第32話 仕方無かったんだ……

「喋りすぎだよ、君はッ!!」ツルギは金属バットで床をトントン叩く。

『イラつけ、イラつけ……もっと』

『逃げられるか?考えろ、僕』


 右側、モップが視界の端に見える。

 左側、ツルギがジワジワ近寄って来る。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ツルギ君許して、ねぇ」僕はへりくだってペコペコ頭を下げる。

 それでも視線はツルギから離さない。

「なんだよ急に、その口だけの謝罪、みえみえじゃんか!」ツルギはニヤニヤ。

「ねぇ、どうして、僕を殺すの??安全地帯も有る、食料も有る、電気もガスも有る、何も不自由して無いじゃない!!」僕は彼の動機を探る……この襲撃自体、意味が分からない……こんな事をする意味……

「不自由してない??不自由だよ!!食料欲しいじゃんか!!『ヤツら』は喰えないし、動物を狩るのも大変だよ、お前、狩した事有る??お前が一番簡単じゃんか!!」

「人間が一番弱いんだよ!明らかに!毒も持って無けりゃ、筋力も無い、骨もすぐ折れるし、逃げ足も遅い、武器持って、やっとこさ獣と勝負が出来る貧弱さ……狙わない手は無いだろうが!!」ツルギは舌舐めずり。

『完全に狂ってる……僕は食料だったのか……』

「こっちだって、ひ弱な人間だよ、だから貴重な飯まで差し上げて、コミュニケーション取って、安心させて熟睡……んで安らかに御臨終って、流れだったのによ……面倒くせえなぁ……」とツルギ。

「野菜も作ってるのに、何で?肉まで食べなくても……」

「どうして、肉を食べちゃイケないのさ、旨いじゃん肉……それに野菜だって直ぐには出来ない……天候、土壌、肥料、害虫、簡単じゃない……肉なら、ほら今、目の前に……」ツルギの二重の目が大きく開く。

「状況によっちゃ、肉の方が確保簡単なんだよ……考えりゃ判るだろ!!」と言いながら、金属バットをフルスイング!!

「ブンッ!!」空を切る金属バット。

 僕はもう既に、横っ飛びしてモップに飛び付く。

 金属製のモップはそれなりの重さを持つ……安心感。

 モップを逆さに持つ……僕のお腹に床を拭くモップが当たる……その方が良い……


 僕の得物の方が確実に長い……


『剣道三倍段』


 本来、この言葉の意味は、剣より長い得物(槍、薙刀)等の使い手と戦う際は、剣術の使い手は相手の三倍の段位で、ようやく対等という意味だ……だから得物と無手の話じゃない。


 例:槍術2段なら、剣術は6段必要


 こんな感じだ……つまりそれだけ、得物の長さは勝負に影響を及ぼす。


 日本の中世時代でも、近接格闘は槍が主武器であり、組み付ける距離に持ち込んだら、鎧通しという肉厚の短刀を鎧の隙間に刺し込んで殺す。そういう意味では、長モノの太刀は、出番が余り無い。


 得物の長さは攻撃範囲だ。


 金属バットが学生用で少し短く700mm程度

 モップは、雑巾を挟むヤツで1200mm程度


 得物が長い方は、間合いの把握が正確ならば、相手に対して先手を取れる。


 得物が短い方は、相手の攻撃を回避しなければ、自身の攻撃範囲に入れない。


 そしてこういった、試合でない実戦の打ち合いは、長期戦になる事は稀だ。

 致命傷で無くとも、激痛が走る場所に得物が当たれば、痛みで相手は動けない。

 後は煮るなり焼くなり好きにすれば良い……


 この『荒地』には安西先生は居ないので、「あきめたら、ここで試合終了ですよ…?」と言う名言は意味を成さない……相手の攻撃を喰らったら……諦めなくても……即、試合終了……実戦とはそういうものだ。


