京都深泥池の幽霊伝説

長束直弥

都市伝説の陰に

 京都で一番有名な都市伝説は? というと――



 雨の降りしきる深夜――

 京大病院前で、一台のタクシーが雨に濡れた長い髪の女性を拾った。

 運転手が行き先を尋ねると、濡れた長い髪の女性は俯首うつむいたまま、「深泥池みどろがいけまで」と告げる。

 運転手は、「こんな夜中に女性一人で……?」と思いつつ、タクシーを走らせた。


 目的地の近くまで来たところで、ふとバックミラー越しに後部を覗いた運転手は、ぎょっとした。

 ミラーに――乗せたはずの女性客の姿が映っていない。

 慌ててタクシーを停め、振り返ると――誰もいない。

 長い髪の女性客が座っていたと思われる後部座席のシートの上を見ると、そこには――ぐっしょりと濡れた髪の毛が……。


 

      ◇


 目を覚ました時、彼女は草むらの上にいた。

 自分が何故、そこで寝ていたのかは彼女にはまったく判らない。


 タクシーに乗ったまでは覚えているのだが……、そのまま眠ってしまったのか? それがどうして草むらの上に?


 何かの拍子にタクシーのドアが開いて、振り落とされたのではなかろうか――と彼女は推測し、記憶を辿る。

 まさか、そんな馬鹿なことがあるとは到底思えない――しかし、そうとでも考えないと、この状況を上手く説明できない。


 幸い、落ちた場所が柔らかい草むらの上だったためか、または泥酔状態であったために痛みを感じなかったのか? 兎も角、からだにはこれといった異常はみられない。



 昨晩の同窓会の席では少し飲み過ぎたようだ。

 みんな、綺麗に着飾って幸福一杯って感じだ。

 結婚した人は、自分が今どれくらい幸福なのかという優越感。

 出世した人や、志望していた道に進めた人の成功講座。

 みんなの前で披露できるほどの人生を歩んでいるのだなぁ――と、彼女の心の中では羨ましくもあり妬ましくもあった。

 彼女の場合は、ただ、昔の仲の良かった友人と久しぶりに会ってみたかったという口実のもと、当時、一方的に想いを寄せていた彼に、もう一度会ってみたいという気持ちが募り出席したものだった。

 しかし、その意中の彼は、彼女の名前さえ覚えてはいなかった……。

 そのあとの彼女は、お酒ばかりを呷っていたような気がする――。

 そもそも同窓会なんて、自慢話ができる幸せな人種しか出席しないのではなかろうか――と、その時彼女は思った。



 びしょ濡れのまま、何処を如何どう歩いたのか?

 半覚醒的な状態の中――気がついたら、彼女は自宅アパートのドアの前に立っていた。


 鍵を開け、玄関先ですぐに濡れた服を脱ぎ捨てて、そのままユニットバスへと向かう。

 暖かいシャワーに躰を包み、記憶を辿るが、どうしても点が線にならない。

 ただ、右の肘と腰のあたりにうっすらと青痣あおあざが……、そしてシャワーがあたった部分には微かな痛みが……。

 矢張り、タクシーから落ちたのだろうか……?


 そう想いながら、彼女はバスタオルで躰を拭く。


 シャワーを浴びた所為か、ずいぶんと頭も躰もスッキリとした。

 躰を新しいバスタオルでまとい、洗面所の鏡の前に立つ。

 頭に巻いたタオルを取り、ドライヤーで髪の毛を――。


 ――あれっ?


 買ったばかりの私のは……?


 ――何処っ?


          <了>

 

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京都深泥池の幽霊伝説 長束直弥 @nagatsuka708

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