第18話 自己決断

「ジリジリジリジリ....」音がする....

 意識が覚醒していくにつれ、電子音が大きくなる....小型PCのアラームだ....

「....朝か....」9時間は寝ただろう....僕は上半身を起こすと、突然の背中の筋肉痛に閉口した....

 あの程度のボルダリングで筋肉痛なんて、本当に鈍っている....


 ……浴衣のまま、休憩室を出る「寒っ……」僕は思わず呟く……

 各関節をぐるぐる回す。

 そして身体を解す為に、『型』を表演する……突き、肘、前蹴り、体当たり。

 陳師傅の言い付けを守り、

 出来るだけ大きな動作で、

 全身の力を込め、

 震脚も思っきり地面を踏む、

 そして攻撃前はゆっくりと、

 攻撃時にはスピードを出して

 メリハリを付けて表演する。

 少し筋肉痛が残っているが、体調は絶好調だった。

 暖まった。

 そして約束の馬歩を行う。

 前回と同じく位はしたいが、前回は色々気が散って腰が上がり、腕も下がって、今考えたら馬歩の姿勢では無かった……正直、正しい姿勢が出来ていたかは分からない……小型PCのストップウォッチをセットする……スタート……

 腕を地面と水平に上げて、腰を落とす……

 乗馬姿勢の様なポーズ……

 最初の1分は余裕綽々……

 しかし2分経過で既に……

 知らず知らずの間に身体は勝手に腰を上げて、腕を下ろそうとする……

 気付いた僕は、その度に姿勢を修正する……

 良く良く考えたら、これはバイクの姿勢にも近いんじゃないかと思う……

 バイクも馬なんだな……とそんな事を考えて、辛い馬歩を紛らわせる。


 3分経過……もう既に限界……座りたい……けど我慢

 3分15秒経過……時間が経つのが遅い……遅い……姿勢は最早保てない……

 3分30秒経過……膝がガクガクしてきた……助けて……

 ……硬いアスファルトの上に崩れ落ちる……

 ……ストップウォッチを見る3分と36秒……

 ……

 ……荒い息をつき……思う……あれ、前よりダメじゃん……なんだよ。


 ……失望した。

 まぁ、そんなに直ぐに、長時間出来るなら苦労はしないな、と思い直し……立ち上がる……まぁ、姿勢を考えながら訓練出来た事を良しとしようと考える。


 休憩室に戻り、バックパックを整理する……小型PCのバッテリーが充電🔌されているか確認する……100%だ。


 浴衣を脱ぎ……いつものプロテクター付きジャケットとパンツを履く。

 ジャケットの腕のスライドに小型PCを納める。

 マルチツールを左手上腕のポケットに差す。

 腰に鉈を入れた革ケースを装着し準備万端だ。

 休憩室を出ようと引き戸を開ける。外に出て、バイクに向かう。

 走行前の点検を行う。

 始動してエンジンの調子・ライト・タイヤ・ブレーキ・クラッチを確認する……すこぶる好調の様だ。

 エンジンを切り、横の事務所に入る。

「おはようございます」僕は大きな声で呼び掛ける。

「おう、おはよう」サクマさんは昨日と同じく沢山のPCの前に座り、画面を睨んでいた。

「行くのか……」サクマさんが尋ねる。

「ハイ、準備は出来ました」

「余裕を持って戻って来い、無理はするな、あと、興味を引かれたモノは取り敢えず写真を撮れ」サクマさんはそう言い……受話器を取ってどこかしらに電話をする。

「あぁ、トウマが出る、頼む……」とだけ言い受話器を下ろした。

「では、御安全に……」サクマさんは工場の挨拶を僕に投げ掛ける。

「では、行ってきます、成果を期待してください」僕はサクマさんに会釈をして事務所を後にする。

 ドアを開けて、バイクに向かおうとすると……

 サクマさんが、「一寸待て……」と言い一緒に外に出てきた。

「満タンにしていけ……」と言い、”火気厳禁”の文字が書かれた大きな携行缶を持っている。

「ガソリンですか……」僕は訊く。

「そうだ、念の為だ、そいつは、125ccだよな……燃費は最低でもリッター30KMは行くだろうな」

「そうです、後モーターでも駆動します……」僕は答える。

「タンク容量は何Lだ」サクマさんは尋ねる。

「えっと……13Lです」

「航続距離は400KMは越えるな」

「はい、一度満タンにして調べましたが、回さなければ、500KM越えます」僕は少し自慢気に言う。

「そりゃスゴい、だがそれはモーターも使った場合だな、その頃のバイクはエンジンだけならそこまで燃費は良くないからな」サクマさんは感嘆しながらも冷静に言う。

「I市からここまで、60KM程度か、2Lも入らんな……」

 僕はタンクキャップを開ける……サクマさんが携行缶にノズルを付けて給油してくれる、ものの十数秒でタンクは一杯になった。

「あぁ、やっぱりこんなもんか……まぁ、何があるか分からんからな、完璧に越したことはない」とサクマさんは自身を納得させるように言うと、急に鋭い眼光をトウマに向けて来た……

