第4話

 「じゃあ入学式に向かうから出席番号順に並べー。もう高校生なんだからパッとキレイに並べよー」

 担任の育田先生が号令をかけるだけでゾロゾロと勝手に並び始める。まだ騒ぐようなテンションじゃないってのもあるだろうけど。

 出席番号は男女混合の五十音順なので今の暫定的な席順と一緒だ。つまり……。

 「お姉ちゃんが後ろから見てるから安心して前に進んでくださいね」

 俺の後ろには妹尾さんが付くことになる。一回体育館まで行ってるから迷子になんてならないもんね! なんて思い出は心の奥にしまいつつここは大人の対応を。

 「ははは。妹尾さんがいるなら俺も安心だよ」

 「新海くんは素直でいい子ですね。お姉ちゃんが付いていると言ってもキョロキョロしながら歩くのは危ないですよ。しっかり前を見て歩いてくださいね」

 お姉ちゃん属性っていうか、弟ができて背伸びしてる幼女的なイメージが俺の中にできつつある。

 「新海くん? お返事は?」

 「……はい。わかりました」

 こういう相手の属性に合わせた要望に応えるのもヒーローの務め。夢への一歩だと思い渋々従うことにする。

 俺の前には正統派ヒロイン属性の坂上さんがいる。女子が着る制服の規則はよく知らないけど、たぶんきっちり守っていそうなスカート丈から見える足が思春期の心を鷲掴みにする。

 正直、妹尾さんよりもお姉さんって感じがする。授業中も坂上さんの後ろ姿を見ながら過ごすと思うとドキドキだ。

 夏には席替えしてるだろうけど、ちゃんとベストとか着てガードするんだろうな。ちょっとだけ背伸びした下着を付けていてほしい。とかそんな邪なことを考えていると。

 「ふふ。二人って仲の良い姉弟みたいでなんか微笑ましいな」

 「うわっ! そ、そうかな。違う中学で初対面なんだけどね」

 俺がいやらしい目で見てないか牽制するために声を掛けてきたのかと思ってしまった。

 「坂上さんもちゃんと前を見ないとはぐれちゃいますよ」

 「はーい。お姉ちゃん」

 偉い偉いと後ろから褒める妹尾さん。同級生だから姉も妹もないと思うんだけど、坂上さんは妹尾さんの扱いを早くを心得えているようだ。

 でもなあ、妹尾さんを「お姉ちゃん」って呼ぶのはどうも抵抗がある。どうせなら坂上さんを……いやいや、ヒーローに甘えは禁物。俺は頼られる男になるんだから!

 さっき謎の先輩と歩いた道を辿るように歩いていくと(当然矢印も俺達の行く先を示している)、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下に辿り着いた。

 そもそも一度校舎から出るのになぜ俺は気付かなかったんだろう……。自分の判断力の低さに自己嫌悪しているとふわっと風が吹き抜けた。

 舞い散る桜の花びらの中を進む坂上さんの姿はアニメやゲームで描かれる正統派ヒロインそのもの。

 「急に風が吹くからビックリしちゃった」

 そう言って振り向いた坂上さんを俺はどんな顔で見つめていたんだろう。顔が熱くなっている自覚はある。

 「どうしたの? 顔赤いよ?」

 「いや、俺もビックリしちゃって」

 「こういう風に言われるの、もしかしたらイヤかもしれないけど、新海くんってかわいいね」

 はうっ! 小さい子供扱いされることに拒絶感があるのに、坂本さんだとハートを打ち抜かれる。これが正統派ヒロイン属性の力……!

