第34話 手加減無し

 ツルギの笑いに苛立ちながらも、僕はヘッドライトを消灯する。

 光を目印に『ヤツら』が寄って来るのは避けたい。


 同時に小型PCでMAPを立ち上げる……簡素なOSとapplicationは数秒経たずに周辺地図を表示し始める。

 ヘルメットを被り、シールドは跳ね上げておく。

 視界を良好にしておきたい。


 この学校の周囲は夕方見た時と同じ様に、背の高いフェンスで守られている。


 僕はその学校の正門の前に居る……小型PCが 僕の現地点を📌で示す……点滅している。


 画面の右下には、距離計が表示されて、大まかな距離を目測で計る事が出来る。


 ≪ 周辺略図 ≫



       久屋大通庭園フラリエ 

                  

       |ーーーーーーーー|    ↓

       |   校舎   |    ↓

       |   校舎   |    ↓

 大須方面   | ーーーーーー |   新堀川

       |   校庭   |    ↓               

       |ーーー正門ーーー|    ↓

        BIKEと僕       ↓       

 上前津駅


 ※小さな道路は気にしない……小型PCのMAP上で道があったとしても、実際の道路は、放置車両や建築物の倒壊で寸断されている事が、容易に起こり得るからだ。


 そんな道を進んで袋小路に迷い込む可能性を少しでも下げたいならば、せめて可能な限り道幅の広い道路を選択して逃げるしかない。数台の車両が停まっていても、まだバイクならすり抜けられる。


 しかし、必ず通れるとは言わない。

 あくまで、通れる可能性が高いという事。


 gearをNに入れて移動……道に出る……チェーンの「シュリシュリ」小さな音が響く……こんな小さな音でも今は勘弁して欲しいと思う。


 学校を目標に、『ヤツら』達が集結していた。

 一体、この低音にどんな意味があり、今後、どんな事象を起こすのか?、或いはこの現象だけなのか、分からないけど、取り敢えず言えることは……


『最低の最悪』


 だが、思うだけにしておく……

 声など出したくない。これ程、『ヤツら』が居る最中では……


 ツルギへの憎悪が膨らむ……

 ヤツは、高いフェンスの向こう、安全地帯で僕が右往左往するのを観賞しているのだろう……腹が立つ


 しかし今は、早急に逃走経路を決断しないといけない。

 決断が遅れれば、遅れるほど、囲まれる。


「ズーン……ズーン……」この低周波の様なサウンド……

 校舎から定期的に発している……


『ヤツら』は人間の歩行速度と比べ、余りに鈍い……但し、あの賢い『ヤツら』は除く……


 アイツらはキライ。


 LEDライトで道を一瞬照射する……

 大須方面と新掘川を交互に照らす。

 いずれの道も照射範囲では、道路に障害物は無かった。

 時間が無い、自分の進行方向を考える。


 先ず第一に、北上し、久屋大通庭園方面に向かう選択肢を先ず消す。

 学校で鳴るこの低音から、最短距離で逃れたい。

 だから、学校をグルリと回り込んで、今居る正門から裏まで移動する時間が勿体無い。

 その間にも、『ヤツら』の包囲網が進行するからだ。

 包囲網が完成するまでに、その外側に出てしまいたい。


 その次、東方面、新堀川に向かう可能性も消す。

 橋は危険だ……前々日の様に、ボトルネックに成った橋の向こうで、『ヤツら』が屯している可能性……前の様にUターンして、逃げれれば良いが……もしその先にも『ヤツら』が迫ってきていたら、挟み撃ちだ。


 最後、南下、競馬なら大穴、しかし未踏の地だ……快適な道路とお宝が眠っているかもしれない……だけど……この状況下で知らない地域を選択するか?


 ……


 そして本命、

 ①:西方面、やはり安心感、これが安牌……道の状況もおおよそ昨日、確認済……先程のLEDライトでの照射でも、『ヤツら』の影は無かった。


 早速、バイクを押し、昨日来た道を後戻る。


 現在時刻表示、4:47 まだ暗い。

 アラーム設定、5:30 日の出。


 まだしばらくは暗黒……

 アラームの時間、太陽が顔を出し、明るくなれば索敵もバイクの速度も上げれる。

 それまでは慎重に行動した方が良い……


 小型PCをバイクのマウントに滑り込ませる。

 MAPを固定表示。

 現在時刻も固定表示。


 ……建物の影に蠢く物体が観える……気がする……


 僕の恐怖心がそうさせているのか?

 僕の第六感がそうされているのか?

