第8話 備品調達

 僕は、アーケード街を離れ、旧世代時にはメイン通りとなっていた二車線道路脇の歩道を歩き、南へと向かった。

『ヤツら』繁殖前はこのメイン通りを挟んで店舗が軒を連ねていたのだが、今や大半がシャッターが閉じられるか、半分倒壊した様な店舗が並んでおり、人の気配は感じられない……生存者のほとんどは、店舗が集中しているアーケード街周辺に移り住んでいる、空き家になった建物を改築して住んでいるのだ。

 今やI市南部は、何らかの事情があって住んでいる人以外は生存者は皆無だった、一寸前はもう少し人は住んでいたのだが、Y 市コンビナートへ応援人員を出した事で、I 市の人口は更に減ってしまった……僕は背中にアーケード街の人の声を聞きながら、人気の少ない南部へとメイン通りを進んだ。

 メイン通りの反対側の歩道を、こちらに向かって歩いてくる人影に気がついた、人影も僕に気がついたのか、メイン道路を横切ってこちらに向かって来た。

「よう、トウマ」人影は大声で言う。

「なんだ……ヨシタカか」僕は答えた。

「おい、少しは喜べよ」ヨシタカは拗ねた顔で言った。

 先にも言ったがこの男は門番だ。

『ヤツら』が現れてからの30年間で、I市は、バリケードで覆われた簡易な城塞都市のような様相を呈している、そしてバリケードの最北端に車両が出入りできる唯一入口があり、その門番がこの男だった。

 ヨシタカは門番以外にも、市内の警備も担当していた、まぁ、警備といっても市内は平和なもので、彼は門を閉鎖している時は、市内をブラブラ巡回して、珠に市内の住民から御用聞きで、電球の交換や、伸びた雑草を刈ったり、壊れたバリケードの補修を行っていた。

 今も巡回中だったのだろう、一応警棒の様な棒切れを腰に差し、南部方面の見回りと称する散歩に行って来た様だった。

「何か変わったことはあったか?」僕が聞く。

「あったよ、そりゃ、沢山!!!」そしてヨシタカは早口に語り始めた。

「柵を直したり、バリケードに絡まった蔦をとったり、珠に、蔦と一緒に絡まった『ヤツら』を排除したり……ホントに忙しいよ」ヨシタカは辟易した顔で続けた……

「……後な……」ヨシタカは急に神妙な顔になり、

「南部にあった、旧世代の5階建てのI 市庁舎知ってるか?」

「嗚呼、けど、あそこはバリケードの外じゃないか」

「そうなんだけど、あそこで最近人影を見たって住民から報告があって、俺もバリケードの上まで登って双眼鏡で見たわけよ……そしたら、庁舎の屋上に『ヤツら』がいた訳だったんだけど……」

「なんだよ、そんなのいままでどうりじゃないか」僕はヨシタカの言葉を遮り言った。

「まぁ、聞けよ」ヨシタカは、僕の肩を手でポンポン叩き、話を続けた。

「見えたのは『ヤツら』なんだけどさ……動きが変なんだよね……」

「???」僕は無言で眉を潜めて、ヨシタカの話を促した。

「いや、普通『ヤツら』って、まぁ、食べ物見つけてないときは、頭の中空っぽって感じで、虚ろにフラフラ歩いている感じじゃん」

「あぁ、まぁそうだよな……」僕は頷いた。

「アイツは違ったんだよ、明らかに、意志が在るようだった……」ヨシタカは少し気味が悪い表情を浮かべて言った。

「???具体的に意志が感じられた行動は何だったんだ???」ヨシタカの言葉をもう少し明確にしようと、僕は彼に尋ねた。

「……いや、なんと言うか言葉にするのが難しいんだけど……う~ん……そうだ!アイツは探索しているみたいに頭だけをキョロキョロと動かしていたんだよ!!!」

「う~ん」確かに今までの『ヤツら』とは行動パターンが違うような気もするが、珠にはそんなヤツもいるんじゃないかとも思う……

 僕の中途半端な表情を見て、ヨシタカは僕が納得していない事を理解して、更に捲し立てた。

「いやホントに、変なんだって!アイツは身体と頭が別の動きをしているみたいだったんだ!ホント見たら分かるって!!!……あっ、それに考えてもみろよ、庁舎なんて、もう先輩たちが備蓄品を漁る際に『ヤツら』を全部駆逐した筈だろ」

 ……確かに、そう言われれば、あそこは駆逐済みだった筈だ……そりゃ外部から入り込んだ可能性は否定できないが……それでもエレベータ停止した庁舎で、屋上まで上がるのだろうか?『ヤツら』に成りきっていないのかな?「そうか今度外へ地図作成に出たときに必ず確認しとくよ!」僕はヨシタカに約束した。ヨシタカは「頼むぜ!」と言い、僕が、「今日も中華か??」と聞くと、警棒まがいの木の棒をクルクル回しながら、「おう!」と言ってアーケード方面に消えていった。

 また陳師傅の中華料理屋に行くのだろう……アイツは陳師傅のことが大好きなのだ、そして昼飯ついでに、師傅と話がしたいのだ。

 まぁ、実際に師傅のことが好きなのか聞いたことはないので、実は只の熟女好きなのかもしれないが……

 但し「永遠の32歳」にとってヨシタカは只の常連さんであって、それ以上でもそれ以下でも無いらしい……最近は調理中の師傅にあまりに話しかけるものだから、調理場越しに師傅に「うるせぇ!」怒られていたが、ヨシタカ本人は敬語も無くなった発言に、逆に距離が縮まったと勘違いしている節がある。