 「ほらほら、後ろが詰まっちゃいますよ。前を見て歩いてください」

 せっかくのヒロイン力に水を差すのはお姉ちゃんだった。この邪魔してくる感じが実に姉っぽい。

 「でも、桜吹雪の中を歩くお姉ちゃんの姿を見たいのなら、少しだけ振り向いてもいいですよ」

 すでに風も止んでいるので俺はお姉ちゃんの言い付け通り真っすぐ前を見て体育館へと向かった。

 「ちょっと! お姉ちゃんを無視するなんてダメですよー!」




 結局一番騒がしかったのは妹尾さんだった気がするんだけど無事に体育館に辿り着いた。

 保護者のみなさんが体育館の後ろに着席している。母さんは……めっちゃ目をキラキラさせながらこっちを見ている。が、顔以外は大人しくしているので良しとしよう。

 そのままクラスの定位置まで進み、先生の合図で着席した。

 また妹尾さんに注意されるかもしれないのであまりキョロキョロするわけにもいかず、先輩の姿を見つけることはできなかった。

 起立して礼して校長先生やPTA会長のありがたーいお話を聞いて、次は生徒会長の番だ。

 俺の予想ではあの先輩が生徒会長なんだけど……出てきたのはまるで王子様のようにキラキラした男の人だった。

 生徒会長は学生とは思えないスマートな動きでマイク前に立つ。すごく風格があるけど偉そうな印象は受けない。この人になら付いていきたいと思わせる説得力すら感じる。

 「みなさん、ご入学おめでとうございます」

 その美声に女子達は黄色い歓声を上げたいのをグッと堪えているようだった。その気持ちわかるぞ! 俺の中に乙女が誕生しそうなくらいカッコいいもん。

 「私は生徒会長の煌木 皇冶(きらめき こうじ)です。任期はあと半年ほどですが、みなさんが楽しい高校生活を送れるように一生懸命頑張ります」

 月並みな挨拶だが、校長先生よりもリーダーっぽいと感じるのはイケメンだからだろうか。それだけじゃない気がするけど。

 「そしてみなさんに伝えたいことがもう一つあります。あとあと噂が変な風に広まるのはイヤなので」

 煌木会長はコホンと咳払いをして言葉を続ける。

 「実は僕には婚約者がいます。親同士が勝手に決めた……なんて言ったら聞こえが悪いかもしれませんが。僕は彼女を愛しています。

 これは王子様属性を持って生まれた僕と、お姫様属性を持って生まれた彼女の運命だから! どうか僕たち二人を暖かく見守ってくれると嬉しいです」

 時間にすると五秒くらいだろうか。突然の婚約者発表に戸惑いを隠せない俺たち新入生。でも、学年がたった二つしか変わらないのに決意の固さは伝わった。それは俺だけでなく、他のみんなにも。

 ―――パチパチパチパチ

 先生方や保護者ではない。間違いなく新入生の誰かが拍手を始めた。それをきっかけに拍手はどんどんと広がり、大きくなり、やがて体育館中に響き渡った。

 「みんな、ありがとう! 先生方や在校生には去年発表して快く受け入れてもらっていたんだけど、新入生のみんなや保護者の方々にどんな反応をされるか不安だったんだ。

 暖かい拍手のおかげで僕たちも残りの高校生活を楽しめる気がします。本当にありがとうございます」

 拍手はますます大きくなる。王子様属性の演説ともなれば当然のことなんだろうけど、生まれ持った属性を高校生活の中で洗練した。そんな印象を受けた。

 「それじゃあ最後に僕の婚約者を紹介します。実はすでに二人の共同作業は始まってるんだ。なんてね。副会長の姫川 優衣(ひめかわ ゆい)さんです」

 紹介されて舞台に上がったのはさっきの先輩だった。入学式でわかるってこういうことかよ! 導いてくれる優しさと包容力はお姫様属性のなせる技だったわけね。

 「はじめまして。ご紹介に預かりました姫川です。みなさん、ご入学おめでとうございます。

 突然の発表で驚かせてしまってごめんなさい。でも、王子様属性とかお姫様属性とか気にせず。気軽に姫川先輩と呼んでくださいね。属性というだけで普通の高校生ですから」

 チラッと姫川先輩が煌木先輩の方を向くとうんうんと頷いている。すごくカップル感があって羨ましい。カップルどころか婚約者だけど。

 「スピーチとスカートは短い方が喜ばれると言いますので、私からの挨拶は以上にしたいと思います。ちなみにスカートは短くしていませんから、校則に厳しい先生方はご安心ください」

 一礼をして「それでは」と手を振る姫川先輩。まるで大勢の国民に手を振るお姫様のようだけど、一瞬目が合った時のしたり顔はイタズラに成功して喜ぶ子供のようだった。

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