第11話 出発と到着

『ゴスッ!!』

 振り下ろした棒切れは毛布の上からでも結構良い音が響いた。

「ウグッ……」くぐもった声が一瞬響き、簀巻きは真っ直ぐになり静かになった……


 簀巻きの声を聴いて「あっ……」と思わず声が出た。

 不味い事になったと思った……『ヤツら』は殴っても「ウグッ……」なんて、叫ばない、ただ目の前のお食事に噛みつける様頑張るだけだ。


 殴られて叫ぶのは、生物だけだ、そしてこれは多分……それに渾身の一撃を放つ僕……今さら遅いが『死んでないよな……』という希望的観測を心に秘め、

「ヨシタカ、これ人間だよね」と聞いた。

「えっ、そうなんですか……」ヨシタカは何故か敬語で言う。

「なんで敬語……」僕はヨシタカに言いながら簀巻きの『具』を確認する為、棒切れで毛布の中を探る、毛布を可能な限り棒切れで捲ると、先程の汚い髪の毛が見えてきて、その先に額が見えてきた、額が僕の一撃で赤く腫れ上がりタンコブが出来ていた。頭が仄かに動いている、呼吸をしている為だろう少し安心した。

 毛布の端を見つけ簀巻きをほどく。

 簀巻きの中をコロコロ転がりながら『具』がこぼれ落ちた。

 その衝撃で肺の空気が押し出されたのか「ゴホッ」と『具』から呻き声がこぼれる……

 小さな女性だった。

 年齢は僕と同じくらいか?

 身長は僕より少し低い……かなり痩せた女の子……

 そう言えば、「ウグッ」は少し声のトーンが高かった……

 上着は元はねずみ色だったであろう土気色のパーカーを着ている、パーカーの肩は尖り痩せて骨張っているのが、服の上からでも判る、ブカブカのジーンズも膝の辺りが破れ、太股は太股と呼ぶのがおこがましいほど細かった。

 小さな顔の頬は泥汚れを拭きもせず数週間はほったらかしといった感じで薄汚れている……髪の毛はよくよく見ると、クモの巣のようなものが絡まりついて、なんの脂か?自然なドレッドヘアになっている、何時から髪を洗って無いのか聞くのが怖いくらいだった。

 僕の思い描く『女の子』と乖離した生物が転がっていた。


 ……そしておっさん先生が診断しなくても僕でも解る

 ……栄養失調……

 ……不衛生……

 ……そして、僕が作った額の皮下血腫。


 更なる状況確認の為、仕方なく手で『具』のおでこの髪を退けタンコブの状況を診ようとした……髪を触った自分の手に、ねっとりとした油の様な液体と数本の髪の毛が絡み付き思わず

「汚なっ!!」と言い髪の毛を振りほどいた。

 思わず『手荒い励行』と書かれた洗面所の貼り紙を思い出す……何か拭けるモノはないがキョロキョロ探していると……


 声がした。

「仕方無いだろ……」声のする方向と声質からヨシタカでないことは解る。

 足元を見る。

『具』がこっちを視ている。

「生きてる……」これは今まで無言だったヨシタカの声。

「だ、大丈夫ですか?」僕は『具』に尋ねる、タンコブは僕の責任だけど……

「火花が飛んだよ……」『具』は僕に言いながら、「毛布をくれないか?」と言った。

 僕は「これですか」と言い、薄汚い簀巻きを手渡す。

「日光がキツいからな、寿命が縮む……」『具』は見た目に似つかわしくない落ち着き払った声で簀巻きを受け取る。話し方がどことなく陳師傅に似ている。

「医者は居ないかい?」『具』は僕に尋ねる。

「居ます、居ますけど、元は機械工学の先生です、根っからの医者じゃないですけど……」僕が言うと

「そいつは良いな……」と言い、簀巻きを被って「スクッ」と立った。「すまんが医者の場所を教えてくれんか?」『具』は長い睫毛越しの大きな瞳で僕を視る。

「はい、このメイン道路をしばらく進むと、両側が商店街になっています、左側の3軒目の建物です、病院の看板が在るから判ると思います」大きな瞳に射竦められた様に僕は『ビクッ』と直立して即答した。自分より小さくて同い年位の少女に何故か敬語だった。


「有難い、タンコブの事はこれでチャラだ」『具』そう言うと、商店街に向かって足早に歩き始めた。

「……やっぱり、バレてるよね」僕は後ろ姿を観ながら誰ともなく言った。

「全然胸無いし、ギョロ目で可愛くないな!」ヨシタカが感想を述べる。

『今の今まで、気配を消してほぼ無言だったのに、『具』が居なくなったら、急に寸評を述べるお前はナンなんだよ』僕は心の中でヨシタカに突っ込んだ、だが僕よりよく観察していた、胸無いんだ……

 ……

 ……

 まぁ、最悪の出会いだったが、これが僕と彼女とのファーストコンタクト……


 頭にクモの巣の冠を頂き、

 脂で撫で付けたコワゴワの髪の毛を振り乱して、

 確固たる意思を感じさせながら小さな身体で大股で歩いて行く、

 見た目に不相応な喋り口調の痩せぎす女、それが彼女だ……


 追いかけようかとも思ったが、もう出発の時間だった、庁舎に行く時間も惜しい、そして彼女の迷い無い後ろ姿を見て、

 そんな手助けを彼女は求めていない事を感じる....


『大丈夫だ、一人で行ける、一人で良い』そう言っている様だった。


 おっさん先生の唖然とした顔が目に浮かぶ……

 多分こんな顔『(;゚Д゚)』

 彼は何時もI市の人員不足を嘆いているが、こんな補充人員は考えてなかっただろう。


 しかし、彼女の外見の華奢さとは裏腹に、彼女の話口調から内面の剛胆さを感じた僕は、これからのI市の戦力に成るのではないかと期待した、何せ若い人間は貴重なのだ。下手をすればヨシタカよりも……


 目の前のヨシタカに言う

「じゃあ、行ってくる、庁舎も調査してくるからね」

「ちょうしゃもちょうさしてきてね」ヨシタカは自分で言ってウケていた。

『……『具』ならひっぱたくかも……』と思う、殆ど会話らしい会話もしなかったけどそう感じる、僕はひっぱたかないけど。

「アハハ……」愛想笑いしてバイクに股がりサイドスタンドを跳ね上げる、Nから1に入れ、クラッチを繋ぐと同時にスロットルを捻る、バイクは土煙をヨシタカに巻き上げ飛び出した、ヨシタカのむせる姿をミラーで確認して『やり過ぎたかな』と後悔した。


 ……

 ……

 スタンディングで走る。

 踝で車体をグリップする。

 整備不足な路面はバンピーで小石やアスファルトのクラックが酷い、後輪が暴れているのが判る。

 しかし前輪さえしっかりグリップしていたら大丈夫だ。

 ……僕は庁舎へ向かった、ヨシタカの言った『変なヤツら』を探さなければいけない。

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