 ポジティブな考え方にも程があるが……まぁ、珠にいるメンタルが強く、その場の空気読めない奴、それがヨシタカだった。


 僕は、ヨシタカと別れ更に南に向かった。

 人気はもう無い……廃墟とひび割れてそこかしこから雑草の生えた車道だった道を歩く。

 僕のオフロードバイクなら楽しく走れそうだと思う。

 5分ほど歩いた所で左に曲がった、さら歩くと今は電車の走らない踏み切りが見え、右手側に、中規模程度のスーパーマーケットが建っており、旧世代時墓場の様相を呈している……店内には未だに、旧世代の商品が朽ち果てながら陳列されている箇所もある、1階にあった食料品のほとんどは、I市住民に使用され、いま残っているものは、破損や劣化した商品が大半だ……僕は、元は自動ドアだった扉に掛かった南京錠を持っている鍵束で開け、中に入った。

 過去にバリケードが完全でなかった頃、『ヤツら』や動物がスーパーマーケット内に入り込むのを防ぐ為に施錠していた習慣が今も続いているのだ……僕は胸元のポケットに突っ込んだLED ライトを点灯し、店内に入った……


 日中だが照明の消えた店内は暗く、ライトの光は必須だった。

 僕は停止したままのエスカレータ入口で買い物カゴを取り人力で2階に向かった。

 衣料品と玩具や雑貨が棚に置かれているが、ほとんどがごみ同然だった。

 何故僕がこんな場所に来たかと言えば、地図作成時の靴と手袋を探しに来たのだった。

 今履いている靴はダクトテープで補強して何とか履いていたがもう限界だったし、手袋はこれからの冬に際して防寒性能の高い物が欲しかった。

  僕はアウトドア商品が陳列されている小さな売場に着いた。

 専門店では無い為、品揃えは大したことは無いが、靴から、帽子まで一通り揃っていた。

 僕は地図作成に出掛けると決まった時から、装備面で不安の無いように、おっさん先生が市長に話を持ち掛けてくれて、このスーパーマーケットは僕以外の人間が商品を持ち出さないように施錠してある。

 ……まぁ、日用品の殆どは感染後に直ぐに使用されて、今や、市内で生活している人達にとっては無用の物が大半だから、施錠する必要も無いかもしれないが念のためだった。

 僕は、自分の足のサイズと同じハイカットの登山靴を棚から出し、試着して足に痛みが無いかを確認した、荒地で靴ずれなど起こしたくない、靴の生地は厚手で冬の季節にも効果的と思われた……登山靴を買い物カゴに入れ、今度は手袋を探す……靴同様防寒性能があるモノが望ましい……しかし薄手のモノしかなく、二枚重ねで我慢するしかないかと思った時……ふいに思い付いた。

 僕は、園芸品売場に向い、そこに置いてある青い防水手袋を手に取った、手袋を着けて氷を持っている画像が貼られているパッケージには裏起毛仕様との文言が印刷されていた。

 M サイズを手に取り手にはめてみる、指が多少ブカブカしているが、これは、様々な手の形に対応するために余裕を持たせているのだろう、仕方無いと思う、だが手袋は前腕まで覆うタイプで内部の保温性は抜群だった。

 指の長さも丁度いいと思えた、問題は手袋がブカブカしている事がバイク操作時に邪魔にならないか?ということだったが、旧世代なら道路交通法のもと方向指示器操作が必要だが、なにせ今僕のバイクにはウインカーなど無い、因みにブレーキライトも無い、常時点灯ではないLED ヘッドライトのみだ……荒地では必要ないのと消費電力削減の為だった。

 アクセルワークとブレーキ、クラッチの操作に注力できるなら、支障は無いと思った。

 それ以上にこの暖かさが利点だった……僕は手袋を1双買い物カゴに放り込み、自動ドアの南京錠を施錠しスーパーマーケットを出た、外は夕方前で、今から自宅まで戻る頃には、日が沈んでいるだろう……僕は買い物カゴを片手に、てくてく自宅への道を戻る。

 明日からは又、一人旅の開始だ……それを思うといつも複雑な気持ちになる……寂しい様な気もするが、新しい場所を探索する愉しさもある……そして僕は旅に出るとき自分の能力の限界点を探している様な気になる……自分一人でどこまで行けるのだろう……これはそんな気楽な自分試しの旅ではなく、皆の希望を背負った重要な旅なのだけれど……この荒地で自分一人でどこまで行けるかは僕にとって究極の挑戦だった。

 そんなことを考えていると、アーケード街をこえて自宅まで辿り着いた……太陽はもう沈もうとしている……自宅の玄関で、新調した登山靴に紐を通しながら、明日の予定を考える。

 先ずはおっさん先生の病院によってY 市のコンビナートへ向かおう……MH 国道を使えば半日でY 市に入れるかもしれない……因みにI市を東西に分断する形で通っているこの国道は高架と盛土で造られた地面より高い位置に施工された自動車専用道路だ、それ故に、I市の南部側のバリケードの一部として使われている。先程ヨシタカが『ヤツら』を見た場所も国道の合流口から上がって国道車道から双眼鏡で見ていたのだ……国道が使えれば、半日も掛からないだろうけど……30年間無整備な道路を使うリスクを考えると地道を使用した方がいいかとも思えた……考えながら……明日の準備始めた。

 雨合羽・双眼鏡・予備バッテリ・バイク工具・動体センサ・三脚 etc

 をソーラーパネル付きバックパックに入れる。

 乾パンや缶詰めをバイク後部BOXに積む……小型PC の起動を確認する……慣れた収納作業は無意識に行われ……明日の準備が出来た。

 妙に疲れた1日だった……体を洗って寝床に入った。

 微睡み中で、明日の朝は馬歩訓練をしようと思う。

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