント取れそうだから……」

 「うぅ……まあでも後輩であることは確かですし、ショタ属性が役に立ったのなら良かったです」

 「あ、ごめんね。キミも自分の属性を気にしてたんだ。自分のことばかり棚に上げて……ごめんなさい」

 「大丈夫です。今はショタ属性でも、いつか立派なヒーロー属性になってみんなに憧れられる存在になってやりますから!」

 「カッコいいなあ。ちゃんと目標に向かってて。私なんか……」

 先輩は何か言おうとして口をつぐんでしまった。

 「そうだ。未来のヒーローの名前を教えてよ。高校一年生の時の立派なエピソードを語ってあげるから」

 「新海拓です。先輩のお名前は?」

 「私は本屋敷光。いつも図書室にいるけど図書委員じゃありません」

 委員になるといろんな人と関わらないといけないからと付け足す。

 「じゃあ本屋敷先輩は個人的にこういう活動をしてるんですね。ますますヒーローっぽい!」

 「こういう風に言ってもらえるの初めてだからなんか照れちゃうな。あ、本はひとまずテーブルの上に置いてね。あとで整理するから。ありがとう新海くん」

 「お礼を言うのは僕の方です。本屋敷先輩に会ってまた一つ理想のヒーロー像が増えました」

 「私自身はヒーローよりも、ヒーローを支える親友ポジションの方が好きだったりするんだけどね。パワーアップアイテムを開発したり、必殺技のきっかけになったりするキャラ」

 「あー! わかります! 一度ケンカして、仲直りするとパワーアップみたいな展開熱いですよね」

 「うんうん。予想できるベタ展開だからこそ良いんだよね」

 「あの、本屋敷先輩ってよく図書室にいるんですよね? また会いに来てもいいですか?」

 「もちろん。でも、図書室では静かにね?」

 ここは資料室だから良かったものの、このテンションで話してたら図書委員に怒られそうだ。

 「はい。気を付けます。……あっ! 待ち合わせ」

 「ごめんね。新海くんも用事があったんだよね」

 「友達と図書室で待ち合わせしてたんです。すみません。本屋敷先輩と話せて楽しかったです。失礼します」

 「手伝ってくれてありがとう。私も楽しかったよ」

 手を振って見送ってくれる先輩に一礼して急いで図書室に向かう。

 「……小さいけど真っすぐで、私には眩し過ぎるな」

 でも、と光は一冊の手帳を取り出す。

 「すごくいいキャラ。ヒーローになっていく過程も、ヒーローになってからの活躍も見てみたい」

 新海拓 ショタ属性のヒーロー

 手帳にはそう記された。

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