第5話 ガレージと音楽

 おっさん先生のガレージに着いた。

 ガレージ内には、五台のバイクが連なって置かれてあり、その奥には整備用のツールボックスとオーディオシステムが置かれている。

 彼は、CDケースを一枚、ラックから抜き出し中身を取り出すと、CDプレイヤのトレイに載せた。しばらくして、音楽が流れ始めた。シューゲイザーだった……ライブ中、観客を見ずに、視線を落として演奏していた事がまるで靴を見て演奏している様に見えた所から付いたロックミュージックの1ジャンルだ。

 ディストーションの効いたギターと、ノイジーで幻想的なサウンドが特徴だった。


 おっさん先生に半分育ててもらった様な僕だから、聞き慣れた音楽だった。

「好きだねー」と半分呆れ気味に言った。

「……多分、死ぬまで好きなんだよ……」彼は独り言の様に言った。

 そして、五台のバイクのちょうど中央に置かれてある、赤いバイクに近づき、エンジンをかけた、一瞬車体が右に傾いて、その後、アイドリングが安定した。

 流麗なハーフカウルと燃料タンクの下に吊り下げられた無骨な縦置きV型エンジンからおきる振動で、サイドミラーは役に立たないくらい揺れている……マフラーからは破裂音の様な音が断続的に吐き出されていた…しばらく車体の調子を確認して……

「嗚呼……ガソリン勿体無いからなぁ〜」と名残惜しそうに、彼はエンジンを止めた。五台のバイクのうちガソリンが入っているのは、この一台だけだ。

「なんとも……雑なんだ……荒っぽいんだ……わかるかい?」ネガティブな表現の割に、彼の顔には喜悦が浮かんでいる。

 僕にはわかる

 ……エンジンの鼓動を、コイツは、直に伝えてくる。ライダーは、シートとハンドルを通してコイツの鼓動を感じる、エンジンは表情豊かで、低回転ではゴリゴリ、高回転では、ドウルルルーーって感じで回る。

「辛いけど、楽しいバイクだよね……」と僕は答えた。

「そうだな、デメリットとメリットが、一緒なバイクなんだよ……」彼も同意した。

 振動が楽しくて、振動で手が痺れる……

 乗車姿勢はかなり前傾で本気で走れば楽しいが、長時間の運転では辛すぎる姿勢だ……

 ……なんとも、面白いバイクだった……


 おっさん先生はバイクの燃料タンクに貼られた鷲のロゴを触りながら、僕を見ずに言った

「……ユキ婆ちゃんの事は仕方ない……」


「……わかってる……」僕は言った。

 ユキ婆ちゃんは子供の頃、僕をよく可愛がってくれた。

 僕がバイクに乗って周辺調査の活動をする事になった時は、泣きすぎて真っ赤になった目で僕をジッと見て、「絶対、帰ってくるの!」と言い僕の肩を一生懸命掴んでいた……そんな、ユキ婆ちゃんに「息子さんが見つかった!」と言ってあげたかった。

 おっさん先生は僕が辛くなる事を分かって…婆ちゃんから僕を引き離した……婆ちゃんの期待に応えてあげれない自分も、おっさん先生に助け船出されている自分も……気に入らなかった。

 母親の横で突っ立っている頃と何も変わってない気がした。

 僕はこの世界で、もっと役に立つ知恵も力も手に入れ、大切なこの小さい世界を守りたいと思う……


『正しい事をしなければならないと思うより、したい事が正しい事になる様に生きなさい』

 なぜか、おっさん先生から言われた言葉を思い出す……


 おっさん先生はそんな僕を息子を見る様な目でじっと見つめている……



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