第2話

 校門をくぐって三分で迷子になった。

 自分のクラスを確認して教室に行く前にトイレを済ませたら周りに誰もいなくて、矢印の書かれた方に歩いていたらここは……体育館?

 「あー、入学式の案内だったか」

 一足先に着いた入学式会場にはパイプ椅子が並べられていて、ちょうど先生方もいない時間帯のようだ。

 「まだ時間には余裕があるしちゃんと確認しながら戻るか」

 それにしても、ちょっとトイレに入る間に廊下から誰も居なくなるなんて、みんな時間に余裕を持って登校してるんだな。

 集合時間まであと三十分。あんまり遅れると話し掛けるタイミングとか失うから早く教室に戻ろう。

 回れ右してひとまず今来た道を戻ろうとしたその時、とても可憐な声で呼び止められた。

 「あの、新入生の方ですか?」

 綺麗で長い銀髪が印象的な、それこそ女神のような人が立っていた。

 「そうなんです。矢印の方に歩いてたらここに着いちゃって」

 「あらあら、そうでしたか。少し紛らわしかったかもしれませんね。新入生がまず向かうのは教室でしたっけ?」

 「はい。一旦正面玄関まで戻って教室に行こうと思います」

 迷子から復帰するコツは知ってるところまで戻ること。方向音痴歴十五年を舐めてもらっちゃ困る。

 「うふふ。それだと遠回りになってしまいますよ。私がご案内して差し上げます」

 「ありがたいんですけど、先輩は大丈夫なんですか? ここで準備とかあるんじゃ」

 「準備はもう終わっているんです。あとは新入生のみなさんをお迎えするだけなのでちょっと暇を持て余していたんですよ」

 「そうなんですか。それじゃあお言葉に甘えて」

 入学早々にこんな美人な先輩と出会えるなんて何かの縁かもしれないし。

 「ええ、では手を出して」

 「ん?」

 「お手々を繋いで一緒に歩きましょうね。はぐれちゃダメですよ~?」

 「いやいや俺高一ですよ!?」

 確かにショタ属性だし先輩の方が背は高いけども!

 「え~? お姉さんとお手て繋ぐのそんなにイヤでちゅか?」

 「ちょっと先輩。さすがにそこまで子供じゃないでしょ!」

 「だって~、こんなに可愛い男の子を見るの初めてなんですもの」

 体を揺らしながらキュンキュンしている姿こそが非常に可愛いと思います。その対象が俺じゃなければ!

 「ああ、もう。わかりました。この渡り廊下だけ手を繋いで歩きます。そこから先は誰かに見られたら恥ずかしいので手を離してください」

 むぅっとほっぺを膨らませながら真剣に考える先輩。この姿も可愛い。

 「……わかりました。その代り、渡り廊下では君のお手々を堪能させてください」

 そのぷにぷにのお手々を! と碧く済んだ瞳で真っすぐ見つめられながら懇願されたらもう断れない。

 「それじゃあ行きましょうか。……そうだ、お名前は?」

 「新海拓です。属性は……ショタ属性です」

 「まあ! 拓くんの可愛さの秘密はショタ属性だったからなのですね!」

 俺の手をギュッと両手で握りしめてぶんぶん振り回す楽しそうな先輩。手の感触はすごく柔らかくて暖かい。いきなりの名前呼びもすごくドキドキする。子供扱いされてなかったら完璧なんだけど……。

 「うぅ……ショタ属性は気に入ってないのであまり言わないでください」

 「こうして人に愛されるのは立派な才能だと思いますよ?」

 「それはありがたいんですけど、俺はヒーロー属性になって頼れる男になりたいんです」

 「そうなんですか。拓くんなら立派なヒーローになれると思いますよ」

 「本当にそう思ってます? なんだか子供の夢を聞き流してるみたいな空気を感じるんですけど」

 俺の夢はいつだってそうだ。ショタ属性のせいで子供の絵空事だと思われる。

 「そういう風に思われてしまったのでしたら失礼しました。でもね拓くん」

 今までの子供扱いとは違う雰囲気。声を掛けられた時に感じた大人びたオーラを纏う先輩はとても神秘的だった。

 「子供っぽいというのは、子供達に溶け込めるということです。大人を信用できなくなってしまった子供にとって、あなたのような存在は救いになるはず。どうかその心を忘れないでください」

 「は、はい。ありがとうございます」

 こんな風に自分のショタ属性をヒーローに結び付けてくれたのは初めてだった。さっきまでは自分を子供扱いするだけだったのに、急に先輩っぽいことを言われたせいで意識してしまう。

 て、手汗が止まらん。素敵な先輩の手を俺の汗で汚すわけにはいかない! 止まれ俺の手汗!

 「あら、渡り廊下はここまでですね。ふふふ。可愛いお手々を堪能させていただきました」

 パッと手を離すと同時に先輩はここから先の道順を教えてくれた。一年生の教室すぐそこじゃねーか。

 「新入生が三年生と一緒に現れたらいきなり浮いてしまいますものね。立派なヒーローを目指して頑張ってください」

 「どうもありがとうございました。それと。あの、先輩のお名前は……」

 「ふふふ。きっとすぐにわかりますよ。またお手々繋がせてくださいね。拓くん」

 先輩は銀髪をなびかせながら体育館へと戻っていった。

 「綺麗な人だったな……」

 思わずこんな言葉が漏れるくらい後ろ姿に見惚れてしまう。それにあのオーラ。生徒会長属性でも持ってるのかな。

 だって『きっとすぐにわかる』って生徒会長フラグだよね?

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