第33話 呼び水
暗い職員室を飛び出す、だから至る所に身体をぶつけた……でも痛さを感じない……
月光に仄かに照らされた暗闇の中……階段を一足飛びに駆け降りる……よく転げ落ちなかった。
どうでも良いから彼処から逃げたかった。
それは、恐らく、ホタカに弁明する機会を喪うという事。
それで良い……
今、彼の顔を見て話す顔を、僕は持たなかった。
いや、あれが本当にホタカなのか?
ホタカと偽ったツルギなのか?
もう僕には解らない……解りたくもない……ここから出たい……その思いが脳ミソを埋める。
1階、バイクを停車した場所まで辿り着いた。
もしかして、バイクにも細工されていないだろうか?
疑心暗鬼になる……だけど、ずっと彼が先に校内を案内してくれていた……だから大丈夫……大丈夫と自分に言い聞かせる。
でも僕が寝ていた数時間に、幾らでも細工は出来る……そんな考えが頭を巡る。
……
鍵穴は問題無く、キーが刺さる……Nランプが付いたのをを確認して、セルを押す。
「ストトトッ……」小気味良い音を響かせて、闇夜にエンジンが目覚める……コイツは睡眠時間を邪魔されて怒る事も無く……いつも通り……これだけで、僕はホッとする。
そう僕はバイクという機械に、安心させられる、いつ、何処でも、僕の無理難題に応じて、頑張ってくれるんだ。
跨がり、思わず燃料タンクを撫でる。
アイドリングはもう安定した……何時でも出れるとバイクが言っている。
校庭に走り出す。ホタカが出てくる気配は無い……そうだよ、僕が彼の膝を、砕いたんだから……治るのか?治らないのか?僕には分からないけど、少なくとも今は追って来れない……絶対に……
校庭のフラットダートを走り、正門に着いた。
正門は、入った時と同様に、施錠されておらず開いていた。
早く出よう……最後に振り返り、校舎を観る、そう思った僕に、忘れ物が目に入る。
校内に設置した動体センサだった。
合計2個、校庭に設置した……思い出した。
アクセルターンをして、校庭を観る。
一刻も早く学校から出たかったが、今後の野営を考えたら、センサを捨てれる訳が無かった。
地面に刺し込んだセンサを抜く。
早く……早く……この忌まわしい場所から出たい。
2つめのセンサも引き抜いた……取り敢えずここから離れたいから、バイクのキャリアに斜めに刺してバイクを走らせる。
後から、分解してバックパックに収納する……
背中に背負ったバックパックに収納……する……
背中に背負った……
背負っていない……
背中が妙に軽い……
そうだ……寝る前……
床に下ろして……そして……
『あぁ!!』心の中で叫ぶ!!何てミスだ……今後の食料……探索での収集品……全てバックパックに仕舞っていた……
あのドタバタで僕は、戦う事と、逃げる事に最優先で、バックパックの事を失念していた。
……戻らないと……
嫌だ……
また今度、回収に……
嘘だ……
お前は回収など行かない……
今でさえ行けないのに……
恐らく今、彼は歩く事さえ儘ならない状態で、恐らく、容易く回収出来る……
彼の罵倒と、痛々しい身体を見る事にお前は堪えれないんだ……そしてそれは、僕がした事だ……いや僕は悪くない……けど、あの悲鳴じみたホタカの声が思い出されて、戻る気力を削り取って行くんだ。
「どうして、トウマ、俺の膝を……酷いじゃないか……」あの悲鳴、疑問、怒り、困惑……
友達に成れると思ったのに、どうして、僕にこんな仕打ちを……ホタカはそう思っていたに違いない……そして僕は彼を置いて逃げた……そうするしかない……
今からでも、戻ってホタカを介抱すれば……一生懸命、ツルギの件を説明すれば……
いや……介抱に近寄るや否や、ツルギに殺されるかもしれない……その可能性は大……今の状況下で、ホタカがツルギに成らないと信用出来る訳が無かった。
彼処から離れるのか最適解なんだ……けど今なら、今ならバックパックを取りに戻れる。
……考える、バックパックには、数日分の食料が入っていた。取りに戻らなければ、ほぼ確実に今から、四日市まで戻らなければ行けない。
探索は一時中止だ。
しかし、バックパックを回収出来れば、また探索を数日行うことが出来る。
答えは出ていた。
探索を続けるなら、校舎に戻るしか……
戻らないなら……皆に納得してもらえる、都合の良い言い訳を考えながら、四日市に帰るだけ……
誰も責めない……一人で荒地を探索しているんだ……それだけで大変な事なんだ……バックパックを忘れてしまう事も往々にして有るさ……仕方無いよ……皆、そう言って慰めてくれるに違いない。
……嫌だ……ナンだそれは……
そんな思いにすがり付いて、どうせ、また名古屋に来ても絶対にここには近寄らない……見なかった事にする……知らなかった事にする……行ったけど、見つから無かったとまた言い訳を捻出する。
多分……そうして、嘘を重ねる……
そして、いつかそれに慣れる……
何だが知らないけど、ダメな気がした……今考えると飛躍した論理だけれど……その時はそんな気がして、僕は勇気を振り絞って、校庭横にバイクを停めて、校舎にはいった。
……薄暗い階段……
