第4話 休息
夜までまだ時間がある。僕は一旦、おっさん先生の病院へ向かった。
病院と言っても、過去開業医の病院であった場所を彼が診療所兼自宅として利用しているのだった。バイクを玄関先の駐輪場に置き、病院の玄関を開けた。
診察室扉に『診断中』文字が書かれた看板が引っかかっている。
中から聞こえる声で、おっさん先生がユキ婆ちゃんを診察している事が分かった。
婆ちゃんは耳が遠いため、彼の声は診察室の外まで響き渡っていた。
婆ちゃんの個人情報はあって無い様なものだった……ユキ婆ちゃんの関節痛の診断結果を待合室で聞きながら彼の仕事が終わるのを待った。
しばらくして、婆ちゃんとおっさん先生が、診察室から出てきた。
「トウマ!」
婆ちゃんは僕を見て嬉しそうに叫び、足を引き摺りながら寄ってきた。その姿を見て、僕の方から駆け寄る。
「婆ちゃん!元気?!」
3日ぶりの人間との会話だった。婆ちゃんを支えながら、椅子まで連れて行く。
「どうだい、人は見つかったかい??」婆ちゃんが、僕の手を握りながら言った。予定していた質問だった。僕は慎重に答えた。
「……ううん、ダメだった、N県の北部は多分もう人はいないね……」
「……そうかい……ご苦労様やったね……」婆ちゃんは、寂しそうに笑った。
婆ちゃんの息子さんはN県住んでいた……もしかしたら……っと思っていた筈だ……
2人を見ていたおっさん先生が僕に、
「今日はユキ婆ちゃんで終わりだ。閉院する。トウマ、データをもらおうか」と言った。
「わかった……」僕はそう言って、婆ちゃんに「行くよ……足お大事にね」と言ってその場を離れた、おっさん先生が話しかけてくれてよかった……これ以上婆ちゃんにかけられる言葉は、僕には無かったから……
おっさん先生の後をついて行き、彼の自宅に入った。デスクトップPCが鎮座する書斎に2人で入り、僕は彼に地図データの入ったUSBメモリを渡した。彼がデスクトップPCにメモリを挿し、僕の三日間の努力をPCへ移す。
「ほぼ、N県北部の地図は完了だな」
僕が持って帰った地図データは、彼のPC上で白紙の日本地図を埋めて行く。
地図データは
1.緯度・経度の座標付き画像データ
2.僕が撮った写真データ
3.物資を備蓄した量販店・スーパーマーケットの座標
4.発電所・ガソリンスタンド等のインフラ設備の座標
5.『ヤツら』の多い場所の座標
6.その他の記録しておく事項
この位だった。
データ転送は5分程度で終わり。彼はUSBメモリを僕に戻した。
「ありがとう、データ以外に、何か見つけなかったか??」
彼にそう尋ねられたので、「人・物・金……何も無し……」と答えた。
彼は、「……そうか……」とあまりに素っ気なく言われたので思わず、
「……あっ、そう言えば……最後の晩は熟睡出来たよ、動体センサの反応も一切無かったし……」僕は熟睡出来た幸福感を思い出しながら呟いた……まぁ、どうでも良い事だけど……
彼は、禿げた頭に少し残った髪をボリボリ掻きながら、「……一晩動きが無かったか」と独りごちた。
その後、「まぁ、晩メシでも食っていくか?」と言いながら、彼はキッチンへ歩いて行った。
どうせ、インスタントラーメンなのは分かっている。
しばらくしたら、お湯を入れたカップラーメンを2つ持って来た。
「どっちにする?」とおっさん先生が言った。
「醤油とんこつで!」僕は即答した、もう片方は味噌ラーメンだったから、僕は味噌ラーメンが今ひとつ好きになれなかった。
どのインスタントラーメンを食べても、味噌の風味が強すぎて好きになれなかった。
おっさん先生は無言で、僕に醤油とんこつを渡し、自分の味噌ラーメンにはバターをひとかけ落として食べ始めた。僕も食べ始め、室内にはズルズルという音だけが響いた。2人とも食べ始めると無言になるタイプだった。
ユキ婆ちゃんに言わせると、「そうゆう男は大概女にはモテない」らしい……食事中にスマートに会話をしながら女性を退屈にさせない事が大切らしい。
僕はまだ、そうゆう女性にお会いした事が有りませんので、そんな事言われても困ります!っとユキ婆ちゃんには言いたい所だ。
しかし、良い歳のおっさん先生がこれじゃ『ずっとモテなかったんだろうな』と思った。オマケに禿げてるし……
おっさん先生は僕がおデコを凝視している事に気付いて、「お前もヘルメット被り続けてたら、ハゲるさ」と言って、僕に軽いデコピンをした。
「じゃあ、おっさん先生はヘルメットで禿げたの??」と、ちょっと意地悪に聞いてみた。
「そうだよ、私は代の頃から乗っているからな、20代半ばで頭頂部はかなり薄かったよ、仕事の時もバイクで通勤していたからな、けど、よく職場の女の子とタンデムしてツーリングに行ったもんだ」
……女の子とツーリング……!!
僕が、どれだけ望んでも叶えられそうに無い夢のようなイベントをこのおっさんは叶えていたのか!!
ムカついた僕はとりあえず脳内で、おっさん先生の《ハゲいじり券》10枚発券しておいた。
女の子とタンデムってのを、もう少し知りたくて
「あの、たまに街の中で転がしてる、赤いヤツで、タンデムしてたの??」と僕が聞くと
「ああっ、アイツは、一人で乗るヤツなんだよなぁ〜」と甘ったるい声で言った……禿げたおっさんの甘ったるい声とか、需要無いだろ……
「イタリアのmotoguzziだっけ、アレ……」僕が聞くと、
「そうだよ……1100 sport corsaだよ……」彼は更にデレデレした顔で話し、「見る?」と言って来た。「半年前にも見たけど……」と言う言葉を飲み込んで「うん」と答えた。結局、女の子とのタンデム話でなく、バイク談義になってしまったが、そっちは、僕の大好物なので、おっさん先生の自慢話に付き合う事とした。
……時刻は8時を少し過ぎていた……二人でガレージに向かう……
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