 更に、ツルギの防具は無いに等しい……対する僕は全身プロテクターまみれ……


 僕にはツルギの全身が急所に見えてきた。

 モップの先で、足の脛や、肋骨に守られていない腹を突くだけで、彼は痛みにのたうち回るだろう……眼球、喉、金的、鳩尾、等は言うまでも無い。


 そう思うと心に余裕が出てきた。

 僕の心は現金なものだ。

 そして余裕が出ると、今度は周囲が見えてくる。

 最終バイクの元まで逃げおおせても、足留めが不完全なら、エンジン始動時に追い付かれるのは、確実だ。


 だから、脚をヤらねば成らない……走れなくしてヤル。


 モップを持つ左手でモップの棒(ハンドル)の中央付近を持ち、右手で雑巾を挟むクリップ付近を掴む。


 右手を後方引き、モップの先端付近まで、左手をスライドさせる……得物の長さを出来るだけ、ツルギに見せない……見せる時は、突く時だ。


 武器の扱いに自信の無い僕は、突く場所を一番の大きい胴体に設定する……これが正解だと思う……何処でも良いから痛みを与える、その後に本来の急所を狙えば良い。


 間合いを計る……僕が届いて、ツルギが届かない距離……僕が踏み込んで右手を突き出して、ツルギの腹にモップの先端が食い込む距離……それを見極める。


 ジリジリとツルギが距離を詰める……その距離まだ、5m以上……遠い様に見えて、前方に全身を蹴り出せば、あっという間にお互いの間合い……相変わらずジリジリと距離を詰めるツルギ……5mを切る……バットを右肩に担ぎ歩く……バッターボックスに入った打者の如く……


 そしてツルギが右足を上げた時……


 僕は左足を思いっきり前方に踏み出す、殆ど、ジャンプする位飛び出す……それだけで、2m以上距離が縮まる。


「ダンッッ!!」左足がリノリウムの床に大きな音を立てる……とほぼ同時に、右手でモップを押し出す……左手の中でモップの棒が高速でスライドする……


「ドズッ!!」ツルギの脇腹にモップの先端が食い込んだ、深さ5cmにも満たないかもしれない……それでもツルギが呻く……そりゃそうだ、僕だって脇腹に思い切り、金属の先端が飛んできて、ほんの数cmでも食い込んだら滅茶苦茶痛いに決まっている。


 それも、たちが悪い事に、僕がツルギより低い身長で、尚且つ、大股で横っ飛びする様に飛び込んだ事で、モップは低い位置から突き上げる様に、脇腹に刺さった……おそらく横隔膜を押し上げたのだろう……


 ツルギは……

 盛大に……

 吐いた……


 元……お父さんを……


「ゲーゲー……」「ゲボッ、ゴホッ……」「グェッ……」様々、言葉になら無い音を発しながら……涙目で呻く……


 呻いているツルギの側頭部をモップで横殴り……余り動かないから狙いやすかった。


「バシィ!!」という音が響く。

 ツルギの側頭部が跳ね飛び、

 追っかける様に上半身が曲がる、

 両方の膝が折れて、

 その場にへたり込む。


 身体は腰を中心にグニャリと曲がり、荒い息を吐いている……側頭部から血が流れている……それでも気を失ってはいない様だった。


 その時、僕は残酷だった……

 いや、ツルギが残酷だったから……

 勝つ為には、更に残酷成らないと……

 そう、思ったんだ……でないと……


 そして、僕はモップを後ろに放り、脊髄反射の様にジャンプして、

 全体重を……ツルギの膝に……踵から……


 落下するにつれ、運動エネルギーは増えていき位置エネルギーは減る。


 その運動エネルギーが全て、ツルギの膝に与えられた。


「ガッ」と「バキッ」の間の様な音がツルギの膝から聞こえた。


 その後、「あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ、い"ぃ"ぃ"ぃ」という形容しがたい、叫び声が校内に鳴り響いた。


 彼の、ツルギの膝は異様な角度だった……明らかに関節部分がズレれた……或いは折れている。


 ツルギは絶対に歩けない……


 僕の作戦は大成功だった……


 大成功だった……


 大成功だよ……


 けど……


 僕の心にヌメリと嫌な感情が沸き上がる。


 そんな後悔とも付かない奇妙な感情を、ここに置き去りにしようと、僕はツルギの攻撃範囲を避けて、大回りで部屋から出ようと走り始める。


 走りながら、考えてしまう……


 これ以上痛め付けれなかった……

 もう無理だった……

 今でもやり過ぎたかも……

 いや、アイツが悪いんじゃ無いか……

 アイツは僕を殺そうとしてたんだぞ……

 何故、僕が『やり過ぎたかも……』なんて思う必要が在る……

 そんな気持ちを持つんじゃ無い!!僕!!


 ツルギの呻き声に、後ろ髪を引かれながら……僕は部屋のドアを通る時……


「……どうして、こんな事を……酷いじゃないか……酷い……あぁぁぁぁぁ、俺の膝が……膝……痛てぇぇぇ……痛いよ……トウマ……どうし……て……何て事……」嗚咽混じりの声……

 あぁこれは……あの……あの困難に直面しても明るさを失わない……彼の声……

 そう……母を食べた父を憎みつつも、それでも理解して許した息子……ホタカだった……ツルギじゃ無かった……


 酷いじゃないか……ツルギ……そんな……


 僕は、もう聞こえない振りをして職員室を駆け抜けた……


 もう嫌だ……

 何よりもここから、いや……

 ホタカの視界から消えたかった……


 僕の所為じゃない……


 僕は悪くない……


 僕は正しい……


 僕は……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る