「……それはそうと、お前は如何にしてA県入る???」と訊かれた。

「……えっ、それは、N島の橋を渡ってA県に……」途中まで言って、愕然とした……

「橋……渡らないといけない……」僕は言葉に詰まる……

「そうだ、お前は30年放置されたあの巨大な橋を渡れるか???」サクマさんが僕を見る……

「……MH国道でも怖くて使わなかったんです」

「そうだろうな、A県へ入る方法をしっかり考えろ……safety fast だよトウマ、ワシの経験からして、N島からA県への大型の橋もまだまだ渡れると予想している……それほど過去の技術は高度だったんだ……200kgを切るお前とバイクが走った所で損壊するなど無いだろう……しかしお前は貴重な抗体を持つ人間でもある、急がないといけないが、焦ってはいけない」サクマさんは陳師傅が言っていた言葉と似た様なセリフを言うと……

「すまんな、引き留めた、」と言った。

「いえ、そんな、ありがとうございます……」僕はサクマさんに感謝する。

 答えは教えてくれない。

 しかし問題を喚起してくれた。

 当たり前だろう……問題を解決するのは誰でもない僕だからだ。

 サクマさんはまだまだ重い携行缶を持って、「御安全に……」

 と又言い、事務所に入って行った。

 僕は、A県に入る方法を選ばなければいけない。

 どこかで大なり小なり橋は渡らねばならない……河川が M県とA県の間に流れている以上これは仕方ない事だ……

 しかし落ちればほぼ死ぬだろう大型の橋を渡るか……

 河川を可能な限り上流まで上り、つまりG県程度まで北上し小型の橋を渡るか……

 とても遠回りだ……

 それは同時に燃料の消費を意味する……

 航続距離が500kmとは言え、G県まで上がれば、それだけで80km弱の距離を消費する事になる……

 そこからA県のN市迄となれば、合計で130km程度の道程だ……

 帰りも同様に130kmの行程とするなら、N市内での行動は240km、まぁ実際はギリギリまで走らず、不足の事態を踏まえて、150km程度のN市内移動に充てると考えた方が無難だろう……

 150kmなら、G県への迂回ルートを選択しても十分な探索が出来るだけの燃料は残っていそうだ……

 そりゃ、当然、上流の橋を使ったからといって、完全に安全とは限らない。

 あくまで安全の確率が上がると云う事だ。

 逆にあれだけの大型橋の方が、パンデミック以前なら定期点検を受けていた筈だ……それなら強度上で大型橋の方が信頼出来るとも考えられなくもない……

 しかし弱気な僕は既に安全パイを選択しようとA県までの行程を再考していた……

 ……万が一でも、落ちるかもと思いながら数十分の間、橋を走行し続ける精神力が僕にはない……


 そんな事を考えていると……


 サクマさんと入れ替わりに、晩飯をご馳走になったツジさんが、製油施設の方から歩いてきた。

「おはよーございます、昨日は晩御飯とても美味しかったです!」僕は挨拶と晩御飯の感謝を伝える。ソースカツ丼と玉子焼きの味が脳裏に甦る。

「そりゃ、重畳……私も嬉しいなぁ」ツジさんはそう言い、両手を合わせて拝む……そして続けて言う……

「長さんから言われとる事があって、トウマ君はこれからA県に行くんやろ……」ツジさんは曲がってきた腰を何とか起こして僕を見る。

「そうです、A県に行きますが、長さんって???」誰の事だろう。

「あっ、すまんの、サクマさんこの事じゃ、施設長が縮んで『長さん』じゃ」ツジさんは頭を掻いて言う。

「言われている事って……」

「あのな、私はここで、ここの従業員さんの日々の食事を作っとるんじゃが、サクマさんからお前さんの保存食も頼まれとってな、それが、ほい、これじゃ……」ツジさんは僕に古新聞に包まれた塊を渡す……どうやら、先程のサクマさんの電話はこの事らしかった。

「まぁ、言うても、タダの米じゃ、米は常温で長期間保存可能やからな、これからは冬じゃから更に長持ちするじゃろう、後は私が創った梅干しと干し肉、乾燥椎茸、最近収穫した胡桃じゃ……A県探索中はコイツらと現地調達で凌いでおくれ、ここに戻って来たらちゃんとした食事を作っとくさかい……」ツジさんは皺だらけの顔で僕を見た。

「ありがとうございます……大事に食べます」僕はツジさんに笑みを返して食料をバックパックに仕舞う。

「行って来ます」僕はバイクに跨がり、バイクのエンジンを掛ける。

「気ぃつけるんやで……」後ろからツジさんの声が聴こえる、僕は後ろの向かって手を振り走り出した。


 製油所の中を走る。

 製油設備周りをクモの巣の様に張り付いた梯子の途中に人影が居る。

「トウマ!!!」トウジマさんだった。

「行ってきます!!!」僕は大声で叫ぶ

「戻ってきたら、また登ろう!!!」トウジマさんの返事

 僕は左振り返り手を振る、トウジマさんも手を振り返す。

 左手をハンドルに戻して、右手でスロットルを捻る。

 車体が跳ねる様に、疾る。


 正門に向かう、これからの行程を考える。


 また、一人旅を続ける……

 けど、色んな人の助けを貰いながら……

 僕は旅を続ける……

 そんな人達の想いも乗せながら....

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