……ほんの数分前、ここを全速力で駆け降りた。
……静寂……ホタカの悲鳴も嗚咽も聴こえない。
階段の先の職員室が見えてくる。
入口の引き戸が閉まっていた。
近寄り、中の様子に聞き耳を立てる。
何の音もしない……スルスルと引き戸を開ける……
「ガタン……ゴトリ……」職員室の内側で大きな音が鳴る……目の前に、定規が落ちてきた。
「ビクッ……」思わず身震いする。
そしてもう、引き戸は半分以上開いていて、今更閉めても、意味は無い。
……僕がした細工をホタカに、いや、ツルギにされたのだと気が付いた。
僕はバレている……先程の定規の音でバレバレだろう……
彼は隠れて、僕を観ている……僕の予想以上に、ホタカ或いはツルギは動き、既に僕への対策を行っていた事に驚愕する。
脚は、僕が思うほど酷く無かったのだろうか……いや、そんな訳が無い……あの時、僕の耳に、僕の踵に伝わった音と衝撃は、並大抵のモノでは無かった筈……
ほんの少しだけ引き戸から顔を出して、職員室を見……
「ガゴッ!!ゴンッ!!」連続した打撃音が響く。
僕は顔面を引き戸と枠に強かに打ち付けられた。
バカだ僕は……それでも、気を失っては、いけない……分かってる……ホタカ(ツルギ)だ……引き戸から顔を出した僕を引き戸の横から……僕の死角から見ていて、折れていない足で引き戸を思いっきり蹴り押したんだ……僕は引き戸で頭の右側を、枠で左側を豪快に打ち付けた。
視覚が歪む……それでも頭部と引き戸の間に右手を差し入れて、頭部を守る、右腕前腕のプロテクターで引き戸を押す。
同時に、右脇の下から右側を覗き見る……ホタカ(ツルギ)を視認しようと……
すぐ横で寝転んだままのホタカがモップを横殴り……床を這う様にモップが僕の脛に狙いを定める……がしかしそこはプロテクターがあった……
「ボスッ」という音、ホタカ(ツルギ)はモップが緩衝された事に気付く……苦々しい顔……
恐らく『何処までプロテクターで覆ってやがるんだ、この餓鬼は』とでも言いたいのだろう。
おっさん先生に感謝する。
引き戸が当たった、こめかみがズキズキ痛む……そして低く長く尾を曳くような低音が響く……頭を打った為か、それで幻聴でも聴こえているのか……
「ズーン……ズーン……」と定期的に、最早外からの音なのか、振動なのか……はたまた、僕の頭から鳴っているのか??
ホタカ(ツルギ)を見る、バットを杖にして立ち上がろうとしている……それでは埒が開かないので、床でごそごそ動いて職員の机まで動こうとする……それを支えに立ちたいのだ。
「ごめん、バックパックを取りに来たんだ……」自分自身でも、なんとも間の抜けた発言だと思う……でもそう言うしか無かった……痛むこめかみを擦りながら……
「ズーン……ズーン……」なんだこの音、気になる……頭の状況はマシに成っているのに、音は鳴り止まない……今はそれ所じゃない……僕は雑音を無視してツルギへの警戒続けながら話す。
「……これ以上、危害は加えない……バックパックを持って直ぐに出ていく、だから安心して……ホタカか、ツルギかどっちかは知らないけど……」僕は彼の顔を見ずに、そそくさと校長室に入り、小走りで職員室の引き戸まで戻った……ホタカは立ち上がるのを諦めて、折れた脚を床に伸ばし、片膝を立てて床に座っていた……僕を目で追う……バットを握り締めている。
「お前を……バカだろ……」ホタカはそこまで言って黙った……恐らく、これはツルギだろう。
僕は「そうかもね……」と答えた。
「そんな、しょーもない物、取りに来た事を、お前は後悔する」ツルギが相変わらず、ふてぶてしい……
「……僕はホタカは好きだ、けどツルギ、君は大嫌いだ……」引き戸を開けながら、僕は辛うじてツルギに毒づく。
「安心しろ……俺も大嫌いだ」ツルギが応える。
「ズーン……ズーン……」まだ鳴っている……思わず僕は周囲を確認する。
「僕は、もうここへは来ない……さよならホタカ、ツルギ……」僕は彼を見ずにそう言い。階段を小走りに降りる。
バックパックを担ぎ、チェストベルトをする……僕の背中とバックパックが一体化する……校庭に置いたバイクに飛び乗り走り出す……もうホタカとは会わない、もうここへは来たくない。
開いていた正門がジワジワ閉まり始める……ホタカの仕業だろう……バイクのスピードを上げ、ギリギリですり抜ける……学校から出られた事に安堵する。
忘れていたヘッドライトを今更ながら、点ける……荒れた路面を照……ら……す……
その道に……
無数の人影……
ゆらゆら動く……
人影だけど……人じゃない……
後方から突然の声……
「だから言ったろ!!お前は後悔するって!!」ツルギは職員室から拡声器で怒鳴る。
「ツルギ、何をした……これも君の仕業……」僕は独り言、ツルギに聞こえる訳も無い……
……囲まれている……『ヤツら』の大群……この音で寄って来ているのか……
「さぁ、早くここから逃げた方が良いぜ……」ツルギの声が白み始めた夜空に響く……
奴の……ツルギの引き笑いが、僕の後頭部に刺さる……
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