 そのどちらもかも……


 大須方面にバイクを押す……


 早速、僕は迷い始めた……

 バイクを押して静かにゆっくり逃げる……

 ライトを付けて一気に爆走……

 どうだろう?『ヤツら』は学校が目標物なのだろう。


 ならば、一気に学校から離れれば、『ヤツら』の包囲網の外側に出れるのでは……


 バイクを押しながら、脳内で考えが目まぐるしく巡る。

 今なら、ライトを点灯して駆け抜けれるかも……『ヤツら』は多くの割合で、視覚を喪失しているモノが多かった……眼球が白濁したり、鳥類に啄かれたのか、赤黒い穴になっているモノが多数いた。


 そう今なら……早々に……そう思うともう無理だった……


 今思えば、この状況下が長く続く事が耐えれなかったんだ……とっととこの最悪から抜け出したい一心で、そんな事を考えた……ヤル事は派手でも、思考は後ろ向きだった……逃げたかった……


 そんなこんなで、僕は決心してライトを付けた。

 そしてバイクに跨がり、エンジンを始動させようとして、止まる。


 モーターで走るか……

 数キロならモーターだけでイケる……

 それなら、かなり音量が低減される……

 メーター横のインジケーターを見る、バッテリー残量はほぼ95%以上を保持している……これならイケる。


 僕は、駆動をモーターだけに切り替えて、バイクを始動させる。

 股の下で、小さな音、「ジー……」と「ムー……」の間の様な音がする。

 ジワジワとスロットルを開けて、スルスルとバイクを走らせる……タイヤが路面に散乱した塵を踏む音と、チェーンの「シュリシュリ」いう音しかしない。


 ……そして今の所は、『ヤツら』は見えない。


 後ろ向きの決断だったけど『これは正解かも……』

 ……そんな淡い希望を抱く。

 バイクのスロットルを捻る。


「スー……」とバイクが前進する。

 大須方面へ時速20km程度で進む。

 道の状況は昨日と変わらず……大きな障害物は無いし、もう暫くすれば、大きな片側3車線の道路と交わる、僕はそれで北上しようと考えた。


 そう、名古屋城の周辺に行ける筈……そしてその他にも気になる建物の名称が小型PCの液晶に表示されている。


 建物の影から『ヤツら』が出てこないか……キョロキョロしながら、モーターで進む……そして最悪、『ヤツら』に会えば……エンジン+モーターで脱兎の如く駆け抜ける!!


『作戦と言えるかどうか、分からないけど、これで行く!!』僕は決心する……このバイクで『ヤツら』を引き殺しても……踏み潰しても……逃げてやる!


 ……月明かりが高いビルに遮られ、路地は黒いペンキを塗った様に漆黒、道路の出来るだけ真ん中を僕は走る。


 ……どうにか成るかも……遠くで、相変わらず「ズーン、ズー……」と重低音が聴こえる……もうじきが大きな交差点が見えてくる筈だ。


 少しばかり、『ヤツら』が気配が減っている……おそらく僕が学校……つまり『ヤツら』の目的地から離れて行っているからだろう……


 僕は心の中で『やってやったぞ!』と叫ぶ!逃げおおせたかもしれない。


 あそこまで行けば、片側三車線の大津通りが交差している……北上する……いい加減『ヤツら』の包囲網から外れる筈。


 ……大須万松寺通りの看板が見え……無い……暗い為ではない……看板の白文字……『万』は見えるが……『松寺』は……黒い棒が4本垂れ下がり読めない……棒じゃない……脚……


 ……間違いじゃない……『ヤツら』の脚だ……二体。

 どうしてあんな場所まで登れたんだ……僕みたいにボルダリングでもしたのか??

『ヤツら』がどうして……


 その思考の間に、『ヤツら』は何の恐怖心も無く……飛び降りた。


 着地……というか激突……衝撃を緩和しようとする意識が全く無い降り方……一人は、膝頭でアスファルトにキスをし……もう一人は、ボダナートにでも向かうのか、身体の前面でアスファルトに五体投地した。


 そして、その激突音に寄って来たのか……路地から更に一体……派手な服装の中年女性……よたよた歩いて、歩道脇の店舗で置きっぱなしになったビールケースに躓いた……受け身もとらずに、両手も出さず、前頭葉でアスファルトにブレーキを掛ける。


 ……額を気にもせず、すぐに上半身をおこす。

 ……割れた額から流れたどす黒い血が顔面に滴る。


 僕の首筋に鳥肌が立つ……前方の三体……以外に見えないけど……僕の背後に、おそらく『ヤツら』が居る……そして、こっちに移動している……『何故?重低音の鳴る学校に集まれよ!』と思……う……


 僕の耳に、前方から悪意の有る重低音……


 ……大須万松寺通り……アーケードの向こうから……あの重低音……が……やはり聴こえ……る……ハッキリと……


 ……アイツは本当に最悪だ……ツルギ……お前は……ここにもスピーカーを設置したな!


 それで、自分の都合よく『ヤツら』を操作しているんだ!


 ……本当に腹が立つ……僕が大須方面に逃げたのを見て!

 ヘッドライトでバレたんだ。


『アイツには負けたくない!』上手を行かれ、僕は心底アイツを憎んだ……拡声器の引き笑いを思い出す。


 もうUターンは無い……戻れば『ヤツら』の大群と向かい合う。


 血化粧をした女性の『ヤツら』は僕に気が付いているのか解らない、ただ、アーケードの向こうから聴こえる重低音に誘われているだけかも、しかし彼女はこちらに向かい歩いて来ている。


 ……考えろ!考えろ!……


 鉈はツルギの策略で使えない……

 時間的余裕が在れば、ナイフで剥がして使えない事も無いが今は無理だ。


 そしてモップも校舎に棄ててきた……


 身体、一つしか無い。


『陳師傅……どうしましょ……』と思わず頭の中で誰ともなく話す。









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